とある竜騎士のお話   作:魚の目

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書き溜めが…消えていく……






19話 エルフ驚異の先住魔法

 

「ねえ、サイト。タバサが居ないのは分かったわ。でももう1人昨日から一度も見てないのが居るんだけど」

 

「へ?」

 

「ロナルよ、ロナル。折角帰って来たんだから挨拶位して欲しい物よね~」

 

 タバサの事情について話を聞いた直後、キュルケから投げかけられた突然の疑問。

 ロナル、いや、ウルドの事か。

 そういえばちょこちょこ帰ってきていたタバサと違ってキュルケはずっとゲルマニアに居たから偽名だったってことは知らないのか。

 1人納得した。

 そういえばと、昨日タバサに襲われた時、空からやって来たウルドにレッドを借りた事を思い出す。

 空戦では口を出すなよと、厳しい言葉とは裏腹な柔らかい口調で言われたから何もせずにしがみついたままだったが、滅茶苦茶に揺さぶられるが何らかの戦術が感じられる動きで数十匹ものガーゴイルの群れと真っ向から戦って拮抗していたのには驚いた。

 目まぐるしく天地が変わる視界の中ルーンの力で知覚が強化されていた為、何とか見えていた光景。

 巧みな高度・速度両方の調節で一匹のガーゴイルも寄せ付けず。

 器用なことに、威力を下げたブレスを3連射することで最初の2発でガーゴイルを追い込んで最後の1発で正確に打ち抜いたり。

 逆に威力を上げたブレスで複数匹纏めて打ち抜いて火達磨にしていく。

 そんな、彼我の圧倒的な実力差が感じられる光景だった。

 俺、要らなくね?とサイトは思ってしまったが無理も無いだろう。

 途中でコルベール先生の『東方(オストラント)』号が「空飛ぶヘビくん」で加勢してくれたが、多分この心強い援軍が来なくてもレッド、いや、レッドさんなら問題なく全滅させただろう。

 「空飛ぶヘビくん」に乗ってルイズを助け出した後も上手い具合に助けてくれたし。

 そこまで考えた後どさくさに紛れてルイズとキスしたことを思い出してしまいにやにやしてしまう。

 

「ちょっと、サイト。聞いてるの?」

 

「ああ、わりい。えっと、ウルドの事だよな?」

 

「……誰なの、その人?」

 

 ああ、しまった。

 先ずはそこからだったっけと、改めてキュルケに説明をする。

 ロナルとして特殊な任務で学院に入学して。

 ロナルとして出兵して。

 功績を挙げて。

 本当の名前であるウルドとして学院に戻ってきて。

 タバサにフラれました。

 ざっくばらんに言うとこんな感じだろうか。

 

 

「…何か色々と見逃して悔しいけれど、取り敢えず解ったわ。で、そのウルドは?」

 

「たしか昨日タバサとの戦闘を代わって貰って、ルイズを連れ戻した後にレッドさんを返して……そういえば今日は見てないな」

 

「「……」」

 

 キュルケと顔を見合わせお互いに頷きあってからとある場所へ向かう。

 寮塔の2階、話題に上がった人物であるウルドの部屋。

 声を掛けても返事は無く鍵も掛かっていたがキュルケの『アンロック』にて押し入る。

 部屋の中には案の定人影は無く、椅子に掛けられたマントと何かの紋章の様な物が描かれた小さな布きれ、無造作に脱ぎ捨てられた制服、そしてテーブルの上に一枚の紙切れが置かれていた。

 紙切れを掴みあげて読もうとするが…。

 そういえば読めなかったっけ。

 仕方なくキュルケに渡しながら尋ねる。

 

「なあ、キュルケ。これ何て書かれてるんだ?」

 

「いい加減少しは覚えなさいよ。"探しても良いのよ?"……ウザいわね」

 

「ああ、ウザいな」

 

 わざわざそんなこと書かないでもっと建設的なこと書けよ。

 言葉にはしないが、表情を見るにキュルケも同じことを考えているだろう。

 しかし、これでタバサとウルドが行動を共にしている可能性が高いと分かった。

 暫くの間お互いに避け合っていた2人。

 そういえば戦って居た筈なのに昨日戻ってきた時には何故か前とあんまり変わらないような距離感に戻っていた気がする。

 それは置いておいて。

 レッドさんに乗っていたとはいえ7万の敵陣を突破した男と、今まで自分たちが助けられっぱなしになってきた少女だ。

 一先ずは安心だろう。

 本来ならそう思える筈なのだが。

 

 

(なんだってこんなに不安なんだよ?)

 

 

 言いようの無い不安に駆られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後直ぐにサイトがルイズ嬢と共にレッドに跨りながらフネを引き連れて帰って来るという超展開に頭が付いて行けなくなったのが昨日。

 そして本日。

 今まで自分一人で重苦しい事情を背負い込んでいたタバサだったので1人で何処かに行ってしまうのではないかという不安もあり睡眠時間を削りつつ警戒していたのだが。

 やっぱりと言うかなんというかタバサに置いてかれかけたので長期行動用に見繕った最小限の荷物を鞍に括り付けたレッドを駆り無駄に加速補助しながら何とか追いつく。

 いやー、褒賞金下ろしたばっかで助かったな。

 一応部屋には置手紙をしておいた。

 そうそう読まれることは無い気がするが。

 シルフィードの側面につけぐるっとそのまま一回転させて丁度ループの頂上、天地が完全に反転している所で飛び降りてシルフィードに取り付く。

 

 

「よっ…と。やーっぱり置いていきやがったな。…任務失敗のペナルティか?」

 

 

「そう。母の身柄を拘束された。…どうして来たの?」

 

 

「昨日のアレ、あんなクサいセリフを忘れたのか?…ありがとうって言ってたから了承だと勝手に解釈させてもらった」

 

 

「確かに気取ってた。似合わないし自分勝手」

 

 

 やっぱり、昨日の事怒ってるのかね…。

 怒られても仕方のないこととは言えもう決めたのだ。

 この娘の力になるって。

 

「なんとでも言ってくれ。例え地の果てだろうと着いて行くさ。それとも、やっぱり…イヤ?」

 

 嫌がられるとこちらとしてもちょっと弱い。

 それにしても、眠い。

 唯でさえ昨日は遅くまで起きていた上に今朝も早朝から張り込んでいたのだ。

 ストーカーって言わないでくれ。お願いします。

 

「……別にイヤじゃ、ない」

 

「?…悪い、今何か言った?」

 

「何も言ってない」

 

 眠気に気を取られていたせいで聞こえなかった。

 特に言い直さないなら大丈夫なこと、かな。

 しかし、レッド以外の竜に乗った経験は無いので新鮮な感覚だ。

 

 

「怪我、大丈夫?」 

 

「どってことねえよ。処置はしたから放っときゃ治るさ。そっちこそ大丈夫か、かなり激しくぶつかったろ?」 

 

「問題ない」

 

 左腕の事を心配してくれたのか顔の向きは前方に固定されたままだがタバサが聞いてくる。

 ちょいと穴ポコが開いたが特に問題ない。

 秘薬を使うのも面倒なので適当に縫っておいた。

 クソ痛かった。

 むしろタバサの方がヤバいんじゃないかと昨日を思い出して内心冷や汗をかく。

 いつも通りの声色だが思い出してみればやっぱりちょっと心配。

 だからと言って無理矢理ひん剥いて確かめる訳にもいかない。

 "任務"とやらでこういうのには慣れているだろうから一応大丈夫、かな。

 まあ本人が大丈夫だと言っているので信じる他ない。

 しかしまあ。

 

「ふぁあ」

 

「…眠いの?」

 

「ちょっち」

 

 眠い。

 精神力の損耗はそうでもないが、余り寝ていないから肉体的な疲労が残ってる。

 最も、それはタバサも同じであろうが。

 無理矢理ついて来たというのにこの体たらく。

 しかも相手はハルケギニア1の大国ガリアだってのにな。

 俺もヤキが回ったもんだ。

 後悔なんぞする気も無いが。

 結局目的地、ラグドリアン湖のガリア側の岸部からちょっと行った所だったがそこに着くまで眠気と格闘している俺であった。

 締まらねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛び続けること数時間、水精霊の住んでいるとされるラグドリアンの湖を越えてトリステインの対岸、ガリアの領地。

 古びた館の前に降り立てば、先ず目に付くのはガリア王家の紋章。

 バッテン印の傷が有るのは廃嫡とかお家取り潰しの印とかそんな感じだろう。

 

 

『レッド、上空を旋回しつつ警戒。何かあったら知らせろよ』

 

 

『ウルドも気を付けろ。何か、ざわざわした感覚がある』 

 

 

 大きく翼を広げ風を巻き起こしつつ羽ばたき空に舞うレッドを見送る。

 見ればタバサもシルフィードに何か言っている。

 暫くするとシルフィードもまたレッドと同じ様に空に舞い上がっていった。

 

「タバサ。レッドが怯えている。気を付けたほうが良い」 

 

 

「わかってる」 

 

 

 風に木々が揺られる音以外何も聞こえない。

 小鳥の囀り位あってもおかしくないだろうに。

 なるほど確かに嫌な雰囲気だ。

 持ってきた装備は上から兜に新しく買ってみた口元を保護するためのマスク、軽鎧、その下には鎖帷子、腕には手甲。そのほか要所要所のプロテクター。

 つまり戦争時と大差ない装備である。用心のためだ。

 一応マントもつけてはいるが念には念を入れて素性を示す装飾の入っていないものを使っている。

 他も同様に紋章などは全て完全に剥ぎ取ってきたし実を言うと制服も持ってきてはいない。

 屋内での戦闘が想定されたためハルバードは邪魔かと思いレッドに預けたまま。

 腰の剣を抜き放ち臨戦態勢に移る。

 昨日の戦闘で『ジャベリン』の機動を無理矢理変えた為少しばかり心配ではある。

 一息ついたら刀身だけでも変更するべきかもしれない。

 

 

「俺が前、タバサが後ろ。異論は?」 

 

「無い」

 

 タバサに指示されるままに玄関扉を開いて中に入る。

 しんと静まり返る館の中には人の影は気配も感じられない。

 なるべく熱を知覚できるよう集中する。

 火のスクエア・メイジとしての知覚はチョットしたサーマル・センサーのようなものがある。

 壁とも生き物とも違う違和感の塊とほんの2つだけ、何かの熱を感じる。

 片方は恐らく人間、そうでなくとも何らかの生物だろうが、もう片方は壁が厚くて判然としない。

 

 

「ガーゴイルと思しき物複数以外に生命反応は恐らく2つ、片方は壁に阻まれて良く分からん。もう片方は向こうの廊下を真っ直ぐ行った先。ガーゴイルも同じ方向だ」 

 

 

「…母さまの部屋の方向」 

 

 

「あらら、ならそっちか」 

 

 

 ぎゅうと杖を握りしめるタバサの顔は怖いばかりである。

 始めてみた心の底からの怒りの表情だ。

 あんまり見たいものでは無い。

 そのまま突き進んでいけば廊下にある部屋から出るわ出るわのガーゴイルの群れ。

 放たれる矢を駆けよりながら『発火』で舐め取る様に燃やしつくし、火事を起こさぬように解除した後に踏み込みのままに一番前の奴を左肩から腰の右側にかけとバッサリと袈裟斬りにする。

 振りきった直後に背後に冷気の発生を感じとり、倒れんとしている目の前のガーゴイルを足場に跳躍。

 剣を投げ捨てつつ廊下の天井と壁にある装飾の出っ張りに両手両足でNINJAさながらに引っ付き、昨日より遥かに速い速度で飛翔する『ウインディ・アイシクル』をやり過ごす。

 ガーゴイルに突き刺さり吹き飛ばしながら後ろを巻き込んでいく一段と強くなった威力に感嘆の念を覚える。

 …もしかしてタバサ、スクエアになってね?

 感情の昂りで位階が上がるということは聞いたことがある。

 よっぽど腹に据えかねてるのか。俺にじゃ無い、よね?

 

 

「胆が冷えたぜ。殺す気かよ」 

 

 

「ウルドなら避けると信じてた」 

 

 

 この言い様である。

 まあ、避けられるけどさ。

 やっぱり、嫌われたか?

 いや、そんなこと考えてる暇は無い。

 昨日からロクな目に遭っていない愛剣を回収して更に奥に。

 この後は特に何も起きず、それはそれで逆に嵐の前触れのようで気味が悪いが、一際大きな観音扉の部屋に辿り着く。 

 

 

「ここか。…動きは無いが確かに居るな。開けるぞ」

 

「…」

 

 扉を盾に隠れる様に開けて中を覗き込む。

 窓が開け放たれているのか風が入ってきており澄んだ空気が感じられる。

 窓の方向には目もくれず、熱を感じた方向に何時でも動ける様に姿勢を低くしながら体を向ける。

 男。

 此方に背を向け本棚に向かい手にはそこから取ったのか本がある。

 ページをめくる音。

 余程自信があるのか、救いがたい程のバカなのか。

 どちらにしろ異様である。

 恰好もそれに拍車をかけている。

 ハルケギニアのどの国家でも見られない何処か異国の雰囲気を漂わせる衣服。

 羽根つきのお洒落な帽子からは綺麗な金の長髪が覗いている。

 

 

「母を何処にやったの?」 

 

 

 抑揚の無い言葉で男の背にに問いを投げかける。

 俺知ってる。ブチ切れると逆に感情が出なくなるって。

 男は声を掛けられて漸く俺達の存在に気付いたのか「母?」と間抜けにも振り向きながら声を上げる。

 余りに日常的な仕草に逆に警戒を覚える。

 小声且つ早口で『マジック・アロー』を唱え、発動を遅延する。

 もう一度母は何処なのかと投げかけられたタバサの質問に得心がいったのか、行先は知らないと答える男。

 あ、やばいと思った時には時既に遅し。

 タバサを止める間もなく男の胸に向かって氷の矢が射出され。

 驚愕する。

 

 ピタリ。

 

 まるで擬音が聞こえてくるかのような光景。

 さも最初から止まっていたかのように急速に速度を失い床に落ちて砕け散る氷矢。

 異様な雰囲気が極まって俺は警戒を最大限まで引き上げる。

 今までは一応タバサの家だという事で遠慮していたが、この家が焼け落ちかねない規模の魔法を行使することも視野に入れる。

 詠唱が無かったのは、良い。

 既に準備が終わっていたとも考えられる。

 だがさっきの光景を見るに、風魔法で速度を殺したとか言う次元じゃない。

 慣性を打ち消してるんじゃないかと思ってしまう位の一瞬での停止。

 

 

「この、"物語"というのは興味深いものだ。我々には無い文化だ。お前たちも良く読むのか?」 

 

 

 もう一度放たれる複数の矢。

 それは狙い違わず男を打ち抜くと言う所でまたも停止する。

 あんなの反則だ。

 同時に撃った俺の『マジック・アロー』も寸でのところで停止し霧散した。

 男は攻撃されたことを意に反さずただ"物語"とは良いものだと仰々しく、長ったらしく演説する。

 奴の言ってることは殆ど頭に入って来ない。

 焦りが頭を支配していく。

 奴の使った手品。

 あれはもしや…。

 

 

「…先住魔法」 

 

 

 ポツリと呟かれたタバサの言葉は、俺が思い浮かべたものと同じで。

 系統魔法以外のもう一つの魔法。

 そんな物騒なモノを扱えるなんてこいつは。

 

 

「お前たち蛮人はどうしてそう無粋な言い方をするのだ。…まあいい」 

 

 

「蛮人呼ばわりとは失敬だな。てめえ、『人間』じゃあねえな?」 

 

 

「気に障ったのなら謝ろう。失礼した。確か…お前たちには初めて会った相手に対して帽子を取って挨拶するという礼儀があったな」 

 

 

 何処か勘違い外国人みたいな印象を受けるが、挨拶をする為に帽子を取ったその姿は、なるほど、正に『異邦人』であろう。

 長く尖った耳。

 

 

「私は"ネフテス"のビダーシャルという。出会いに、感謝を…」 

 

 

 出会いに感謝を、か。

 感謝は出来ねえな。

 クソッタレが。

 

 

「俺はウルド、こっちはタバサ。悪いがこっちは生憎と感謝できそうにねえな」

 

「エルフ」

 

 タバサからは驚いたような声が上がる。

 一応挨拶しつつ逃げる算段を組もうと試みるが、相手が他にどんな手品を使ってくるか分からない為お手上げだ。

 レッドに意思を飛ばす。

 

『レッド、相手はエルフだ!繰り返す、相手はエルフだ!合図と同時に館から脱出するから俺らを回収しろ!何処から外に出るかは分からん。だから、それまで館全体を見渡せるように高度を上げて旋回待機!』

 

『な、どういうことだウルド!本当にエ…』

 

 伝えて即打ち切る。

 集中したいのだ。

 

 

「ふむ、一人多いようだがまあ良い。そこのお前に要求したいことがある」 

 

 

 タバサの方を向きながら言うエルフの男、ビダーシャル。

 俺には用が無いらしい。

 当然だろう、勝手に着いてきたのは俺だからな。

 好都合だ。

 小声で『熱風』を詠唱、一応火を1つ足して威力を底上げした上で、発生を遅延する。

 奴の防御を貫けるかは、分からない。

 

「なに?」 

 

 

「要求と言うのは、抵抗しないで欲しいという事だ。我らエルフは争いを好まないし、お前が望もうと望まないとに関係なくジョゼフの元に連れて行くと約束してしまったのだ。だから、大人しく同行してもらいたい」 

 

 

 人をバカにしたようなその物言い。

 他人事ながら頭にくる。

 舐め腐りやがって。

 言われた本人であるタバサは。

 

 

「ラグーズ・ウォータル・デル・ウィンデ…!」 

 

 

 案の定と言うか。

 それにしたって問答無用すぎるから何かカチンとくるところがあったのか。

 極寒の敵意をその瞳に宿したまま『アイス・ストーム』を詠唱。

 集まる氷の粒は昨夜見たものよりも明らかに大きく、発生する風も鋭さを増している。

 近くにいるだけで怖気が走るそれがどこか遠慮のような表情が見受けられるビダーシャルを包み込んだ時。

 

 

 俺はタバサに向かって走り出した。

 目に映るタバサの足元にはいつの間にか粘土の様に姿を変えた床が足かせとなっていて。

 突如としてタバサの制御を離れ向きを変える氷嵐。

 

 

 タバサに向かって進行方向が『反転』し猛進する氷の嵐に、それまで止めておいた『熱風』をぶつけ、間に立ち塞がる。

 

 

「速く足を何とかしろタバサーッ!!」 

 

 

「!?」 

 

 

 ぶつかり合う2つの魔法の余波で激しく蒸気が発生する。

 風の勢いが、強すぎる。

 もともと『熱風』の勢いはそこまで強くない為徐々に押されていくのをドバドバ精神力を注ぎ込むことで抑え込もうとして、出来なかった。

 体積と数を減らした氷の粒が俺の体のいたる所にぶつかり肉を削り取ろうとする。

 両腕で顔、特に目を庇いながら耐え続ける。

 頬の肉が一部こそげ取られ、装甲の隙間から入り込んだ粒に中身を傷つけられ、特に防御の薄い脚から血が噴き出す。

 『熱風』は既に解除して、単純な『ウインド』で何とか進行を遅らせている。

 一瞬に近い時間が引き伸ばされたかのような感覚の中で漸く背後からタバサの気配が消えたところで即座に離脱。

 痛む体を押して扉付近に退避したタバサの元に向かう。

 

 

「ウルド、助か…!?その傷は」

 

「心配するな、見た目は酷いがそこまで傷は深くない。浅くも無いがな。それより」

 

 強がって後々足を引っ張るのも嫌なので素直に申告する。

 

「制御が効かなくなった」

 

「ああ、それに向きが反転した」

 

 試しに『ファイヤー・ボール』を牽制がてら最小出力で打ち込めば。

 何かの膜の様なモノとぶつかり、一瞬の拮抗の後に向きを変え俺に向かって直進してくる。

 即座に発動させたブレイドで『ファイヤー・ボール』を切り払い打ち消す。

 

「ダメみたいだ。撤退しよう」

 

「でも」

 

「目的は君の母親の救出だろう?なら、勝ち目の見えない相手と戦う必要はない」

 

「もっと強力なスペルを使えば良い」

 

「詠唱する時間を与えてくれるか分からないし、それで反射されちゃあ今度こそお終いだ」

 

「…わかった」

 

 油断なくビダーシャルを見据えつつ話す。

 タバサも少し落ち着いてくれたようで了承してくれた。

 ならば。

 

 

「俺がフライで君を運ぶ。君は魔法で後方からの攻撃を迎撃してくれ」

 

「任せて」

 

「よし。タバサ、ごめん」

 

 先に謝り、タバサを抱きしめるような形で左腕のみで持ち上げる。

 先ほどの氷嵐で昨日の傷が開いていてズキリ、と痛むが無視できない痛さじゃあない。

 そのまま右手に持つ剣でフライを唱え、フワリと浮き上がる。

 

「逃げるというのか?」

 

「勝てない戦はあんまりしないんだ」

 

「逃がすと思うか?」

 

「逃げるさ」

 

 横滑りするようにビダーシャルを見据えたまま開け放たれたままの扉まで飛びそのまま廊下に飛び出る。

 廊下に出た直後床だけでなく天上や壁など至る所から粘土上の腕が伸びる。

 蹴りを入れるなどの接触も危険と判断し最大速度で飛び抜ける。

 後ろからの腕はタバサに任せればいいのでただ俺は前方を見据え続ける。

 後方でタバサの攻撃が炸裂しているのか轟音が聞こえてくる。

 後ろに気を取られることなく、ただ前方の障害物()を掻い潜り廊下の直線をそのまま真っ直ぐに飛び続ける。

 高度や位置を微調整することで避けていくのは神経を徐々にすり減らしていく。

 前方、廊下の突き当たりに遠目ながらお誂え向きの窓を発見する。

 

 

「たく、俺は竜に乗って飛ぶのが得意なだけで自分で飛ぶのは其処までなのにさ。タバサ!正面、廊下の突き当たりの窓、吹き飛ばせるか?!」 

 

 

「少し待って」 

 

 

 見上げる様に頭を動かして窓を見据えるタバサ。

 数瞬の後に、視界に映る窓がバラバラに砕け散り前方に現れた腕をギリギリ回避して窓の跡地をくぐる。

 

 

『出たぞレッドー!!』 

 

 

『分かった!!』 

 

 

 

 大地を後ろに背面で飛び高度を上げれば見えてくるレッドの影。

 そして。

 

 

 

 

 

 いつの間にか館の屋根の上に佇んでいたエルフ、ビダーシャル。

 

 

 

 

 

 

 視界に映る大気が揺れる。

 何かが揺らめく様に見えたそれは。

 風で編み込まれた網、か?

 呆然とする俺達を捕まえるべく放たれんとしたそれは。

 しかし何かに抑え込まれるように、放たれることは無かった。

 

 

 上空、レッドとは違う方向から降下してくるシルフィード。

 

 

 俺達を庇うようかのように前方に滞空する。

 何だというんだ?

 

 

『ウルド!』 

 

 

 投げかけられた思念に正気を取り戻す。

 上空から降下し続けるレッドがビダーシャルに向かいブレスを撃ち出す。

 轟々と燃え盛るそれはレッドが出せる全身全霊の一撃であり、猛然と獲物に向かって直進する。

 

 しかし。

 

 想定していた通りではあるが膜を貫くことは無く。

 爆炎の砲弾は既にレッドが通り過ぎていた所目掛けて向きを反転し、小さな豆粒に見えるくらい遠くまでいった所まで飛んでから力を失い消えた。

 

「な、『反射』だとォッ?!」

 

 何か知っているのか声を上げて驚いている、近くまで来ていたレッド文字通り飛び乗る。

 そのまま反転し極力距離を離す。

 シルフィードも滞空するのを止めて此方に足並みを揃え様と飛翔している。

 

「話は後だ。レッド、全速で離脱!トリステインには…逃げられないか。ガリアの何処に向かえばいい?!」

 

「私が指示するからその通りに飛んで。まずは南に」

 

「分かった。2人とも、しっかり掴まっていろ!」

 

 

 取り繕う事すら止めたレッドの声に従いその背にしがみ付くように乗ったままタバサの実家を後にする。 

 ビダーシャルは、追ってきてはいないようだ。

 しばらく飛び続け、ようやく大丈夫かと安堵を覚えたその時。

 

 

 少しばかり血を流し過ぎたのか、ふっ、と意識が遠のいて行った。

 

 

 

 





オリ主、一時的に突発性難聴に罹患。
そして敗走。

もう1つの生体反応はペルスランさんです。
急いで逃げたので哀れにもペルスランさんは存在を忘れ去られました。

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