とある竜騎士のお話   作:魚の目

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1日に2話の大盤振る舞い。
書き溜めが…消えていく。


4話裏 クラスメイトから見た彼 

いきなりの、しかも2年次の学年への転入生。

これで何の変哲もない唯の貴族の子女なら問題なかった。

しかし新たなクラスメイトは明らかに異質で場違いな人間に見えた。

髪をある程度伸ばしていることが多い貴族とは違い短く刈り上げられたくすんだ赤髪。

油断なく細められ油断なく周囲を観察している鋭い目。

制服に隠されていても分かるほどに鍛え上げられた肉体。

視覚から得た情報からも、自身の直感からも彼が戦闘を生業とする者だということはわかった。

短い髪も近接戦闘を想定していると考えると納得できる。

授業時間中の魔法の実技において彼が行使した魔法からも彼の実力の一端が垣間見えた。

淀みなく紡がれるルーン。それと同時に高まる熱量。

一瞬の内に膨れ上がり一定の大きさを保ちつつ辺りを赤々と照らし出す火球。

始めのうちは手を抜いていたのか、行使された魔法から感じる熱量に不自然さに疑問を抱いていた。

しかしここ最近では何を思ったか全力かそれに近い力で魔法を使っている。

大きさは変わらないが明らかに熱と光量を増した火球。

特殊な境遇から見かけとは裏腹に戦闘経験豊富な自分でも見たことのない凶暴な物であった。

自身の親友であるキュルケからも太鼓判を押される程の使い手。

転入生、ロナル・ド・ブーケルは間違いなくスクエアクラスのメイジであった。

微妙な時期に、異例の転入。

それに不審な気持ちを抱かない者はおらず結果として彼はクラスから浮いていた。

当然自身とキュルケも例に漏れず彼に警戒心を抱いていた。

 

彼の動きに注意し始めてしばらく経った頃何の用があるのか図書館に居るところを見た。

最初は何の興味も抱かずただ注意を払いつつ本を探していた。

ロナルの読む本に興味を持ち始めたきっかけは彼が教室で読んでいた本だった。

イーヴァルディの勇者。

タイトルだけ見ればどこにでもありふれた物語。

幼いころに母親に読み聞かされた、思い出深い物語。

始祖の祝福を受けた平民、イーヴァルディの冒険活劇である。

しかし、見る人が見ればそれは大金を払ってでも手に入れるであろう一品であった。

精緻な装丁のハードカバーのそれはたった10冊しかないとされるド・ベイレンの作であった。

丁寧で情緒溢れる巧みな描写から人気を得ている作家の貴重な一冊。

それを何故彼が持っているかはいらないがきっかけはそんな単純なものだった。

一心不乱に何かを読んでいる所をすれ違いざまにちらと盗み見してみれば専門的な内容を含む魔法に関係する書物。

それも本人の苦手とする水系統の物。

少なくとも『凝集』すら失敗する人間が読むものでは無い。

不自然極まりなかったがその時は無駄なあがきをしているのか思考を打ち切った。

しかし次も、その次に見ても本人には扱えな様な高位の水系統魔法に関する書物であった。

本人の前に積み上げられている本もマジックアイテムや、秘宝など内容は様々だがどれも水系統に関係するものである。

それらを注意深く見ていると水系統であるという以外にどれも一つの共通点があった。

これらはどれも水系統の、特に精神にまつわる魔法、マジックアイテム、秘宝に関する書物であるという。

良く見てみると自分も一度見たことがある様な書物も混じっていた。

思い出されるのは自分の大事な人の記憶。

優しくて暖かい記憶と、陰鬱で憎悪に塗れた絶望の記憶。

甘い思い出と現在にまで続く狂態。

この男も自分と同じなのだろうか。

仲間を見つけたような昏い同族意識。

きっかけはドロドロとした良くない物だったがロナルに対して初めて興味を抱いた。

 

何時もの様に図書館でロナルが本を読んでいる姿をちらと見る。

目を休ませるのか瞬きしながらロナルが顔を上げるとこちらの視線に気付いた。

彼はこちらが警戒していることに気付いている。

こちらも彼が自分とキュルケに注意しているのは知っている。

普段ならどちらかが視線を逸らして終わりであったが今日は違った。

鬱陶しげな視線を送ってくるロナルをただじっと見つめ返す。

途中呆けた表情をしたがその後それまでよりも挑発的で凶暴な表情に変わった。

暫くそのまま膠着状態が続いたが自分が立ち上がることで唐突に終わった。

それまで読んでた本を棚に戻しロナルの元に向かう。

近くまで来たところでそれまで本に落としていた視線をこちらに向けてきた。

此処まで来たのは良いが何て言葉をかければいいのか。

口下手な自分に少し自己嫌悪しているとロナルの方から話しかけてきた。

 

「な、なんですか?」

 

相手も戸惑っているのか短い言葉。

それに対してどう言葉を返していいものか困っているとまた彼が口を開いた。

 

「何か御用でしたら取り敢えず外に出ませんか。」

 

 

選んだ席は中庭のオープンテラスの隅の席。

夕暮れの時間帯だからか人影はない。

向かい合う困ったような表情の男。

漸く出せた言葉は「本」という単語しかなく。

困惑の色を強くするロナルにつづけたのは何故分野違いの書物を読んでいるのかということ。

何故精神に関連する魔法、マジックアイテム、秘宝を調べているのか。

少し興味があるだけとはぐらかされるがそれだけでは無い筈。

鬼気迫る表情で見ているし、読む量が日に日に増えている。

指摘すると考え込むように押し黙った。

暫くの沈黙の後に返ってきた答えは。

 

「…申し訳ありませんがお答えできません」

 

答えられないような後ろ暗い何かがあるのだろう。

それが何なのか、この学院に来たことと関係があるのかは分からない。

ただ、少し強張った顔が印象的だった。

再び訪れる沈黙を破って答えてくれれば儲けものとばかりにもう一度今度は、何を探していたのか聞いてしまった。

 

「人の精神に関する秘宝とそれに対抗する方法…です」

 

答えては貰えないとばかり思っていた為面喰ってしまう。

多少ぼかされたきらいのある答え。

理由を聞かれても答えられないのに探していたものは答えられるのか。

少し違和感があるが自分だって何故ロナルが読んでいたものと同じ分野の本を読んでいるのか聞かれても答えられない。

答えてはいけない。

自分と同じく精神に関するもので苦しめられているということは分かっただけでも良しとしようかという所でロナルが席を立とうとする。

 

「待って」

 

勢いで引き留めてしまったが今更何を聞こうというのか。

わざわざ座りなおすロナルに若干の可笑しさを感じつつ混乱した頭で言葉を紡ぐ。

何故このタイミングで言うのか、自分でも笑ってしまいそうな本を貸して欲しいというお願い。

当初何を言っているのか分からないという顔をしていたが自分の途切れ途切れの言葉で漸く納得がいったらしい。

読んだことは無いのかという問いに、なぜわざわざこれなのかというニュアンスが感じられたのでつい熱くなってベラベラと語ってしまった。

気付いた時には目の前に苦笑のような何とも言えない曖昧な笑顔を浮かべたロナルが居た。

普段の印象とは違ったからか、理由は分からないがとにかく気恥ずかしかった。

顔に出ていたのだろうか、強面の彼の笑みが更に深くなった気がした。

それからすぐにロナルは渋ることなくド・ベイレンの「イーヴァルディの勇者」を貸してくれた。

思わず聞き返してしまった自分に責められる謂れはない。

きっと彼はこの本の価値を知らないのだろう。

彼の著者の素晴らしさを余すところなく語りそうになったが堪えた。

 

「…ありがとう」

 

ロナルが歩き去ろうというときにポツリとでた言葉。

聞こえたのか聞こえなかったのか、ただ彼の歩みが軽やかな物になったのは確かだった。

手の中に残ったブックホルダーに入った彼の本。

部屋に帰ってからじっくり読もうと席を立とうとした時に声がかけられた。

 

「あなたが殿方と密会なんて大胆なことするなんて思わなかったわ」

 

顔を見なくとも分かる親友、キュルケの声。

情熱を謳い恋多き毎日を送る陽気な女性。

 

「たまたま通りがかったらあなたと例のカレがいるじゃない。ハラハラしたわよ」

「で、何の用だったの?」

 

 

心配していたのは間違いないだろうがこの親友はもしや自分と男が一緒に居たということを面白がってはいないか。

十分あり得る自分の想像に辟易しつつもブックホルダーから借り受けた本取り出してをニヤニヤと笑みを浮かべるキュルケに見せる。

 

「これ」

 

「へーえ、イーヴァルディの勇者ね。本の虫のあなたがこれを読んだことないとは思わないけどどうしたの?」

 

事実ではあるが失礼な言い回し、キュルケだからか嫌な気持ちはしない。

先ほどの様に語りたくなるのをぐっとこらえ簡潔に伝える。

 

「数が少ない特別な物。だから読んだことがなかった」

 

「そうなの?よく見ると綺麗な装丁ねえ。もしかして教室でカレが読んでたのを見た時から気になってた?」

 

気付かれていたことに少し恥ずかしくなるが頷く。

不意に、気になっていた、のニュアンスがおかしかったように感じる。

途端にキュルケの笑みが深くなった。

今までがニヤニヤだったら、今のはニンマリといった表現が的確だろう。

 

「なるほどねえ。遂にタバサにも春が訪れたのねえ」

 

やはり。

気になっていたのはロナルではなく本の方だというのに

人の上げ足を取ってからかう親友にムッとする。

殿方を落とすなら自分からグイグイいきなさい、とか適当なことを言ってくるキュルケに声を上げる。

 

「違う」

 

「やあね、ムキになるなんて尚更怪しいじゃない」

 

声色からして本気で言ってるわけじゃないことは分かるがやめてほしい。

 

「気になっていたのは、本の方」

 

「冗談よ、冗談。からかってごめんなさい、タバサ」

 

謝ってくるキュルケ。

突然その顔が真剣なものになる。

 

「それで、彼はどうだったの?」

 

本以外にも話し込んでいたことに気が付いているのだろう。

彼には悪いがキュルケには話しておくことにする。

自分の陰鬱な事情に巻き込んでしまったこのお節介な、でも大事な親友なら下手なことはしないだろう。

恐らくは自分と同じように精神操作系の魔法で人生を狂わされた人間であるということ。

それが彼自身なのか、彼の家族や大事な人だったかは分からないということ。

これらをかいつまんで話す。

次第に険しくなっていったキュルケに自分の考えを伝える。

 

「裏があるのは確か。でも、この学院の誰かに危害を加えようというものではない、と思う」

 

そんな簡単に人の腹の中が分かれば苦労しないが、なんとなく邪悪な何かを持った人間ではないと感じた。

 

「そう…。あなたがそう思うなら私も信じるわ」

 

意外な言葉に驚く。

キュルケは情熱的で熱いものをもつ人物ではあるが、だからといって目を曇らせはしない人間だ。

キュルケの方を見ると不思議そうな顔で見返してきた。

 

「意外かしら?確かに最初は何も話そうともせず不審なものを感じたけど、今のカレってなんだか…」

 

一呼吸おいてからキュルケが言い放つ。

 

「頑張って友達作ろうとしている新入生みたいじゃない?」

 

キュルケの言うとおり、当初の彼は近寄るなと言わんばかりの厳つい表情で周囲を睨み付けていたのだが。

ここしばらくの彼は打って変わって、クラスメイトの気を引こうとして話しかけたり実技に力を入れては空回りしていて、言っては悪いが正直間抜けにしか見えない。

声をかけたクラスメイトに逃げられるたびに、しょんぼりと肩を落としている強面に何度吹き出しそうになったことか。

だけれども。

 

「怪しい事は確か」

 

「そうよねー。すっごい厳ついし、あれで学生は犯罪よ」

 

失礼なことを言っているキュルケだが、ちょっとだけ同意してしまったのは内緒。

怪しいには怪しいけど、交流するのは大丈夫だろう。

キュルケと2人そう決めた。

 

それ以来、ロナルとは少しづつ話すようになった。

 

 

 

 


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