とある竜騎士のお話   作:魚の目

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24話 相見える

 

 居場所が判ったからと言って喜び勇んで突っ込むようなことは無かった。

 2個中隊程度であれば今の精神状態なら余裕で殲滅できる自信があるのだが、アイツが居る可能性があったからである。

 というか多分居る。

 突っ込まずとも遠距離からの『遠見』を用いた偵察を行ったり、酒場で管を巻く兵士に酒を奢る代わりに話を聞いたりしていた訳なのだが、どうも話を聞いた兵隊共が『隊長』殿と呼ぶ者が2人居るらしかった。

 片方は先日聞いたミスコールとかいう男爵。

 相当な色ボケらしくメイジでも無いごく普通の兵士からも影で馬鹿にされているらしい。

 だからと言って油断をする訳では無いのだが問題はもう一人の方である。

 もう片方の『隊長』殿は大層恐れられているらしく話を聞いた全員が全員口を割らなかったのだ。

 いい加減イライラしたので、ベロンベロンに酔わせた奴に軽くイケないお薬その2を盛った所漸くゲロった次第である。

 金色に輝く長髪でいつも帽子を被った耳長の男。

 ガリアが他にもエルフを囲っていなければ十中八九奴、ビダーシャルだろう。

 必ずしも正面切ってぶつかる必要は無いのだが、エルフが居るのであれば相手を下すか抑え込むかしない限り数日前の様な追撃を延々と喰らう羽目になるだろう。

 此方の駒は自分自身とレッドしか居ないのだ。

 取れる策は限られてくる。

 

 

「本当にやるのかウルド?…奴と決まった訳では無いがエルフが居るのだ。止めるべきだ」 

 

 

「何度も言わせるなよ。これはもう決めたことだ」 

 

 

「そうまでする義理があるというのか?」 

 

 

「俺はあの娘の騎士だぜ?あるに決まっているだろう」 

 

 

 自称、と頭に付くがね。

 しっかしまあ今回はレッドが随分渋るものだ。

 以前の7万の軍勢よりもたった一人のエルフの方を危険視しているのだ。

 普段なら何を馬鹿なと思ってしまうかもしれないが、今回は俺もそう思う。

 攻撃が全く通じないなんてお話にならないのだから。

 

 

「ならばせめて私も共に戦わせろ。ウルドだけ矢面に立つのは納得できない!」 

 

 俺が2個中隊とエルフの両方を引き付けている間にレッドが目標の部屋に突入、母子2人を奪回した後に俺を回収して離脱。

 強襲して引っ掻き回して奪い返して逃げるだけという、自分の頭の出来の悪さを嘆きたくなるくらい単純明快な作戦モドキ。。

 1人と1匹にしてはそこそこ成功率は有る方だろう。

 俺に負担がかかりまくるが。

 詰まる所レッドはそれが気に食わないらしい。

 

「お前がキモなんだ。そんなことは言わないでくれ」

 

 助け出さないことにはこの地を離れる訳にはいかず、一度失敗すれば次のチャンスは間違いなく来ないだろうという大博打。

 これ以上諜報に時間をかけ過ぎれば無事なままでいる保証なんて存在しないことはタバサの母親が狂わされたことからも明白なんだ。

 いや、もしかしたら、既に……。

 バチンと頬を両手で叩き頭に浮かんだ最悪の想像を追い出す。

 ともかく、自分の命をベットする位は必要だろう。

 話は平行線のまま、結局押し切る形で不満げな表情のレッドを拝み倒して了承させるのに結構時間がかかってしまった。

 決行は明日の夜。

 今日は取り敢えず休養という事になった、のだが。

 

(何か、どっかで見たことがある様な奴が…) 

 

 時刻は夕刻、メシを済ませて宿に帰ろうという道すがら。

 視線の先には真っ赤な夕日に照らされる小太りの商人風の金髪の男。

 勿論というべきか俺には商人の知り合いなど居ない。

 何故か頬が膨らんでいて髭も付いているが、どこか優男風味なその顔に見覚えがある。

 というかつい最近まで毎日ツラを拝んでいたと思う。

 大きな樽を乗せた荷車を馬に引っ張らせえっちらおっちら何処かに向かって荷車に揺られ続ける男の後を付ける。

 包帯だらけでローブを纏った姿はさぞ怪しいだろうが男はどうやらなるべく人通りの少ない道を選んでいるらしく特に問題にはならないだろう。

 そうこうしているうちに男が目的地に到着したようだ。

 宿と思しき建物の敷地の一角、ででんと置かれた幌馬車の目の前である。

 男は注意深くきょろきょろと辺りを見回し、やおら懐から取り出した先端に何かが付いている細い棒状の物、バラの造花を取り出して大樽に『レビテーション』を掛ける。

 バラの造花なんてけったいな物を杖にするようなアホなんぞ俺は一人しか知らない。

 男が誰なのか、確信を胸に秘めつつ抜き足差し足忍び足で近づいていく。

 クソ師匠のお蔭なのが癪だが、ある程度気配の消し方を心得て居る為男が気付いた様子は無い。

 一歩ごとに近づいていく男の輪郭。

 それは、まぎれもなく。

 

「ギーシュくーん!なーにしてるのー?」

 

 

「へ?…いぎゃああああっ!包帯のオバケェッ!?」 

 

 

 ギーシュだった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくらなんでも失礼ではなかろうか。

 友人を捕まえてオバケだなんて。

 そりゃあ、夕暮れ時にフード被ったまま某生物災害よろしく力なく両腕を突き出した様な格好で自分でも吐き気がしそうなくらい甘ったるく野太い声を出したけどさ。

 種明かしと言わんばかりに所々血の浮いた包帯塗れの顔を見せたら腰を抜かしかけたギーシュに決定打を与えてしまったりもしたがそれは置いておく。

 レッドに「ちょっと帰り遅くなるわ」と念を飛ばした俺は、ひっさしぶりに見た学友たち囲まれているところである。

 

「いやー、こんなハルケギニアの果てみたいな所で会うなんて奇遇じゃないか」

 

 

「本当に、ロナ…ウルドなのよね?」 

 

 

「おう。あれ、キュルケに言ったっけ、俺?」 

 

 

「サイトから聞いたわ」 

 

 

 戦争以来半年近く会っていなかったキュルケである。

 本気で久しぶりだ。

 その久しぶりに再会した友人が露出の激しい踊り子の格好をしていることに内心戦慄してしまったが。

 そんな気はしていたが本気で痴女だったとは。

 それはさておき、今みたいな状況じゃ無けりゃ色々飲み食いしながら世間話にでも花を咲かせたい所だが、生憎それをやるには1人足りない。

 終わったらぱあっとやりたい物である。

 キュルケの他には剣奴らしき格好のサイト、平民というか下働きの少女みたいな格好のルイズ嬢、さっきの商人姿のままのギーシュ、これまた露出狂なのかと疑ってしまいかねない格好の踊り子モンモランシー、道化師姿が妙に似合っているマリコルヌと、いつ服を脱ぎださないか心配なシルフィードがいた。

 来るとしたらこいつらだろうなとは思っていた。

 予想と合ってて何となく嬉しい。

 

 

「そんなに疑うなら包帯の下でも見せようか?なんというか、所々、とってもジューシーだけど」 

 

 

「遠慮しとく…」 

 

 

 ジューシーという表現がお気に召さなかったのか、うえっという風な顔で拒否するサイト。

 他の奴らも皆一様に首を縦に振っている。

 ならしょうがないな。

 

 

「取り敢えず君が無事で何よりだよ、ウルド」 

 

 

「心配かけちゃったようで悪いな」 

 

 

 ギーシュの言葉に素直に謝っておく。

 勿論、ギーシュだけじゃ無く此処までやって来た全員にである。

 

 

「まあ、積もる話は置いといて本題に入ろうじゃあないか。皆そのために此処まで来たんだろう?」 

 

「そうね。お互いに知ってる情報を交換しましょう」

 

「取り敢えずほい」

 

「何よそれ?」

 

「天守の見取り図の簡単な写し。忍び込んで調べてきた」

 

 ルイズ嬢の質問に答えるとルイズ嬢を含めた全員から変な顔をされる。

 解せぬ。

 もっと喜んでくれてもいいのよ。

 え、もっと慎重に行動しなさいよこの単細胞?

 …すいません。

 お前どんな計画で助け出すつもりだったんだよとか根ほり葉ほり聞かれていけば、徐々に可哀相なものを見る目になっていく面々。

 やめろ、そんな目で俺を見るんじゃない。

 

 

「全く、あんたって本当に脳筋ね」 

 

「ウルド、悪いけど俺もルイズに同意だ」

 

「どうしようもない奴なのね」

 

 他の奴らも僕も私もって同意の声を上げている。

 くそう、シルフィードにだけは言われたくなかったぜ。

 頭は多少冷えたがこの話を続けていると折角溜まった精神力がすり減ってしまいそうなので無理矢理話題を変える。

 つまりは敵戦力のお話である。

 マリコルヌの齎したアーハンブラ城の概略図。

 流石に内部までは無理だったらしいが天守の見取り図と合わせてそこそこ使えるのでは無かろうか。

 敵通常戦力も俺とマリコルヌのどちらも2個中隊程だろうという見解で一致した。

 ご一行には博打ではあるがこの2個中隊を如何にかする当てが有るらしい。

 問題は。

 

「やっぱりエルフがいるのかね?」

 

 

「恐らくな。俺達が負けた相手かどうかまでは解らないけどね」 

 

 エルフである。

 

 

「魔法が跳ね返されたって本当なのかね?」

 

「おうよ。バンバン跳ね返ってきた。『固定化』掛けられた城壁の方がまだマシさ。鉄壁ってレベルじゃあねえ」

 

「そんな相手に本当に勝てるの?」

 

 シルフィードから聞いたであろう『反射』。

 実際に相対した俺が言うのだから説得力が生まれるというものだ。

 マリコルヌの怯えた声に皆が押し黙ってしまう。

 

「お前さん方は中隊をどうにかしてくれれば良いさ。いい所取りで悪いがエルフの足止めは俺がやる」

 

 

 言い終ると室内がしんと静まり返る。

 四方八方から何とも言えないような視線が俺に突き刺さる。

 なんだろう、俺のあまりの男らしさに惚れたか。

 照れちゃうじゃないか。

 照れる俺にキュルケが口を開く。

 

「予想はしていたけど…。そんなボロボロにされてあなたまだやる気なの?」

 

「当たり前じゃないか。じゃなきゃこんな所に来ないよ」

 

「だったら俺とルイズも…」 

 

「ダメ」

 

 サイトの提案をバッサリ切り捨てる。

 譲れないよ、こればっかりは。

 

「聞いて頂戴ウルド。私の魔法ならエルフの『反射』を無効化できる可能性があるの」

 

「うん?ルイズ、って何系統だっけ?」

 

 危うく嬢まで言いかけたがそれはそれとして。

 今まで結構長い間一緒に居たが未だにルイズ嬢の系統が何なのか知らないことに今更気付いた。

 偶に爆発を起こしていた気がするから……火系統?

 でもルイズ嬢の使い魔はサイト、火の要素が全く無い。

 仮に火系統だったとして『反射』を無効化できるようなそんな便利そうなスペルあったっけ。

 一応火に関しては専門家である俺でも知らないような奥義がヴァリエールには在るのだろうか。

 うんうん唸る俺。

 言い辛そうに口ごもるルイズ嬢。

 

「えっと、それは……」

 

 ルイズ嬢は言い淀み目を泳がせている。

 自分の系統って別に他人に言い辛いような物では無い様な気がするのだが。

 よっぽど特別な……。

 特別…?

  

 

 

 

 あ。

 

 

 天啓の如く頭の中に浮かんだものは第五の、失われた系統である『虚無』。

 そういえばあのラノベって『虚無』がどうたらって奴だったような、気がする。

 相変わらず曖昧だ。もうこの際どうでも良いや、忘れちまえ。

 お話がどうとか登場人物がどうとか気にしてちゃダメだ。

 俺はタバサが好きなんだって、それだけで十分だろう。

 自分に言い聞かせる。

 閑話休題。

 とにかく、ルイズ嬢が『虚無』だとしたら俺が最初に護衛(笑)としてつけられた理由も分かる様な、分からない様な。

 どっちにしろ負けはしたがエルフとやりあったという始祖の『虚無』ならばエルフに対抗できる、のか。

 いきなり見えてきた勝ち目。

 本来なら任せるべきなのだろうが。

 

「言えないことなら無理に言わなくて良い。お前さん方が特別だってことは分かった」

  

 

「だったら俺達2人に任せ…」 

 

「でもな、それとこれとは別なんだサイト」

 

 それは、嫌なんだ。

 

「俺は、あの娘の騎士なんだ。……負けっぱなしじゃ合わせる顔が無い」

 

 これは俺の我が儘だ。

 視線が俺に突き刺さる。

 咎める様なものだったり、融通の利かない奴だと呆れ果てた様な物だったり込められた感情は様々だ。

 

「こんな大事な時に我が儘なんて言うべきじゃないことなんて百も承知だ。もし囚われているのが他の奴なら喜んで譲るさ。でもさ……」

 

 

 昂る感情から一度言葉を切って落ち着かようとはしたが大して変わりは無かった。

 俺は向けられた視線を物ともせず言葉を続けるべく再度口を開いた。

 

「あそこに居るのは、タバサなんだよ。だから、頼む……!」

 

 困惑するサイトを、ルイズを見つめながら俺は絞り出す様に最後の言葉を紡いだ。

 

「……俺に、戦わせてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 砂漠の夜を二つの月が明るく照らし出す。

 太陽の光を受け空高くに大きく輝く月。

 そんな月に負けじと夜空の暗幕には星々がキラキラと瞬いている。

 ハルケギニアの夜空は地球のそれと比べて格段に美しいと常々思っていたが、今日この時この場所の星空は今まで見てきた中でも随一だと思う。

 お月様とお星さまに見守られながらお姫様を救い出すなんて、なんとも映えるじゃあないか。

 

「本当なら俺がやりたいものだが今日のピーター・パンはレッド、お前だからな。頼んだぜ」

 

「……時々ウルドの言葉の意味が良く分からないことがあるが、今日は輪を掛けて酷いな。一体どこから引っ張り出してくるんだ?」

 

「いつか、気が向いたら教えてやるよ」

 

 いかんいかん、イーヴァルディとでも言っておくべきだったか。

 朝からテンションを上げ過ぎて地球産の言葉を連発してしまっている今日この頃。

 サイトに聞かれていたら問い詰められることは間違いないだろう。

 昨日の夕方を思い出す。

 

 

『勝てよ、ウルド』

 

 サイトの口から出たのはこの一言。

 短くも重い一言だった。

 勿論最初からその積りである。

 出来る出来ないとか無茶無謀ではなくやり遂げるしかないのだ。

 負け犬の誹りを自らの手で雪がなければ俺は自分の事を許せはしない。

 弱いままじゃあの娘の隣りに立っては居られない。

 そんなのはごめんだ。

 

 

「予定通りならそろそろって所か。……さーて、行くか」 

 

 

「言っても無駄だと思うが、くれぐれも無茶はするなよ」

 

「今無茶をしなくて何時やるってんだよ。ま、死ぬ気は無いから心配するな」

 

 既に顔を変えている俺は小瓶の中の液体を飲み干しながらそれだけ言ってレッドに背を向けそのまま歩き出す。

 背後にあったレッドの気配は羽ばたくことで生まれた風に乗って次第に遠ざかっていく。

 1人夜の散歩に興じる。

 行先は分かりきったことだがアーハンブラ城だ。

 一歩一歩踏みしめるごとに死地へ向かっているようで緊張する。

 緊張を少しでも解く為腰に括り付けられた水筒として用いている皮袋の中身を少し飲む。

 口の中に仄かに広がる刺激臭と苦味。

 ……混ぜ物してたの忘れてた。

 

 

 顔を顰めながら歩いていれば何時しか目的地の直ぐ傍まで辿り着いていた。

 城壁の内側からはガヤガヤと大勢の人間が騒ぐ声が聞こえてくる。

 サイト達の仕込みは順調に進んでいる様だ。

 流石に素直に正門から入るのは拙いので依然と同じように壁のぼりに勤しむ。

 二回目だからか昂揚しているからかは知らないが以前よりも楽に壁を登り終えそのまま天守の方まで向かう。

 アーハンブラ中の酒を買い込み、旅芸人の一座に化けた一行が酒と共に娯楽を売り込み酒にしこんだお薬で兵士を無力化するという俺のよりもマシだが殆ど博打のようなサイト達の策は意外と上手く行っているらしい。

 現に俺は兵士の誰とも遭遇しては居ない。

 ミスコール男爵というのは噂に違わず相当のぼんくららしい。

 予定通りならもう少しで薬が効き始める頃だろうか。

 上手く行くのかと少し心配しつつ、皮袋から水分補給をしながら天守前の中庭まで出る。

 どんなことを想定したのかは知らないが随分と広い物である。

 これくらい広ければ戦いやすい。

 一言ルーンを唱えて顔を元に戻す。

 何とか此処まで引き付けたいものだが……おや。

 

 

「お前は随分と諦めが悪いのだな、蛮人」

 

 

「素直に諦める程俺は良い子ちゃんじゃないんだよ」

 

 天守のエントランスからゆっくりとした歩みで出てくる長く尖った耳がチャームポイントの美男子、ビダーシャル。

 その瞳には前回の戦いで途中から隠すことなく見せていた感情、憐れみがはっきりと浮かんでいる。

 

 

「断言しよう。お前では何度やっても私には勝てない」

 

「余裕ぶっこきやがって。お前には3度目の正直という至言を送ってやる」

 

「?……まあいい。最後の警告だ、仲間たちと共に早々にこの場から立ち去れ」

 

 ありゃりゃ、ばれてる。

 こんなタイミングだ、気付かれるのも無理ないか。

 まあ、既に賽は投げられたのだ。

 返答は決まってる。

 

「はいそうですかってなる訳無いだろう。今度こそ膜ぶち抜いてヒイヒイ言わせてやる」

 

「……愚かな」

 

「愚かで悪かったな。愚かついでにあの娘が無事かどうか教えてくれ」

 

「特に悪いようにはしていない。もっとも、明日には……」

 

「なんだよ?」

 

「母親と同じように心を無くして貰うことになる」

 

 喜びと怒りが同時にゲージを振りきる。

 無事でよかった。

 でも、何?

 タバサが、タバサのお母さんと同じ目に遭うの?

 あはは。

 

「ぶっ殺してやる」

 

 無造作に手にしていたハルバードの先から紅い線が迸る。

 それは限界まで細くなった炎。

 ネジが完全に吹っ飛んだ頭が可能としたのか、俺は詠唱すらしてはいない。

 選択したのは基本中の基本である『発火』だが、ハルバードの振りに合わせて鞭の様にしなりながらビダーシャルが瞬時に形成した石壁を容易く焼き切って。

 そして『反射』された。

 そんなことは当然織り込み済みである。

 軽くバックステップするだけで危険地帯から離脱する。

 前方を炎の鞭が通り過ぎるのを見送りながら詠唱。

 石の拳を握りしめたハルバードの柄の部分で受け流しながら返す刀でスペルを発動する。

 

 

「ごああぁッ!!」

 

 獣の様な呻り声を上げながらハルバードの切っ先から一直線に目標に向かうのは前よりも光量を増した青白い炎、『火砲』。

 拳も壁も、遮るもの全てを瞬時に蒸発させながら『反射』の膜にぶち当たる。

 猛烈な勢いで飛び散る火の粉。

 だが。

 

「む?」

 

 ビダーシャルが疑問の声を上げる。

 無理も無かろう。

 何せ今なお切っ先から轟々と噴出している俺の自慢の炎は『反射』されることなく拮抗しているのだから。

 栓が壊れたかのように溢れ出てくる精神力を更に費やして火力を底上げする。

 数秒の内に二回りほど大きくなった『火砲』。

 さらに激しく四方八方に飛び散るようになった炎は石畳の一部をその熱で赤熱させている。

 ここまでやっても膜がぶち抜けないので埒が明かないとスペルを解除する。

 一番の光源であった『火砲』が消えるが赤熱した石畳の一部が辺りを仄かに照らし出す。

 その中心に平静を保ったまま佇んでいたビダーシャルが口を開いた。

 

「驚いたな、前回よりも格段に威力が上がっている。……蛮人、何に手を出した」

 

「巷に溢れ返っている何の変哲もない唯の興奮剤だよ」

 

 少し上がった息を整える為にわざと疑問に答えてやる。

 種明かしをしてみれば至極単純、イケないお薬その3こと興奮剤を使用したのだ。

 正規の部隊でもたまーに使われているという噂のあるこのお薬は小瓶一つ分でメイジの精神力をおよそ1クラス上まで引き上げることが出来るらしい。

 メイジの能力は精神状態に左右されることを利用して人工的にイケイケ状態を作ってやろうという話だ。

 副作用も馬鹿にならないがこの状況で使わない手は無い。

 つまり、来る前に飲んでいた小瓶の中身はこれだったのだ。

 溜まりに溜まったフラストレーションと興奮剤の組み合わせ。

 先ほどの拮抗を見てみれば凶悪極まりないコンボであることは間違いない。

 

 

「何故そうまでして身を削って戦う?」

 

「人間ってのは必要とあれば平気で越えちゃ行けない一線てのを越えられる生き物だ。お前が俺にそうさせたんだよ、ビダーシャル」

 

 瞳にそれまでの憐れみの色では無く困惑を浮かべているビダーシャルに言い放つ。

 身を削る事を躊躇わない程度には俺はあの娘にイカれてるらしい。

 フラれたってのに何やってんだか。

 

「それでもその程度では我が守りを貫くことは出来ない。どうするというのだ?」

 

「血肉を糧にもっと燃え上がるだけだ。御託はもう良いだろう?……ここで因縁を終わらせてやる」

 

 口角を上げて不敵に言い返したは良いが、内心の緊張を表すかのように俺の頬を一筋の汗が伝い石畳に落ちていった。

 

 

 

 

 






こんなに時間かけたのに展開が強引すぎる…。



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