とある竜騎士のお話   作:魚の目

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骨盤って捻挫するんですね。初めて知りました。






22話 蠢く誰かさん

 

 

 深き森の中に広がる、荒野の様な不毛の大地。

 周囲に転がる樹木と思しき物の残骸は全て炭化しており、この焼野原一帯が空恐ろしい程の熱量を孕んだ炎に焼き尽くされたという事が窺える。

 そんな荒れ果てた土地に立つ、大小二つの影。

 片方は巨大な体躯を誇る火竜。

 もう片方は全身を満遍なく包帯で覆いその上からマントや軽鎧などを着込んでいる男。

 確かめる様に一歩一歩大地を踏みしめる動きに応じて揺れるマントから覗く包帯には所々血が滲んでおり、未だ傷が癒えてない有様を見せつけている。

 その足取りは鎧に隠された部分を含めて全身を包帯で覆われた満身創痍の人間には似つかわしくない程しっかりした物だった。

 巨竜はそんなある種異様な風体をした男に付き従う様に、男から一歩下がった位置を保ち続ける。

 不意に両者が立ち止まる。

 焼野原のほぼ中心部。

 焼かれ崩れ落ちている樹木の中で一つだけ、その大きさからか大地に根を張ったままに燃え残っていた大木の残骸。

 それを一瞥すると、もう用は済んだと言わんばかりに突如巨竜に負傷しているとは思えない軽やかさで飛び乗り巨竜と共に飛び立った。

 

 包帯の間から覗く男の瞳はドロドロとした熱を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルケギニア最大の国家であるガリア。 

 母なる大洋に流れ込むシレ河、その中洲を中心地として発展したガリアが王都はリュティス。

 真っ赤な薔薇色の大理石にガリア王族の特徴たる青髪にならった青いレンガのコントラストが印象的な『グラン・トロワ』。

 北を除く三方を百花繚乱という言葉が浮かぶほどに花が咲き乱れている手入れの行き届いた花壇に囲まれた『プチ・トロワ』。

 先々代の王であるロベスピエール3世が都市の郊外の森を切り開かせて建造させた、未だ国の内外を問わず世界中から招かれた建築家や造園師の手で増改築が進められている『ヴェルサルテイル宮殿』。

 以上3つの王族の居城を有するハルケギニア最大の都市であるリュティスの一角。

 古く壮麗な街並みをしているこの都市ではあるが大都市の常といった所か、やはり治安の良くない区画が存在している。

 壮麗な古めかしい街並みではあるが、この区画ばかりはその物騒な雰囲気を強調するようであった。

 この何処か危険な臭いが感じられる裏路地を行き交う人々の中に一人の男の姿があった。

 服装など一見何の変哲も無いように見える年かさの男ではあったがその眼はこの区画を住処とする者に相応しい皮肉げで剣呑な色を見せている。

 自身の食い扶持となっているあるものを仕入れお勤めは終わりだと言わんばかりにそそくさと男は行きつけの酒場に入っていく。

 傭兵かあるいははみだし者か、どちらにしろ碌でもない奴らであることは確かであろう無精髭を生やしたままの粗野な乱暴者たちに混じりカウンター席の一番端のいつもの席に男は腰を下ろす。

 一見冴えない風貌に見えるため無法者たちに絡まれてしまいそうな男ではあったが彼に難癖を付けに行く者は一人も居なかった。

 

麦酒(エール)をくれ」

 

 大した時間も置かず、この酒場のマスターは男が入ってきて直ぐに用意していたジョッキに溢れんばかりに入れられた安っぽい麦酒(エール)を差し出した。

 長年の付き合い上、この男が店に入ってきて最初に頼むものはこれだと理解していたからである。

 ことガリアに置いてはワインやブランデー、蒸留酒に果実やハーブなどで香り付けをしたリキュールが好まれているが趣向なのか、単にけち臭いだけなのか男は決まってこれしか飲まなかった。

 最高級の酒を飲むかの如く美味そうにジョッキを呷る男は彼を知る者からはダグと呼ばれている。

 『裏通りのダグ』。

 本名では無く唯の通り名。

 男は所謂情報屋と呼ばれるものを生業としていた。

 不貞調査から対立派閥の弱みなどありとあらゆる情報を仕入れるその手腕。

 依頼人には多少割高な金額を請求するが、その確かな能力からさる大物貴族など有力人物を多数顧客に持っている。

 また、頼まれれば余り表には出回らないようなご禁制品すら引っ張ってくる為便利屋と言う方が近いのかもしれない。

 この男に手を出せば後ろのおっかない貴族様に何をされるか分からない為特に用の無いならず者たちは我関せずを貫いているのである。

 上機嫌に麦酒を飲みながら頼んだ料理を掻き込む男が頭の中で吟味しているのは今日この日に仕入れることが出来た情報の数々。

 余りにも物騒な代物以外知っていて困る事など無いと常日頃から情報を仕入れることがダグという男の日課となっていた。

 ちょっとした噂程度のものからさる貴婦人の情夫の名前など様々なジャンルの情報を頭の中で整理していく。

 少しばかり気になるのはここ数日間の王軍の不審な動き。

 トリステイン・ゲルマニアとアルビオンの戦争がガリアの介入で終わったばかりだからかいつも以上に男の頭に残っていた。

 そこまで多いとは言えないが少ないとも言えない隊列が護衛している何か。

 いや、そこそこ良い馬車を中心に隊列が組まれていたらしいのでかなり重要な人物なのかもしれない。

 それが、2回。

 さして時期を置かずに連続して行われていた。

 多少のきな臭さは感じるが噂の『実験農場』よりはマシだろうとダグは胸中で一人ごちた。

 

 ギィ、と酒場の入り口の羽扉が開かれる音。

 珍しくも無い、唯の客だろうと向き直りもせずつまみを頬張るダグの直ぐ隣の席に腰を下ろす人影。

 ちらりと横を見てみればフード付きのローブをすっぽりと被った男。

 フードから覗く所々血の滲んだ包帯に覆われた顔の下半分の形と、頼んだ麦酒のジョッキを掴むごつごつと硬そうな手、あまり背が大きい訳では無い様だが随分と肩幅がありガタイの良さそうな体つきから男と判断した。

 これでもし女なのであれば何処かでオーガか何かの亜人の血が混ざったのだろう。

 

 

「マスター、隣の奴にも麦酒(エール)を」 

 

 

 ダグの隣に腰を下ろした、声の低さから男で間違いないだろう怪しげな風体の人物が発する声。

 自身の隣に座った時からそうでは無いだろうかと思ってはいたがこれで間違いない。

 この酒場のカウンター席の端に座る男に麦酒を奢ること。

 これがダグに依頼を持ちかける時の合図。

 矯正されてはいたが言葉に微妙に残っていた癖から異国人、恐らくはアルビオンから来た人間だろうとダグは当たりを付ける。

 少なくとも声に関しては初めて聞いた物であろう。

 聞き覚えは無かった。

 何処で合図を知ったのやら。

 目の前に置かれた麦酒を一気に呷りそそくさと勘定を終わらせて店を出る。

 そのすぐ後に件の男も同様に店内から出てくる。

 付かず離れずの距離で路地を進む男2人。

 ダグが脇の小路に入れば男もそれに追従する。

 何度か繰り返せばダグが寝床としている石造りの建築物の裏口に到着する。

 ダグは手招きして男を中へと招き入れる。

 じりと音を鳴らしながら階段を踏みしめて行けば目の前に一つの扉が現れる。

 懐から取り出した鍵で扉が開け放たれ中に踏み込む。

 やたら重厚な造りであった対『アンロック』用の妨害魔法が施されていた扉を潜れば幾つかの棚に来客用のテーブルと椅子、ダグが日頃から使っているデスクが置かれた部屋が広がっている。

 所々纏められた紙束が置いてあり、そのあまりの数に圧迫された印象が見受けられる。

 ダグのプライベート・スペースに繋がっていると思われるこれまた重厚な拵えの扉は固く閉ざされたままだった。

 

「まあ、座りなさいな」

 

「そうさせてもらう」 

 

 

 ダグの許しを得てから遠慮の欠片も無くどっかりとクッション付きの椅子に腰を下ろす男。

 まるで自分の部屋で寛ぐかのような自然な態度のローブ男に大した図太さの野郎だと心の中だけで吐き捨てるダグは自身のデスクに陣取って男に言い放つ。

 

 

「で、依頼はなんでさ?」 

 

 

「ここ数日間の王軍の動きが知りたいのと、用意して貰いたいものがある。3日以内でだ」 

 

 

 これに書いてある奴を用意してくれ、と男が右手に持っていた羊皮紙が『レビテーション』でフヨフヨとダグの方に向かっていく。

 メイジか、恐らくローブに隠れた左手で杖でも握っているのだろうと当たりを付けながら紙を受け取る。

 書かれていた物品はどれもこれも物騒な代物であった。

 使用を禁止されている薬物やマジックアイテム、そして…。

 

「1人で戦争でも起こそうってんですかい?」

 

「余計な詮索はするんじゃない」

 

 ダグが茶化す様に聞いてみても返答は連れないものだった。 

 格好からしてこれから碌でもないことをしますよと言っているような男だ、ダグも返答は最初から期待して居なかった。

 不意にデスクの上に投げ落とされる袋。

 乗っかった際に中から聞こえてきたのは金属が擦れる様な音だった。

 

「エキュー金貨で800ある。足りるか?」

 

 中身を数え始めるダグ。

 数えながらも頭の中では別の事を考え始めていた。

 つまり、この金額で足りるかという事である。

 要求されている物は用意できないという訳では無いがどれも少しばかり厄介なものだ。

 王軍の情報しかり、物品しかり。

 危ない橋を渡ることをあるかもしれない。

 簡単に言えば手間賃が欲しいのである。

 

「確かに、800きっかりありますな。しかし、何分お客さんが要求されているのはどれも厄介な代物でね。手間賃としてあと200欲しい所ですな」

 

「話には聞いていたが随分とぼったくるんだな。合わせりゃ家が買える金額だ」

 

「嫌なら他を当たってくれてもいいんですぜ?」

 

 ダグにフードの下から鋭い視線が浴びせられる。

 怖い目だ、とダグは胆を冷やす。

 しかし、表には出さない。似たような経験はいくらでもあるのだ。今回の客は特にヤバそうな雰囲気が漂っているが。

 しかしこの客はきっと他を当たるなんてことはしないだろう、とダグは判断していた。

 話に聞いていたと男本人が言っていた通り、ダグがぼったくるのを知っていて頼んできたのだろう。

 余裕そうに見えてその実余裕などこれっぽちも無いのであろうことが推測できた。

 余裕があるなら自分でやるか、さもなくば他を当たる筈だ。

 

 

「金の亡者が…」 

 

 

「良く言われます」 

 

 

 吐き捨てる様に言葉を発した男は目の前に置かれているテーブルに懐から取り出した袋の中の金貨をばら撒いて数を数え始める。

 じゃらじゃらと音を鳴らしながら丁度200数え終わったのか残りを袋に仕舞い込み、金貨200枚はまたも『レビテーション』でデスクに向かって浮かんでいく。

 手慣れた手つきで数え終るとダグは男に言葉を発した。

 

「確かに頂きましたぜ。王軍の動きとは言いますがどういった動きが知りたいので?」

 

「人物の、貴人の護送だ」

 

「了解。では、3日後のこの時間にまた此処においでくださいな」

 

 話が済めば男は用は済んだと言わんばかりの態度でダグの事務所から足早に立ち去って行った。 

 男が立ち去ったのを確認するや否やダグはデスクからパイプを取り出してふう、と一服つく。

 

「怖いねえ…」

 

 フードの下から時折ちらちらと見え隠れてしていた瞳を思い出す。

 顔を覆う包帯の隙間から覗いていた瞳は熾烈な光を帯びており、触れれば此方が焼かれてしまう様なおどろおどろしい熱を孕んでいた。

 執念と言うのか執着と言うのか。

 はたまた憤怒か、あるいは憎悪か。

 判断出来なかったが、ダグにはそういうおっかない物が感じられたのだ。

 碌でも無いことをするのは間違いないだろう。

 1人ごちるダグはしかし、とほくそ笑む様に顔を愉快そうに歪める。

 今日仕入れたばかりの情報が早速役に立つときが来たのだ。

 こんなに上手い具合に物事が進むことはそうは無いだろう。ダグは形だけ信仰している始祖に今日という日の幸運を感謝する。

 ローブを被ってやって来たカモに難癖付けられないように精々頑張りますか。

 まずは、とダグは部屋の其処ら中にある紙束の中から"仕事"に必要な書類を引っこ抜いてどうやって頼まれた物品を集めようかと算段を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






オリ主、激おこ。
そして脈絡のない固ゆで卵モドキ。

それに加えて三人称視点の練習。出来てるかどうかは自信ないです。
多分今後もあんまり使わない、というか使えないと思うけど。

サイトさん達の動きも書こうかと思ったけど殆ど原作と大差ないので途中まで書いてやめました。

あと一週間も引っ張ったのに微妙に短い。

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