とある竜騎士のお話   作:魚の目

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今回下種注意かもしれないです。


12/17 後半を改定しました。その結果下種成分が無くなった……?


23話 囚われの姫君と暗躍する男

 

 

 深い深い眠りの中。

 自身の存在すら曖昧なまま心地よい牢獄に身を置き続けていたがそれも終わり。

 安らぎすら感じられるその場所から追いやられる時は来てしまった。

 

 どれくらい眠り続けていたのだろうかと疑問を覚える程に開いた目から映り込む視界はぼやけたまま。

 眩しい方と暗い方、その2つしか判別できなかった。

 何度も何度もまばたきを繰り返すことで徐々に目を慣らしていき、本の読み過ぎからか落ちてしまった視力を矯正している眼鏡をベッドの傍、小さな机の上から取る。

 そうやって飛び込んできた景色は何処か郷愁を掻き立てる在りし日の自身を取り巻いていた様な、そんな何処かの一室だった。

 下品になり過ぎないようなシンプルで、しかし目の肥えたものが見れば直ぐに一級品であることを見抜くことができる様な調度品が綺麗に纏まっている室内。

 自身がその身を任せていたベッドの天蓋からはベッドごと自分を優しく包み込むようにレースのカーテンが下りている。

 身に纏っていた学院の制服は影も形も無く、自身の身を包むのは最上級の布地がふんだんに使用されているのであろう着心地の良い寝間着。

 まるで過去、満ち足りて輝いていた公女時代に迷い込んでしまったような待遇はあの男からの嫌がらせのようにも感じられてしまう。

 部屋の中を観察するように視線を彷徨わせていると何か、ヒトガタの影を発見する。

 大まかなシルエットは人間に準じているが唯一つ、長く尖った耳だけが異形を露わにしている。

 

 

「起きたのか」

 

 

 

「ここは何処?」 

 

 

 

「サハラのすぐ近く、アーハンブラ城だ。仮にも元王族なら知っているだろう?我らエルフが築城し、数百年前にお前らの先祖によって奪われた城だ」

 

 

 廃城となっていた筈のアーハンブラ城。

 整理されたのか室内の状況からはここが廃城とは到底思えない。

 ラグドリアンの湖畔から更に南下してガリアの真ん中付近。

 つまり自分たちが野営していた所からは大きく離れたものだ。

 自身の操る暴風と、一緒に居たウルドの放つ獄炎で見るも無残な荒れ地と成り果てた森の中、エルフとの決戦場が脳裏に蘇る。

 意識を奪われる前に最後に見た光景は傷ついたウルドをレッドが抱えて飛び去ろうとする直前。

 彼は無事に逃げ切れたのだろうか。

 

 

「私と共に居た人は?」 

 

 

「ふむ、嫌に粘ったあの男か?…奴ならば使い魔にされた哀れな韻竜に抱えられて撤退したぞ。追っても良かったのだがお前をジョゼフの元に連れて行くことを優先した」 

 

「そう」 

 

 どこか見覚えのある様な表紙の本から目を離さずに語るエルフ。

 なら良かったと心の中だけで呟く。

 何も自分と心中することも無いだろう。

 ウルドは勝手に着いてきたが本来自分の事情とは無関係なのだ。

 大人しくしていればこれ以上は追及されないだろう。

 彼が黙ったまま大人しくしているかというと疑問符が付いてしまうが。

 今の自分が彼に出来ることは、彼が大人しく引き下がってくれることを祈る事だけだ。

 他に今自分に出来ることは母の事を訊ねることしかないだろう。

 口を開く。

 

「母はどこ?」

 

「暴れるのでな、隣の部屋で眠って貰っている」

 

 読み終わったのか手に持つ本を閉じて律儀に扉の方を指し示しながら答えるエルフ、ビダーシャル。

 ベッドから降りて扉に向かって行っても何の行動も起こさないことから行き来は自由のようだ。

 きっと隣の部屋からも外に出ることは適わないのだろう。

 扉を開け放てば室内の真ん中にポツンと置かれたベッドと鏡台、鏡台の上の古ぼけた人形のみの殺風景な光景。

 ベッドの上には女性が居る。

 自身と同じ髪の色、やせ細ってはいるが何処か気品の感じられる顔立ち。

 先ほどまでの自分と同じく深い眠りに落ちているからか久方ぶりに見た穏やかな表情の母。

 

 

 

「私たちをどうするというの?」 

 

 

 

「お前の母親の方は当面の間はただ守れとだけジョゼフに言われた」 

 

 

 

 何時の間に入って来たのか、開け放たれたままの扉のすぐ横の壁に背を預けながら佇むビダーシャルの言葉。

 母の方は、と言ったがなら自分はどうなるのか。

 

「私は?」

 

 

「心を失って貰う。お前の母親と同じようにな。その後は母親と同じように守れという命令だ」

 

 躊躇いがちに紡がれた言葉に激昂しかけるが杖の無い状態では何もできないし、たとえ杖がこの手の中に在った所で前2回と同じように手玉に取られるだけだ。

 一瞬にして燃え上がったやり場のない怒りは心に芽生えてしまった諦念により徐々に鎮火していく。

 熱さが消え失せていくにつれ心も弱気になっていく。

 意図せず一瞬だけ体が小さく震えてしまった。

 その姿を見たからなのかビダーシャルはその瞳に浮かべていた憐れみの色を濃くしていた。

 

「あれは、母を狂わせたあの薬は、エルフがつくった物だったというの?」

 

 

「そうだ」

 

 解毒薬が何一つ見つからない訳だ。

 あの毒は人間の手で作られた物では無かったのだから。

 もしかしたらエルフならば解毒薬を作れるのかもしれないという微かな希望が、囚われの身になって漸く手に入るとは。

 自分がしてきたことは一体なんだったのであろうかと、自嘲の念が湧きあがる。

 無力感が体を苛む。

 

 

 

「何も直ぐにという訳では無い。何分作るのに手間がかかる代物でな、完成まであと10日程かかる」

 

 何の気休めにもならない。

 精神の死を人間としての死であると考えるならば、遠回しな死刑宣告。

 あと10日。

 それが、『シャルロット』であり『タバサ』でもある自分が、そのどちらでも無くなるまでの猶予。

 実感は湧いてこない。

 あまりにも唐突で現実離れした様な事だからだろうか。

 日が昇って、落ちてを繰り返すごとに恐怖が煽られていくのだろうか。

 そうだとしたらこれ以上ない位惨い刑だろう。

 反逆者にはお似合いの最期なのかもしれないが。

 

 グルグルと堂々巡りをする思考の片隅でふと母の狂態が思い出される。

 昔々に『シャルロット』が『タバサ』と名付けた人形を実の娘と、近寄る人全てをジョゼフの手の者と思い込み人形の娘を守ろうとしている母。

 私も、あんな風になるのだろうか。

 暖かな友人たちと『タバサ』の騎士を自称する彼に、発狂した姿を見られたくは無い。

  

 恐怖は芽生え始めた。

 

「残された時間をどう使うかはお前の自由だ。警護の蛮人たちが怖がるので私もこの部屋に籠りきっている状態でな。だから何冊か本も持ち込んだのだが、読みたければお前も読むが良い。……ああ、そうだった」

 

 抱えられていた本が持ち上げられる。

 古びてはいるが精緻な装丁が施された見覚えのある一冊。

 あれは…。

 

 

「お前たちのどちらの持ち物かは知らないが焼失するのも惜しくてな。勝手だが読ませて貰った」

 

 そういってビダーシャルが手渡してきたのは『イーヴァルディの勇者』。

 それも、預かっていてくれとウルドに頼まれた物。

 そういえば風邪で廊下に倒れていたりアルビオンに行ったり告白されたりと様々なゴタゴタで返し忘れていたと今更ながらに思い出す。

 この期に及んで罪悪感まで芽生えてしまう。

 これがウルドの手に戻る可能性は限りなく低いだろう。

 受け取ったそれを両手でしっかと支える。

 教室で偶々目にして勢いのままに借りてしまったこともあった。

 思い出の一つが浮かんだことで、学院に入学してこれまでのことが思い出されていく。

 キュルケと友人になったことやルイズがサイトを召喚したり協力してフーケを倒したり。

 ウルドが転入して来たりドギマギさせられたり。

 

 思わず手の中の本をぎゅっと抱きしめてしまう。

 自分に残された最後の他者との繋がりに縋る様に。

 良いものも悪いものも、自分を自分足らしめていた記憶が奪われることを恐れる様に。

 涙を堪えながら。

 

 

 もしかしたら竜に乗った騎士が自分たちの事を助け出してくれるのではないかと言う、淡い期待を抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今の俺を支配しているのは何なのだろうか。

 多すぎて良く分からない。

 啖呵きって為す術なく負けたことに対する情けなさか。

 自身の無力に対する苛立ちか。

 あのクソッタレエルフへの理不尽かもしれない憎悪か。

 その他色々、どれもこれも正解だろう。

 数日前に使い切った筈の精神力はそれらの感情を糧にして湧き上がる現状へのフラストレーションで満ちるどころか完全に溢れ出している。

 油断しているとスペルを唱えていない筈なのにちらちら火の粉が飛び散るのだ。

 過去最大級に精神力が高まっている。

 これはある意味好機でもある。

 前回はついぞ膜をブチ抜けなかったがもしかしたら手が届くかもしれないのだから。

 まあどうせまだまだ足りていないだろうからダグとか言う胡散臭い便利屋のような情報屋に色々と手配して貰った訳だ。

 リュティスに潜入した際に色々と回ったりお話したりして辿り着いたあの男は確かに街のアウトロー共の噂に違わぬ優秀な奴だった。

 ガタが来ていた装備を替えたり決戦前の休息を取ったりして期日に事務所に向かえば、お姫様の足取りだけでなく求めいていたイケないお薬やマジックアイテムもちゃんと用意していたのだ。

 しかも予想していたよりは質の良い感じの物がだ。

 親子の行先は人間とエルフの生活圏の境界線付近、アーハンブラ城だというので知ったその日に夜の闇に紛れてリュティスを発った。

 そうして現在。

 城塞の規模が小さいので軍事拠点としては完全に死んでいるが近くのオアシスのお蔭で結構発達しているアーハンブラ。

 エルフが建てたとか言われている放棄された筈の城に立て籠もる2個中隊、約300人。

 怪しんでくださいと言わんばかりの物々しい体制に当たりかと見当を付けるがまだ確定した訳じゃあ無い。

 そこで活躍するのがイケないお薬その1こと睡眠薬とその2の自白剤、スクエア・スペルである『フェイス・チェンジ』の魔法が込められたかなり高い割にたった3回しか使えないという使い捨てに近い首飾り。

 自白剤は地球におけるLSDやラボナールの様な扱いが面倒な代物では無く、魔法的でファンタジックな作用で聞いたことを相手が知っていることだけ正確に自白させられる代物である。

 精神操作系の薬物なので忌避感が無い訳じゃないがこの際出し惜しみしてる訳にはいかないのである。

 ちなみにイケないお薬はその4まである。

 

 

 

 

 時間は夜中、既に日付が変わった頃。

 お誂え向きに月が完全に雲に隠れているので、首飾りで顔を変えた俺は闇に紛れて城内への侵入を敢行した。

 チョットだけだが出来た下調べで一番警備が薄そうだった城壁の一角を鉤爪付きのロープを用いてよじ登る。

 廃城ではあるので『フライ』で飛び越えても良かったのだが一応『ディテクト・マジック』を警戒した結果の措置である。

 力む程に包帯へと血が滲んでいくがここ最近ずっとこんな感じなので最早気にならない。

 ようは痕跡が残らなきゃ良いのだ。

 ロープ一本に命を預けて初めてのウォールクライミングに四苦八苦しつつ城壁の上端に手が掛かった時には少しばかり息が上がっていた。

 少し荒くなった呼吸音を押し隠し、こそこそと周囲を見回して漸く宙ぶらりんの状態から解放される。

 高さ的にさぞ昼間ならさぞ絶景が楽しめるであろうが生憎今は夜中。

 交易拠点として発展していると言っても田舎に毛が生えた程度の物なので夜景も大したことが無い。

 まあ景色を楽しみに来たわけじゃないのでそろそろ本題に入ろうと思う。

 所々篝火の焚かれた城内ではあるがどうしても死角と言うのは出来てしまうもので影に隠れつつ探索。

 見つけた詰所に丁度一人だけ居た夜勤だからか眠そうでとても可哀相な、俺と背丈が似通った貴族士官へと睡眠薬を風に乗せて送り込み眠りの国へと招待する。

 即効性の強いそれでたちまち昏睡する士官をふん縛りながら眠気には効かないが前後不覚になって色々と要らないことを喋りたくなるお薬を飲ませて準備が出来たところで蹴り起こす。

 

「…」

 

「聞こえてるか?聞こえてるなら頷け」

 

 目をトロンとさせ口から涎を垂らしている間抜け面の士官がゆっくりと首を縦に振る。

 効果は上々といった所、か?

 

「聞きたいことがあるんだ。まず一つ目。お前らは何を守っているんだ?」

 

「親、子…」

 

「どんな親子だ?」

 

「元、王ぞ、くの親子だ…」

 

「どうやって知った?」

 

「隊、長、ミスコー、ル男爵から聞か、された」

 

 イイ効き目してるぜ。

 誰かは確認していないが可能性は高まっただろう。

 質問を続ける。

 

 

「名前、知ってるか?」 

 

 

「知、らない」 

 

 

知る必要のある者だけ知る(ニード・トゥ・ノウ)って奴か。何処に居るか知ってる?」 

 

 

「天、守の、中の貴人、室だ」 

 

 

 貴人室と言われても位置が良く分からん。

 

 

「天守の見取り図は無いか?」

 

「棚の、上か、ら3番目、の引き、出しの中だ」

 

「ほいほいっと……これか。貴人室の位置を指で指し示せ」

 

「ここ、だ」

 

「そうか、態々ありがとうな」

 

 簡単にではあるが見取り図を書き写して懐に大事にしまい込む。

 何から何まで親切な士官殿にはお礼に再度嗅がせた睡眠薬で安眠をプレゼントしてあげた。

 夜勤だから、寝落ちしても仕方ないよね。

 一応顔を変えつつ詰所を後にして自身の熱感知能力でなるべく巡回の兵を避けつつ脱出を図る。

 とは言うものの深夜だからなのか或いはやる気が無いからなのか巡回の兵とかち合うことは無かった。

 幸運なのかも知れない。顔を変えた意味が無かったからどちらかというとマイナスだが。

 城壁上の侵入してきたところまで難なく戻ってくる事が出来た俺はそのまま飛び降りて脱出しようかと思ったがふと城の一角に目を向けた。

 城壁に囲まれる様にして存在しているその建物、天守の周りには篝火が焚かれており少なくは無い数の人影が突っ立っているのがぼんやりと見える。

 明らかに他と違って警戒レベルが高いあそこにタバサと彼女のお母さんが囚われている。

 軽く走れば直ぐに辿り着けることが出来る距離。

 たった数日の間の出来事だったが漸くここまで来たのだなと思ってしまう。

 まあたとえどんなに近い距離だったとしても2個中隊と、いるかもしれないエルフという壁が間に立ちはだかっているのだから楽な道のりではない。

 戦力は俺とレッドだけ。

 名前つながりでレッドが地獄っぽいナパームでも使えれば良いんだが……。

 冗談は置いておこう。

 取り敢えず今やるべきことだけは分かってる。

 脱出だ。

 名残惜しむ様に一度ちらりと天守を見て、その後助走を付けて城壁から跳躍、ある程度城壁から距離が離れた所で落下しながら『フライ』を詠唱。

 地面にぶつかる数秒前に発動した『フライ』が俺の体を浮かび上がらせて滑る様に暫くの間移動する。

 空中遊泳の後スペルを解除した時には城との距離は大分開いていた。

 またタバサとの距離が開いてしまったが、ガリアを殆ど横断した後なので誤差みたいなものだろう。

 顔を元に戻してからもう一度アーハンブラ城に向き直る。

 

 

 もう少しだけ待っててくれ、タバサ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





前半からのこの落差。

ご都合主義的な捏造アイテムの嵐に端折られた城内への侵入、いきなり自重を止めたオリ主による下種な行い。
怒られそう。


12/17 ディテクトマジック使われたら警戒レベル上がりそうじゃね?という考えの下改訂しました。その所為でオリ主大分キレイ(?)になりました。


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