アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
公国は、激しい吹雪になっていた。
思わぬ天候悪化に、広場に露店を出していた本屋たちは、慌てて店を閉め、客も蜘蛛の子を散らすように、あっという間に引いて行った。
「レアちゃん!!」
雪でキャラメルブラウンの髪を真っ白に染めながら、エリアスが叫ぶ。
ほとんど誰も居なくなった広場に、レアの姿はない。
「くっそ……。」
焦りのあまり、つい、そう毒づいてしまう。
もう外には居ない可能性が高いと考えたエリアスは、酒場へ向かって走り出す。
あの人ごみの中で、一瞬でもレアから目を離した自分を、エリアスは悔いていた。
レアがまだ幼い頃から、ずっと面倒を見てきたエリアスにとって、彼女は家族同然だった。血は繋がってなくとも、大切な妹だ。
エリアスは、本当の家族を知らないレアに、家族の温もりを教えたかった。だから、いつでも愛情を持って、大事な妹としていつも傍に寄り添ってきた。
嫌な想像が、エリアスの頭を支配する。
レアが見知らぬ男に連れされてしまったかもしれない。どこか狭くて暗い場所に閉じ込められているかもしれない。1人で寂しくて泣いているかもしれない。
自分が目を離したせいで、レアが酷い目にあっているのではないかという妄想が止められず、エリアスは気が狂いそうだった。
早くレアに会いたい。
レアに家族を教えたいといいながらも、家族の大切さを教えられていたのは、エリアスの方だった。
だからこそ、レアがいないだけで、こんなにも苦しい。
エリアスは酒場のドアを開け、中に入った。
酒場は本の市を見にきた客で、2階席まで満席だ。立って待っている客もいる。
エリアスは腰を屈めて、キョロキョロしながら、レアを探す。
「おや、エリアスさん?」
「あれ?お前 、レアちゃんはどうした?」
レアを探して、テーブルの下を覗き込んでいたら、上から声をかけられる。
振り向けば、ボンド『シルフィード』のメンバーのクローバーと、そのパートナーのエルサイスが、ベンチシートに座って食事をしていた。
「クロさん!エルさん!レアを見ませんでしたか?!」
エリアスは藁にもすがる思いで、そう聞いた。
「先程見ましたよ。」
「あぁ、この酒場で。」
思いもしなかった良い返答に、エリアスは目を輝かせる。
「ホントですか!?」
「あぁ、でも……」
戸惑ったようにエルサイスに目配せするクローバーの姿に、エリアスは不安を覚える。
「でも……?」
「レアさんは、あなたと塔に行くと言って、酒場を出て行きました。」
「えぇ!?なんでですか!?」
「いや、なんでと言われても……。むしろなんでお前が1人でここにいるのか、こっちが聞きたいくらいだ。」
エリアスは呆然としてしまう。
「レア……どうして……?」
1人で? なぜ? 自分を置いて? どこへ?
様々な疑問が渦まき、エリアスの思考は混乱していく。
「とりあえず、その頭拭け。風邪を引くぞ。」
クローバーはそう言うと、エルサイスに顎で指示を出し、タオルを渡すよう言う。エリアスはエルサイスからタオルを受け取ると、心ここに在らずという感じで、雪が溶けて濡れた頭を撫でるように拭いた。
エリアスは、ショックが大きすぎて、自分の体が、自分のものではないような、そんな感覚に陥っていた。
「エリアスさん大丈夫ですか?一体何があったんです?」
エルサイスがエリアスからタオルを返してもらいながら聞く。エリアスはハッと我に返ると
「実は……」
と、今までの経緯を話し出した。
「宿には居なかったよ。」
エルサイスが、頭に雪を積もらせたままクローバーに報告する。
「こっちもだ。やっぱ酒場には戻ってない。」
エリアスが経緯を説明すると、クローバーはレアを一緒に探すと申し出た。
レアが気がかりなのもあるが、それ以上に、エリアスの方が心配だった。
エリアスは、いつもしっかりしていて、甲斐甲斐しくレアの世話を焼き、頼りになる兄の見本のような人なのだが、ところどころ抜けているのだ。
さっきも
「レアは一体どこに……?まさか!?家出!?」
などと、すっとんきょうなことを言って
「いや、落ち着け。冒険者になった時点で、家は出てるぞ。」
と、クローバーにたしなめられていた。
ここままエリアス1人で探させて、レアがちゃんと見つかるか、不安になったクローバーは、手を貸すことにしたのだった。
「エリアスさん、他にレアさんの行きそうなところは?」
エルサイスがそう聞くと、エリアスは
「うーん……。」
と考え込んでしまう。
レアが1人で行きそうなところなど、まったく思い浮かばない。
レアは単独行動なんてできないと、エリアスはついさっきまで思っていたのだ。だから、レアが1人で行きたいところがあるかなんて、今の今まで、考えたことがなかった。
「ダメだな。当てにならん。」
考え込むエリアスを見て、クローバーがため息をつく。
「すみません……。」
グゥの音もでないエリアスは、うなだれると、そう呟いた。
「うーん……。レアさんは、エリアスさんと塔に行くと言っていました。公国に居ないとなると、そこを目指したと考えるのが、妥当なんじゃないですかね?」
エルサイスが推測を話すが、エリアスは懐疑的だ。
「レアが1人で塔へ?無理ですよ。」
「無理かどうかはわからんだろ?」
「でも……。」
この吹雪の中、レアが屋外にいるとは考えにくい。公国に居るなら、必ず宿屋か、この酒場にいるはずだ。居ないということは、もうレアは公国を出ているということなのだ。
「お前、見張りの兵士に怪しいやつがいなかったか聞いたんだろ?」
「はい。怪しい人は今日は見ていないと……。特に今日は本の市で流入が激しいので、警備が厳しいんですよ。だから、確かな情報だと思うのですが……。」
犯罪に巻き込まれた可能性も低い。
「なら、答えは1つだ。レアちゃんは、自分の意思で公国を1人で出ていった。」
クローバーが結論を出す。
エリアスも、頭ではわかっていた。そう考えるのが論理的で、合理的だ。
このままここでグズグズしていても、恐らくレアには会えないだろう。
そうわかっていながら、受け入れられない自分がいて、エリアスの胸の中で、黒っぽいモヤモヤしたものが渦巻く。彼自身、それがなんなのかさっぱりわからない。
「とりあえず、牛車の御者の方たちに話を聞きましょう。可能性は低いですけど、レアさんが牛車に乗っていないか確かめて、それから次を考えましょう。」
「はい……。」
エリアスは納得できない思いを抱えたまま、クローバーとエルサイスの後に続いて公国を出た。