とある竜騎士のお話   作:魚の目

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20話 休息

 

 

 パチパチ、と何かが弾ける様な音が聞こえる。

 左半身に感じる熱、焚き火、かな。

 そこ以外にも、暖かなものを感じる部分があった。

 後頭部と首元。

 何だろう。

 そういえば俺ってエルフから逃げてたんじゃなかったか?

 湧き上がってきた警戒心から漸く重い瞼を開けることに成功する。

 暗くて明るくて、どうやら今は夜で月が出ているのではないだろうか。

 未だボンヤリとしている視界でそう判断する。

 目の前には何かの影、後ろに月が輝きぽつぽつと星が瞬いている夜空が見えるのでどうやら仰向けに寝ている様だ。

 月の光を遮り俺に影を落としているそれにピントを合わせる。

 徐々にぼやけが消えて輪郭や色がハッキリしていく。

 焚き火の赤に照らされたそれは。

 透き通るような青い髪に、これまた綺麗な青をした虹彩に彩られた目。青が映える真っ新な絹の様に白い肌。

 

 

「タバサか…」 

 

 

「目、覚めた?」 

 

 

 名残惜しさを感じつつ頭を押さえながら起き上がる。

 所々体が痛むし、少しフラフラするがまあ大丈夫だろう。

 意識を失う前、エルフを振りきった直後が思い出される。

 止血せずにしばらく放って置いたから、血を流し過ぎたな。

 戦装束の外された自身の肉体の状態を手で触れて確かめる。

 体のいたる所に巻き付けられた、所々血が滲んでる包帯。

 半ミイラ男状態だ

 

 

「これ、タバサがやってくれたのか」

 

 

 両腕を持ち上げ包帯を見せる。

 

 

「ええ。…秘薬も無いし、私も『ヒーリング(癒し)』が得意ではない。完全には癒せなかったからウルドの持ち物から拝借して使わせて貰った。ごめんなさい…」

 

「謝ることは無いよ。俺なんて使えやしないんだから。本当に、助かったよ。ありがとう、タバサ」

 

 

 しょんぼりしたようにどこか落ち込んだ雰囲気を見せるタバサにお礼を伝える。

 

 

「でも、傷が残る」 

 

 

「戦いが生業なんだ。そういう時には勲章って言い換えるんだぜ?」 

 

 

 おどけた調子でフォローを入れると少しはタバサの纏う雰囲気が柔らかくなった、かな。

 良かった。

 

 

「ところで、今は何処にいるんだ?」 

 

 

 意識がずっとトんでいた為本気で分からん。

 タバサが説明の為か、口を開く。

 

 

「リュティスへ向かう途中。ラグドリアン湖から300リーグほど南」 

 

 

「大分南下したな」

 

「母の情報が欲しかった。…ごめんなさい」

 

「その為に着いて来たのさ。謝る必要なんてこれっぽっちも無いぜ。まあそれでぶっ倒れてちゃ世話無いな。…こっちこそ、ごめん」

 

「良い………ありがとう、ウルド」

 

 

 それっきりお互いに黙り込んでしまった。

 無言のままに手渡された焚き火で焼かれていたナニカの肉、タバサが獲ったのかは分からないがそれを胃袋がビックリしない程度にゆっくりと食べる。

 咀嚼音に混じり、夜風に吹かれて木々が揺れる音が聞こえてくる。

 食べ終わり、1人分の隙間を空けて大木に身を委ねる俺とタバサ。

 それは奇しくも、以前2人で図書館に通っていた時と同じ様な位置取りである。

 いや、もしかしたら、その時よりもちょっと近づいているかもしれない。

 だからなのか。

 非常時だってのに、タバサの事を意識してしまっている俺が居る。

 横目にチラリと視線を向ける。

 少し眠いのか俯きがちになっている。

 ついついスカートから覗く、白いタイツ?いやスパッツか?それともレギンス?まあ良く分からんそれに包まれた足に目が行ってしまう。

 俺、さっき膝枕して貰ってたんだもんな…。

 温もりを思い出して後頭部と首元が熱くなる。

 

 

「何?」

 

 

 視線に気付いたのかタバサがちょっと疲れたようなその顔を此方に向けてくる。

 心臓がドキンと跳ね上がりそうになる。

 

 

「ああ、いや。……足、痛くなかったか?」

 

「平気」

 

「そうか。良かった」

 

「…また、して欲しいの?」

 

 

 ぶふぅ、と息が漏れる。

 何、その不意打ち。

 反則だよ。

 エルフの野郎並みに。

 

 

「いや、そうじゃ無くて。眠そうだしタバサも少し休んだらどうだ?俺はさっきまで寝てたから元気だし、見張ってるよ」 

 

 

「ありがとう。でも、感情が昂ってどうしても眠れない」 

 

 

「そっか。眠れそうなら何時でも眠れよ?」 

 

 

「そうする」 

 

 

 心臓の鼓動は激しくなったまま元に戻らない。

 あれか?

 頼んだら、また膝枕してくれるのだろうか?

 思わずごくり、と唾を飲み込んでしまう。

 いやいや何を考えているのだウルドよ。

 これでは破廉恥な男という不名誉な烙印を押されてしまうぞ。

 そうだ、落ち着け、落ち着け。

 森の中、周囲の木々の間を風が吹き抜けていく。

 中々に強い風。

 春とは言え、夜だし、内陸だしで大分冷えるものだ。

 少し、冷静になった、筈。

 

 

「冷えるな…」 

 

 

「同感」 

 

 

 女の子だから俺よりもこういうのは堪えるだろうに。

 …。

 気付けば横、タバサの側、寄りかかっている木の幹の上に掌を上に左手を伸ばしていた。

 アホか、何やってんだろうな俺と一人ごちる。冷静じゃないねやっぱり。

 

 

 ふわり。

 

 

 左手を包み込む感触。

 思わず目をやれば、俺の手に重ねられたタバサの左手。

 ひんやりとした華奢な手が、マメだらけでごつごつとした手に重ねられている。

 柔らかさの中にも硬さが感じられる。

 あれだけの使い手だからな、マメだって有るわな。

 そういえば手の冷たい人は優しい人だって聞いたことがあったっけ。

 突然の衝撃に混乱して思考が逸れた。

 …。

 こんな冷たくなるまで我慢していたのか。

 まあ、我慢と言う表現はちょっとおかしいか。 

 

 ギュッと手を握れば、抵抗するどころか握り返してくる。

 尻を動かしてちょっとずつタバサの方に近づく。

 尻が幹に当り、邪魔だと言わんばかりに乗り越える。

 既に幹の上に手は無い。

 絡み合ったまま少し持ち上がった状態。

 そうして障害物を乗り越えお互いの肩がが触れ合って―― 

 

 

 

 

「ウルド、起きたのか?」

 

 

 

 

 直ぐに離れた。

 

 荷物の中身の一つであった衣服に身を包む、捕まえたらしいウサギっぽいのを片手に何処からか戻ってきた人間形態のレッドが現れたことで、驚きのあまりお互い弾かれる様に距離を取った。

 …この野郎、と思う反面危なかったと空気を読まなかったレッドに感謝する気持ちも覚えた。

 

 顔から火が出そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体調が大分良くなったので一応色々と着込んで。

 もうしらばっくれることもできない為、レッドが火竜改め火韻竜であることをタバサに説明すれば、向こうも少し考え込んだ後で警戒の為に飛行していたと思われるシルフィードを呼び戻しそっちも風竜では無く風韻竜の幼生であることを明かしてきた。

 さっきのあれといきなりすぎる告白で「ああ、そうなんだ」としか言えなかった。

 「よろしくなのねー、ムキムキ人間」と気が抜けそうになる声で挨拶してきたと思ったらいきなり光に包まれて、中から女性が出てきた。

 全裸の。

 レッドに張り合ったらしい。

 大分前のレッドとのやり取りを直前で思い出したため、現れると同時に後ろを向くことに成功した。ちょっと肌色が見えてしまったが。

 タバサが持ってきていた衣服を引っ張り出すまでの間、仕方ないので所々ボロボロになっていた俺のマントを貸したが、某ヤマサキさんのように「逆にエッチじゃない?」と言ってしまいそうな、なんとも悩ましい恰好でやっぱり視線を逸らさざるを得なかった。

 それは兎も角、意味深な事をほざいていたレッドを問いただす。

 

 

「レッド、ブレスが弾かれたときに『反射』とか言っていたよな?知っているのか?」 

 

 

「ああ、知っている。私やシルフィード以外に他の竜たちや、ウルド達が幻獣と呼んでいる者たちは大なり小なり規模の差はあれど精霊の力を行使することができる」 

 

 

「前にも精霊がどうたらと言っていたな」 

 

「うむ。それ以外でも亜人と言われている者たちもまた同様の事が出来るが恐らくはこのハルケギニアの中で、エルフたちはこと精霊の扱いに関しては抜きんでて秀でている」

 

 

 俺もタバサも黙ったままレッドの言葉を聴き続けている。

 早く進めろと無言の圧力をかけてしまうが、レッドも少しばかり急いでいるのか直ぐに続ける。

 

 

「さて、奴が使っていたのは『反射』という、文字通り全ての攻撃を打ち返す、恐るべき防御魔法だ。その場の精霊と契約しなければ使うことは出来ないが、一度使用されれば攻防一体の恐るべき城塞と化す」 

 

 

「…対処法は?」

 

「私も父母に教えられただけでな。確か、限界以上の一撃をぶつければ破れるとは聞いたが…。そこまでの威力を出せるものもそうはいないだろう」

「私も全力のブレスを弾かれてしまったからな。これでも父母よりも強力で、自信があったのだが…」

 

 もしかしたらもう一度戦うことになるかも知れない、いや、タバサの母親を助け出すのなら間違いなくもう一度対峙することになるであろう相手。

 タバサも真剣な眼差しでレッドに問うが困り果てたような表情でしょんぼりしながら答えるレッドに肩を落とす。

 先住魔法、いや、レッド曰く精霊魔法についてもう少し聞いてみる。

 系統魔法と精霊魔法の違い。

 個人の意思で『理』とやらを捻じ曲げて行使するのが系統魔法、『理』に沿ったまま行使されるのが精霊魔法、との話。 

 分かるような、分からない話である。

 能動的に無理矢理使うのか、受動的に無理なく使うのかという違い、なのか?

 良く分からん。

 しかし。

 

 

「奴が『理』に沿っているんなら、俺らの魔法でその『理』って奴その物を捻じ曲げることはできないのか?」

 

「そこまでは分からん。ただ、恐らく無理だろう。ウルド、お前は巨大な天変地異を抑えることは出来るか」

 

「自信は無いな」

 

「なんでそこで出来ないと言わないのだ…。まあ、つまり、ウルドが相手にしようと考えた物はそういった自然その物の、巨大過ぎる力だ。正面から打ち克とうという考えは捨てた方が良い」

 

 

 負けず嫌いなんだ、チクショウが。

 厄介過ぎて話にならん。

 落ち込みそうになる俺をレッドがフォローする。

 

 

「まあ、発想その物は良いかもしれない。『理』を歪めるのではなく、乱すことなら出来るだろう」

 

「乱す?」

 

「そうだ。その場に満ちる精霊をウルド達の魔法で乱すことで、相手の魔法行使を多少なりとも妨害出来る可能性は十分にある」

 

 

 ふむ。

 多少なりとも『反射』できる上限が減れば『収束』と合わせたスクエア・スペルの全力行使で何とかなるかもしれない。

 道は、見えたか?

 

 

「『反射』が弱まるなら、ブチ抜けるかもしれないな。タバサはどうだ?」

 

「自信は無い。だから、貴方の援護をする」

 

「そうか、その時が来たら頼む」

 

 

 これで話は纏まったのかな。 

 通じるかどうかは分からないが方針はこんなもので良いか。

 そういえば。

 

 

「あの時、風の網が不自然に止まっていたように感じたけど…」

 

 

「良くぞ聞いてくれたのねっ、ムキムキ人間!!」 

 

 

 今度こそ衣服を身に纏ったシルフィードがその大きなモノを揺らしながらビシッと指をさしてきた。

 何処となくタバサと似たような顔立ちだったり髪や瞳の色だったりするが、元となったと思われるタバサ本人には無いモノがある。

 ナニとは言わない。

 其処まで似せるなら最後まで似せろやと言いたくなる。

 タバサの視線がキツくなった気がするからもう考えるのはやめる。

 そんなシルフィード、本人曰くイルククゥらしいが、取り敢えずシルフィードはその瞳を輝かせながらドヤーンとした表情を浮かべている。

 ああ、聞くんじゃなかった。

 ウザそう。

 

 

「何を隠そうこの私、イルククゥがお姉さまを助ける為に頑張って抑え込んだのね!お前はついでなのね」

 

 

 別についででも助かったのだから良いのだが…。

 推定年齢20歳程度の女性に見える姿できゅいきゅい言われるとかわいそうな人に見えてしまう。

 

 

『レッド、お前以外の韻竜は皆こんな感じなのか?』

 

『イルククゥは竜としてはまだ幼い。だからちょっと落ち着きが足りないのだ。…多分』

 

 

 自信なさげに思念を飛ばすレッドを胡散臭そうな目で見つつ此処で話し合いは終了することとなった。

 タバサと元の姿に戻った竜2頭は寝ることとなり、俺はそのまま見張ることとなった。

 

 

「さて、明日も早いだろうから何とか寝ろよ、タバサ」

 

「…おやすみなさい」

 

「ああ、おやす――」

 

「申し訳ないが、その『明日』とやらを迎えさせるわけにはいかない」

 

 

 何の気配も無く突然現れて、ごく自然に会話に割り込んでくる誰か。

 いや、声だけでも充分誰なのか分かった。

 咄嗟に足元に置いていた剣を引っ掴み詠唱を始めて。

 

 

 風に吹き飛ばされた。

 かはっ、と吹き飛ばされた方向にあった木に叩きつけられて肺から空気が漏れる。

 ずるずると木にもたれ掛りながら崩れ落ちていきそうになるのを何とか堪えてふら付きながらも立ち続ける。

 背中からぶち当たったが立ち上がれるので背骨は折れていないだろう。

 しかしバランスが取り辛い、三半規管がやられたのか。

 揺れる視界で見てみると既にタバサやレッドにシルフィードも戦闘態勢に入っている。

 

 

「随分しつこいな、エルフさんや」 

 

 

「此方にも事情が有ってな、どうしてもそこの娘をジョセフの元に連れて行かねばならんのだ」 

 

 

 ジョセフ、館でも言っていたがガリア王のことか?

 精神力も体力もまだ完全には回復していない。

 だが。

 奴は今ここにきた。

 まだ、ここの精霊とやらとは契約をしていないのではないか?

 だったら。

 

 

「ウル・カーノ・カーラ・ウルル・ラーヴァ…!」

 

 

 火の2乗と風1つ、『火砲』のスペル。

 風で酸素の供給量を高めることで青白い高温の炎を発生、一直線に高圧放射するトライアングル・スペル。

 剣の振りに合わせて夜の闇を青白く染め上げる直線が奔る先には余裕の表情を浮かべたビダーシャル。

 その表情に背筋が凍る感覚を覚えた俺は即座にその場を離脱して。

 

 

 想像通り俺の元居たところを青白い炎が奔った。

 

 

 丁度俺の後ろに在った木が燃え上がり辺りを赤々と照らし始めた。

 

 

「チクショウが。マジかよ…!」

 

「一度逃げられた相手に何の準備もせずに接触するとでも思ったのか?」

 

 

 ごもっともなことだ。

 精霊との契約なんてそんな簡単にできるものなのか。

 タバサが杖を油断なく杖を構え、レッドとシルフィードが凶暴な唸り声を上げるのを耳にしながら俺は。

 頬を嫌な汗が滴り落ちていくのを感じながら、手の震えを隠す様に愛剣を握りしめる力を強めた。

 

 

 





美少女と野獣。
傍目から見ると犯罪にしか見えない情景であることは確定的に明らか。

帰ってきたラブコメからの追撃者。

オリジナル(?)・スペル紹介

『火砲』

火2つ、風1つのトライアングル・スペル。
オリ主の独白通り、風で周囲の酸素を集め酸素の供給量を高ることで青白く高温の炎を一直線に放射する。
『発火』の強化版…と言いたい所だがアニメ2期でコルベール先生がメンヌヴィル相手に使っていた炎みたいな感じ。
パクリって言っても良いのよ?
アレよりも細くして更に熱量を上げたことで火炎放射器みたいになっているが。

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