とある竜騎士のお話   作:魚の目

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7話 幕間のような何か

戦場であったらあの腐れ中隊にスクエアスペルをぶちかましてやろうと決意してからどれ位経っただろうか。

ルイズ嬢とサイトが2人で演劇デートに出かけたり、高等法院長がアルビオンの間諜で逃亡を図ったため討ち取られたとか。

デートの邪魔をするつもりは無かったが護衛であるためこそこそ付いていくのは苦痛な作業だった。

現在情報収集任務は解かれルイズ嬢とサイトは一足先に学院に戻っている。

当の俺は召集を喰らい残り少ない夏休みの間再編成される予定である竜騎士隊の調練に駆り出されている。

それまで見習いだった少年たちを繰り上げで隊に組み込むため聊か微妙な仕上がりになりそうである。

ゲルマニアやロマリアからも増援があるみたいだから後方に組み込まれるんじゃないかと思う。

レコン・キスタの竜騎士は数を減らしている筈だがそれでもハルケギニア中に勇名が轟くほど精強なのである。

配備されて数カ月じゃあどうにもならない。

即席でもなんとかアクロバットもどきでも出来ないかと言われ今現在宇宙飛行士よろしく適応訓練を実施している最中である。

 

「ぅううぅあああああぁぁぁ!」

 

全速降下後に躯体を水平に戻しそこから振り子の軌跡の様に左右に体を揺らし勢い着いたところでぐるっと連続で回転していく。

飛行補助の風魔法を全開にして、絶えず発生させた風の向きを変えつつ高度を保つ。

耐えきれずあらぬ方向に体を捻じ曲げる見習いに檄を飛ばす。

 

「金玉付いてんだったら意地でも前向きやがれ!前傾姿勢で体全体を使って踏ん張るんだよ!」

 

「はいいぃ!」

 

事前に姿勢を指導しては居たが遠心力に耐えられなかったのか姿勢が潰れて這いつくばってしまっていた。

そんなんじゃ敵を見失ってしまうため意地でも耐えなきゃならない。

同年代よりはがっしりしているが未だ体の出来上がっていない少年には少々荷が重かったのだろう。

涙を流しながらも懸命に足掻き遂には体制を立て直した少年を褒める。

 

「良くやった!このまま男を見せろよ!次、旋回上昇後バレルロール、その直後に宙返り、行くぞ!」

 

「はいっ!」

 

威勢よく帰ってくる返事。

少年が流す涙の粒が後ろの俺に当たって少し痛い。

だがゲロと小便を漏らさないだけこいつは大分マシだ。

漏らされると後でレッドがうるさい。今も大丈夫だよな?とルーンを通して不安がる気持ちが流れてくる。

飛ぶのに集中しやがれと喝を入れ集中させる。

大きく円を描きながら徐々に高度を上げていく。

十分に高度をとってからレッドに機動の開始を指示。

心得たとばかりに咆哮を上げる。

レッドの体が水平状態から右上方を向く様に発生させた風で持ち上げる。

直後視界がぐるりと反時計周りに回転し始める。

実際には視界だけではない。

レッド自身が、俺たちが引っ付いているレッドの背を内側にして樽の胴を添うような軌道で回転している。

まず最初に重力によって大地に引き付けられるよう力がかかりにレッドから引き剥がされるそうな感覚に陥る。

鞍に追加されている取っ手に捕まりそれを耐えれば次には回転による遠心力のままに俺を押しつぶしてくるように力がかかる。

回転による平衡感覚の狂いと合わさりどちらも独特の不快感を与えてくる。

何度もこの動きを繰り返した俺には慣れ親しんだ物でもある。

漸く水平方向に戻れば進行方向と高度を維持したまま横方向に位置がスライドしている。

バレルロールと呼ばれる空中戦闘機動。

前世でカッチョイイ鉄の塊が行っていたものを魔法でゴリ押しして再現したもの。

姿勢制御のために風のスペルを使用する為結構精神力を喰うがスクエアなので俺には特に問題ない。

そのまま休むことなく宙返りに突入。

回転半径を小さめにした為通常よりも圧力が強い。

必死の形相でたえている少年。

良い竜騎士になるかもしれない。

ちょっとの期待と芽生えた悪戯心で少し機動を追加することにする。

レッドの体が水平になったところでそのまま45度くらい体を傾けてもらいそのまま斜め上に上方宙返り。

頂点を少し超えたあたりで体勢を水平に戻す。

速度が減少する代わりに高度を得ることができるシャンデルと呼ばれる機動。

突然の追加にも耐えきった少年は中々良い竜騎士に成るんじゃなかろうか。

まあ鍛えるのは俺じゃあないからどうかは分からないが。

 

 

その後も数日の間に代わる代わる調練中の見習いを乗せて飛んでいた。

漸く終わりが見えてきたその時最後の奴がゲロ撒き散らしながら小便漏らしたのでレッドの機嫌が良くない。

慣れるにつれ徐々に荒々しさを増していた機動に耐えられなかった様だ。

済まなかったと謝りながら体を洗う。

時折気持ちよさそうに目を瞑ったりしているレッドはお座りのような体勢をしている。

普通よりもガタイが大きいから何度も何度も井戸から水を汲み直しその都度泡立ちの悪い石鹸を使ってモップを使ってごしごし洗い流す。

 

『だからウルド以外は乗せたくなかったのだ』

 

『その件は本当に悪かったよ。ごめんな、俺の事情に巻き込んで』

 

俺とレッドのコンビが最もアクロバティックな機動が出来るということで今回の適応訓練に抜擢されることとなった。

元々アルビオンの竜騎士団に不完全ながらも概念持ち込んだのは俺だし今の所一番というのは間違いなかろう。

元々主と使い魔の関係だし、『同調』のルーンのおかげで言葉を話さなくても意思疎通できる。

それについ最近発覚したが韻竜であり普通の火竜より更に頭が良いのだ。

他はみんなママチャリ乗ってるのに俺だけ電動アシスト付きの自転車に乗ってるようなものだろう。

それに加えてレッドと共にゲロやら何やら撒き散らしながらどうすれば再現できるのか努力してきたのだ。

負ける気がしないとは正にこのことか。

 

『こうして洗ってくれて、肉の量を増やしてくれれば、まあ我慢しよう』

 

『ありがとうな。でも俺だって以前はお前にゲロかけたりしてただろ。それはどうなのさ?』

 

『自身の主なら不快ではあるが耐えるさ。それに、こうやって丁寧に洗ってくれるしな』

 

他の竜騎士も自分の竜の世話くらい自分でする。

竜騎士が自身の相棒たる竜との信頼関係を構築、維持するためにも重要なことだと叩き込まれる。

その為見習いは竜騎士の従士として1年か2年程の間に竜の世話を身に着ける。

俺は使い魔がレッドだったので期間が短かったり同時進行でレッドの世話や飛行訓練をしていた。

食い物だって栄養を考えてやらないと体調を崩したり飛行のコンディション、ブレスの威力に直結するので結構大変だ。

情報収集任務に就いていたときはあらかじめ献立を決めておき学院の方に前払いでしばらく分のお金を払ってなんとかして貰っていた。

レッド自身も自分で得物をとって体調管理できるみたいだから最近は楽になっている。

なお、国の竜舎に入っている時は税金から食費が出る模様。

話が逸れたが言いたいことはつまり自分の竜を大事に出来ない奴は竜騎士失格だということ。

 

『それとここ最近あんまり世話してやれなかったからそれも謝るよ、ごめん』

 

『良いさ、ウルドが生きる為には必要な事だろう?』

 

そういう意味ではここ最近の俺は竜騎士、というか主失格だったかもしれない。

だからこそ今日は色んな不手際の謝罪の意も込めて何時もより念入りに洗っていた。

 

『さてと、こんなもんかな。何処か気になるとこはあるか』

 

『分かっているのだろう?そんな所は無いよ』

 

確かに分かっては居たが念のための確認。

今はレッドが韻竜だからこうやって『同調』のルーンを介して明確な言葉で意思疎通しているが勿論普通はそんな都合の良いものは無い。

故に仕草から読み取ってやる必要があるのだが、見習いとかはよく失敗して蹴られていたりする。

俺も従士の頃に先輩の竜を洗っていたらよく蹴られた。

これまではルーンを介して聞くことは無かった。

なんかズルい気がするし韻竜だということを明かしていなかった頃のレッドは大雑把な意思しか飛ばしてこなかったからね。

今回は話し込んでいたからその流れで偶々聞いてみただけ。

 

『そろそろ寝ることにするよ、明日からは学院だからな』

 

『体調は万全だ。空の事は任せろ、ウルド』

 

『おう。頼りにしてるぜ、レッド』

 

洗ったばかりの鱗が双子の月の光を反射してキラキラと輝いている。

鱗を輝かせたまま翼を誇らしげに大きく開くレッドの顎を撫でながら返事をする。

竜舎に割り当てられた寝床にレッドが入るのを見送ってから竜舎を後にする。

夜空に丸々と輝く2つの月を見ながら寄宿舎に向かう。

そういえば久しぶりに本当の名前で呼ばれたなと気づく。

 

 

できることならば。

ロナル・ド・ブーケルじゃあなくて。

ただのウルダールとして学院で過ごしたいなと思った。

 

 

 

 

トリステイン王宮。

玉座に座る麗しき少女は謁見を終え暫し休憩を取っていた。

トリステイン現女王、アンリエッタ・ド・トリステイン。

蝶よ花よと箱入りで育てられていたトリステインの宝と呼ばれていた少女。

箱入りで育てられてきた少女は王族としては聊か甘さが過ぎると言われていた彼女は、しかし今現在それまでの彼女を知る者を驚嘆させる程の変貌を遂げていた。

女王に即位してすぐの事。

誘拐騒ぎで一時塞ぎ込んでいたものの、立ち直ってからは別人のように政務に携わる様になった。

レコン・キスタ捕虜の積極的登用。

自身の親衛隊である銃士隊を活用しトリステインに潜む反逆者への有無を言わさぬ処刑。

口を割らぬ者には禁呪や禁止されている秘薬すら使った尋問。

一切の甘さを捨て去り敵対する者には熾烈なまでの報復を為し今や確かに王者たる風格を見せつけている。

宰相であるマザリーニ枢機卿を筆頭に彼女に忠実な家臣達が幾度となくやり過ぎであると諫言した。。

国政の中心に位置する者たちには彼女の変貌に心当たりがあったためそれを指摘するも彼女の巧みな話術で逆に言い負かされ一つとして聞き入られるものはなかった。

 

次の謁見までの時間を暫しの休憩に充てるアンリエッタ。

彼女はたった一つの事だけに囚われていた。

復讐。

単純明快でそれゆえに鋼の様に強靭な行動理念。

例え偽りであろうとも構わない。

自身を連れ去ろうとした死んだはずのウェールズに一度はそう思った。

自分自身を騙してでも信じた筈の奇跡はただのまやかしで、愛を誓い合ったラグドリアンの湖畔にウェールズが沈んでゆく姿を見て自身の何かが変わる様な気がした。

始めは何かを為そうという思いは無くただ悲嘆にくれるだけ。

父王の死に喪に服し続ける母の気持ちが分かった気がした。

きっかけなどほんの小さなものでしかなかった。

なぜウェールズが死ななければならなかったのか、ただそう思っただけ。

そこから膨れ上がる自身の愛したウェールズを奪いあろうことか王族として殉じたその生き様すら冒涜したレコン・キスタへの憎悪。

止めることは出来なかった。いや、止めようとも思わなかった。

半ば取り付かれるように戦争への準備を始めた。

合法、非合法を問わず証拠を集め時にでっち上げ半ば強引に反逆者を処刑し国内の体制を立て直し、ゲルマニアとの軍事同盟の締結に奔走した。

死者を蘇らせ、あまつさえ洗脳すら可能とするマジックアイテムを使いクロムウェルは『虚無』を騙るが、こちらはそのマジックアイテムの効果すら打ち消す真なる『虚無』を味方につけている。

「虚無」という伝説の力をその身に宿す自身の親友であるルイズと使い魔の少年には『制約』で縛った投降兵を護衛に付け不測の事態に備えた。

万が一、敵に「虚無」の存在を知られれば戦争が始まる前に強力な手札を失うことになりかねない為である。

そう、手札である。

自身の復讐を完遂するために親友すら生贄に捧げるのだ。

自身の親友を含む数万の兵士の命をチップに、望むはレコン・キスタの死山血河と首魁であるクロムウェルの首。

戦意を喪失し投降するならそれでも良い。隷属させ死ぬまで使い潰すまでだ。

漸く、漸くここまで来たのだ。

まだ軍の再編成や食料の確保などやり残している事はあるが内憂が消え去ったためこれで集中できる。

 

「そう、わたくしはとても善きことをしているわ」

 

トリステインという国を転覆させ罪のない民を傷つけんとする卑怯者達を抹殺し。

あまつさえ始祖の偉大なる力を騙り、その血脈に杖を向ける愚か者共に鉄槌を与えんと奔走する。

これを善と言わずして何を善と言うのか。

 

「女王陛下、よろしいですかな?」

 

「どうしたというのです、マザリーニ?」

 

腹心たる宰相マザリーニが近寄り小声で話す。

 

「例の『ミス・ゼロ』に付けた竜騎士、どうなされるお積りで」

 

はて、竜騎士とは?

そういえば、あの男は竜騎士だったか。

クロムウェルは死体を操る事が出来るだけではなく、1度に出来る数は少ないが生きた人間も操れるらしいという情報をもたらした男。

情報をもたらしたのは評価できるがそれだけ。

竜騎士としては優秀らしいがさして興味は無い。

 

「前線に送ってしまいなさい。竜騎士ならいくらでも使い道はあるでしょう」

 

「『制約』に関してはいかがします?」

 

「そのままで良いでしょう。何か大きな武功を立てれば服従も解除するとそう伝えておきなさい」

 

もはやあんな男になど用は無い。

如何に優秀と言えど代わりなどいくらでもいる。

些事など頭から消し去り、逸る気持ちを抑えながら次の謁見に向け気持ちを切り換えた。

 

 

 

 

 




アンアン、ハイパー病ンリエッタ化。

なお、オリ主はイベントを完全にスルーした模様。

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