とある竜騎士のお話   作:魚の目

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25話 灼熱のアーハンブラ

 夜の帳に包まれたアーハンブラの上空をゆっくりと周回する。

 警戒網に引っかからない様に且つ合図に応じて即応できるように。

 背中にいつもの重みを感じることもなく空を飛んでいると自由を感じることが出来るが、どこか物足りない様にも感じられる。

 自身を召喚したウルドという男には良く分からない部分があった。

 竜騎士となる際に先達から教えられた戦術を参考にはすれど殆ど無視して、全く別の戦闘法を自分と共に磨き上げていった。

 そう、創り上げたのではなく磨き上げたのである。

 確証は無いが、ウルドは恐らく最初から今現在用いている空中戦闘機動を知っていてそれを再現するために来る日も来る日も自分と共に空を飛んでいたのではないかと思う。

 そもそもからして、あの飛び方にはかなりの無理がある。

 その無理を『同調』のルーンによる意思伝達と有り余る精神力を用いてウルドが魔法で補うことで、無理矢理あの飛行法を成り立たせているのだ。

 詰まる所あれはそもそも竜の飛び方では無く別の何かの、そう、例えば……。

 脳裏を過るのは濃緑の何か。

 タルブに於いて死闘を繰り広げた、『ゼロ戦』とか呼ばれる理解不能な代物。

 サイトという珍妙な少年曰く『ヒコウキ』とか言うものらしいが、思えばあれの飛び方は自分たちの飛び方に良く似ていた気がする。

 ウルドは『ヒコウキ』の飛び方を最初から知っていた、のか?

 謎は深まるばかりだ。

 そもそも偶にではあるが、意味不明な言葉を口走っていることがある。

 先ほどの『ぴーたーぱん?』とやらのように。

 人名なのだろうか。

 もしかしたら一般的に知られている言葉なのかもしれないが人間社会にさほど詳しくない自分には見当もつかない。

 ……むむ、こうしてみると我が主は凄まじく怪しい人間のような気がする。

 まるで見えない答えを求めて頭を捻っていると頭の中に待ち望んだ声が響き渡る。

 

『敵エルフはビダーシャル、戦闘開始、手はず通りに頼む』

 

『分かった。くれぐれも無茶はするなよ、ウルド』

 

『……』

 

『返事も寄越さないとは、言ったそばから……』

 

 こうなることは半ば予想はしていたが自分の言葉が届かないのは悲しいものがある。

 惚れた雌を取り返す為ならば仕方ないのかもしれない。

 

「気持ちが分からないことも無いからな。やってやるさ」

 

 体を傾け進行方向を変え、高度を落とすことで速度を上げる。

 その身に受ける風を最小限に抑える為に翼を軽く折りたたみ四肢を体にくっ付けることも忘れない。

 ウルド曰く『じゅうりょく』とやらの力を借り、『くうきていこう』とやらを減少させるための体勢。

 見る間に速度を上げ目標の建物を視界に捉える。

 目標、アーハンブラ城天守。

 風になったような感覚を覚えながら突撃を敢行した。

 

 

 

 

 

 

 

 レッドへ思念を飛ばしたその時に奴からの攻撃は始まった。

 飛来する石礫。

 頭上より追尾しながら落ちてくる岩。

 当たりそうなものは、小手に包まれた左手で、振り回しているハルバードで弾き飛ばす。

 流石に俺の背丈の二倍はある岩は弾けそうも無いので大人しく蒸発させている。

 奴の攻撃はこれだけでは無い。

 つむじ風、鎌鼬、突風となんでもござれの不可視の風撃。

 此方の攻撃の余波でそこかしこで燃え上がっている炎が不自然に揺らぐのや微妙な温度変化を感じ取ることで何とか察知出来ている。

 時に余裕をもって飛び退り、時に『熱風』で押し返すことでやり過ごすが、一番胆が冷える攻撃だ。

 炎は今では使って来ない。

 当初余波で出来ている火種から無数の炎弾を飛ばしてきたが悲しくなる程にパワー負けしていたのでやめたようだ。

 

 

「…っ!」

 

 生じる揺らぎ。

 一瞬の後に前方の炎が消し飛ぶ。

 人どころか城壁さえも吹き飛ばせそうな威力の突風。

 おっかない尖り方している石礫までもが無数に混じっている。

 あんなの受けたらミンチになる。

 当然そんな趣味は無いので迎撃。

 興奮しすぎて最早自分でも何て言ってるのか聞き取れないほどの高速で詠唱。

 発動しているのでしっかり発音できているようではある。

 

「弾けろっ!」

 

 対するこちらも不可視の『熱風』。 

 違うのは石が混じっていないのと陽炎のように周囲の景色を屈折させるほどに熱量を溜め込んでいること。

 ぶつかり合う2つの烈風は拮抗しあい、その隙に範囲内から離脱する。

 ローブをはためかせながら炎が上がっている部分を避けてスペルを途中放棄、風が側面を吹き抜けていくことも気にせず再度詠唱を開始する。

 ビダーシャルの周囲の炎を取り込みながら成長していく風の渦。

 浮遊していた石礫を巻き上げながら『反射』の膜を完全に覆い隠す『火炎旋風』。

 ビダーシャルを炎を風の檻に閉じ込め、空気中の酸素を燃やし低酸素状態を生み出す。

 これで失神なり何なりしてくれれば良いのだが……。

 カラカラに渇いた喉を潤すために腰の皮袋を乱暴に取り外してマスクを少しずらして中に満たされた液体を半分以上飲み込むと維持されている『火炎旋風』に異変が起きる。 

 

 

「そよ風だな」 

 

 轟音と共に内部で炸裂した圧縮された空気によって無理矢理引き剥がされる。

 流石に失神してくれるような可愛げのある様な奴じゃあないか。

 ハルバードを構え何時でも動ける様に腰を低く落とす。

 

 

「土よ、硬き石よ、穿つ針となれ」

 

 何かに語りかけるかのように、優しく、しかし厳かに声を発したビダーシャル。

 奴に呼応するかのように地面からかなりの速度で生えてくる石の針。

 土と石に針と来ればどんな攻撃かは簡単に予想が出来たため既に俺は一か所に留まらない様に走り出していた。

 ジグザグに走ったり揺さぶる様にフェイントを掛けたりしながらも『フライ』を詠唱、全速力で垂直に飛び上がる。

 高度を確保してから『フライ』を解除、自由落下しながらも再度『熱風』を詠唱、範囲も威力も全ての制御を放棄して全力で中庭に向けてぶつける。

 地表を舐める様に地面から生えている針を全て消し飛ばす。

 間に合う様に高度を取った為、平坦になった中庭に悠々と『フライ』で降り立つ。

 靴から熱せられた石畳の熱が伝わってくる。

 『熱風』の余波で熱せられた石畳は赤熱しているが、予想通りというべきか『反射』の膜は小揺るぎもしておらずビダーシャルも涼しい顔をしている。

 

 一見拮抗しているように見えるかもしれないが実際にはやっぱり俺の方が押されている。

 未だに『反射』は破れていない上に、破る為の特大の一撃を準備する暇も与えてくれはしない。

 そして何より、この熱が厄介なのだ。

 俺は火のメイジであるから奴に対抗するには必然的に最も得意な火のスペルを大盤振る舞いする必要がある。

 以前レッドが言っていたのを参考に、精霊の動きを阻害することで奴の力の行使を邪魔するという目的もあるので尚更だ。

 結果、常に凄まじい熱気に晒されるため通常よりもかなり体力を削られる。

 その為耐火ローブを纏いイケないお薬の最後の一つにして皮袋の中の水に混ぜた物、効果が極端に短い代わりにクソが付くほど強力な発汗促進剤を併用し無理矢理体温を調節して誤魔化しているのである。

 アホな貴族がダイエットの為に作らせたという碌でもない作成経緯を持つものではあるが、今の所俺を生きながらえさせているので感謝はしている。

 吹き出す汗に鬱陶しさを感じつつも『火砲』で石畳から生えた石の拳を迎撃する。

 拳を蒸発させ、そのままやたら滅多らに振り回すことで『火砲』が通った部分の石畳やら城壁やらが蒸発し付近をドロドロに溶かす。

 廃城ながらも綺麗に整備されていた中庭は装飾も溶け落ちこの場に火山が出来たかのような惨状を見せている。

 石畳が冷えた部分から再び石の針が伸び始めたため走らざるを得なくなる。

 体力が削られているためかなり速度が落ちてはいるが、先ほどよりも針の形成速度が落ちている為何とか躱せる。

 飛来する石礫を今までと同じように弾き飛ばし岩を蒸発させながら針から逃げ回っていると、不意に前方に針が形成され始める。

 回避するために、後ろに飛び退ると途中で何かにぶつかって無理矢理動きを止められる。

 少し首を回して後ろを見れば、それは石壁だった。

 壁、こんな所に?

 不味い、と思った時には全てが遅かった。

 

「……ぃぎィッ」

 

 右上腕部、左手のひら、右大腿、左脹脛から一本ずつ血で赤く染まった石針が生えていた。

 興奮剤の影響か、痛みはそこまでない。

 しかし、磔にされ身動きできないのはそれだけで致命的だった。

 

「蛮人、随分と手こずらせてくれたがこれで終わりだ」

 

「まだ、俺は死んじゃいねえぞ!」

 

 近寄ってきたビダーシャルの後ろに『フレイム・ボール』を発生させぶつけてやろうとするも『反射』に阻まれ一瞬の拮抗の後にあらぬ方向に飛んで行った。

 ビダーシャルが『フレイム・ボール』に一瞬だけ気を取られている隙に、血が噴き出すのも構わずに無理矢理針を四本まとめて引き抜く。

 痛みは無いから、己が肉体にどんな不具合が有ろうとも動かせる。

 少なくとも、今はまだ。

 血を噴き出し軋む手足に鞭を打って走り出す先には鉄壁の守りに囲まれたビダーシャル。

 そこまで開いていない距離を詰める間に詠唱するのは『ブレイド』。

 ハルバードの頂端である槍部から伸びる光の剣。

 長さは程々に刀身を細く、また細く限界まで圧縮していく。

 駆け抜けた勢いのまま踏み込んで大上段に獲物を振るう。

 奔る閃光、弾かれる刀身。

 衝撃で体が浮かび上がりかけたが石畳と接したままだった左足を軸にしてコマのようにその場で一回転することで体勢を立て直し、一瞬の為の後ハルバードを突き出しながら再度突撃する。

 膜と穂先がぶつかった瞬間からピクリとも前に動かなくなると同時に押し戻される感触が強くなるが踏ん張りを利かせて耐える。

 

「ウル・カーノ・カーラ・ウルル・ラーヴァ!」

 

 『ブレイド』を維持したまま詠唱を始めスペルが完成する前に『ブレイド』を解除することでスペルの解除から再度の詠唱までの時間を無理くり短縮する。

 穂先から溢れ出す『火砲』によるほぼゼロ距離での発動、着弾の衝撃で木の葉のように容易く跳ね飛ばされる。

 石畳の上を転がるが勢いが弱まった所で手を付きながらしゃがみこむように体勢を立て直す。

 土壇場での思い付きでもちゃんと発動してくれたみたいだが、無理があるのか頭の中がキリキリ痛む。

 いつまでのしゃがんでは居られないので頭痛を堪えながら立ち上がる。

 目の前には先程までと変わらぬ様子で佇むビダーシャル。

 奴も、『反射』も未だに健在。

 痛みは無いが力が入りにくくなってきた両足でゆっくりとでも奴に近づいて。

 そして、崩れ落ちる様に地面に膝を着いてしまった。

 

「お前の命は私の手の中にある。いい加減に諦めろ」

 

「タバサは目と鼻の先に居て、俺はまだ生きている。……諦める訳、諦められる訳、無いだろうが!!」

 

「お前は十分に足掻いた、もう眠れ。……永遠にな」

 

 此方を見るビダーシャルの頭上に小さな家ほどもある岩が浮いている。

 それは徐々に俺の頭の上に近づいてくる。

 ここで、終わり?

 まだ何もやっちゃいないのに、諦めるのか?

 あの娘があの娘の母親と同じように狂わされるというのにここで諦めるのか?

 否、己の意思が消え果る最期の時まで諦めてたまるものか。

 あの娘を救い出すために。

 あの娘に振り向いて欲しいから。

 

「誰が眠るか、クソッタレ」

 

 時間が有ればもう一度立ち上がれるかもしれないがその時間が無い。

 逃げることは出来ないので未だ握り続けているハルバードを天高く突き上げ狙い定める。

 切っ先が震えるのを更に力を込めて無理矢理抑える。

 

「ウル・カーノ・ドルク・アーダ・ウィタ・ブラーガ…」

 

 唱えるのは、火系統魔法において最大最強の一撃。

 精神力だけはまだ余裕が有るので湯水の如くつぎ込んでいく。

 だけど。

 発動まではまだまだ時間がかかり。

 浮遊する大岩は徐々に落ちてくる速度を上げていて。

 魔法の発動は間に合いそうになかった。

 それでも。

 

「う、おおぉぉっ!!」

 

 精神力をくべて熱量に変換することは止めない。

 眼前に近づく大岩から目を逸らしはしない。

 最期まで、立ち向かう。

 引き伸ばされたかのように間延びした時間。

 既に元の高さの半分まで落ちてきた大岩をしっかと見据えながら、極度の緊張で極限まで高められた思考速度の中、声が聞こえた。

 

「大丈夫」

 

 それは、俺が此処まで追い求めてきた人の声だったような気がした。

 

 

 

 




長くなりすぎたので分割。

後半へ続く。

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