とある竜騎士のお話   作:魚の目

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休みって、良いですね。







15話 2人の時間

「う、ん…」

 

 学院の自室。

 グワングワンする頭とうまくピントの合わない視界。

 体が熱っぽく喉がカラカラに渇いている。

 鼻水も止まらず呼吸がし辛い。

 二日酔いだけならまだしも、不用意に濡れた体のまま冬の外気にさらしていたことでどうやら風邪も引いているようだ。

 もしかしたら此処にきて今までの疲れが出たのかもしれない。

 レッドに思念を飛ばしたかったが熱に浮かされた頭では出来なかった。

 なんとか水をと、学院のフカフカのベッドから転げ落ちつつ、這いながら部屋を出て廊下に出る。

 床がひんやりと気持ちいい。このままずっとこうして冷気を感じていたい。

 井戸まで、行かなきゃ。

 頭ではそう考えているものの、体は言うことを聞かない。

 くそぅ。

 熱に浮かされ意識が遠のいていく。

 その時、マトモに機能していない耳が何らかの音を捉えた。

 次第に音が大きくなり近づいてくるような。

 足音、か?

 残された力を振り絞り頭の向きを変えてみるとブレにブレている視界にボンヤリと影が映っている。

 

「み、みずぅ…」

 

 手を伸ばしながらそう言葉を紡いだ直後意識が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 与えられた幾つかの「任務」を終えて一段落したある日。

 風の噂にトリステイン・ゲルマニアとアルビオンとの戦争がこの国の介入により終わったことを知った。

 戦争終結の報にあまり考えないようにしていた事を思い出してしまう。

 

 

 

 

 

 去年のケンの月。

 図書館で何時もの様に本を読んでいた時にかけられた声。

 言われるままに付いて行った人気の無い廊下での一幕。

 

『それで、どうせ置いていくんだったらタバサに持っててもらいたいのさ』

 

 その頃には随分と学院に馴染んでいたロナルからの頼み。

 戦争に行くから親の形見を預かっていてほしい、いつもと変わらぬ軽い口調でそう頼まれた。

 以前にも貸してもらった希少な「イーヴァルディの勇者」。

 それが親の形見なんて、そんな大事なものだとは想像もしていなかった。

 だから、一度は断った。

 

『…できない。大事なものだったら、貴方が持っているべき』

 

 下種の勘繰りでしかないが、もしかしたら、ロナルが精神系魔法の関連書物を読み漁っていたことに関係があるのかもしれない、その本。

 そうでなくとも、親の形見のような重いものを預かる気にはなれなかった。

 拒否の言葉に少し困ったような顔で考え込むロナル。

 しばし考え込んだ後、紡がれた言葉。

 

『おまじないだよ』

 

『おまじない?』

 

 学院に帰って来れるようにという願掛け。、

 おかしな時期に転入し散々怪しまれたが、学院での生活を楽しんでいたからまた戻ってきたいという、厳つい彼に似つかわしくない、かわいらしい願い。

 あれで怪しまれていた自覚あったんだと変な方向に思考が逸れかけるが、しかし。

 これは、もしかして?

 

『それにさ、俺みんなとも、タバサともまだ沢山話したいことがあるんだ』

 

『…何を、話すの?』

 

『それは秘密。帰ってきてからのお楽しみだ』

 

 私は、告白、されているのだろうか?

 

 

 

 ロナル・ド・ブーケル。

 最初はその尋常ではない雰囲気に疑念と警戒を向けた。

 故に警戒する意味でロナルを観察していた。

 

 クラスに馴染もうとあの手この手を試しては玉砕してしょんぼりと肩を落とす、彼には悪いが笑ってしまいそうなくらい間抜けに見えてしまった姿。

 自身と似たような境遇かもしれないという、最初に抱いた物とは別の得体の知れなさ。

 

 最終的に此方に害意は無いという結論に落ち着き、キュルケと共に言葉を交わす様になってからも同類を見つけたからなのか時折見ていた。

 

 酒に飲まれて酒場の給仕にありったけの財産を全て貢いでしまったという、アホ臭くはあるがある意味人間らしい面。

 夏休みが終わりいきなり真面目に勉強に精を出すようになってからは、事情を抱えているという事への同情の念もあったからか種々の書物の在り処を教えもした。

 流石に、雑草の方がハシバミ草より苦くないという発言にはどういう生活を送って来たのかと憐れみを感じてしまったが。

 

 …個性的にも過ぎるが、今にしてみれば意外と良い友人だった様にも思える。

 2人そろって言葉を交わすことなく夕方まで図書館で本を読み、部屋に戻る道すがらその日読んでいた本や授業について雑談を交わすのも意外と心地よいものだった。

 親友であるキュルケはそこまで本を読まないので本に関する話し相手として自分も会話を楽しんでいた。

 

 

 

 夕焼けに照らされる廊下。

 突然の告白にどう答えていいのか分からなかった。

 嫌いでは、無い。

 だけど、好きかは分からない。

 何よりも、色恋になんてかまけては居られない。

 私は、母の心を取り戻し、そしてあの男に復讐を果たさねばならないのだから。

 けれども、これから死地に赴く、目の前で能天気な表情を浮かべている友人を勇気付ける為に、ほんの少しくらいは…。

 

『………わかった…』

 

 自分でも驚きそうになるくらい、か細い声が出てしまった。

 顔が熱い。もしかしたら赤くなっているかもしれない。

 恥ずかしさをごまかす様にスカートの裾をぎゅっと握りしめる。

 いつの間にか能天気な表情を不安そうなものに変えていた男が口を開く。

 

『本当?』

 

『本当』

 

『嘘じゃない?』

 

『しつこい。嘘じゃない。だから』

 

 不安だったのか2度も聞き返してくるロナルに対して、一息すって心を落ちつけてから言葉を紡ぐ。

 

『だから、ちゃんと帰ってきて』

 

 言葉と共に一瞬だけ、笑みを浮かべる。

 記憶の中のあの忌まわしい日から殆ど笑みなど浮かべたことなど無いのでうまく出来たかは分からない。

 ただ。

 

『…わかりました』

 

 呆けたように言葉を発するロナルの姿を見るに、うまくいったようだ。

 

 

 

 

 

 

 今思い出しても恥ずかしさが込み上げてくる。

 いきなりの告白に自分も混乱していたのかもしれない。

 だからあんな恥ずかしい真似が出来たのだと思う。

 いきなりの告白に自分は照れていただけなのだ、きっと。

 あの後キュルケに聞かれていたのか根掘り葉掘り色々とロナルについて聞かれるのを誤魔化すのには苦労した。

 他にもそこそこ近しいルイズやサイト、ギーシュといったような人たちにも知られることになってしまい恥ずかしさは更に増した。

 帰ってきているなら責任を取って貰いたい所である。

 別に、付き合うとか、そういう事じゃあ無い…筈。

 

 

 ……ロナルはもう学院に戻ったのだろうか?

 一段落付いたばかりだから時間はある。

 戦争も終わったのだから、学院も再開しているかもしれない。

 一度、確認しに行っても良いだろう。

 思いついたが吉日、ブックホルダーの中に入っている預かり物のそれを持って自身の使い魔の元へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 流石に、人気の無い学院の中、風邪を引いて廊下に蹲っている状態で再開するとは、思ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 何故ロナル一人だけがこの学院に戻ってきているのか、理由はわからない。

 しかし病人を1人放って置くこともできず、結果として自分が看病することとなってしまった。

 出会い頭にわざわざ「み、みずぅ…」と言っていた為扉が開いていたロナルの部屋のベッドに寝かせた後、井戸の水を汲んで飲ませた。

 布きれに水を含ませ頭に乗せて、ここで手持無沙汰となってしまった。

 自身がかなり昔に風邪を引いたときには秘薬を飲ませて貰ったことがあるが手持ちには無い。

 それに、自身は水のメイジではない為効果を充分に発揮させることは出来ないだろう。

 これ以上、どうして良いのか分からなかった。

 定期的に水分を補給させ布が乾けばもう一度濡らして額に乗せる。

 何回か繰り返して昼も過ぎた頃。

 それまで熱に魘されてかうんうんあーあー唸っていたロナルが不意に目を開いた。

 

「あー…?なんで俺、ベッドに…」

 

「私が運んだ」

 

「あれ?…タバサか?帰って来たのか…」

 

 調子が悪いためか半開きの目で此方を見てくるロナル。

 起き上がろうとする彼を制止する。

 

「ロナル、起き上がらないで」

 

「少し、くらい大丈夫、だ」

 

 水、ちょうだいと頼むロナルにグラスを渡す。

 一息に飲み干し此方に向き直ったロナルが口を開く。

 

「久しぶり。介抱してくれてありがとう、タバサ」

 

「気にしないで良い。…ロナル、どうしてあんな所に?」

 

「水を汲みに行こうとしたのは良いが力尽きてな。ああ、なんだ、タバサ…」

 

「何?」

 

 少し言い辛そうに窺うように此方を見てくる。

 やがて、決心したかのように言葉を続けた。

 

「俺は、実は『ロナル・ド・ブーケル』って名前じゃあないんだ」

 

 唐突に過ぎる告白に困惑する。

 いきなり何を言い出すのだろうか。

 もしや、熱に侵されて…。

 

「ロナル、少し、休んだ方が良い」

 

「熱に頭がやられてる訳じゃあないからな?…まあ寝っ転がりながら説明させてもらうよ」

 

 言うなりごろ寝して此方に顔を向けたロナル?が続ける。

 

「俺の本当の名前はウルダール。まあいつもはウルドと名乗っていたからそっちで呼んでもらえると嬉しいかな?」

 

 堰を切ったかのように話し続ける。

 貴族と平民の子としてアルビオンに生まれたこと。

 母が死に色々あって父であるバーミンガム伯に引き取られたこと。

 腹違いの弟が居ること。

 厳しい師匠に虐待同然に鍛えられたこと。

 使い魔のレッドを召喚し、竜騎士に成ったこと。

 そして水の秘宝、恐らくはアンドバリの指輪と思われるそれによってレコン・キスタ首魁であったクロムウェルに操られてしまったこと。

 

「だから、調べていたの?」

 

「まあね。結局、対抗策が見つからなかったから使われる前になんとかするって実に脳筋な結論しか出なかったけどね」

 

 母と同じように精神を狂わされて、人生も狂わされた男。

 友人でもある筈のその男への同情よりも。

 人の心を操る秘宝、アンドバリの指輪の方に興味を惹かれる自分はなんと冷たい女であろうか。

 母を救えるかも知れないという希望に縋る様にロナル、いやウルドに問う。

 

「ウルド、今、指輪が何処にあるのか、分かる?」

 

 クロムウェルは姿を消し、皇帝を失った共和国もガリアの介入で滅亡した。

 知っている筈が無い。

 けれども聞かずには居られなかった。

 

「悪いが今何処にあるかは分からない。ただ、少なくともアルビオンには無いと思う。クロムウェルの手にも、部屋の中にも無かったからな。あの野郎が自分の近くに切り札を置いていないというのは考えられない」

 

 何故そんなことを知っているのか。

 まるで、クロムウェルに会ったような口ぶり。

 疑念に満ちた視線に気付いたのかウルドは取り繕う様に言い放った。

 

「ああ…クロムウェルをふん捕まえてトリステインの王宮に突き出したんだ。今から説明するよ」

 

 言うなり、説明を始める。

 タルブ戦の後に洗脳が解けトリステインに投降したが、色々あって王宮の命令で偽名を用いて貴族として学院に入学。

 入学した理由は、とある任務ではあるが詳しい内容は機密に当たる為言う気は無いらしい。

 それから後に功績を上げることで任務から解放されるという戦争に参加。

 紆余曲折はあったが敵軍を突破しクロムウェルを捕縛。

 見事名前を取り戻し任務とは関係なく卒業まで学院に残ることを許された。

 

 俄かには信じがたい。

 別に信じてくれなくとも良いが、自身がウルドだということだけは忘れないで欲しいという事だった。

 

「…まあ、そんな訳で気が抜けて、体を冷やした結果がこの様さ……」

 

 言い終えて満足したのか目を瞑るウルド。

 顔の赤みが増しているので少し無理をさせてしまったのかもしれない。

 少し申し訳なくなる。

 はて。

 もしや、ウルドの言いたかったという事と言うのは…。

 

「ウルド」

 

「…」

 

 無言。

 体を揺すりながらもう一度話しかける。

 

「ウルド」

 

「……」

 

 耳を澄ませてみると微かにスーッ、スーッと聞こえる規則正しい呼吸音。

 

「寝てる…」

 

 疲れ果てたのか眠り始めたウルドに悶々とした感情を覚えながら毛布をかけてやる。

 少し、乱暴になってしまったのは仕方ないと思う。

 その後に、水を飲ませてやるのも布を交換してやるのも同じように先ほどよりも乱暴になってしまったのも仕方のないことだ。

 いくら普段そういうことに無関心である私であっても。

 

 

 

 

 

 

 

 乙女心を弄ばれるのは、流石に許しがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 2日後ウルドの調子も大分良くなって、もう大丈夫かと思えた丁度その夜。

 次の「任務」が書面にて下された。

 

 

 

 

 

 

 

 完調とは言い難いが調子が戻った次の日の朝。

 なんか途中タバサの看病が荒っぽくなっていた気がしたが多分気のせいだろう。

 わざわざ野郎の看病なんぞをさせた礼を言い今度食事にでも行こうと提案したらあっさりオーケー貰って驚いたりしたがそろそろ行くことにする。

 

「アルビオンへ?」

 

「うん。実を言うと敵陣に突っ込んだ時サイトも一緒だったのさ」

「落ち合う約束をしていたけど来なかったもんだから、死んだものだとばかり思って1人でむざむざ帰って来たんだけど…」

「よくよく考えるとこの目で死体を見たわけじゃないから、一応確認しにね。生きてるかもしれないし、もしそうでなくとも形見位は見つけてやりたいからね」

 

「…当てはあるの?」

 

「まあ、一応。妖精さんとやらには期待している」

 

「……妖精?」

 

「うん」

 

 如何わしいものを見るような目でタバサが見てくる。

 まだ「魅惑の妖精」亭でのことを覚えていたのだろうか。

 これ以外に言いようがないので勘弁してくれ。

 全滅したと思われていた第2中隊の1人が零していた妖精を見たという証言。

 瀕死の傷を負っていた筈らしい彼らが何故生き残っていたのか。

 藁にもすがる様な希望ではあるが、望みが無いよりはマシだと思う。

 少し考え込むようなそぶりを見せていたタバサが口を開く。

 

「私も、ウルドと行く」

 

「なんでさ?散々看病させておいてなんだけどそっちにも都合があるんじゃないの?」

 

「病み上がりだから少し心配」

 

「…ありがとう」

 

 タバサにウルドと呼ばれたこと、体を心配されたこと。

 こそばゆい様な、嬉しい様な。

 いつぞやの告白騒動を思い出してしまう。

 あの時帰ってきたら伝えたいことがあると言ったその内容は熱に浮かされた頭でベラベラ喋ってしまった訳ではあるが。

 今更、愛の告白では無かったんだと素直に白状するのは………嫌だ。

 そんなことをすればタバサに嫌われてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 タバサに嫌われたくない。

 そう思ってしまう程度には、俺は、タバサの事を……。

 

 

 

 

 

 

 

 結局一緒に行くことになった。

 あの時何の気なし自覚の無いままに言ってしまった、勘違いさせてしまうような告白ともとれる言葉。

 それが本当の物になってしまいそうな心を押し隠しながら。

 

 

 

 

 





ギャグオチがギャグで終わらなかった15話にして、唐突に始まったラブコメ回その1。
ちなみに漢方だかで風熱型と呼ばれる風邪をイメージ。
火のメイジなので結構アカン体温です。

タバサさんからオリ主へのフラグが立つ前に、オリ主からタバサさんへのフラグが立ちました。

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