レッドは見ていた。
「まあ、その、ウルド、元気を出したまえ。ショックだったのは分かるが他にもいい人はきっといるさ」
「……ああ…」
目の前で確かギーシュとかいう名前の軽そうな少年がウルドの肩を叩きながら言うが、それに対するウルドの反応は鈍いものだ。
ウルドがこうなるより前にウエストウッド村に残った筈のサイトもルイズに連れられて戻ってきており、先日同じように励まそうとしていたが今と大差ない反応を返していたはずだ。
(ウルドめ、気持ちは分からないでもないがいよいよ本格的にマズいな)
お手上げと言わんばかりに渋々去っていくギーシュを見送りつつ主の姿を見る。
呆けたような表情でただ中空を見上げるばかりでその気が無くとも他者を威圧してしまう厳つい姿は見る影もない。
魂が抜け落ちているかのようで生気がまるで存在していない。
『ウルド。…ウルド!聞こえているか?聞こえているのなら返事をしろ』
『……ああ…』
『辛いのは分かるが雌なら他にも居るではないか。ほら、キュルケとかいう雌はどうだ?なかなか肉付きが良いではないか』
『……ああ…』
(ダメだな)
同じ反応をひたすら繰り返すウルドに苦いものを感じる。
ルーンを利用しての会話ですらこれなのだ。
完全に自閉している。
使い魔になってから今の今までに、多少落ち込むことは有ろうとも此処まで酷いのは無かったのでどう対処していいか困る。
情けない姿に怒り出したくもなるが、それほどまでに執心していたのかと気の毒な気持ちが勝り何も言えない。
これでいて授業には出ており、自身の使い魔への食事も忘れておらず、尚且つ筋力トレーニングなどの鍛錬も欠かしていないのだから生活習慣とは恐ろしいものである。
まあ、鍛錬などの様子を見るに、授業もただ聞き流しているだけだろうが。
(なんとかならぬものかな)
竜として自身よりも幼い風の子の主。
レッドは、こんな所で会うとは到底思っていなかった同じ"韻"竜と幾らか言葉を交わしていた。
その有り余る好奇心にて使い魔になることを選んだらしい、幼い風韻竜。まあ自分も彼女の事を言えはしないが。
一人前とは言い難い彼女を気にかけてしまうのも致し方ないことだと思う。
自身らの秘密を守るためにもあまり深いことは聞いていない。
しかし彼女の主たる少女にもまた、ウルドと同じように、いや、それ以上に複雑な事情を現在進行形で抱えていると推測できるのは、お喋りな彼女の話を聞いていれば一目瞭然だった。
意外なことに、竜たる自身から見ても分かるほど満更でも無い気持ちをウルドに対して少女、タバサは抱いているように見えた。
なんで同じ種族である筈の当のウルド本人は気付いていないのだと当初疑問に思っていたがもしかしたら、気付いていたからこそのあの落ち込み様なのかもしれない。
(今度こそ立ち直るのに時間がかかりそうだな)
学院の外の草原にポツンと存在している岩の上で微動だにせず黄昏続けるウルドの姿に嘆息してしまう。
誰か何とかしてくれ。
学院に戻りしばらくしてのこと。
いつの間にか帰ってきていたサイトにルーンが無くなったら唯の人なんじゃなかったのかと聞くと自信満々に左手に刻まれたルーンを見せてきた。
……まあ、基礎的な鍛錬も続けているらしいし、何より丸く収まったので良しとしようではないか。
周りも俺の事をウルドと呼ぶのに慣れてきたようで一安心だ。
帰ってきたルイズ嬢にも言ったので後知らないのはキュルケだけだ。
コルベール先生をツェルプストーの領地に連れて行ってから一向に帰って来ないのでどうしようもないが。
死んだとばかり思い込んで落ち込んでいるサイトに本当の事を伝えてやりたいが言い触らさないでほしいと口止めを受けているのでどうにもならん。
すまんな、サイト。きっとまた何時か会えるさ。
さて、俺はと言うと戦争前と特に変わらぬ生活を送っていた訳で、違いと言えばタバサとキュルケが居ないこと位である。
あんなに休んで良いのだろうか。
まああの2人は成績良いからね、大丈夫なんじゃないかなと流す。
火の系統魔法以外であの2人より成績が良いのが算学しかない俺には言えた義理ではない。
そんなこんなで心休まる日々を送っていると噂をすればというヤツで、タバサがふらっと学院に戻ってきた。
また一週間くらいしたらまた何処か行ってしまうらしいが久々に顔を見れて嬉しい。
次の機会が何時になるか分からないので今の内に前の約束を果たそうと口を開く。
「一週間時間があるなら、前に約束した食事、虚無の曜日にでも行こうか?」
「行く」
覚えていたのかは知らないが即答である。
なんとなく目を輝かせているような雰囲気だが…。
タバサって、もしかしなくとも食いしん坊だよな。ザルだし。
「一応見繕っておいたけど、他に何処か行きたい所でも在るかい?」
「ウルドに任せる」
「へいへい、任されましたよ、お嬢さま」
最後だけお嬢さんとキザっぽく言ってみた反応は薄い。
それどころか怪訝な目で見られてる。
やっぱ、俺にはこういうの無理だな。
みんな大好き虚無の曜日。
夕方位になると鬱々とした感情が湧いてくるのを除けば一週間で最高の日だと思う。
そんな惰眠を貪りたくなること請け合いな日の朝っぱら。
楽しみ過ぎて日が昇る前から目が覚めたため野原を森を駆け巡り一汗かいた後にざばんと朝風呂に入ったせいで既に心地よい疲労が体を襲っている。
いつもの俺ならばふかふかベッドで寝てしまうかもしれないが今日の俺は一味違う。
溢れ出る脳内麻薬のお蔭で全てのバッドステータスを無効化出来てしまうかもしれないくらいだ、疲労なんてどうってこと無い。
ふははは。
タバサが居なかった間に下見は万全。
必要以上に下ろしてきた金貨の入った袋はずっしりと重みを持っている。
本当は褒賞金をサイトと分割しようと思ったのだが当のサイトは何時の間にかシュヴァリエ、つまり貴族になっていていらねえよ、と拒否されてしまった。
知らぬ間にサイトが遠い所に行ってしまったように感じたが貴族の年金で買った馬に「ルイズ」と名前を付けてルイズ嬢本人にボコボコにされていたのを見ると多分気のせいだ。
そんなことはさておき今日の食事である。
食事とは銘打ったもののこれは間違いなくデートである。
そう。
デートなのだ。
デートである。誰が何と言おうとデートなのだ。
何か忘れていることがある様な気がしないでも無いが今は気にする暇は無い。
俺は、今日。
やり遂げるのだ。
今日、伝えるのだ。
トリスタニアの活気は日に日に戻っていく。
8カ月にも及ぶ戦争によって穿たれた穴を埋める様に。
目的のお店はまだ開いていないので時間を潰す様に冷やかしがてらブラブラしている。
そこかしこに店を構える露店。
食べ物を売っていたり、アクセサリーを売っていたり、出自不明のなんとも胡散臭い物が置かれていた店もあった。
何時の日にか見たような何らかの金属でできたフレームに取っ手らしき出っ張りと、車輪と思しき金属と謎の軟質物質の複合体が付けられた糸車もどき。
カゴが付いていることからも明白な、俗に言うママチャリという世の奥さま御用達の逸品がずでんと置かれていたのには流石に面喰った。
ゼロ戦といい、ママチャリといい、いったいこの世界はどうなっているのだろうか。
まじまじと見てしまった為タバサに変な顔をされてしまったじゃないか。
「アレがどうかした?」
「いや、ごめんごめん。金属製の糸車?なんて初めて見たからさ」
ママチャリを指差しつつ訊いてくるタバサに当たり障りのない答えを返す。
一度じっとママチャリを見つめてから「行く」と短く言いながら俺を引っ張っていくタバサ。
ママチャリを見つめる姿が、新鮮な食料品を見抜くために真剣な目をした地球の奥様方と被ってしまったのは内緒だ。
失礼なことを考えたのが見透かされたのか脇腹を小突かれた。痛い。
タバサの手にはいつものように本は無くただその身の丈に似合わぬ大きな杖を抱えているだけである。
そんな姿に新鮮さを覚えつつも、大きな杖を持つ小柄なタバサの姿に魔女っ娘というフレーズが浮かぶ。
魔女っ娘タバサちゃん。
…うん、そのまんまじゃねえか。
タバサに引っ張られながら「あれ、これじゃあ下見した意味無くない?」とエスコートが全くできていない自身に情けなさを感じつつも、たどり着いたのは本屋。
では無く貴族様御用達の服屋さん。
ここは確か学院の女生徒向けに制服やマントを下ろしていたりもするはずである。
なんで知ってるかって?
下見で色々調べてたからだよ。決して疾しい気持ちで調べたんじゃあないんだ。信じてくれ。
店員が変な目で見てくるが俺が何をしたって言うのだ。少なくともまだ何もしちゃいない。
"用事"で一つマントが駄目になったらしく新調するために来たかったらしい。今身に着けているのは予備だとか。
されるがままに採寸されているタバサを横目に店内を見渡してみる。
オーダーメイドの店であるためクソ高そうな布地が所狭しと置かれているがサンプルとしていくつか完成品も展示されている。
歩き回りながらぐるりと見渡してとある一角に目を取られ…。
直ぐに逸らした。
遠目に見たからデザインは良く見えなかったが上質そうな生地で作られた三角形の布きれだった。
ここ、下着も作ってんのかよ。知らなかった。
だから俺が入った時に店員に変な目で見られたのか。
窺う様にちらりとタバサの方を見る。
目が合う。
俺は目を逸らした。…バレた?
なんか視線にジトっとしたものを感じたし、今も背中に突き刺さる様な視線を感じる。
気を紛らわす様に価値が分かりもしない生地をただぼーっと見つめていたらチョイチョイと袖を引っ張られる。
先ほどと大差ない視線を投げかけるタバサである。
「やあ、終わったかい?」
「下着、見てた」
硬直。
顔をまじまじと見てくるタバサ。
歪んでしまったまま張り付いた恐らく気持ち悪いであろう笑みを浮かべる俺。
汗が頬を伝って落ちていくのを感じる。
妙なプレッシャーを感じつつ、弁解の為に口を開く。
「いや、たまたま、そう、たまたま目に入っちゃって…」
「スケベ」
「いや、だから」
「スケベ」
「…はい。スケベですいません」
羞恥プレイを喰らって店から出た頃には良い感じに時間が過ぎており、今日の本題である食事へと向かう。
人の事を小声ではあるがスケベスケベと言ってきたタバサはどこ吹く風といった感じで隣りを歩いていた。
くそう、こんなので本当に大丈夫なのか?
本当にちゃんと伝えられるのだろうか、凄い不安だ。
うだうだ考えながらもきちんと目的地に到着する。
褒賞金に物を言わせて背伸びどころか『フライ』を使ってまで見栄を張るが如く、俺には全くといっていい程ご縁の無かったお高めのお店を選択したことに後悔は無い。
学院の生徒や、様々な場所で情報収集をした結果此処にすることを決めた。
学院の生徒でも背伸びをすればなんとか行けないことも無いという店選びである。褒賞金が無ければ俺には致命の一撃だった。
酒場とか大衆食堂くらいにしか行ったことが無い俺には、店に入る際にボーイ?みたいな感じの人に迎えられることすら衝撃であるが顔にはそれを出さない。動作はぎこちないが。
なんとか、やり過ごし席に着く。座る時に席をボーイに引かれるのが俺には妙に鬱陶しく感じられる。俺の手は一体何のために付いているというのか。
タバサは慣れたもので当然の物と言わんばかりのすまし顔だった。流石本物の貴族。ガリアの何処の貴族かは知らないが。
ガチガチに緊張する俺ではあるが、俺は今日この時のためにわざわざ礼儀作法に関する授業を真面目に受け、自習までしてきたのだ。ビークール、ビークール。
「まあ、遠慮せずに頼んでよ。お金の心配はしないで良いからさ」
「そこまで言うならそうする」
結果として俺はこんなことを気安く言ってしまったことを後悔することとなった。
肉やら魚やらパイやら何やら、果てにはチェック外だったのか俺が見たことは愚か聞いたことすらない料理の数々。
次々に運ばれてくる皿に俺は一瞬この店が食べ放題の店だったのかと思ってしまう。
下調べしたからそんな筈無いのは百も承知だが、どれだけこの娘は食べる気なのだろうか。
「?…食べないの?」
「え、ああ。食べる」
ものを飲み込んでから聞いてくるタバサに応じて、今まであまり気にしてこなかったテーブルマナーに四苦八苦しつつ料理に手を付ける。
こんな予定じゃあ無かったが食べなきゃ損だよね、と開き直って舌鼓を打つ。
なんなのかよくわからないが美味しい物を食べながら、タバサの方を見やる。
タバサを良く知らない人には何時もと変わらぬ無表情に見えるかもしれない。
そう見えるだけで実際には満足げに手に持つフォークやナイフの勢いを止めていない当たり喜んで貰えているのではないかと思う。
一応は自分の努力も無駄では無かったのかなと、タバサの様子を見ていると何となく嬉しくなる。
俺にとっては料理にかかっているソースよりも、そっちの方が良い調味料だった。
デザートまで食べ終わり満腹そうだからか軽く表情が緩んでいるタバサと少し休憩した後、さあ行こうかと会計をしたその時。
一気に袋の中身が3分の1近くにまで減ったことに戦慄し崩れ落ち膝を着きそうになる体を叱咤激励して何とかこらえる俺をタバサが店の外に引っ張り出し死刑宣告をする。
「次に行く」
「………ゑ?」
「次はスイーツ」
さっきあんなに、デザートまで食べたじゃないですか、と思わず聞き返した俺に別腹と短く答えたタバサは有無を言わさず俺を連行していく。
アカン。
いつぞやの妖精亭での一件が思い出される。
でも、惚れた弱みなのか、俺には抵抗できなかった。
その後何軒かハシゴしてすっかり頼りない重さになってしまった袋に内心涙を流す。嬉し涙ですよ、多分。
強がるのは置いておいて時刻はすっかり夕方。
食べすぎたので休ませてくれと訴え、1ヶ月ほど前、アルビオンに行く前に一緒にサンドイッチを食べた広場のベンチに2人並んで腰掛けている。
視界に映る風景からして恐らく同じベンチだろう。
「なんか食べてばっかりだったけど、どうだった?殆どエスコート出来てなかったけどさ」
「悪くない」
良いとは言って貰えなかったが少なくとも嫌がられてはいない。
悔しい反面、嬉しくもある。
夕日に照らされるタバサの横顔は以前戦争に行く前に見た時と同じで、やっぱり綺麗だった。
「そう言って貰えると助かるよ。俺もぐだぐだ言ったけど、やっぱりタバサと一緒に色んなお店回って食べ歩きするの楽しかったな」
「…本当に、嫌じゃなかった?」
「うん、嫌じゃなかった。嫌だったなら都合でもでっち上げて帰るさ」
無表情に見える端正なその顔に若干の不安みたいな色を見せながら聞いてきたタバサに笑いかけながら冗談交じりに返す。
うん。
覚悟を決めろ、ウルド。
時刻は夕暮れ、後は学院に帰るだけだ。
ここで言わなきゃ男じゃない。
「なあ、戦争に行く前に帰ってきたら話したいことがあるって言ったじゃないか」
「言ってた」
「聞いてくれるか?」
「……聞く」
すうっと息を大きく吸って深呼吸。
破裂しそうな程に鼓動が激しくなっている心臓を落ち着かせようとして、出来なかった。
言葉が途切れ途切れになりそうなくらい口が震えそうになるが一度真一文字に引き締め震えを抑える。
不安な気持ちに決意を押し潰されそうになるが、意を決して口を開く。
「歯が浮きそうになる言葉なんて俺は知らないから率直に言うぞ」
「…」
コクリと頷くタバサに言葉を続ける。
「好きだ」
「…」
「タバサ…君の事が好きだ。だから…」
「俺と、付き合ってくれないか?」
周囲の喧騒なんて最早耳が音として認識しない。
ただ、タバサの、好きな人の言葉を逃がさぬように。
見つめ続けているタバサの瞳に込められている感情は読めない。
沈黙。
吐息の音が聞こえる。
目の前のタバサのものだ。
大きく吸われた息に遂に答えが返ってくるのを感じ取る。
そうして、魅力的に映るその唇が可愛らしく動いて、紡がれた言葉は。
「……ごめんなさい」
拒絶の言葉だった。
言葉を言い終え、ベンチから立ち上がり歩き去っていくタバサの後ろ姿。
夕日に照らされたその綺麗な、真っ青で澄み渡った大空を思わせるような色の髪が揺れながら光を反射してキラキラと輝き幻想的な光景を創る。
そんな後ろ姿に無意識に手を伸ばそうとするも、何一つとして掴めるものは無かった。
雑踏の中にタバサの姿が消えると力を失ったかのように手が下りてしまう。
ベンチの、丁度タバサが座っていた、未だ彼女の温もりが残る辺りに手が下ろされると手が何かにぶつかった。
動かすのも億劫だが、顔を向けるとそこにあったのは袋。
感触からして恐らくお金でも入ってるのでは無いだろうか。
多分、今日の飲食代だろう。
律儀なものだ
「手切れ金って、奴なのかな?」
自嘲するように呟くと徐々に実感が湧いてきた。
俺、フラれてしまった。
オリ主がフラれるだけのお話。
自分から告白しておいて挙句の果てにフラれるオリ主はあんまり居ないと思います。
唐突に始まったラブコメもどき回も取り敢えずこれで最後。
雨に混じって雪降ってやがる。
嘘だろ。
まだ10月やぞ。