最近妙に生真面目なサイトが徐々に読み書きを覚えていくことに何とも言えない焦燥感に襲われていたある日。
戻ってきてからの習慣になった定期的な王宮への訪問でタバサを送り届けた後の事。
決められた終了時間までどうせ暇なので練兵場のごく一角を貸して貰って魔法の練習と洒落込んでいた。
練習している系統は得意とする火系統、ではなく最も苦手な水系統である。
心を落ち着けて集中を高める。
いつもよりも慎重に精神力を練り上げルーンの詠唱と共に力を開放する。
「こ、"
イメージをより正確なものにするため、使用するスペル名まで謳い上げる。
目に見えない微小な水蒸気一つ一つを寄せ集め徐々に大きく成長させる。
言葉にしてみれば単純だが、緊張により俺の額を大粒の汗が伝っていく。
思う様に大きくなっていかないのだ。
水蒸気を集める速度が遅すぎて、集めた傍から蒸発しているのかもしれない。
漸くビー玉大の大きさに成長させた頃には、十分ほど時間が経っていた。
「これじゃあ、魔法使うよりも走り込みでもした方がよっぽど効率よく水を集められるぜ」
随分と塩気の多い『凝縮』である。別名、汗。
事実この十分間で集めた水の量よりも、掻いた汗の方が随分と多い。
精神力が未だに回復しきっていないことを加味しても酷過ぎる結果だ。
やっぱり、向いてない。
「でも、向いて無いからと言って何時までも食わず嫌いってのも格好悪いし、進歩が無い」
自分が火力特化の脳筋であることをビダーシャルとの戦闘で再認識させられた俺は、もう少し選択の幅を広げるべく苦手とする分野への挑戦を決心することとなった。
軍隊の歯車としてなら得意分野に特化することは悪いことでは無いが、単独或いは少人数で行動する際には色々と出来る方が都合が良い。
完全な後方支援に転向する気はさらさら無いが戦闘補助で搦め手を使える様になりたい所だ。
持ち味を殺さない程度に色々な状況に対応できる様に。
難しいが、やらなければ停滞したままで何時か後悔するだろう。
それだけは嫌だった。
「良し、もう一度やってみるか」
疲労感が薄れた所でもう一度挑戦する。
基礎中の基礎ではあるが、『凝縮』出来ないことには発展させることは出来ない。
感覚を掴んで慣れるまで何度も何度も繰り返す。
それは遠い道のりの様に見えて実際には一番の近道である。
先程とは少しイメージを変えてルーンを詠唱する。
あの手この手で品を変えながら自分に合うものを探すこと。
それがイメージに左右されやすい系統魔法を上手くなるコツだと俺は信じていた。
その時々に応じて『凝縮』するまでの時間が短くなったり長くなったり、水球が大きめだったり小さめだったり見事に安定しない。
どの道戦闘に耐え得る物では無くやはりまだまだ慣れるまで時間は掛かりそうだ。
最後の奴がそこそこ早く、且つ大きく出来た事に多少なりとも満足は出来た。
これを安定して出来る様にして更に早くできるように成れば次の段階に進めるだろう。
そろそろ時間だと判断し精神力を流すのを止めると浮かんでいた水玉が地面に落ちて染み込んでいく。
厚手の布きれで軽く汗を拭い玉座の間に向かうと話を終えたらしい難しい顔のタバサが固く閉ざされていた扉から姿を現した。
「お疲れ様、タバサ」
「……ウルドも疲れてる?」
「ほんのちょっとね」
細かい所まで見られている様で何だか気恥ずかしい気持ちになり、見栄を張って誤魔化す。
本当は慣れない水系統で結構疲れてます。
そんな俺の本音を見抜いているのか、タバサが悩んだ表情を崩し口元に手を当てて軽く笑っているのが視界の隅に映り込んだ。
しかしそれも直ぐに消え去りまた何かを考える様に表情を強張らせる。
「軽食でも取ってから戻るか?」
どんな話をしたのか、難しい顔をしているタバサ。
気晴らしになるかと街に寄ってから学院に戻ることを提案してみる。
エントランスホールに向かう道すがら、タバサは俺の発言を受けてか強張っていた表情を多少緩めながら如何しようかと悩ましげに小さく息を漏らした。
多分今悩んでいるのは食べに行くか行かないかじゃなくて何処に行こうか、何を食べようかという事だと思う。
この子は見た目に反して随分と食い意地が張ってるからな。
途中くーっと何処かの虫が鳴いたような音が聞こえたがデリカシーの観点から何処の虫か明言は避ける。
「サンドイッチ、食べたい」
知らんぷりしたがやはり女の子として恥ずかしいのか、軽く頬を染めながら言うタバサに何時ぞやの出店やってるかなと声を掛けながら王宮を後にした。
それは次の謁見が有る日の事だった。
元々午前の授業に出て昼を食べた後に向かう予定だったのだが"水精霊騎士隊"に王宮への出頭命令が下ったことでついでとばかりに時間が早められてしまった。
授業に出れないではないかと言いながら満面の笑みを浮かべているギーシュに連れられ妙に張り切っているサイトと元気の無いルイズ嬢の2人、元々行く予定があったタバサとついでにキュルケの計6人で向かった王宮で、完全に猫を被りあの恐ろしい空気を微塵も感じさせない麗しの女王陛下にきな臭いことを命じらることになった。
「アルビオンの虚無の担い手、ティファニア殿を出来る限り早くここに連れてきて頂きたいのです。無論、孤児たちも一緒で構いません」
さらっと明かされた衝撃の事実にしかし他の面々は動じない。
え、ここ突っ込みどころじゃないの?皆知ってたの?
釈然としないものを感じながらも神妙な面持ちを崩さずに話を聞き続ける。
残りの褒賞金まで取り上げられたくは無いのでイエスマンに徹するのだ。
しかしそうなると。
「フネで行くよりも竜で行った方が速いですね」
「ええ。ウルダール、貴方の火竜でギーシュ殿とルイズ、そしてサイト殿他数名を乗せて先行なさい。帰りのフネはこちらで手配します。色々と運ぶ者が有るでしょうから騎士隊の一部はそのフネに、残りは学院で待機。よろしいですね」
「はっ、杖に懸けて」
キザったらしいギーシュの所作もこういう時には決まって見える。
ギーシュなりに隊長としての自覚が出来てきたからというのもあるだろう。
つまり、普通に格好良い。
ギーシュを見てそんなことを考えていた時にタバサが一歩前に出て声を上げる。
「アンリエッタ女王陛下、私のシルフィードもお使いください」
「……分乗した方が速度も出るでしょうし好意を無下にすることもありませんね。ウルダール」
「っ……はい」
いきなりの提案に一瞬呆けてしまった。
確かに火竜(実際には火韻竜だが)の中でもほぼ最高の能力を持っているレッドは、風韻竜の幼生であるシルフィードとほぼ同等の飛行速度を誇っているからどちらが遅れることなく目的地まで辿り着けるだろう。
だからって何を考えているのだとタバサの顔を覗き込もうとしても、彼女は一歩前に出ているのでどんな表情を浮かべているのか見えない。
「頼みましたよ」
「……我が杖に懸けて」
まあ、言われるまでも無いさ。
その後、タバサの謁見が終わるのを待ってから身支度も兼ねて学院に戻り隊長陣のギーシュとサイト、参報役のレイナールに混ざり部隊の編成を話し合う。
名目は要人護送。
俺を含めてギーシュ、サイト、ルイズ嬢、志願したタバサとそして何故かキュルケまでもが先発隊として行くことになった。
己はゲルマニア人じゃねえのかよと突っ込みはしたが、堅いこと言わないのと無理矢理捻じ込んできやがったのである。
確かにキュルケは信用できる女性だと思うが最高機密と言えるであろう虚無の担い手とやらの情報を知られても良いのだろうか。
あの場に居なかった奴らには知らせないというのにだ。
過去にちょいちょい何か有ったらしいから信用されているのか、それとも積極的に流布する必要は無いがもはや隠すことにあまり意味が無いという事なのだろうか。
ああ、こんな物騒な情報とはえんがちょ切りたい所である。
それは置いといて。
後発隊はレイナールが指揮して、学院に残る部隊は良く知らないが同学年のしっかり者に任せるらしい。
まあ、妥当だろう。
話もそこそこに切り上げてある意味俺の正装である戦装束を身に付ける。
アンダー、鎖帷子と着た上に一応学生服を着用しておく。
さらにこの上に流れで身に着けることになった真新しいマントを羽織れば一応いつも通りの服装には見える。
多少の保存食を包んだ小袋と水袋、鞘に入った剣を腰から下げて手甲を嵌めてごついブーツの靴ひもをきつく縛ればこれで準備完了。
季節外れの小旅行を楽しむ道楽学生に見えないことも無いだろう。
ハルバードを持っていると目立って仕方ないので今回はお休み。
部屋を颯爽と後にする。
気の早いことだがなるべく早くとの事なので早速出発するのだ。
ギーシュが王宮からの命令書と参加人員の名簿を学院長に提出するので取り敢えず公休ということにはなるだろう。
だから問題なし。
軽い足取りで集合場所である学院入口に行けば風竜、シルフィードの傍で1人本を読みながら佇む少女、タバサが居た。
「随分早いな」
「慣れてるから」
慣れている理由は言われなくても分かるから聞かない。
集合時刻まではまだ早いため手持無沙汰なのでタバサに疑問をぶつけることにする。
「何で一緒に来る気になったんだ?今のアルビオンは一応は安定しているらしいが何が起こるか分からんぞ」
「私が目的を果たすには王族のように権力を持った人達の後ろ盾が必要不可欠。だから、どんなに小さくても恩を売っておくべきだと判断した」
「……そういうことなら何も言わないさ」
まあ、現実的に王様に喧嘩を売って勝つためには間違いなく軍隊が必要だからな。
その軍隊として妥当であろうガリア内部の旧オルレアン公派を焚きつけるにしてもそれ相応の準備が必要か。
「それに、ウルドが守ってくれるんでしょう?」
「……不意打ちは、止めてくれよ」
悪戯っぽく少し目を細めて笑みを浮かべたタバサが言って来た言葉は心臓に悪かった。
気恥ずかしくなって思わずそっぽを向いてしまう。
最近タバサには良いように扱われている気がする。
勉強してる時に容赦なく突っ込んでくるようになったし、今の様に冗談めかしたことも言うようになった。
未だ正気に戻せずとも母親を助けられて余裕が出来たからかなのか随分強かになった様に思える。
これが王族の風格かとアホな事を考えて、ふと頭の中を過る。
仮にジョゼフ王を打倒できたのなら、次に王様になるのはきっとタバサ、シャルロットだ。
タバサにはもう一度食事に行こう何て言ったが、俺はその時この娘の隣に立っていられるのだろうか。
俺が望もうとも、シャルロット女王の周りに控えることになるだろう貴族共が許さないのでは無いだろうか。
……。
取らぬ狸のなんとやらってな。
傍にいるって決めたし、今考えても仕方ないか。
「なあタバサ。君が何をしようとしているのか、俺には教えてくれないのか?」
極自然に言葉が口をついて出た。
ちょっと拗ねたような声色だったが俺がやっても気持ち悪いだけである。
「今はまだ明確なことは言えない。でも、いつか必ず教える」
「そっか。ならその時を待ってるよ」
校舎からサイト達の声が聞こえてきたから俺達はそこで話を終えた。
「しかしまたアルビオンか」
「故郷での戦争は、やっぱり辛かったのか?」
「まあ、ね」
あの戦争は内乱からの一続きであるからサイトの言葉に対する返答として嘘は言ってない。
体重的にもその方が良いだろうと、上手い具合に男女別に分かれて空を行くこと2日程、既に視界には白い雲に包まれたアルビオンの大地が映っている。
知り合いに出くわしてしまうんじゃ無いか思うと憂鬱にもなる。
そうすれば必然的にバーミンガムの方まで伝わってしまうのだから。
今更どのツラさげて帰れってんだよ。
『そう不貞腐れるな。そんな偶然は早々起きないだろう』
『……そうだよな。多少近いとはいえ今回行くのはサウスゴータだからな』
『そうだとも。だから気にするな』
ルーンを介して念話を飛ばしてくるレッド。
視線は真っ直ぐ前だけを見据えている。
此処までくれば一度は杖を捧げた勝手知ったる祖国だから放って置いてもレッドがサウスゴータまで飛んでくれるだろう。
「そういえばウルドはアルビオン出身だったね。……戦争はあったがお父君は健在なのかい?」
珍しく神妙な顔つきで聞いてくるギーシュに別に隠すことでもないかと話を始める。
「ウルド、言い辛いなら別に無理して言わなくても……」
「別に気にして無いよ、サイト。……多分無事だ。バーミンガム領の伯爵様が死んだって話は聞かないからな」
「バーミンガムって、サウスゴータからそう遠くはないじゃないか。顔は見せないのかい?」
「任務だってこと忘れてないか?……俺は妾腹の子だし、もう帰るつもりは無いよ」
ちっぽけな意地なのかもしれないがそう決めた。
クロムウェルに操られたアホ面を下げてまで帰る気は無いと。
空気が湿っぽくなったのを察してか明るい声色でサイトが声を張る。
「な、なあ!アルビオン出身だって言うならおすすめの料理とか教えてくれよ?」
「サイト……お前って奴は、アルビオンにそんな物ある訳無いだろう。ふざけるんじゃない!」
「其処まで言う程なの?!」
当たり前だろう、いい加減にしろ。
世の中には言って良い冗談と悪い冗談が有るんだぞ!
ギーシュが何の気も無く聞いてきたティファニアさんの特徴。
サウスゴータの森の中を歩きながら女性陣に聞こえない様に胸はヤバいよなとか話していたら、衝撃の事実を知る。
ばいーん、と何処からか擬音が聞こえてきそうなトンデモ無い
入学当初思わずエロボディという渾名を付けてしまったキュルケのそれすら超える大質量は世の男を煩悩ごと圧殺しかねない。
それでいて華奢な体の、ハーフエルフ。
そう、彼女はエルフとのハーフらしいのだ。
帽子に隠されていたその耳はつい最近嫌という程目にした奴と同じく尖っていたらしい。
どんだけ属性特盛なんだよ!
思わず叫んでしまいそうな人物に引き付けられることはなく、俺以外の一行は孤児院の中に居たもう一人の方にばかり目を奪われていた。
「フーケ」
短く呟いたタバサ。
タバサを含む他の面々は唖然としていたが、俺は頭を悩ませていた。
(何か、どっかで見たことある様な……)
ハルケギニアらしい緑の長髪を揺らす妙齢の美女。
一度見てみれば早々忘れられはしないだろう整った顔立ちだというのに今一思い出せなかった。
この空間おっぱい格差激しいなとどうでも良い方向に思考が転がるがサイトの声と共に正気に戻った。
「フーケ、お前ぇ……!」
湧き上がる怒りを抑え付ける様に静かに威嚇するサイト。
妙に攻撃的じゃないかと不審に思うが、止める暇も無く状況は動き出す。
背中のデルフリンガーを抜き放ち有無を言わさず切りかかるサイト、女性は杖で剣を受け一瞬の後に2人そろって距離を取る。
良く分からないが取り敢えず止めようと剣を抜こうとするがそれよりも早く少女、ティファニアさんが2人の間に割って入る。
「2人とも如何したっていうの!?」
ティファニアさんの悲痛な叫びに毒気を抜かれたのか矛を収める2人。
俺を除く一行と良く分からない因縁があるらしいが、話し合いのテーブルに付く両者。
サイト達が「フーケ」と呼ぶ人物はティファニアさん曰く「マチルダ姉さん」らしく以前言っていた孤児院の為に働いているお姉さんらしい。
実を言うと俺は「フーケ」という名前には少しだけ心当たりがあった。
巷を騒がしていたコソ泥の名前である。
最近はめっきり話を聞かなかったがまさかねえ、と思いつつも孤児院を運営するだけの資金を用意するのは並大抵のことではない。
疑念が湧いてジロジロと見てしまったのがお気に召さなかったのか、話の途中で女性、マチルダさんがじろりと睨み付けてきた。
「あんたはあんたでさっきから何なんだい?……あんた、どこかで」
「奇遇ですね。私も貴女に見覚えがあるんですよ」
ティファニアさんのお姉さんという事で丁寧語。
お互い遠慮なくジロジロ見合う。
あともうちょっとで出そうなんだが。
女性の方が俺の事を先に思い出したのか声を上げる。
「あんた、あのシュヴァリエじゃないか」
俺がシュヴァリエだったのはクロムウェルに操られていた時だけだ。
つまりその頃に出会った人物。
記憶に靄がかかっていたのも仕方なかろう。
緑、レキシントン号の時に、ヒゲが。
「ああ、ってそんな目で見ないで下さい。別にばらしたりしませんから」
声を上げた瞬間に、殺気の籠った眼で睨みつけてくるマチルダさん。
この人、タルブでゼロ戦相手に共闘したあのおヒゲの子爵と一緒に居た人だ。
あの子爵さん結局どうなったんだろう。
まあ正直どうでも良いし、何も聞くんじゃないってオーラが漂ってるのでどうもしない。
俺のアハ体験は至極どうでも良いとして話は核心に入っていく。
トリステインに来ないか。
話としては単純だがそんな簡単に決められるものでは無い。
それに反対しそうな人も居るし、と思いきや。
「姉さん。私……外の世界が見てみたいの」
「そうだね。こんな森に閉じこもってばかりじゃ、いけないからね」
ティファニアさんは森の外に興味を持っていて、マチルダさんはもう孤児院への援助が出来なくて。
ここいらが潮時だ、と慈愛に満ちた表情のマチルダさんがティファニアさんをあやす様に言い聞かせる。
親も違うし、種族すら違うというのに本当の姉妹以上に固い絆で繋がっていることが部外者である俺にすら理解できた。
まるで1枚の絵画の様な情景は、俺が心の中に押し込んでいた筈である郷愁の念を少なからず揺さぶった。
オリ主は搦め手を覚えようとしていますが結局の所相手の隙を誘ってバ火力を叩き込むのが目的なので脳筋であることには変わりありません。
そして隙あらばいちゃつくオリ主とタバサさん。
なお、書いてる側にもダメージが有る模様。