やみえるふらいふ   作:輪音

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嗚呼、もうすぐ死んじゃうんだ。
あの人にもう一度会いたかった。
あの子たちを救えたことは誇りに思うけど、それとこれとは別の話だ。
会いたい。
会いたい。
でも、会えない。
ゴメンね。
ゴメンね。
あんなにやさしくしてくれたのに。
嗚呼、大井さん。
あの時、あなたと一緒にいられたらよかったのかな。
わたしも一緒に散弾銃を撃てたならよかったのにな。
大井さん。
大井さん。
わたしの大井さん。

「お主は、新しい人生を歩みてえか?」

声が聞こえる。
やさしい声音。
さあ答えよう。

あの人と一緒。
それが、それこそがわたしの求める唯一無二の条件です。

「あの者は現在ワシが確保しとるけどのう、お主の知る姿じゃのうなっとる。それに。」

それに?
それに、なんでしょう?

「お主は既に言葉を失っとる。もう二度とあやつと会話は出来ん。それでもええんか?」

それくらいなら、なんでもありません。

「つええのう。」

恋する女の子は強いんですよ。

「あやつとの道は苦難の道じゃぞ。」

それでも一緒にいられるなら、わたしは幸せです。

「わかった。お主をワシの権限で異世界へ顕現させちゃる。あやつも喜ぶじゃろう。」

ありがとうございます、神様。

「ワシは単なる下っ端じゃ。」

大井さんとわたしを会わせてくれる方は、是非とも崇(あが)めないといけません。

「くすぐってえのう。ワシの名はシカリ。四級管理神のシカリじゃ。一級管理神に命ぜられるままに地べたを這いずり回る、そんな存在よ。」

よろしくお願いいたします、シカリ様。

「様、はいらん。恥ずかしいがな。」

では、シカリ。よろしくお願いします。

「それでええ。ただ、ワシにもどうにもおえんことがある。こらえてくれよ。」

ふふふ、大丈夫ですよ。

「では、生まれ変わるがいい。」

はい、わかりました。


大井さん、今度もよろしくお願いしますね。





ああ、情けの深き星たちよ、もし天にいて

 

 

「ほれ、ワシ手製のドングリクッキーとドングリ珈琲じゃ。食うて飲んでみるがええ。」

「ありがとうございます。」

 

目が覚めたら、クッキーが盛られた木の皿及び珈琲の入ったマグカップをおっさんから手渡された。

ずいずいって感じ。

おっさんの背は低めで、一五〇センチくらいってとこか。

狩猟用の野外服を着ている。

髭もじゃもじゃ親爺。

私もおっさんだけど。

まるでドワーフだな。

いやいやいやまさか。

うん、気のせいだな。

きっと、そうなんだ。

つまり、彼と私はおっさん仲間だ。

そういうことにしておきましょか。

クッキーをもきゅもきゅと食べる。

こいうまか。

自然の恵みに溢れた、森の香りがした。

あれ?

以前、どこかでこれを食べた気がする。

気のせいかな?

珈琲はあっさりしていて、飲みやすい。

 

「どうじゃ、体に不具合は感じるか?」

「いえ、特には。あの、国内の『感染者』たちはどうなったかご存じですか? それと、他の生存者たちの安否はご存じないでしょうか?」

「あんな、お主はな、一度死んでしもうたんじゃ。」

「はい?」

「お主は自衛隊駐屯地前で脱出する面々を応援すべく、決死隊の一人として奮戦。最後の一発で自決じゃ。なんともようやるのう。」

 

そうだ。

私は、あの場所で死んだのだ。

では、ここにいる私はなんだ?

 

「ワシの名はシカリ。四級管理神のシカリじゃ。この名はマタギ言葉で頭領を意味する。」

「よろしくお願いいたします、シカリ様。」

 

神様?

四級管理神?

違和感が膨らんでゆく。

私は現在、何者なんだ?

 

「様、はいらん。シカリでええ。」

「ではシカリ、よろしくお願いします。」

「うむ、それでええ。ワシの最上位の上司である一級管理神は、お主の自己犠牲の精神に感心した。他の決死隊の面々の魂は回収出来んかったそうじゃが、お主の魂は回収出来た。そこが先ず、大変気に入ったようじゃな。ちなみに今のお主は、両性具有の闇エルフじゃ。」

「や、闇エルフ? 両性具有? え? はい? 私が? 私が闇エルフで女の子で男の子? あの、それは一体どういうことなのでしょうか?」

「約二〇〇年前の『継承戦争』時のことじゃ。異世界から多数の勇者たちが召喚されてしもうた。お主たちの国で最近流行っとる軽快小説風に言うと、異世界転移とやらかのう。そのお主の体の元の持ち主は、召喚術によって転移してきた勇者たちを何人も葬った暗殺者なのじゃよ。」

「な、なんだってー!?」

「その『彼女』が何故暗殺者になったのかというとじゃ、異世界人の持ち込んだインフルエンザが元で同族の住む村を失ったという理由らしい。『彼女』は復讐鬼となり、勇者たちを殺し回ったそうじゃ。一応、選別はしとったらしいが、原因となった勇者はむごたらしい最期だったらしい。性格的にろくでなしだったそうじゃから、同情の余地は無いがの。最期は魔女と相討ちになって、『彼女』は呪いで魂を消滅させられたらしい。そいで、その村一番の美人じゃった肉体を保存しとった一級管理神がお主の魂をその肉体に当て嵌めてみたところ、これがピッタリ。気をよくした一級管理神は、以前からワシが要望していた任務支援員としてお主をこの世界へ送り込んできたという話じゃ。」

 

エルフ?

闇エルフ?

両性具有の闇エルフ?

ふたなり?

え?

は?

おっさんだった私が女体化?

…………………………………………。

な、なんだってー?

 

「ええと……その……。」

「まあ、今んとこはまだ心と体の食い違いに馴れてねえけえ、いろいろ悩まされるじゃろう。じっくり向き合うしかねえわなあ。生理用品も用意したけえ、要るようならつこうてな。」

「は、はい。」

 

あっさり風味で語られたけど、重い話を聞かされてしまった。

彼女はどんな思いで、異世界から来た我が同胞たちを暗殺したのだろうか?

もやもやが深まった。

じっと我が手を見る。

褐色の両腕が見える。

この手は既に血塗れ。

私自身も、もやもやしながら『感染者』たちを何名も撃った。

どちらも人殺し、か。

大きなおっぱいも見える。

サラサラの、銀色が混じった金髪も見えた。

つまり、私は人間を辞めて闇エルフへと変わった訳だ。

なんてこったい!

ところで、ここはどこなんだろうか?

随分現代的な雰囲気のあるダブルベッドだ。

室内にしてはなにか違う感じもする。

聞いてみよう。

 

「あの、ちなみにここはどこでしょうか?」

「ここはダブルキャビンのウニモグを徹底的に魔改装した、魔力で走る六輪型高走破性豪華キャンピングカーの中じゃ。これをワシはウスケシと名付けた。それはアイヌ言葉で『湾の端』を意味し、現在の函館市を指すんじゃ。」

「それは大層なことですね。」

「前々回の二〇〇年ほど前と前回の一〇〇年ほど前は、延々馬車で独り転々と放浪したからのう。もう、あげなしんどいんはこりごりじゃけえ、今回は一級管理神にいろいろ融通を効かせてもろうたんじゃ。増員されたしの。他の四級管理神たちもかなりぼやいとったけえ、あれらもなんか手立てを講じとることじゃろう。現地人を使役するもんもおるようじゃが。」

「はあ。」

「後、ワシの任務支援員はもう一人おる。」

「えっ?」

「こっちに来てええで。」

 

とっとっと階段を上がり、可愛い女の子がやって来る。

北上さん!?

緑色の学生服を着た、やさしい中学生の彼女が現れた。

……え?

何故! ?

どうして!?

 

「北上さん!? 何故ここに? あの、大丈夫ですか?」

 

顔色があまりよくない。

まさか調子が悪いのか?

或いは重い病気なのか?

私は考え込んでしまった。

シカリが話しかけてくる。

 

「現在彼女はな、半不死者なんじゃ。」

「半不死者?」

「彼女は、ゾンビ四分の一なんじゃ。」

「えっ? 治療は出来ないんですか?」

「治療した姿がな、今の姿なんじゃ。」

「え…………。」

「逃亡先で子供たちを庇って、彼女は感染したんじゃ。記録映像を見たが、びっくりしたぞ。バールを振り回して、戦乙女か鬼神のように暴れとったからのう。」

「え?」

 

北上さんがモジモジしている。

変なところで私が影響を与えちゃったのかな?

 

「彼女の『感染者』としての特性はほぼ排除したし、接触による感染は一切無いようにしといた。じゃが、言葉を話すことは出来んくなっとる。また、敏捷性を半分くらい失った代わりに怪力を得とる。通常は握力四〇キロくらいじゃが、制限を解除すると三〇〇キロくらいは余裕じゃし、最大五〇〇キロか六〇〇キロくらいは出せるようじゃ。.454カスールを使うリボルバーでも、普通に撃てるということじゃの。でえれえのう。寿命は今んとこ不明じゃが、長生きしそうではあるなあ。生きとる、ゆうのは多少語弊があるかもしれんけど。ワシの仕事的には好都合じゃ。」

 

力瘤を作る北上さん。

 

「北上さん……。」

 

ぽんぽん、と私の豊かな胸を軽く叩く彼女。

ついでに軽くもみもみされた。

びくんびくん、とする我が体。

うわ、感じやすいの、この体?

じっと見つめる彼女。

少しゾクリ、とした。

あれ、おかしいなあ。

 

「大井浩之。」

「はい。」

 

前世の名前を呼ばれた。

 

「お主は今後シュマリと名乗るがええ。」

「シュマリ?」

「シュマリとは、アイヌ言葉で狐を意味する。その肉体の前の持ち主は中央大陸を中心に暴れまわっとった時、『黒い狐』と呼ばれとったそうじゃ。丁度ええじゃろ。」

「わかりました。」

「そこの北上雪乃は、ユキノでええか。」

「ユキノちゃんはそのままなんですね。」

「多数召喚された異世界勇者の影響で黒目黒髪の人間は今も全大陸でちらほら見かけるし、日本人ぽい名前はたまに聞く。まあ、よかろう。名前も日本的なもんが流通しとるからそげに違和感はねえし。軽い認識阻害は全体にかけとくからでえじょうぶ(作者註:大丈夫の意)じゃろう。」

「ではユキノちゃん、改めてよろしくお願いします。」

 

こくこくと頷く彼女。

可愛い。

シカリがこほんと咳払いし、改めた感じで言う。

 

「では、これからのワシらの行動計画案を伝える。先ずはこの帝政アレンシアの北西部最大都市であるシアトリアを起点として、周辺の村落に於いて害獣駆除と井戸の点検並びに掘削などを行う予定じゃ。そんで、田畑の開墾手入れなども出来そうならやる。そっちの方はノームお助け隊の面々がやってくれるけえ、心配はいらんのじゃ。」

「成程。」

「知り合いの養蜂家がシアトリア近郊におるけえ、寄ってみる。最後におうたのが半世紀ほど昔じゃけえ、まあ生きとらんかも知れんがのう。あそこの蜂蜜は、見逃すにはでえれえ惜しい。」

「あの。」

「なんじゃ。」

「シカリって、食いしん坊なんですか?」

「あたりきしゃりきのこんこんちきよ。」

 

朝食にしようとシカリが言った。

朝か。

また朝を迎えるとは思いもよらなかった。

嗚呼。

いと情けの深き星たちよ、もし天にいて。

 

豪華な雰囲気の居間に移動する。

高そうな調度品が使われていた。

 

新鮮卵を使ったミルクセーキに、お出汁たっぷりなふんわり厚焼き玉子サンド。

それに、チーズをみっしり載せたピザトーストが振る舞われる。

筑前煮もワカメの味噌汁もよい味付けだ。

食後、シカリが言った。

 

「では、チュートリアルを始めよう。」

「チュートリアル、ってなんですか?」

「あれやこれやを説明しちゃうよ、ってことじゃ。一級管理神からは三〇日もろうとるけえ、みっしり銃火器の特訓じゃ。それと座学じゃな。」

「はあ。」

「ワシは同時進行で、周辺地域の害獣駆除を実施する。ノームお助け隊の操る驢馬ゴーレムに乗って、ゴリアテを魔改造して無線操作式にした運搬車輌のシルトクレーテを使えばワシだけで済むけえ、問題はねえな。ケッテンクラートも使えるようにしとくべきじゃったかのう。」

 

 

 

「よし、行くぞ。」

 

おいしい朝食を堪能した後、キャンピングカーの外に出る。

平原ぽいところだ。

石の街道が遠くに見える。

ローマ街道みたいな感じ。

少し離れたところに赤い木の扉が現れた。

それを開いて、ずんずん進むシカリ。

ついてゆく我々。

扉の向こう側は、夕方の荒野だった。

 

「ここはワシら専用の射撃場じゃ。二〇メートルから二〇〇〇メートルの射撃場まで各種備えとる。これはワシの行き付けのホームセンターで買(こ)うてきた、スターム・ルガー10/22の中古品三挺じゃ。ちなみに三二九ドルじゃった。これをひたすら撃ってもらう。安く買った品じゃが、雑には扱わんこと。暴発でもしたら、洒落にならんからのう。それと、少しでもおかしい思うたら、すぐに言うこと。亀裂が入るおそれがあるしの。撃ってもらうのはこの弾薬じゃ。」

 

ちっちゃな弾を見せられる。

三センチも無さそうな弾丸。

 

「.22LR(ロングライフル)。世界で最も多く生産され、最も多くの獣の命を奪ってきた弾じゃ。人間の命も直接取ったゆうんでは一番じゃった思う。」

「こんなちっちゃな弾でですか。」

「この弾薬を馬鹿にする奴もおるが、試しに第二次世界大戦時の主要国のヘルメットをこの弾つこうてライフルで一〇メートル先から撃ったら、なんと全部撃ち抜けたんじゃぞ。コヨーテもこれで倒せるし、鹿を撃ち倒した奴もおるようじゃな。小害獣退治に使われる定番の弾薬のひとつじゃ。射程五〇メートルと限れば、一秒間に三二〇メートル程ですっ飛んでゆくこの弾薬が最高の命中精度を誇る。この弾は射撃に於ける基本中の基本よ。で、これをばんばん撃ってもらう。」

 

目の前にどさどさと紙箱が置かれる。

色とりどりの弾薬を詰め込んだ物品。

容易に瞬時に命を奪える、金属の塊。

安易に使ってはいけない品だと思う。

 

「レミントン、ウィンチェスター、フェデラルのボーナスパックやバリューパックじゃ。ウィンチェスターは五五五発、後の二つは五五〇発入り。これを今からガンガン撃て。当てる先は五〇メートル。ほれ、的が見えるじゃろ。光学式望遠照準器は使わず、付属の金属製照準器で当てるように。七日間は兎に角この弾に慣れることじゃな。欧州の軍隊でも訓練用に使われるくらいじゃ。反動も音も小さい。安心せえ。射撃用眼鏡と耳当ても装備するように。三社混合で弾を弾倉に詰めるよりも、同じ会社の弾を一つの銃でつこうた方がええじゃろう。新品同様ならば兎も角、散々使われてくたびれとるけえの。元々半世紀以上生産されとる優秀な銃じゃが、過信は禁物じゃ。弾倉はこれらを使えばええ。一つの弾倉に詰めた弾を撃ち終えたら、次の銃を撃つ。そんな感じでやってみい。」

「わかりました。」

 

ユキノちゃんが右手を上げながら、ぴょんぴょん跳び跳ねている。

可愛い。

 

「なんじゃ、ユキノも撃ちたいんか。じゃあ、お主はこっちじゃな。新品のスイス製のSIG522ターゲットじゃ。こちらも.22LRを使う銃じゃの。これは最初から光学式望遠照準器が付いとるが、それで撃てばええわ。ええじゃろ、シュマリ。」

「それでいいと思います。」

「よし、では、撃て。」

 

シカリの懇切丁寧な指導の元、銃を構えて撃ち始めた。

てっぽうはパチンパチンパチンと軽やかな音を立てる。

命を失わせる、それは殺しの音。

魂の奥底にある、戦いの原初のなにかを揺さぶる音だ。

 

 

 

「今日はここまでにしとくか。」

 

シカリが終了宣言した。

あちこちに転がる薬莢は、ちっこいノームたちがわいわいしながら回収している。

この子たちがノームお助け隊か。

可愛い。

何人かを思わず撫でるが、問題はなかったようだ。

ぴょんぴょんと跳び跳ねていた。

赤い帽子に緑の服着た、ちっちゃな精霊たちはすこぶる有能な技能者集団だった。

助かる。

幾ら反動が低いとは言え、一六〇〇発以上も撃っていては手が疲れるし気疲れだ。

発射済みの弾頭も回収していた。

わーいわーいと走り回っている。

それは意外と思える程の速度だ。

お礼を言うと、またぴょんぴょん跳び跳ねていた。

銃の手入れを行い、浸透性防錆潤滑剤のWD-40を塗布する。

ユキノちゃんも同様に手入れをしていた。

 

「今晩はダイナーで食べるとしようかのう。」

 

シカリが夕方の荒野で銃器を片付けながら、そう提案してきた。

 

「キングダイナー?」

「そりゃ、キングゲイナーじゃ。そうではなく、ダイナーとはアメリカ版大衆食堂或いは簡易食堂のことじゃな。昔は全米各地に世界各地の料理を出すダイナーがあって郷土料理みたいになっとったんじゃけど、多店舗経営する大資本経営系飲食店が進出してのう。今でこそ米国は英国と並ぶ飯の不味い国とか言われとるが、この頃まではそうでもなかったという説がある。で、小規模経営の個人飲食店は、いけいけどんどんの大規模攻勢によって段々と閉店に追い込まれた。まあ、どの国でも発展期には似たようなことが起こるもんじゃ。そげな店を喜ぶもんが多いのも事実じゃし、しょうがねえんじゃろうのう。便利な方が素晴らしいと考えるのは当然じゃろうし、大手の広報や宣伝は狡猾じゃからな。大してうもうのうても、『教育』次第でうまいうまいと思い込むようになるけえ、ぼっけえきょうてえのう。まあ、印象商法に踊らされるのは世の常人の常じゃしなあ。大きい声が正しいとは限らんのにのう。」

「はあ。」

「気にし過ぎてもおえりゃあせんけえ、そこそこうめえもんでも食うて明日への活力にせにゃあおえんわ。」

「そうですね、おいしく食べることは大切だと思います。」

 

ユキノちゃんも頷いている。

 

「よし、この扉を通ればワシの行き付けのダイナーじゃ。その名をチコクレーター・カフェという。」

 

いつの間にか眼前には白い扉が有って、それをシカリが開けるとその向こう側はアメリカの映画やドラマに出てくるような飲食店になっていた。

ほほう、いいじゃないか。

まるでどこにでも行けるドアだが、シカリによると限定版らしい。

客は、一人もいなかった。

まるで映画の撮影場所だ。

連邦捜査官がここの珈琲は旨いとかこのアメリカンチェリーパイは最高だ、とか言いそうな雰囲気さえ感じる。

木製品を主体とした店内。

天井の灯りはピカピカし過ぎておらず、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

床は白黒の市松模様で、合成皮革らしき赤い革貼りのスツールが九つ等間隔で並んでいる。

古きよきアメリカ、か。

通路を挟んで窓側は四人掛けの席になっていて、その一つへどかりとシカリが座る。

ユキノちゃんと私も彼の向かい側に座り、改めて店内を見渡した。

高級店ではないが、居心地のよさそうな感じがする。

たぶん、ここの料理はおいしいのだろう。

そこへ、セルリアンブルーのきれいな青地の半袖ミニスカートに白いエプロンという制服姿の少女が近付いてきた。

衿と袖口は白く、清潔感がある。

金髪にはしばみ色の瞳で、可愛らしい顔立ちをしている。

彼女は好奇心旺盛な気配もある。

ハイティーンブギ、ってとこか。

 

「ハーイ、シカーリ。お久し振り。今日はとっても可愛らしいガールフレンドたちを連れてきたのね。」

「なにをゆうとんじゃ、イエナ。そげなんじゃねえわ。うちの牧場に働きに来とる娘さんたちじゃが。」

「へえ。あっ、わかった! 彼女たち、ブラジルから来たんでしょ!」

「おう、ようわかったのう。では当てたご褒美に、手土産のドングリクッキーとドングリ珈琲じゃ。一人で消費しないで、みんなで分けるんじゃぞ。」

「あら、とっても嬉しいわ。これ、とっても好評なのよ。うちのメニューにしたいって、ボスが言っていたわ。」

「それは光栄じゃな。じゃが、今はでえれえ忙しくてな。なかなか大量には作れやせんのじゃ。」

「とっても残念だわ。」

「仕方がなかろうが。」

「次の機会に期待しているわ。」

「じゃあ、注文しようかのう。」

「今日のお勧めは、ターキーのフライドチキンよ。いいのが入荷したの。」

「ターキー?」

「七面鳥じゃ。じゃあ、そのフライドチキンを二人前。」

「三人前にしないの、シカーリ?」

「そうなると山盛りじゃろうが。」

「食べきれなかったら、テイクアウトすればいいじゃない。」

「それもそうか。じゃあ、三人前。」

「ありがとう、シカーリ。サービスにフライドポテトを多めにしとくわ。後ね、茄子の在庫をどうにかしたいから、ムサカを注文してくれたらありがたいんだけど。」

「ムサカってなんですか、シカリ?」

「ギリシャ料理で、茄子と挽き肉とチーズを使ったもんじゃ。ここのはかなり旨いぞ。」

「では、それね。ありがとう。」

「ああ、まあ、ええか。後はグリークサラダに、ハンバーガーかのう。チリ・ドッグもイケるぞ、この店は。」

「今日はチリ・ドッグの方がお勧めね。」

「私はそれにします。」

 

ユキノちゃんもこくこく頷く。

やはり、可愛い。

 

「じゃあ、それを三人前。デザートは食べてから考えるとするけえ。」

「わかったわ、飲み物はどうする?」

「ワシはバナナ・シェイクにするか。お主らはどげんする?」

「バナナ・シェイクはどんな内容なんですか?」

「完熟バナナに自家製アイスクリームと地元牧場の低温殺菌牛乳を、がーっと撹拌した飲み物じゃな。旨いぞ。」

「ユキノちゃん、それでいい?」

 

頷く彼女。

 

「では、私たちもそれにします。」

「バナナシェイクを三人前じゃ。」

「オーケー、シェイクはすぐに持ってくるわ。楽しんでいってね。」

 

ミキサーの軽やかな音が聞こえてきて、程なく止んだ。

日本のシェイクが可愛いとさえ思える程の量が入った、白い飲み物が三つ届けられた。

まさか、大ジョッキになみなみと入っているとは思わなかった。

不味かったらどうしようかとの考えは、一口目で雲散霧消する。

旨い。

滑らかな喉ごしに深い余韻。

素材のよさを粉々に砕く大雑把な味つけがアメリカ料理だとの先入観が、これによって見事に打ち砕かれた。

 

「うめえじゃろうが。」

 

シカリがにやりとする。

然り、然り、然り。

ユキノちゃんもおいしそうに飲んでいる。

白濁した液体をば。

 

「もう少しかかるから、これを食べてて。」

 

大きなボウルに入ったサラダが来た。

え?

これが前菜?

五、六人前くらいはありそうな感じ。

わしわしと、勢いよく食べるシカリ。

ユキノちゃんも意外と食べるようだ。

 

 

料理の山が届けられた。

まさにアメリカンだな。

山盛りの鳥の揚げ物。

山盛りの芋の揚げ物。

ひたすらでかい容器に入った茄子料理。

二〇センチくらいはありそうなチリ・ドッグ。

なんじゃ、こりゃあ。

 

「ぐはは、これぞアメリカンってとこじゃな。安心せえ、朝は比較的少なめじゃけえ。」

「ホントですか?」

「気にすな、気にすな、まあ食え食え。」

 

おいしかったのだが、デザートまでは辿り着けなかった。

ちなみにシカリは最後にパンケーキを注文して、山盛りのそれを残らず平らげた。

 

 

 

翌日は座学から始まった。

 

「発端は、およそ二〇〇年前に西方大陸で起こった『継承戦争』じゃ。あん時は中央大陸でも東方大陸でも戦争しとって、世界中がしっちゃかめっちゃかじゃった。帝政アレンシアでも、その南のメヒカルマス共和国でも、帝国の北のカタリナ王国でも、アラスカニア大公国でも、戦乱は酷く激しく国土を覆って血の流れぬ日は一日たりとて無かった。」

 

「そんなある時、召喚術によって異世界から勇者を呼び出そうという試みが行われた。しかもそれは、二級管理神二柱と三級管理神六柱による肝煎りの大事業として華々しく全大陸の主要国家で開催された。まるで、多店舗展開する大企業が国内外に大型ショッピングモールを幾つも同時建設するみたいにのう。」

「最初は上手くいっているかに見えたんじゃが、落とし穴が複数あった。『検疫』も『予防接種』も無いまま、アフリカの奥地に向かうようなもんじゃったと言えばいいか、それとも森のいいにおいと呼ばれる元のフィトンチッドはエスキモーやアボリジニなどにとって猛毒なんじゃと言えばいいんか。」

 

「インフルエンザにかかった勇者がおった。性格も悪かった。熱があるのに、ふらふら出歩くような奴じゃった。その病は伝染力が強く、潜伏期間が悲劇を増産した。結果、異世界のウイルスによって免疫力の無い現地人たちは次々と病に倒れ、あっさりぽっくり死んでいった。朝発症して、夕方には亡くなるもんまでおった程じゃ。半年後には、一〇〇万都市を誇った三大陸の大国首都の人口が四分の一かそれ以下くらいに激減。都市機能は崩壊し、全大陸が荒れた。戦争後にワシは後始末役として呼ばれ、火縄銃を持って馬車に乗って西方大陸を半世紀ほど巡った。害獣駆除しまくりじゃった。一方、上司たちは伝染病を勇者由来と言わず、存在しとらん魔王の仕業と宣伝しよった。なにをしとんじゃ、とあきれたもんじゃわ。魔王討伐隊が華々しく結成され、おりもせん魔王は程なく倒されたそうじゃ。インフルエンザは根絶したらしいが、上司たちは一級管理神にえっと叱られたそうじゃ。」

 

「半世紀ほどぐるぐる西方大陸を巡って任務達成してしばらくしたら、一級管理神に再び呼び出された。なんじゃいと思うたら、また戦争があったという。ぼっけえ驚いたわなあ。あんなに国が荒れて少しよくなっただけなのに、また愚行を繰り返したらしい。ワシら四級管理神たちがそれぞれ戦後世界での任務を終えて帰還した半世紀後じゃから、今から一〇〇年前のことじゃな。今度は『八年戦争』と呼ばれる戦をやらかしたらしい。しかも、また異世界から勇者を複数召喚したそうじゃ。懲りんのう。前回の反省から検疫は施したようじゃったが、問題はそこじゃねえがな。人は歴史から学べん生きもんじゃが、神でもそういうもんらしい。」

 

「三〇万前後に増えた大国首都の人口は『八年戦争』のためにそれぞれ半減して、どの国もおおよそ半数の人口を失ってしもうた。阿呆の積み重ねで世界そのものが崩壊に向かいつつあるんじゃわ。結果的に、二〇〇年前の人口のおおよそ七分の一に減ってしもうたんじゃぞ、七分の一に。どげんせえ言うんじゃ。で、今度もやらかした二級管理神と三級管理神たちは一級管理神によって拘束され、軟禁されてしもうた。一級管理神が直轄するこの世界にまたもやワシら四級管理神たちが派遣され、各々害獣駆除やら田畑の開墾やらに奔走する破目に陥った。お主たちの欧州世界的に言うと、中世近世近代が入り交じったようなわけのわからん世界をな。日本でゆうたら、室町時代と戦国時代と江戸時代と明治とが入り交じったような世界と言えばええんかのう。」

 

「またもや半世紀ほど、三八式歩兵銃やらモーゼルKar98kやらレバー・アクション・ライフルやら空気銃やら散弾銃やらをぶっ放しなから、ノームお助け隊と共に西方大陸を転々としつつ害獣駆除やら田畑の開墾やら井戸の掘削やらなんやらを行った。」

 

「任務完了後にやれやれと思うとったら、また呼び出された。衰退する一方じゃから、今度は権限強化して助手を付けるからもっと梃子入れしろとのお沙汰じゃ。今更なにをどうせえゆうんじゃろうなあ。従うしかない下っ端はたまらんのう。」

 

「つまり、ワシらシカリ隊の任務は、上司たちや異世界の勇者たちや地元民たちが散々やらかして荒廃した世界の庶民たちをちょこっとお助けする感じかのう。抜本的な対策じゃのうて、対症療法じみとるのがなんとはなしにお役所仕事めいとるがの。まあ、やらんよりはマシ、というとこか。」

 

うんざりした表情で、シカリは話を締めくくった。

 

その晩は、彼の焼いた鹿肉のステーキが主力だった。

脂身が少なく、牛肉みたいな味わいで大変旨かった。

オハウという汁物も旨い。

鹿肉の団子に行者ニンニクやキノコ類や馬鈴薯や葉野菜などが入っていて、味の深みを増していた。

石窯にて焼かれたピザも旨かった。

シカリはどぶろくも堪能していた。

 

 

シカリは天然温泉さえ有していた。

混浴ではなくて、それは男女別だ。

私はどっちだ?

女にしとけばええが、とシカリは言った。

認識阻害とやらで、問題は無いらしいが。

ユキノちゃんが一緒にお風呂に入ろうと誘ってきて、最初は断ったのだが、身振り手振りが可愛かったので敢えなく陥落してしまった。

風呂はなかなかよかった。

思わず、あふうと言う位。

ぴたりと彼女がくっついてきて、大変困惑した。

おっぱいって浮くんだな。

 

 

女性と男性双方の部分を持つ肉体に慣れ、近いうちに来るだろう生理に慣れ、ブラジャーに慣れ、射撃に慣れ、解体に慣れ、と様々なことに慣れないといけない。

エディー・バウアーの小豆色のシャツとリーバイスのブラックジーンズを身にまとい、私は嘆息する。

 

 

でも、まあ、あれだ。

 

これからの人生や世界には思うところが沢山あるけれども、折角助けてもらった命だ。

やらまいか。

頑張りまっしょい。

 

のんびりやるとするか。

 

 





※妄想です。読まれなくとも、特に問題ありません。


【剣と魔法と火器と異世界】

剣と魔法の異世界に銃火器を持ち込んだ場合、それは有効な手段になり得るでしょうか?
以下は、『ウィザードリィ(Wizardry)』というゲームを元にほんのり考察した余談です。
ここでは、銅貨一枚で並の品質の林檎が一個買えると想定しています。
また、各種弾薬の金額はメリケンに於ける流通価格で考えております。


《矛と盾》
なにはともあれ、銃火器が敵への有効打を与えられる存在でなくては運用し甲斐がありません。
現在多くの国の軍隊が制式採用している.223レミントン(5.56ミリNATO)だと、どの程度の敵対者を倒せるでしょうか?
ちなみに、狩猟に於いては小害獣(バーミント)駆除用に使われる位の威力です。
人間系ならば、大半をこの弾薬で仕留められるでしょう。
ただ、相手が一発で倒れるかどうかは不明なところもあるので、確実に倒したいならば三〇口径の方が向いているでしょう。
魔法職は早めに仕留めないと不味いので、詠唱が終わる前に素早く倒さないといけません。
鍛え上げた戦士などの場合は、.308ウィンチェスター(7.62ミリNATO)辺りの弾薬を使わないと一発で打ち倒せないかも知れませんが。
低級悪魔たるレッサー・デーモン辺りの敵対者も、三〇口径位の弾薬を使う必要性はあるものと考えます。
竜や巨人、グレーター・デーモン辺りになると相当強力な弾薬が必要でしょう。
それこそ、象撃ちにも使われたという.375H&Hマグナム級の強力な弾薬が。
それでも、確実に打ち倒せるかどうかまでは判明しませんけれども。
撃ちました効きませんでしたテヘ、という訳にもいかないでしょう。
魔法弾?
なんですか、それは?
上記の象をも打ち倒せそうな弾薬でも、マイルフィックのごとき大悪魔やワードナのごとき大魔法使いのまとう障壁を破れるかどうかはわかりませんけれども。
補助的な戦闘員としてならば、銃火器遣いは有利な状況をしばしば生み出すことも可能かと考えます。
いわゆる、中ボスくらいの敵対者までは上手く倒せるかも知れません。
えっ?
アンチマテリアルライフル?
これなら、マイルフィックやワードナも倒せる?
迷宮内のような、閉鎖空間では使わない方がいいような気もしますけれども。
取り回しが大変でしょうし。
費用対効果に見合いますか?
一発銅貨七枚か八枚相当だとなんとかなるのかしらん?
どうやって持ち歩くのですか?
荷物係は必須になるでしょう。

《射手は二人》
中口径小銃または連発性の高い散弾銃を使う射手と、小口径小銃または連発性の高い散弾銃を使う射手との計二名が最低必要かと愚考します。
近接戦闘主体ならば、散弾銃の方が有利かも知れません。
即応性を考えると、敵対者が人系なのか獣系なのか二二口径で充分なのか三〇口径が必要なのか散弾銃が適切なのかで即時に対応出来ることも必要でしょう。
経費の問題もあります。
二二口径で充分な相手に三〇口径の弾薬を使うとオーバーキル(過剰殺傷)ですし、逆は無駄弾になってしまいます。
非常に予算が潤沢で、経済的に裕福な場合は別ですが。

《費用対効果》
仮に二二口径の弾薬が一発銅貨一枚相当として、これを一日の戦闘で平均六〇発使うとします。
銅貨六〇枚が一日の費用ですね。
さて、一日の稼ぎは幾らでしょうか?
銅貨一〇〇枚が銀貨一枚として、一日の戦闘に対しては銀貨一枚の稼ぎでなんとか凌げると仮定した場合、必ずそれだけの稼ぎが無いと不味いことになります。
下手をすると、組んだパーティーでもかなりの金食い虫になるでしょう。
射撃の腕が今一つならば、状況は更に悲惨となります。
弾を安く仕入れることが出来たらよいのですが、不発弾が多く混ざった場合は命に関わってきます。
『安物買いの銭失い』ならぬ、『安物買いの命失い』ですね。
仮に命が助かったとしても、信用を失うことでしょう。
バーゲンセール中心か放出品を狙うか、薬莢や弾頭や火薬や雷菅を別々に買って自作するか。
そもそも、そんなことが出来得る環境なのでしょうか?
出来るとするならば、それはどこかいびつな世界ではないでしょうか?

《発射音と発射炎》
銃火器は発射時に大きな音を立てて、銃口付近に瞬間的な炎が見えます。
これをどう抑えるか、どう出来るかが銃火器遣いの重要な課題でしょう。
減音器(サプレッサー)を使ったり、魔法的な静粛化を使ったりなどが出来れば問題の多くが超えられるかも知れません。
費用や経費が見合えばいいのですが。

《供給》
弾薬の供給は勿論、替え銃身や場合によっては銃火器そのものの買い替えも視野に入れないといけません。
では、それは誰が出来るのか?
どのようにして、出来るのか?
『エリア88』のマッコイ爺さんみたいな武器商人がいるのか?
不発弾を押し付けられるのか?
なんちゃって中世ヨーロッパ的な異世界へ銃火器を持ち込むことがそもそも出来るのか、という課題を乗り越えたとしても次々に課題はやってきます。
自由自在に銃火器並びに弾薬関連製品を召喚或いは引き寄せられる能力があれば、こうした問題は対応可能です。
しかし、その対価はなんでしょう?
代金は?
代償は?
なんの対価も無しに自由自在に銃火器を異世界へ持ち込めるだなんて、どうにも胡散臭い話に思えます。
作用があれば、反作用がある筈です。
無敵で弱点無しの存在は無いのですから。
もしかしたら、知らない間になにかを失っているのかも知れません。



《仮結論》
射手は基本的に二名、荷物係は最低一名を用意。
銃火器や弾薬は安定供給されていて、費用対効果に見合うものでなければ使いにくい。
銃の発する音と光(炎)をどう出来るか?
それらの条件をすべて消化出来れば、銃火器遣いは異世界に於いて実用的な存在になれるでしょう。
たぶん。



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