『明日には薬が完成する』
数時間ほど前にビダーシャルから伝えられた言葉は自身の終わりを告げる物だった。
慈悲のつもりか旅芸人の一座の芸を観る為に部屋から出ることを許可してきたが拒否した。
そんなもの慰めになるものか、鈍感になることで平静を保っているというのに今更生への渇望でも蘇ってしまえば薬で狂わされる前に狂気の渦に落ちてしまいそうなものだ。
隙を衝いて逃げることも考えたが、何の備えも無く杖すら持たない今の自分では1メイルも逃げ出すことは出来無いだろう。
何よりも、このエルフに抵抗しようという気勢は既に萎えている。
神経を磨り潰しながら放った乾坤一擲の一撃が容易く自身に牙を剥くという絶望。
以前戦ったメンヌヴィルとかいう傭兵と同等か或いはそれ以上に激しく、荒々しく、猛烈に燃え盛る炎。
ウルドが咆哮と共に放つ、かするだけでもそれだけで間違いなく大火傷を負うであろうそれすらも拮抗することなく弾かれ周囲の木々を燃やすだけであった。
戦いにすらなっていなかった悪あがき染みた抵抗。
勝つことなど出来やしないと打ちのめされても仕方は無かろう。
提案を払いのけたは良いが母も眠っておりどうにも手持無沙汰である為、囚われてから何回と読み返している借りっぱなしの『イーヴァルディの勇者』を再び開く。
部屋の外から微かに漏れ聞こえてくる景気の良い音楽や声を聞き流しながら開かれたそれに目を落とす。
最初は自分を落ち着かせるために読んでいた。
熱中することを見つけたことで徐々に落ち着いていくことが出来たが、冷静になり過ぎて自分を登場人物に自己投影して自由の身になることを夢想していることに虚しさを覚えた。
途中からは本来の持ち主であるウルドとの繋がりを求めて読み続けていた。
想像以上に自分の心の中を彼が占める割合が大きくなっていることに少しばかり赤面しつつも彼を待ちわびる様に時間を潰していたが、一日、また一日と過ぎていき諦念は膨らんでいった。
そして今では最早何も考えずにページをめくっている。
ただ文字の羅列を眺めているだけで、書いている内容も、言葉の裏に隠された意図も何一つとして頭の中に入っては来ない。
凪いだ海の様に感情の波も風も一つとして存在しない。
泣き叫ぶことなくただ穏やかに最後の時を迎えること。
それが、自分を狂わせる薬を調合したエルフと憎き叔父王へのせめてもの意趣返し。
途中まで読んでいたのと、内容を噛み締めることもしなかったためそれ程時間を掛けずに読み終えてしまう。
本を閉じて表紙を上に自身の膝の上に置く。
彼と自分が関わりを持つようになった切っ掛け。
彼を意識してしまうようになった切っ掛け。
今では彼との唯一の繋がり。
皮張りの表紙を見ていると少しだけ心をかき乱されるような感覚に襲われてしまう。
恐怖、後悔、そして……。
もう、読むのは止めよう、これ以上はきっと良くない。
それまで腰を下ろしていた母の眠るベッドの横の椅子から立ち上がり、隣の部屋の自身に与えられたベッドの横にある机に手にした本を置きに行く。
室内に明かりは点いていないが窓から入り込む月明かりに照らされている為薄ぼんやりとしているが問題ない。
たった数歩の内に目的のテーブルまで辿り着く。
後ろ髪引かれる様な名残惜しい気持ちを覚えるが、もうそんな気持ちも必要ない。
意を決してテーブルの上に置こうとした時、室内は闇に包まれる。
「っ……何が」
驚いた拍子に思わず彼の本をかき抱いてしまう。
明かりは元々点けて居なかった、つまり窓の方で何かが起きたということだ。
気が付けば喧騒も消えている。
此処まで来て今この城では何かが起きている事に気が付いた。
警戒しながらゆっくりと窓に近づく。
何かに覆われたかのように黒い色を覗かせている窓ガラス、異変は直ぐに起こった。
「ひっ……」
黒い何かが蠢いたと思えばぎょろり、と爛々と輝く巨大な目玉が此方を見据える。
巨大な目玉はぎょろぎょろと視線を部屋のあちこちに動かし、内部をひとしきりねめつけた後此方に視線を戻した。
目玉が此方を見ながら満足そうに目を細める仕草に、未知の物へ対する恐怖を覚える。
交錯する視線。
目を逸らしてしまえば対応が遅れる。
元々幽霊のような物が苦手な自分ではあるが、明らかな異常事態を前に怯えるだけではいられない。
何の抵抗も出来ない母も居るのだ、たとえ杖が無くとも手出しはさせない。
……明日には狂わされるというのに自分はどうして立ち向かおうとしているのか。
視線を逸らさないまま、いくら思考しようとも明確な理由は分からない。
いっそこのまま喰い殺されでもした方が楽かもしれないというのに。
自分は、生きることを諦めていない?
思考を打ち切り、瞳を更に険しくして目玉を睨み付けるが様子が少しおかしい。
目玉は何処か狼狽えたように視線を右往左往させる。
訝りながらもそのまま様子を窺っていると目玉は謎の光に包まれる。
窓から入り込む強い光に、闇に慣れてしまった自分は思わず目を瞑る。
数瞬の後、何とか目を開いてみれば光は収まっていた。
未だぼやけたままの視界が窓に何かが映り込んでいるのを捉えたため目を凝らす。
再び月明かりが差し込んでくるようになった窓に映り込んでいたもの、それは。
「レッド?」
月に照らされてな鮮烈な紅が特徴的な男。
ウルドの使い魔たるレッドが人間に化けた姿であった。
レッドは此方を向いたまま身振り手振りで壁際に寄る様に伝えてくる。
大人しく指示に従い扉が開かれたままの隣りの部屋に退避すると再度の輝きとほぼ同時に轟音が響き渡る。
轟音で目を覚ましてしまった母が何かを叫んでいるが今は無視する。
戻ってみれば先ほどまで王侯貴族の居室の如き佇まいをしていた室内は見る影も無く、壁のなれの果てである石の塊によって滅茶苦茶になっていた。
その巨大な体躯で天井と母が居る部屋とは逆の方向にある壁すら破壊した張本人は頭と体の一部を室内につっ込みながら話しかけてきた。
「"反射"も無しとはエルフめ、油断したな。ああ、遅くなって済まない、とウルドからの伝言だ。……母君は?」
「隣りの部屋にいる。……ウルドは?」
またも光に包まれ人に擬態するレッドに返答を返す。
レッドは少し不機嫌そうにしながらも口を開いた。
「あのバカはエルフ、ビダーシャルと交戦中だ。返答も無いからな、相当集中しているらしい」
「……ビダーシャルと?」
「そうだ。サイトやキュルケ達が中隊を、ウルドがビダーシャルを抑えている。口では足止めに留めるとは言っていたが案の定あのバカは本気でやり合っている様だがな」
ウルドだけでなくサイトやキュルケ達も来ているという事に内心驚く。
恐らくウルドかシルフィードのどちらかが助けを求めたのだろう。
それにしたって、普通こんな所まで来るだろうか。
敵は国で、エルフだっているのに。
どうやら自分は、自分で思っていたよりも友人に恵まれていたらしい。
捕らえられてから今まで一度たりとも反応しなかった瞳から涙が溢れだす。
嬉しさも今まで誤魔化してきた恐怖も何もかも混ざり合い堪えが効かなかった。
それでもまだ終わっていない、と乱暴に目元を拭う。
「忘れていたが、お前の杖だ。ここに来る前に取りに行った」
「場所はどうやって知ったの?」
「ウルドが情報収集のついでに聞き出したらしい。後ろ暗いところがあるから聞かないでやってくれ」
そう簡単に口を割るような内容では無いし、聞き出せる様な話術をウルドが持っているとは思えない。
自ずと選択肢は絞られるが、追求する気は元から無い。
自分を助ける為に必死にやってくれた、それで良い。
レッドから差し出された杖を受け取る。
自身の背丈よりも大きな愛用の杖を握りしめ感触を確かめて。
「そういう訳だ、さっさとサイト達と合流してついでにあのバカを回収して逃げるぞ」
「レッド、これ」
「む?これはウルドの……って何処へ行く!?」
レッドに『イーヴァルディの勇者』を渡してから崩れた壁から外に向かって走り出し『フライ』で飛び上がる。
レッドが慌てた様子で大声を上げている。
「一体何をやってる!?」
「母様をお願い!」
自分でも驚くほど大きな声でレッドに返答しそのまま天守を越える程の高さまで上昇すると、それは視界に入ってきた。
中庭を埋め尽くす様に荒ぶる炎が夜の闇を蹴散らし周囲を真昼の様に明るく赤々と染め上げている。
百メイル以上離れているにも関わらず自身が身を置く上空でさえ感じられる熱気の発生源、生命の存在を拒むかのような炎の庭園の中にただ2人。
『反射』の膜に守られ涼しい顔をしているビダーシャルと、『ブレイド』を展開したハルバードを弾かれるが即座に反撃に転じて『火砲』を至近距離で撃ち込む男。
着弾の衝撃で弾き飛ばされる際にローブから垣間見えた顔は包帯とマスクに覆われてはいるがウルドで間違いないだろう。
目の前の光景に杖を更に強く握りしめる。
ウルドは言っていた。
『"反射"が弱まるなら、ブチ抜けるかもしれないな。タバサはどうだ?』
そして、自分は彼にこう返答したのだ。
『自信は無い。だから、貴方の援護をする』
反射が弱まっているかどうかは分からない。
しかし、ウルドの魔法の威力は明らかに前回の時よりも跳ね上がっている事が分かる。
だからこそたった一人で今の今まで耐え続けて来れたのだろう。
彼が『反射』を破ることだけに集中できれば……。
ビダーシャルの方に歩き出し膝から崩れ落ちるウルド。
いつの間にか彼の頭上には大岩が浮かんでいた。
確かに自分はビダーシャルに心を折られたかもしれない。
でも、同じように赤子の手を捻る様に一蹴されたウルドは今もなお立ち向かっている。
だったら、自分がどうするかなんて最初から決まっている。
様子見は此処まで。
私は、灼熱の戦いの中に飛び込んでいった。
「大丈夫」
その言葉と共に少々乱暴に抱き留められながら俺達は低空飛行していた。
俺を抱き留めている人の性別と体躯から考えて立場が完全に逆だろうと言われることこの上ない状況。
後方からは大岩が落下した轟音が聞こえてくる。
大きく距離を取って漸く地面に下ろされた俺の瞳に映ったのは待ち望んだあの娘だった。
「……タバサ?」
「ウルド、体は大丈夫?」
「かなり不味い、じゃなくてなんでこんな所に来たんだ!?」
レッドに任せた筈のタバサがどうしてこっちに来たんだ。
助けれたのは確かだが、何が何だかサッパリ分からない。
「あの時決めた筈」
「……何を言ってる?」
「私が援護して貴方が"反射"を破るって、決めたでしょう?」
真っ直ぐと見つめてくるタバサ。
それは、確かにそういう話になったけど。
まさかそんなことの為に態々来たって言うのか。
見つめ返したタバサの表情は至極真面目な物だった。
「……っ」
「ウルド、痛むの?」
「くふ、ふふふっ」
思わず笑ってしまう。
「何がおかしいの?」
「いや、タバサってとんでもなく義理堅いんだなって思ってさ」
少し不機嫌そうに聞いてくるタバサに思わず本音を言ってしまう。
普通あんな口約束を守るためにわざわざ来るか?
自分が囚われていたっていうのにさ。
「……」
「俺が悪かった、睨まないでくれ。……で、体力と精神力の方は?」
「今までずっと休んでたから問題ない。有り余ってる」
「そいつは良いや」
ジト目で見てくるタバサに謝りを入れながら体調を聞いてみる。
きっと、多少は強がりの部分があるだろうが確かにそこまで悪くはなさそうだ。
これじゃ問題なのは俺の方だな。
「マトモに動ける状態じゃないんだが大丈夫か?」
「問題ない」
「そっか。それとこれ、被っとけ」
被っていた耐火ローブをタバサに渡す。
受け取った体勢のままキョトンとしているタバサに説明する。
「耐火ローブだ。俺は動けないからもう良い」
「でも……」
「今の君の格好ヒラヒラしてるから危ないだろう。それに、折角のお姫さまみたいな格好なんだからコゲるのは忍びない」
仕立てが良く、デザイン的にもタバサに良く似合っている寝間着。
こんな所じゃ無ければもう少ししっかり目に焼き付けたい所だが我慢我慢。
「口説くのは終わってからにして」
「終わってからなら口説いて良いのか?」
「……ばか」
「話し合いは終わったか?」
冗談は此処までか。
空気を読んだのか今まで手を出してこなかったビダーシャルが話しかけてきた。
余裕ぶっこきやがって、ありがとう。
「ああ、お前をぶっ潰してから続けることにするよ」
「無駄な事を」
「無駄じゃねえさ。今度はお前が地に伏す番だ」
満身創痍という訳では無いが四肢を穿たれているので立ち上がるのも辛い。
そうだとしてもタバサが奴を抑えてくれるのだ、せめて立ちあがっているべきだろう?
手にしたハルバードを支えに何とか立ち上がれば隣にはタバサ。
既にしっかと両手で杖を持ち鋭い目つきでビダーシャルを睨み付けている。
「タバサ。30秒、稼げるか?」
「大丈夫、2分いける」
「そいつは頼もしい限りだ」
頼もしすぎて情けなくなってくる。
助けにきた人に逆に助けられるなんてさ、本当に俺は駄目な男だな。
だからせめて。
「カーン・バージ・ウル・カーノ……」
期待には添わないといけないよな?
周囲に撒き散らされている炎、熱でとろけている石畳や城壁、息するだけでむせ返りそうな周囲の空気。
貰った時間を最大限に活用する為に、ありとあらゆる物から手当たり次第に熱を奪い一点に『収束』させていく。
集める範囲はもっと広く、もっと大量の熱を。
「精霊を、いや熱を一点に?……やらせはしない」
「それはこっちの台詞」
俺とビダーシャルの間に割って入るタバサ。
「ユビキタス・デル・ウィンデ」
声が響けば、ローブに身を包んだタバサの輪郭はぶれ始める。
蜃気楼のように揺らめく姿は幻想その物。
一瞬の後に曖昧だった輪郭は2つに分かれた。
風の奥義、『偏在』。
スクエアになったのだから出来て当然なのかもしれない。
片方は『エア・ストーム』を発動し、もう片方は自身に『フライ』を掛け俺を抱っこしながら空を飛び回る。
俺達を中心に発生した巨大な竜巻は飛来する石礫と岩石を強烈な勢いで巻き上げ跳ね飛ばし、俺は抱きかかえられながらその光景を見る。
立ち上がった意味無かったなとか自分より小さな女の子に抱っこされるなんて超恥ずかしいとか自分に突っ込みを入れつつも熱は集めるのは止めはしない。
「はあぁぁぁ……」
熱が集まれば集まる程その場に止めようとするために必要な労力は加速度的に増えていく。
自分で編み出しておいて原理が良く分からないんだが、多分精神力で産み出したファンタジーな力場でその場に抑え込んでいるのだと思う。
流石のスクエア・スペル、無尽蔵にも思えた精神力がゴリゴリ減っていくのが強く感じられる。
浮かび上がった俺と片割れに対する攻撃は、地上に残った方が迎撃してくれている。
風と風がぶつかり合い石が吹き飛ぶ戦場の空を縫うように飛行するタバサ、と抱っこされたままの俺。
今この時も精神力は吸い取られ続け、加速度的に増えていく収束制御の負荷が頭痛を大きくしていく。
宙を舞う俺達と石畳の上でダンスを踊るかのように石針を、石礫を、風撃を避け続けるもう一人のタバサ。
気が付けば周囲からは炎が消え、石畳や城壁は完全に冷え切って、先ほどまでとは打って変わって厳しい冷気が立ち込める。
「あの景色が歪んで見えている所の手前、降ろしてくれ」
「分かった」
指し示した場所にお互いに白い息を漏らしながら降ろして貰う。
目の前で抑え込まれている熱量は既に暴発寸前なので早急に使ってやらないとヤバい。
「ウル・カーノ」
俺の経験上、魔法ってのはイメージが大切だ。
拙い上に虫食いだらけの科学知識であれこれ考えながらやるよりは、どんな感じにしたいのか頭の中で明確にずっとイメージする方が良いと思う。
科学知識を持っている比較対象が居ないから一概にどうとは言えないが。
「ドルク・アーダ」
イメージするのは生命を育んできたもの。
生命を育む暖かさを持ちながら近づき過ぎればその身を焼かれる熾烈さを持つ熱の塊。
闇に閉ざされた海を揺蕩う幾千、幾億、もっとそれ以上の数がある恒星の内の一つ。
それこそは、太陽。
「ウィタ……ブラーガ!」
火のスクエア・メイジにのみ許された奥義たる火の四乗、『紅焔』。
その名の通り紅に燃え上がる焔で『固定化』が掛けられた城壁すら一撃で跡形も無く消し飛ばすことが出来る魔法。
残りの全精神力と。『収束』で集めに集めた熱量を余すことなく注ぎ込めばどうなるであろうか。
その答えは今目の前にある。
「先ほどの熱を集める業といい蛮人、お前は一体……!」
珍しいことにビダーシャルが焦りを見せているが無理も無かろう。
頭上に浮かんでいる火の玉には本来の紅色は影も形も無い。
球状に形を抑え込まれた焔は眩いばかりに輝き続けまるで昼間であるかの様に周囲を明るく染め上げている。
詳しく調べることなんてできる筈も無いが、恐らくは空気中の窒素やら何やらをプラズマ化させる程度には熱量が有るだろう。
まあどれくらいでプラズマが発生するのかということもハルケギニアの大気の組成がどうなってるいるのかも知らないんだけどね。
「タバサ、下がれぇーッ!」
叫びと共に後方に離脱する2人のタバサ、ビダーシャルに向かって飛んでいく光の塊。
ビダーシャルは何重にも石壁を作り上げるが、そんなもの役に立つものか。
いとも容易く障害物をぶち抜きビダーシャルに向かって直進していく。
そして。
全身全霊を込めた光弾が薄く輝く『反射』の膜に着弾する。
膜が揺らぎ、光が飛び散る。
飛び散った光が辺りを再び灼熱の溶岩地帯に変えていく。
『反射』の膜がまだ健在だからか、僅かながら安堵の表情を浮かべているビダーシャル。
このまま行けば、耐えられるとでも思っているのだろうか。
俺がこのままで終わらせるとでも思ったか。
「は、じ、け、ろーッ!!」
内圧を更に上昇させ最表面の一部、膜と接している部分の抑えを態と弱めてやればその部分から勢いよく焔が炸裂し、視界が完全に真っ白になる。
即席だが指向性を与えたことである程度緩和された爆発の余波にすら俺は何一つ抵抗することなく吹き飛ばされた。
石畳の上を跳ねながら数秒間移動していた俺はふわり、と何かに包まれる様に突如として運動を停止する。
吹き飛ばされた影響で前後不覚に陥りながらも、受け止められた後に優しく石畳に横たえられたのだけは理解できた。
足音共に誰かが、恐らくというか間違いなくタバサだろうが、駆け寄ってきた。
仰向けにされ介護老人の様に抱き起される。
「生きてる?」
「おう、無事とは言えないがな。そっちは大丈夫か?」
「傷一つ無い」
抱き起してくれたのは予想通りタバサだった。
偏在が消えたのか自分で消したのか1人っきりだったが言葉の通りどこも怪我をしていないみたいで良かった。
「ビダーシャルは?」
「分からない」
奴が居たであろう所に目を向けてみれば余波で撒き散らされた炎が燃え盛っていて良く見えない。
今ので無理だったらもうどうしようもないのだが……。
「っ……ウルド」
「ああ。マジかよ、クソッタレ」
揺らめく炎に影が映る。
人間と大差ない背丈の何者か、ビダーシャル。
エルフとはかくも強大な物なのかと、一瞬驚嘆しそうになったが今までとは様子が違っていた。
頭にかぶっていた羽根つき帽子は何処かに吹き飛び、息を飲むほど美しかった金の長髪は所々焦げ落ちて見る影もない。
エルフの物であろうゆったりとした衣服も所々焼け落ちて酷い火傷を見せている。
咄嗟に腕で庇ったのだろう、右腕は上腕の半ばから完全に焦げ落ちており残る左腕も表面が一部黒く炭化している。
ひと目見ただけで満身創痍だという事が分かる。
しかし。
「嘘だろう?タングステンだって蒸発させる自信があったのに」
俺の全身全霊の一撃が当たったのにこの程度で済むのかよ。
奴の周りには『反射』の膜は既に存在していない。
代わりに直撃する前に展開したと思われる、一部薄くなったり穴が開いている分厚い水の膜が存在している。
あれで凌いだっていうのか?
というか。
「ウルド、あれ。火傷が、治っていってる」
冗談も大概にしろ。
時間を追うごとに火傷の範囲が明らかに小さくなってやがる。
流石に腕までは治っていないが放って置いたら生えてきそうだ。
不意に奴の左手が輝きだす。
すわ戦闘続行かと思いきやただその場で浮かび上がるだけのビダーシャルは、苦痛に顔を歪めながらそのまま何処かに飛び去って行った。
「勝った、のか?」
「多分」
今一勝利の実感が湧いてこない。
隣りにいるタバサは未だ警戒と不安の色を滲ませながらビダーシャルが飛び去った方向を睨み付けている。
数分間見続けた後、漸く警戒を解いたのかタバサが此方に向き直る。
「今一実感湧かないけど勝ったという事にしておこうか」
「賛成」
助けに来た人に助けられた上に勝った実感は無いけど、目の前にタバサが居るんだからそれだけで十分だった。
いつの間にかヒロインの立場になっているオリ主。
やはりこのオリ主は肝心な所で駄目らしい。
Q.『反射』をどうやって破るの?
A.援護してもらいながらドーピングして無理矢理ぶち抜く
私の乏しい想像力ではこれが限界です。
だからと言ってなんでタバサが援軍なんだよというお話。
もうこれより増えないと思うオリジナルスペル紹介
『紅焔』
火の四乗。スペルは勿論適当。なんか凄い威力らしい。