ほんのり怪談風味です。
シモの話が少々ありますので、食事中に読まれない方が賢明かも知れません。
帝政アレンシアとカタリナ王国の国境地帯に広がる、巨大な古戦場。
だだっ広い荒野。
遮蔽物(しゃへいぶつ)は殆ど無く、真っ向勝負するしかない土地。
死屍累々だったんだろうなあ。
屍山血河だったんだろうなあ。
ここを北上してゆくと草原が見えてきて、しかる後にカタリナ王国のマルクニアへ到達するという。
そこは帝政アレンシアのシアトリアと対になる要塞都市で、そちらも辺境伯が治めている。
其処は王国西海岸の港湾都市でもあり、商業都市としての側面も持ち、難攻不落であることを住民たちは誇っている。
人口密度はシアトリアとほぼ同程度とか。
シアトリアとの交易や人の行き来は多い。
戦前から日常的な往還があり、現在は特別憎み合う状況でもない。
こだわる者はちらほらいるらしいが、彼らは主流派程の力もない。
騎乗用恐竜を全力で走らせたならば、一日で往復が可能な距離だ。
替え竜は必要だろうが。
帝国王国の要塞都市は双方ともに陥落しなかったけれども、死者は多かったそうだ。
シアトリア同様にゆっくりと回復方向に向かってはいるが、その歩みは同様に遅い。
それはこの世界全般に言えることだ。
二〇〇年前の往時の姿を取り戻すには、二〇〇年かかるとも三〇〇年かかるとも言われている。
人口を増やすには食料事情の改善が必要だし、低い税率や衛生面の向上や上下水道の完備に収入の安定化に治安の向上、それに乳幼児の死亡率を下げる努力などが必要だ。
異世界から来た同胞たちが善意と悪意の混成によってこれらのことをしっちゃかめっちゃかに掻き回してくれたため、地域によってその水準には驚くほどの差が生じている。
そして現在は、それらの平均化の真っ最中だ。
あまりに違い過ぎると人口が偏るし、過疎化の要因ともなる。
調査隊の竜車を引っ張ってきた恐竜や騎士を乗せていた恐竜が、下働きらしい男たちによって干し草や肉を与えられている。
鞍(くら)を外された恐竜が騎士へ甘えている姿を見ると、なんだかほっこりしてきた。
先日拾った角竜の赤ちゃんがそれを見て、私へ甘えてくる。
撫でると目を細めて鳴く。
なんだか、犬みたいだな。
そろそろ名前を付けようかとは思うのだけど、なかなか思い付かないな。
ポチとかフントとか太郎とか。
ま、近い内に名付けよう。
草食系と肉食系の共存か。
興味深い。
草食恐竜のフンは干して燃料にするのだとか。
肉食恐竜のソレよりも燃焼時間が長いらしい。
足りない時は肉食恐竜のソレも使うらしいが。
ふうん。
この辺りだと、一日か長くて二日も干せばからっからに乾燥するらしい。
乾燥しきってしまえば、くさいにおいも発しない。
樹木の無いここらでは、燃料を得るのは大変難しいので貴重なのだった。
予備の薪も運ばれてはいるが、それはなるべく使わない方針なのだとか。
我々は調査隊の護衛というかお手伝いというか、なんというかそんな感じだ。
帝政アレンシアの帝室調査隊隊長のフランツはシアトリアの騎士隊隊長たるハンスの古い友人で、その関係からこの仕事が我らに舞い込んできた。
浪花節のシカリが、人情を絡めて頼まれたら断れる筈などなかろうて。
百戦錬磨で海千山千の擦れっ枯らしからしたら、チョロいんだろうな。
貧乏籖を何度も引く気質は、我々三名に共通の性質なのかもしれない。
但し。
シカリは四級管理神だから、騙したら天罰を間違いなく喰らうだろう。
風は強いが、荒れ地だからか気温は高い。
複数の陣地跡らしき場所から古井戸が幾つか見つかったけれども、どれも使い物にならなかった。
いずれも破壊されていたし、どれも枯れ井戸だ。
シカリに言わせると、これらを復活させるよりも新規で掘った方が早いらしい。
急遽、ノームお助け隊に掘削して貰った。
ぴょんぴょん跳ねて、さくさく仕事する。
水を双方の都市から運ぶのも一仕事だし。
水質はルサールカが後程確認してくれる。
一時間ほど彼らに掘って貰ったら、じわじわ水が出始めた。
あの闇エルフは精霊使いか、と驚愕する声が聞こえてくる。
ちゃうぞ。
私は精霊を使役など出来ない。
シカリの配下である彼らに、単にお願いしているだけだぞ。
戦争ってほんと、金食い虫だ。
物資はばんばん消耗するし、人はがんがん死ぬ。
土地は痩せたり破壊されたりするし、よいことなどろくに無い。
「規律のアレンシア対気合いのカタリナ。その双方の軍勢が、この荒れ地で何度も何度も血を流しあったんじゃ。二〇〇年前の継承戦争と一〇〇年前の八年戦争が、ここいらでも特に激戦じゃった。」
調査隊の作業を見るともなくちらちら見ていたら、シカリがそう言った。
時折カール・ツァイスの双眼鏡で周辺を監視しているが、野生動物や野良恐竜が近づいてくる様子は見られない。
角竜の赤ちゃんやユキノちゃんやノームお助け隊の面々と時々追いかけっこしながら周囲を調べ、ネズミを狩ったりした。
ひょこひょこ歩いてきた肉食恐竜たちにねだられ、仕方なしに撃ち殺したばかりの生き物から鉛玉を抜いて彼らへ与える。
今は供養と周辺調査を兼ねた帝室調査隊と王室調査隊とが合同で、この荒れ地を調べ回っていた。
我々は彼らを害獣から守るための護衛だ。
調査隊はそれぞれ辺境伯直属の騎士隊が守っているものの、長距離狙撃はこちらに分がある。
攻撃魔法は存在せず、火縄銃の威力と命中精度は今一つ心もとない。
投石兵までいた。
銃自体は改良が続けられているらしいが、こうした護衛任務では弓矢の方が実戦的だろう。
クロスボウを装備した騎士も見える。
銃は形式的に持ってきている感じだ。
大きな音で獣を追い払う算段なのか?
シカリは、ウィルディという半自動式拳銃を元にした騎兵銃(カービン)を装備している。
それは16インチの長銃身と光学式望遠照準器、そして銃床を付けた猟銃だ。
口径は.475ウィルディ。
かなり強力な弾丸らしい。
.44マグナムを超える威力だとか。
腰にはスターム・ルガーが作った円筒式弾倉型拳銃(リボルバー)の、スーパー・レッドホーク。
銃身長は9.5インチ。
こちらの口径は.454カスール。
シカリに言わせると、アホウのアホウによるアホウのための弾だとか。
その威力は先日のガス・クラウド戦で目の当たりにしたが、私ではとても扱えそうに無い程の強烈な反動があるじゃじゃ馬だ。
ユキノちゃんは、半自動式拳銃のグロック20を土台にした16インチの長銃身と銃床で強化せし騎兵銃が主兵装。
口径は10ミリオート。
.357マグナム程の威力があるらしい。
腰には二挺拳銃。
右腰にはチアッパ・ライノ60DS。
6インチ銃身長の円筒式弾倉型拳銃。
銃身が下寄りにある、少々変則的銃。
口径は.357マグナム。
特注品らしく、金属部分は主にイタリアンレッドで塗装されている。
ガンブルーならぬ、ガンレッド仕上げか?
精緻な葡萄模様の彫刻が為され、引き金や撃鉄同様に金細工されている。
左腰にはスターム・ルガーのスーパー・レッドホーク。
こちらも6インチ銃身長で、口径は10ミリオート。
ハーフムーンクリップという半月状の留め具で三発ずつ留めるようになっていて、それを円筒式弾倉に入れる形だ。
予備の弾や弾倉を含めると相当重いんじゃないかと思ったが、今は半不死者である彼女からすると別に苦ではないそうな。
拳銃を両手に持ってニヤリとする姿は勇ましいというか、可愛らしいというか。
調査隊や騎士隊の面々は半信半疑の顔をしている。
実用性が疑わしいと考えているのだろう。
ユキノちゃんはぷんすか怒っているが、世の中そういうものだ。
私の主兵装はスターム・ルガーの10/22。
これも一応騎兵銃の分類になるそうな。
光学式望遠照準器と二脚が付いている。
口径は.22LR(ロングライフル)だ。
小害獣(バーミント)対策だ。
強力なマグナム弾を使うと過剰殺傷(オーバーキル)なので、ちっこい獣は私の担当だ。
コヨーテとか野犬とか、かな?
ネズミは既に数匹射ち倒した。
腰にはスターム・ルガーのスーパー・レッドホーク。
銃身長は7.5インチ。
口径は.357マグナム。
拳銃にはいずれも散弾が装填されている。
蛇撃ち弾(スネーク・ショット)だとか。
毒蛇がたまに出てくるので、それ対策だ。
何事も無いといいな。
調査日数は七日間を目処にするという。
二ヵ国の調査員たちはいがみ合うこともなく、互いにその知識を照合しあって調べている。
てきぱき仕事をする姿は実に素晴らしい。
シカリが周囲を警戒しながら言った。
「戦場を知らない兵士ばかりというのは、素晴らしいことじゃなあ。」
「私もそう思います。」
「実戦を知らんから、もしここに邪悪なもんがやって来たらひとたまりも無い。」
「いるんですか?」
「おらんとは言いきれんのう。」
「先日のガス・クラウドみたいなのが来たら、厄介じゃないですか?」
「今度は後(おく)れを取らん。」
彼はニヤリと笑った。
調査隊と騎士隊は陣屋跡近くに幕舎を張っているが、我々は近場に丁度よい洞窟を見付けたので其処を宿泊地としている。
幕舎と程よく離れているのもよい。
洞窟内は骸骨が幾つも折り重なっていたので、集めて一箇所に埋めてお経を唱えた。
「早いもん勝ちじゃ。」
「然り、然り、然り。」
調査隊が洞窟内部を調べ終わった後で設営をしたら、彼らと騎士隊の面々から微妙な視線をいただく。
図太く見えるのかな?
かまどは洞窟の外、出入口近くに設けた。
ユキノちゃんが突然拳銃を撃つ。
響く発射音に驚く調査員と騎士。
全員で彼女の目線の先を追った。
びくんびくん跳ね回っている蛇がいた。
頭が潰されているのに旺盛な生命力だ。
「おお、丁度ええ晩飯のおかずじゃ。」
シカリが固茹で玉子的な表情で笑った。
調査隊側の料理人がすっ飛んで来たので、彼らに無償提供する。
生きのいい小動物は肉食恐竜の餌にもいいのだとか。
周囲を調べた結果、蛇を更に二匹とそこそこの大きさの蜥蜴(とかげ)一匹、そしてネズミ五匹の戦果を得た。
シカリはこれらも惜しげなく提供する。
さあ、飯の時間だ。
ダッチオーブンにてご飯を炊くシカリ。
北海道は七飯町(ななえちょう)産のななつぼしだとか。
もう一つの鍋は、野菜と茸と肉団子のオハウ(汁物)だ。
ご飯は余ったら、握り飯にするという。
だが、余らなかった。
調査隊隊員二人と騎士隊隊員一人がやって来て、彼らにもお裾分けしたからだ。
異世界の人にジャポニカ米は大丈夫なんだろうか?
と思っていたら、リゾット風に仕上げて食べさせていた。
成程。
その夜。
最初の不寝番としてユキノちゃんと共に警戒していたら、フラフラと光の玉が幾つも浮かんでいてこちらへ近づいてくる。
彼女と一緒に腰からマグナム・リボルバーを引き抜き、上空へ向けてパンパン撃った。
弾は既に通常弾頭へ交換してある。
物音と共に起き出してくる騎士隊。
調査隊の隊員は起きたり違ったり。
寝たふりをしていたシカリが、のそりと私たちへ近づいてくる。
「あれは火の玉ですかね?」
「たぶん、鬼火じゃろう。」
特に悪質なモノではないらしいが、不用意にこちらへ近づけないように幕舎や宿泊地周辺には広範囲結界が張られている。
シカリ謹製だから、お墨付きだな。
兵隊のようなモノが近づいてくる。
足音は聞こえない。
「怨霊とかじゃないですよね?」
「シッ、今から喋ってはいかんぞ。騎士隊や調査隊の面々も、アレが去るまで一切誰も喋ってはいかん。」
集まってきた全員が頷く。
兵隊のようなモノはまるでなにかを探しているかの如く、結界の前をふらりふらりと歩いている。
「オーイ、ダレカイナイカ。」
声が聞こえる!?
ギョッとしてシカリを見る。
シカリは人差し指を唇に当て、喋るでないと皆に無言で知らしめていた。
「オーイ。オーイ。カエッテキタゾウ。」
知らず知らずの内に冷や汗が流れてくる。
剣や弓を握る手が白くなっている騎士もいた。
「ナンダカジャマガアッテ、ミエナイ。」
じっと皆で一塊になる。
「オーイ、オーイ、カエッテキタゾウ。」
シカリへ目線で訴える、帝国の調査隊隊員たちと騎士隊隊員たち。
隊長のフランツもシカリをじっと見つめている。
どうやら、帝国系兵士の言葉らしい。
私にはどちらも似た言葉に聞こえる。
今結界の向こう側で喋っているナニカは、妙な抑揚で話していて違和感が強い。
既に夜半過ぎだ。
その後もナニカはなにかしら喋っていたが、どんどん聞き取れなくなってゆく。
調査隊の持ち込んだ鶏が鳴いた頃、ナニカの気配は消えた。
撃ったらダメなのかとシカリに聞いたら、撃っても全然効かんから結局無駄弾になるんじゃと言われる。
翌晩も、同じ幽霊らしきモノが現れる。
しかも、今度は複数体引き連れていた。
戦友かな。
いやん。
王室騎士隊隊長も蒼白な顔をしていた。
それなりの調査と簡易な埋葬と簡単な供養が終わったので帝国側陣地近くに設けた幕舎を引き払い、今度は王国側陣地近くに幕舎を組み立てる調査隊と騎士隊。
最初はお互い離れた場所に幕舎を設けようかとのことだったが、それも面倒だと隣接して組み立てることになった。
いがみ合っているままでは進展が無いと、彼らは理解しているようだ。
案外、私の元の世界の人間よりもだいぶん進んでいるのかもしれない。
こっちには近場に洞窟が見当たらなかったので、彼らの幕舎近くに我らが移動式住まいのゲルを組み立てる。
石窯や焚き火台や土壁などは、ノームお助け隊がちゃっちゃと拵(こしら)えてくれた。
キャンピングカーのウスケシはゲルの傍。
新規の井戸は掘らず、古戦場を横断して先に宿泊した場所のものを使うことになる。
今後のことを考えても、利用者は殆どいないだろうことが予想されたからであった。
住むには不都合だしな。
帝国王国の共同作業だ。
それぞれの都市から持ち込んだ水を先に使い、井戸の水は煮炊き中心に使うそうだ。
さて、今晩はナニが出るかな?
夜になったら、普通に現れた。
「オーイ、オーイ、モドッテキタゾ!」
王国兵士のようなモノが現れた。
いや。
王国兵士だったモノであろうな。
慣れてきたのか、王国側帝国側の調査隊騎士隊の面々も深刻な顔はしていない。
慣れってこわいな。
試しに翌朝塩を撒いてみたが、夜になったらまた現れたので効果はないようだ。
調査開始日の次の朝飯時からちらほら調査隊や騎士隊の人間が我々の宿泊地に混ざってきてはいたが、この頃になると合同朝食が当たり前になってしまった。
互いに食材を持ち寄り、同じ釜の飯を喰らう。
御先祖様たちも、感慨深いものを感じるかも。
焼きたてのパンに温かい野菜スープに新鮮な牛乳にチャイ。
パンは酸味が強めだったり平たかったり。
コーンフレークと雑穀と干し果実とが入ったグラノーラに、ヨーグルトとブルーベリーのソースを掛けたもの。
ちょっとにおい出した彼らに混ざって、わしわし食べる。
男たちからあれこれ声をかけられるが、適当にあしらう。
体を洗ってから、またはきちんと拭いてからお越しやす。
くさいのは厭でありんす。
五日目の夜は団体さんだった。
しかも、帝国王国混成仕様だ。
幽霊たちは軍歌を唄い始めた。
みんな仲がいいな。
せっせと記録する調査隊隊員。
貴重な資料らしい。
彼らは既に調査対象と化している。
おそれる者はもう誰もいない状況。
もう、なにもこわくない。
次の日の朝。
朝食後。
シカリは、なにやら仏塔のようなものをいじくり回していた。
「おはようございます、なんですかそれ?」
「うむ、おはよう。これは鎮魂塔じゃな。」
「鎮魂塔?」
「最初の晩に幽霊が出た時、一級管理神にメールを送っといたんじゃが、その回答がこれじゃな。」
「ほほう。」
「さ迷える魂はこの塔に引き寄せられ、それらは有無を言わさず強制昇天させられる仕組みじゃ。いつまでもフラフラさせる訳にもいかんしのう。」
「言っていることはわかるけど、なんだか酷い方法ですね。。」
「最初に一級管理神から送られてきたのは霊魂消滅装置じゃったんで、それはすぐに送り返した。」
「それは酷いです。」
「ワシもそう思う。」
これで少しは成仏出来るといいな。
帝国王国双方の人間が願っている。
ご先祖様に対する子孫たちの願いだ。
幸いなるかな、ああ魂の愛する君は。