アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
僕の向かいで、フェンダークが足を組み、豪華なソファに寄りかかっていた。両手をソファの背に回し、ふんぞり返るその姿は、偉そうで、明らかに態度がでかい。
クローバーは、フェンダークの様に粗暴さこそないが、緊張する様子もなく、僕の隣で紅茶を優雅にすすっていた。そして時々、テーブルに並べられたアフタヌーンティーセットの中から、マカロンやクッキーを好きに摘んで、美味しそうに食べている。なんだか機嫌が良さそうだ。
僕は、メイドのナギから差し出されたカップに目を落とす。琥珀色の水面に、ゆらゆらと自分の顔が映り込んでいた。それを消し去るように、カップを持ち上げ、1口すする。ほのかに香るベルガモット。アールグレイだ。その美味しさに、満足した気持ちで息をつく。
3人とも、これから一国の王に謁見するとは思えないリラックス具合だ。
「ドレイク公がその魔王を欲しいって言ってたのな、ありゃ嘘だ。」
オスカーが去ると、フェンダークはあっさり自分の嘘を認めた。
僕は始めからそうだろうと思って、話を合わせていたので、特段驚きもしなかったが、クローバーは予想外だったようで
「は?」
っと間の抜けた声をあげた。
「全部ハッタリだったってこと?」
驚きと呆れが入り交じった顔で、クローバーが僕を問い詰める。僕はその顔がおかしくて
「うん、そうだよ。」
と答えながら思わず笑ってしまった。
「お前はこいつと相性がいいみたいだからな。そういうことにして、てめぇが持ってりゃいい。」
フェンダークはそういって、僕から魔王ちゃん封印された石を奪うと、ポーンとクローバーに向かって投げた。
クローバーは魔王ちゃんを落とさないようにと、慌てて手を伸ばす。石はクローバーの手の中で3,4回お手玉のように跳ねて、最後はその胸元に収まった。
「危ねぇだろ!!」
不満そうに口を尖らせるクローバーを、フェンダークが気にする様子はない。
飄々としているといえば、僕もそうだが、彼はまた僕とは違う。僕はどちらかと言うと、特に感情が湧き出ないので、そういう態度になってしまうのだが、フェンダークは何かを隠しているような、わざとそう振舞っている気がする。
だからといって、彼を問い詰めたところで、それこそ飄々とかわされてしまうだろう。
今のところ、フェンダークが何を隠していようと、僕らに害はない。ならば、わざわざそうする必要はなかった。
「持ってろとは言うが、そうするなら一応、大公陛下の許しをもらわにゃいけねぇ。まずは公国に顔出しに行くか。」
フェンダークの言う通りだ。キチンと筋を通しおかなければ、後々面倒なことにもなりかねない。
そうして僕らは、シュリンガー公国まで、王の謁見に向かったのだった。
相変わらず、ゆったりとした時間が流れていた。
クローバーがレモン色のマカロンに手を伸ばし、カリッと1口噛むと、爽やかなシトラス香りが、僕の方まで漂ってくる。
「うん、美味しい。」
そう満足そうに呟くクローバーを横目に、僕は2杯目のアールグレイに口をつける。
ドレイク王に会うのは、これで3回目だ。
1度目は、公国の小狡い兵士長フランクに着せられた濡れ衣を晴らすため。2度目は、ドレイク王のメイドの1人だったノエルを救うため。
自分で言うのもなんだが、こんな小汚い冒険者が、一国の王に謁見するなど、先の2回のように、何か特別な用事がない限り、ほぼ不可能だ。
こうしてここで紅茶を嗜みながら、謁見の準備ができるのを待っていられるのは、もっぱらフェンダークのおかげだった。彼はメイドのナギに
「フェンダークだ。王さんに言っとけ。」
と言うだけで、取り次いでもらっていた。
彼は本当によくわからない。見た目も思想も、その辺にいるチンピラをちょっと上品にしたような感じなのに、王と簡単に謁見できる人脈を持っている。一体何者なのだろうか。
「準備ができました。こちらへ。」
ナギが僕らの前にスっと姿を現し、王の元へと案内してくれる。その凛とした雰囲気は、メイドというより、騎士のような風格だ。
僕とクローバーは、フェンダークの後ろに続いて、王の間に足を踏み入れた。
「久しぶりだな。フェンダーク。」
公国の王ドレイクが深いゆったりとした声で挨拶する。白い髪に白い髭、相当な年齢なのだろうが、老人の弱々しさはない。むしろ、年輪を重ねた太い大木のような、強い力が感じられ、どっしりとした威厳漂う風貌だ。
「あれ、俺とは初対面じゃなかったか?ドレイク王さんよ。」
フェンダークが意味ありげにドレイク王に軽口を叩く。王はほんの少しだけ眉をピクリと動かしたが、表情自体はさほど変わらない。
前にあった時もそうだったが、ドレイク王の表情は、石膏でできている像のように、ほとんどまったく動かない。いつも同じ、相手を射るような強い眼差しの厳しい顔で、怒ることも、笑みを浮かべることもない。
僕の卓越した顔色伺いの能力をもってしても、この顔から、内なる感情を読み取るのは、相当難しいものだった。
「……して、何用か。」
「こいつの持ってる宝石をよ、この国で預かってるってことにしておいてほしいのよ。」
ドレイク王にしてみれば、フェンダークの頼みは、なんとも奇妙なものであろう。
「大丈夫かよ?あれ。」
クローバーが僕に顔を近づけ、耳打ちしてくる。フェンダークの気安い態度を、心配しているようだ。
クローバーだって大概だが、さすがにあそこまでぞんざいではない。あんな態度をとっても大丈夫なほどの関係なのかもしれないが、相手は一国の王だ。そんな関係にどうやったらなれるのか、僕には皆目検討がつかなかった。
「唐突すぎる頼みだな。して、何ゆえに?」
「頼み事ってのはいつも唐突なもんよ。詳しく聞くのは野暮ってもんだろ。」
「しかし、一国の王が嘘をつくなど。やすやすと受け入れられる話でもない。」
「んー?どの口が言ってるんだ?言われたくないこと、たくさん、あるよな?」
フェンダークの言葉で、場の空気が変わった。
ヒリヒリとした緊張感が、静かだった水面に石を投げ入れたときのさざ波のように、部屋全体にじわじわと広がって、僕の体を締め付ける。
本能的に、今しゃべってはいけないと悟る。始めから、口を出す気なんて更々なかったので、ちょうどいい。僕はにこやかな表情を崩さないよう気をつけながら、2人のやり取りを見ていた。
「ついでに言うと、こいつは魔王を封印した石だ。解放したら、お前の命も危ないよなぁ?」
「この不届き者!叩き斬る!」
メイドのナギが、槍のような武器を持ってドレイク王の前に躍りでる。
「薙刀か、珍しい武器だな。」
クローバーがそう言いながら、当たり前ように応戦しようと、剣柄に手をかけたので、僕は慌てて、その手を引っぱって、無理やり下がらせると、自分の体の後ろに隠すようにして押さえる。出鼻をくじかれ不満なクローバーは
「何すんだよ!」
と悪態をついた。
「今は手も口も出すべきじゃない。」
思いがけず、強い口調で、ぴしゃりと言ってしまった。
クローバーは、驚いて目を見開いたあと、何度か戸惑ったようにまばたきし、最後は諦めたように「ちっ」っと小さく舌打ちをし、引き下がった。
「まぁ待て。」
ドレイク王がそう言って、ナギに下がるよう目で合図を送る。ナギはクローバーと同じ、不満そうな顔でフェンダークを睨みつけていたが、王の命令には逆らえないのだろう。ゆっくり武器を下ろし、下がっていった。
「フェンダークの頼みでもあるし、断ることは……できないが……。」
「俺は、あんたとは初対面なんだよ。わかってるよな!」
「あ、ああ……わかった。」
ドレイク王の表情は、さほど変わらない。でも、何となくフェンダークに怯えているような雰囲気が感じられる。
僕は2人の様子をよく観察した。
2人の力関係は、拮抗していて、対等のようにもみえるが、僕は、フェンダークの方が若干優勢だと勘ぐっている。何か弱みを握られているのか、それとも何か大きな助けを借りているのか。
ドレイク王は、フェンダークが何かしでかすのを恐れているのかもしれない。
ますます、フェンダークの正体がわからなくなった。
「いいだろう。その石を我が欲していることにして、主らのものにする。それを保証しよう。」
ドレイク王から許可を引き出すと、フェンダークは満足げに口角を釣り上げた。