やみえるふらいふ   作:輪音

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私の楽しみは愉快な狩りにて

 

 

 

雨がしとしと降ったり止んだりする今日この頃。

シアトリアより北に設けた宿泊地を拠点として、雨の止んだ時を狙って兎や鳥撃ちなどに出掛けている。

使う弾は.22LR(ロングライフル)。

三センチに満たない小さな弾だが、小害獣(バーミント)相手には充分な威力を持つ。

光学式望遠照準器と二脚が付いたスターム・ルガーの小銃で、パチンパチンと獣を撃っている。

低反動で当たりやすいのがとてもよい。

半人前以下の私では、さほど当てられないけれども。

まあ、その辺は致し方あるまい。

他は、ブローニングの古い銃身後退式散弾銃やシャープ・チバの空気銃。

腰には.357マグナム弾を使う、スターム・ルガーの円筒式弾倉型拳銃。

シカリの手入れのお陰で、いすれの銃も調子がよい。

未明の暗い内に撃ちに行き、シカリの戦果に及ばぬへっぽこ鉄砲玉……もとい鉄砲撃ちとして猟銃を操っている。

なかなか当たらぬものよ。

そうそう上手くはいかぬ。

練習は日々続けているが、早々に上手くなる人ばかりではないことがよくわかる。

毎日兎に角撃つしかない。

撃って体で覚えるのみだ。

故にユキノちゃんと共に、毎日散々撃ちまくっている。

鹿撃ちはシカリの担当だ。

猪も、内装四級管理神の外装初老ドワーフが撃ち倒していた。

見事な腕前であることよ。

熟成中の鳥獣が幾つも宿泊地の熟成庫内にぶら下がっていて、元の世界だと苦手な人がいるかもしれない。

でもまあ、この世界の人々にとってはご馳走に見えるのだろう。

夏の曇天(どんてん)模様の、鈍色(にびいろ)の空の宿泊地。

熟成中の鳥獣の前では、行商人らしきおっちゃんたちや周囲の村から来たと思われる老若男女がわんさかいる。

いつの間に、こんなにも人が集まってきたのだろうか。

彼らは肉を厳しく鑑定しつつ、激しく競りをしていた。

解体の手際がよく、熟成のさせ方も上手いところから高値が付きそうである。

シアトリアの領主様には既に一等よいものが販売されているとのことで、後は金額の違いが他の獲物の値段的な雌雄を決する要因だ。

現物取引もアリなので、織物や細工品や穀物野菜果物加工品乳製品なども、代価として受け取っていた。

それを目当てにする人さえいて、馴れたシカリがいないとよくわからない有り様だ。

猪が穀物に変わり、その穀物が織物に変わり、織物が今度は乳製品に変わる商取引。

猪やら鹿やら様々な鳥やら兎やら小型の獣やらが、ばんばん売れてゆく。

恐竜の牽く荷車などが立ち去って、入れ替わりに別の人々がやってきた。

恐竜がいる世界だとの認識は、ここが異世界だとの感覚を定着化させる。

まさに野生の王国ってとこか。

シカリ手製のドングリクッキーやドングリ珈琲もがんがん売れ、瞬く間に在庫量が減ってゆく。

淹れたドングリ珈琲を飲んでいたら、それさえ売ってくれと言われた。

まあ、一杯価格で良心的価格にしたけど。

そんなに欲しくなるものを置いているか?

現金決済ばかりではないのが、昔ながらの商いになっているのだろう。

合間に焼き鳥を作っていたら、それも売ってくれと言われて販売した。

シカリの焼いたパンも好評で、こちらも売れてしまった。

食べるものがどんどん消えてしまうぞ。

着ている服を売ってくれ、と言われた時は流石に驚いた。

話しかけてきた若い女性は服飾店を営んでいるのだとか。

第二次世界大戦時にソヴィエト軍の女性兵士が着ていたような服を身にまとっているのだが、頑丈そうで動きやすそうだからというのが求める理由らしい。

ニタァとした顔のシカリが、彼女と商談を始めた。

中東の海千山千の外人部隊へモノを売るみたいに。

シカリはそういった駆け引きが案外好みのようだ。

彼は技術の神じゃなく、商売の神じゃないのかね。

 

 

酸っぱい果物も、砂糖漬けにするとガラッと変わってきたりする。

砂糖煮にしてもいいな。

果物やバターなどが手に入ったので、パウンドケーキを焼かせてもらうことにした。

地産地消っていいよね。

鴨の卵も狩りの際に入手出来たし、石窯もあるし、折角の異世界生活なのだから堪能しないとな。

野苺や蛇苺みたいな果実を複数種収穫して干しておいたのだが、それを多めに用意する。

期待した目付きのユキノちゃんやノームお助け隊の面々に果実の恵みを渡しながら、生地や胡桃などの堅果類と共に干し果実や果実の砂糖漬けを練り込んで型に入れて焼いてゆく。

バターをたっぷりと使ったので、芳醇な香りが周辺に漂った。

うむ、これはおいしくなるぞ。

日持ちするから多めに作ろう。

今から出来上がりが楽しみだ。

 

ケーキを焼いていたらまたまた何処からともなく人々がやって来て、それは売らないのかと訊かれた。

どっから来ているんですかね、皆さんは。

おいしいかどうかは全然わかりませんと答えたが、こんなにいい匂いをしているのだから不味いことは無いだろうと言われる。

焼き上がると歓声があがった。

周囲の視線に根負けして一口ずつ提供したら、売ってくれ売ってくれの大合唱に陥った。

あまり売りたくないので少し高値にしてみたが、それでも購入希望者が多くて殆ど売れてしまった。

 

 

次の日。

少し暑い。

晴れた日。

シカリやユキノちゃんやぴょんぴょん跳ねるノームお助け隊と共に、森へと向かう。

茸狩りをしたり、自生している果物や香草を探したりする。

茸は気を付けて採取しないと、吐いたり腹を壊したり幻覚を見たり最悪あの世逝きだという。

 

「茸は『森の殺し屋』じゃけえのう。」

「そんなにこわいんですか?」

「おいしい茸と思うて取ってきたら毒茸じゃったゆうのは、今でも起こっておる話じゃけえな。」

 

シカリが地味そうな茸を指し、これは猛毒を持っているが干して煎じると薬になるのだと言って収穫していた。

毒転じて薬か。

安全な茸を教えてもらい、収穫してゆく。

宿泊地へ戻り、天日で茸を干していった。

夕方から、汁物のオハウ作りをしてゆく。

昆布出汁で野草香草茸に腸詰めに肉団子。

味噌仕立てでこれを喰らう。

ダッチオーブンで炊いたご飯も一緒ナリ。

不味かろう筈もなかろうて。

アイヌ語で旨いは、ヒンナと言うらしい。

ヒンナヒンナしながら汁物を貪り食べた。

 

 

そんなある日。

そろそろ移動しようかと言われた日の朝。

茂みから私を見つめる、つぶらな瞳に気付いた。

 

「バウ、バウ。」

 

恐竜の赤ちゃんが現れた。

体色は薄い赤色。

よちよちと近づいてきて、無防備に私の前で腹を見せつつごろごろ転がった。

え?

え?

なにこれ?

 

「親がおる筈じゃがのう。子育てせん恐竜もおるし、もしかしたら、棄てられたんかも知れんのう。」

 

シカリが目線でどうする気じゃ、と私に訊ねてくる。

困った。

とても困った。

動物を飼ったことなんて無いぞ。

足下ですりすりしてくる幼な子。

むう。

 

「これは角竜じゃな。」

「角竜?」

「トリケラトプスとかそういうのがおるじゃろ。これは角(つの)が無い小型種かも知れんのう。」

「はあ。」

 

ユキノちゃんとノームお助け隊の面々がじっと私を見つめる。

赤ちゃんもシカリも私を見つめる。

……えっ?

私が決めるの?

どうしようか?

さてはて。

 

 


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