色んなことが進展した(?)のも束の間、ゲルマニアはツェルプストー領に届いた一通の手紙。
それは、律儀にも事の顛末を報告したルイズ嬢に対するアンリエッタ女王陛下からの返答だった。
ラ・ヴァリエール領で待つ、とだけ書かれたそれにイヤに反応するルイズ嬢。
聞けば母親からの折檻が怖いという話だったが、それは何処の家庭だって同じでは無いだろうか。
そんな風に楽観視していた俺がバカだったと気が付いたのはラ・ヴァリエールの城が見えた頃だった。
何処かでタバサとのやり取りを見ていたのだろうか、妙なニヤニヤを浮かべているキュルケを極力無視する俺。
こういうのは反応を面白がっているから弄られるのだ、だから反応しなければいい。
そう考えていたのだがどうも俺が不自然に無視しているのが可笑しくて堪らないといった風だった。
どないしろっちゅうねん。
「しかしルイズの母君がかの"烈風"殿だったなんてなあ」
ギーシュが今一現実感の無さそうな声でぼやく。
"烈風"カリン。
マンティコア隊前隊長にして鉄の規律というハルケギニアで1、2を争う程クソみたいに厳しい規律を敷いた女傑。
とんでもない風の使い手だったらしく噂によると上空約200メイル程まで届くほど巨大な『ストーム』を発生させたことが有るらしい。
その他にも"烈風"出陣の報を聞いただけでゲルマニア軍が逃げ出したとか嘘か本当か良く分からない様な逸話が天空に浮かぶアルビオンにまで届いている。
そんな
公爵ともなると屋敷も凄いなとボケッとしているとタバサがポツリと呟く。
「マンティコアに乗った騎士が居る」
その瞬間のルイズ嬢の動きは速かった。
窓を突き破りながら脱兎の如く逃げ出す彼女の動きは惚れ惚れするほどのモノだった。
しなやかな肢体を十分に生かした見事な体捌き、あれは世界を狙えるなと呆気に取られて混乱する俺が次に知覚したのは風の唸る音。
瞬間、体を襲う浮遊感。
突如発生した竜巻で馬車ごと持ち上げられたのである。
「ひぇええええ!」
「こりゃヤバいな。"烈風"殿の腕は錆びついてないみたいだ」
「本当ね。どうしましょう?」
「打つ手なし」
叫ぶギーシュとお手上げなので早々に抵抗を諦める俺とキュルケ、タバサ。
下手に外に飛び出したらそれこそ死にかね無いし、そもそも俺はまだ精神力が回復しきっていないので本気で命の危険を感じるまでは魔法は温存するつもりだ。
キュルケは単純に出力不足、タバサは同じスクエアではあるがなったばかりで"烈風"殿に比べて練度不足だから諦めたのだろう。
「そこ3人共諦めないで抵抗しなさいよぉぉおっ!」
「そんなこと言ったって、なあ?」
「ねえ?」
「……」
「ふざけんな、ちょ、あ、あああぁああっ!」
モンモランシーとサイトの叫びも虚しく俺達は皆仲良くシェイクされる事となった。
……淡々と状況説明したけどやっぱり納得いかねえ。
ふざけんな、椅子痛かったぞ!
あんまりにもあんまりだったし、目も回ったので不貞寝していたらいつの間にか女王陛下の前に引っ張り出されていた。
前よりも大分和らいだがそれでもまだヤバそうな雰囲気を漂わせているアンリエッタ女王陛下。
俺の王宮との繋がりは一応表沙汰にしてはいけない類の物なので女王陛下の傍に控えているのは堅物そうな女騎士ただ1人。
長い物にはなるべく巻かれておいた方が良いと一応片膝を付き臣下の礼を取る。
「随分と好き勝手に動き回ったそうですね」
「はい」
「非公式とは言えあなたはトリステインの兵として戦争に参加したことが有り、更に言えば王宮の手配で魔法学院に在籍しているのですからもう少し考えて動いて貰わないと困りますわ」
おっしゃる通りで。
一応まだ王宮と繋がりは在るのだ。
特に竜騎士隊は卒業後の進路の候補の一つでもあった。
腐っても竜騎士なので、戦争で消耗した側としては手放したくは無いのだろう。
去年と比べて随分待遇が良くなった物だ。
もしかして、今回の件で打ち切られるか?
「……不気味なことですが、ガリアからの抗議や身柄の要求は為されていないので今回は不問とします」
「はっ」
「ですが、今後同じようなことが起こらない様にしなければなりません」
放逐、というか処分されることは無さそうだがどうも雲行きがおかしい。
この感覚どこかで、というか『制約』掛けられる直前と同じなんですけど。
「よってあなたを"水精霊騎士隊"付きの竜騎士とします。騎士隊に所属するという事がどういう事か、竜騎士だったあなたならば分かるでしょう?」
女王陛下の言葉と共に傍に控えていたきつい目付きのパツキン女騎士が手渡してくるのはギーシュ達とお揃いの"水精霊騎士隊"のマント。
つまり、近衛隊に所属させて正式にトリステインの指揮下に置こうというのだろう。
弱みに付け込んで早い所囲い込んでおこうという魂胆なのかも知れない。
正直に言うと罰にもならない罰だ。
動き辛くはなるが、ただそれだけ。
一応所属するので少額だが貴族年金まで着くのだろうから寧ろご褒美である。
ただ、なあ。
「……身に着けないという事は、この処分が不服だという事ですか?」
「……」
俺はつい最近決心したのである。
「口約束ではありますが、私はタバサ嬢の騎士になりました」
「タバサ?……ああ、オルレアン公の忘れ形見のあの少女ですか」
「はい。先の事は始祖ブリミルのみぞ知るのでしょうが、どうなろうと私は彼女に付いていきます。ですので女王陛下に忠誠を誓うことが出来ません」
タバサと一緒に居ることを。
別にタバサに忠誠を誓っている訳では無く、むしろもっと俗な理由で騎士になった訳だが1人にしたくないという事だけは確かである。
「同じ王族とは言え没落した家の娘との口約束の方が大事だと、あなたはそうおっしゃりたいのですか?」
「はい」
即答、迷いなど一片も存在しない。
今ここで手打ちとなる可能性もあるだろう。
謁見に際して剣は没収されているので何も出来ないと思っているだろうが、俺には奥の手こと右手甲がある。
剣だけでも杖としては変わっているのにまさか手甲なんかを杖にしているとは夢にも思ってなかった様だ。
お披露目したのはタバサだけだし仕方ないか。
最も、本気で使おうという訳では無い。
そりゃあ、身の危険を感じるなら躊躇なく使うだろうが生憎そんな雰囲気では無かった。
アンリエッタ女王の視線が俺を射抜いている。
相も変わらず能面みたいに張り付いた表情にも慣れたものだ。
ただ、その瞳だけは何かが揺れている。
始めて会った時の様に熾烈な何かを秘めている訳では無く、かといってクロムウェルを突き出した時の様でも無い。
嫉妬、だろうか。
それとも何かを懐かしんでいる?
女王陛下の考えていることはつくづく良く分からない。
考え込むかのように目を閉じ、俺は言葉を待つ間チラリとパツキンの方に目を向ける。
女王陛下が近衛隊である銃士隊の隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランだったか。
何となく騎士と言うよりは戦士と言った方がしっくり来る。
鋭い視線を此方に向け、杖が無い(筈である)俺を警戒しているようだ。
無力である筈の俺への警戒を緩めない、良い戦士だ。もしかしたら戦士としての本能で俺の隠し玉に気付いているのかもしれない。
張りつめた静かな緊張感の中、女王陛下が遂にその口を開いた
「わたくしとしても、彼女はガリアに対して有効な政治の手札の一つだと思います」
「……」
「ウルダール、あなたは"水精霊騎士隊"の一員として彼女の身辺警護をなさい。……これ以上の譲歩は出来ません」
「彼女が王族としてガリアに戻ることになった場合私はどうすれば?」
「好きになさい」
好きになさい、ね。
これじゃあもう罰でもなんでも無いや。
内心小躍りしそうなくらい浮かれているが真剣そのものな表情を崩しはしない。
そんな俺に太っ腹な女王陛下はポツリと呟いた。
「とまあ、これでは罰にはなりませんね。……所でウルダール、あなた預金にはまだ随分余裕が有ったはずですね」
「……はい」
雲行きが、怪しくなる。
主にお金関係の。
「ではしばらくの間俸給は無しで良いですね」
この瞬間暫くの間タダ働きが確定した。
「と、いう訳で正式に騎士隊の一員となった。まあ、よろしく頼むよ」
「いや、どういう訳だよ」
説明しない俺に律儀に突っ込みを入れてくれるサイト。
学院に戻って早数日。
戻ったからと言って特に日常に変化が訪れた訳では無い。
だから俺の顔を見てギョッとしている奴らなんていない。
下級生だけでなく、大分打ち解けた同級生まで俺の事をマフィアを見る様な目で見てくるなんてそんな事有る筈無いのだ。
……誰か無いと言ってくれ。
騎士隊の一員になったとは言えやってることは入隊前とさほど変わらず、強いて言うなら調練に積極的に参加するようになっただけ。
またタバサの身辺警護と言えど四六時中ぴったり張り付く訳にも行かないしやっぱり今までとあんまり変わらない。
変わったことと言えばタバサがちょいちょい王宮の方に行くようになった為それに着いて行くようになったことくらい。
俺の後に女王陛下と何やら話していたみたいだからそれに関係が有るのだろうか。
何の用事か気になるが何時かは言ってくれる、と思う。
俺以外にも騎士隊全体に警護の任が通達されたが、大多数の隊員よりタバサの方が強いためあんま意味は無い気がする。
仮に戦ったとしてまともに勝機が有るのはサイトと俺くらいだろう。
トライアングルの時点であんなに強かったんだから今となっては俺も微妙に自信無いが。
閑話休題。
走り込みを終えて柔軟しながらの休憩。
俺達が居ない間も学院に残った隊員たちは体作りを続けていたらしく、修羅場をくぐっていたからサボらざるを得なかったギーシュとマリコルヌは微妙に置いて行かれがちだった。
たった10日ほどとは言え続けていた者と続けなかった者で差が出てしまうのは若いからだろうか。
いつの間にか二十歳になってた俺としては羨ましい限りである。
まだまだ元気とは言え油断してたらいつの間にか老いが牙を剥き始める。
あーやだやだと軽く柔軟体操を続ける。
淀みない動きで筋肉を伸ばしていくと心地よさが感じられる。
前世の知識は大分曖昧になっているが、サイトのお蔭で思い出すことが時たまある。
この柔軟体操もサイトの提案でやることになって、やってる内に粗方思い出した。
「んーっ。体柔らかい方が怪我し辛いしなあ。おお……効くぅ」
「ジジ臭い声出すなよ」
「うるへー、俺はお前やギーシュ達とは違ってもう二十歳なんだよ。少しは労われ」
「ぐぅ、そういえばそうだったかね。……正直もっと上に見えるのだが」
体が固いのかちょっと顔を顰め呻りながらギーシュが割かし失礼なことをほざく。
どうせ俺は老け顔でやくざ顔だよ。
「ほう、言うじゃねえか。なら今日はギーシュと模擬戦でもやろうかな」
「失礼な物言いだったのは謝るよ。……でも、僕だっていつまでもやられっぱなしって訳じゃあないんだぜ」
「ほざけ、そんな簡単に強くなれたら軍隊なんて必要ねえよ。まあお手並み拝見、だな」
挑発しあう様に不敵な笑みを浮かべ合う。
どうボコってやろうかと考えながら立ち上がり休憩を終える。
こんなバカなこと考えられるんだから、平穏(?)ってのは良い物だなあ。
サイトの剣技が冴えを増す一方、副隊長だし貴族だしいい加減文字の読み書きも出来ないというのは問題だという事で近しい奴らでサイトに文字を教えることになった。
何時になく真面目な顔で相談してきたサイトにちょっと違和感を覚えたがまあ仮にも副隊長だし、良い傾向なのかな?
タバサの発案とルイズ嬢その他の後押しから、一先ず簡単な本を用いて行うことになった。
これで駄目なら絵本でも買いに行くかとも話し合ったがその必要は無かった。
一つ一つの文字までは微妙そうな顔をしていたが、単語になると我が意を得たりと言わんばかりにすいすい理解していったのだ。
挙句の果てにはミルクを零した云々を一発で取り返しの付かないことをしてしまったと意訳したのだ。
……俺が初めてその熟語を知った時は直訳してしまったせいで前後の脈絡がちんぷんかんぷんになったということは黙って置く。
「これも、ルーンの力って奴なのか?思ったよりも随分とルーンって便利な物なんだな」
「契約することで使い魔は話す様になることもあるから、妥当と言えば妥当」
言語翻訳能力とでも言うのだろうか。
俺も欲しいな、じゃなくて。
教えている側が不気味に思う程のスピードで飲み込んでいくサイト。
随分と痒い所に手の届く伝説があったものだ。
偉大なる始祖に変な親近感が湧いてしまう。
「アンタにしては随分冴えてるし物覚えが良いじゃない。どうしちゃったの?」
「なんていうか、言葉の意味を教えられてから、読んでると頭の中に直接書いてあることの意味が浮かんでくるっていうか」
「……どういうことなのよ?」
語学をやっていたと思いきやいきなり翻訳がどうやら再翻訳がどうとか言う話が始まった。
こっちの言葉をサイトが聞いたら向こうの言語、恐らくは日本語に変換されて、サイトが話す言葉は俺らの耳に入る時にハルケギニア語に翻訳されるって?
サイトの考察通りならとんでも無い変換プロセス踏んでるんことになる。
サイトが日本語を言ってるなら間違いなく分かるとは思うが、今まで話してきた限りは確かにハルケギニア語を言っているように聞こえた。
ルイズ嬢は難しい顔して1人考え事しているみたいだし、確認してみるか。
『ア、あ、うん。……なァ、サイト。腹減らねえカ?』
「何言ってんだよウルド。さっき昼食ったばっかりだろう?」
「頭脳労働してるからか妙に小腹がすくんだよな」
「……それはちょっと分かるかも」
熱心に本を読みこんでいたサイトは集中していたからか俺が日本語で喋ったことに気付かず、日本語で話しかけた内容に対して少し鬱陶しそうにハルケギニア語で返答してきた、様に聞こえた。
取り敢えず意味は通じてるからサイトが日本人だという事は確定、ハルケギニア語で返答が返ってきたのは……。
ううむ、言語を理解できるかどうかは別としてハルケギニア人か否かと言う大雑把なくくりで翻訳機能が働いているのだろうか。
……うん、ちっともわからねえ。
あれ、ちょっと待てよ。
もしそうだとしたら、一個人に与えられたルーンが他人の認識にまで影響を与えてるってことになるのか。
頭の中をサブリミナルやら洗脳といった物騒な言葉が埋め尽くしていく。
危ない方向にずれていく思考の中、それまで手にした本に視線を落としていたタバサに声を掛けられたことで正気に戻る。
「ウルド、お腹空いてるの?」
「ちょっとな。それがどうかした?」
「ウルドがなんて言ったのか、一瞬分からなかったから」
分かる筈も無い。
あれは異世界の言語だから。
流石に正直に答えることも出来ないので誤魔化す。
「それだけタバサが集中していたんだろう?」
「そう、かもしれない。……ウルド、手が止まってる」
「悪い悪い」
誤魔化せた、かな?
珍しく知的好奇心を覚えたせいで暴走してしまった。
何かヤバ気な事に気が付いてしまったかもしれないが、きっと気のせいだろう。
表情を曇らせながらもルイズ嬢が復活する。
今度は書いてみましょう、とサイトを促している。
書くのは短時間でどれだけ上達するのか興味津々に見ていたがどうやら世の中そんなに甘くは無いらしい。
「流石にまだ書くのは無理だわな」
「単語も文法も覚えてないんだから仕方ないだろう」
少し口を尖らせながら反論するサイト。
伝説も万能では無い様だ。
あはは。
「ウルド、そこは意味が違う」
「はい……」
タバサから鋭い指摘が飛んでくる。
……そう。
俺も一緒にやっているのである。
一応サイトと同じ本じゃなくて、もっと難しい奴だ。
チクショウ、貴族が読む本ってのは何でこんな修飾過多だったり回りくどい表現が多いんだよ。
官能小説じゃないんだぞ。
この世界で20年生きてきたのは伊達では無いのだと思いながらも、早々にサイトに抜かれてしまうのではないかと一抹の不安を抱きながら必死に読み解いていく。
心中は兎も角として、漸く戻ってきた穏やかな一日だった。
もし仮に日本語を理解できるハルケギニア人が居たとしたら、どんな感じで翻訳されるのだろうか。
そんなお話。
ふと思いついただけなので面白みに欠け穴が有るのは承知ですが、そこは何卒スルーでお願いします。
ぶっちゃけもっと早い段階で思いつけたらお話に色んな形で組み込めたかもしれないですね。
終わりまでの大まかな流れが出来ました。
完結できるように頑張ります。