アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
公国の外に出て、雪山と平原に出れば、あっという間に吹雪はおさまった。今いる雪山の方では、まだチラチラと雪が舞っているが、先の草原の方は快晴だ。
結局、牛車の御者に話を聞いても、レアを乗せた記憶はなかった。
「それだけ小さい子が1人で乗れば、印象に残るから、間違いないよ。」
御者の男はそう言って、自分の記憶に自信をみせる。
「まぁそうだよな。」
クローバーもエルサイスも納得する。エリアスだけが、いつまでもモヤモヤしていた。
「塔に行くぞ。」
エリアスの返事も待たず、クローバーが先を急ぐ。
「ま、待ってください!」
きちんと納得できないエリアスは、クローバーを引き止めた。
エリアスは良くも悪くも真面目だ。思考の整理がついて、自分が正しいと思わなければ、行動できない。曖昧にしたまま、その場の状況にズルズルと引っ張り回されるような、無責任なことはできないのだ。
「お前さ、さっきから何なんだよ。めんどくせぇな。」
「まぁまぁ……。」
エルサイスが、クローバーの肩に手を置き、抑えるよう促す。
クローバーは感覚だけで動くので、慎重で思慮深いエリアスとはあまり相性がよくない。
「ちょっと、考えさせてください。」
「どうぞ、どうぞ、お手伝いできることがあったら、何でも言ってくださいね。」
エルサイスはそう言うと、にっこり笑いかける。その笑顔にエリアスは安堵すると、ゆっくり思考の整理を始める。
「公国にいればいずれは会えたはずです。時間がかかったとしても。それなのに、レアは公国を出た……なぜでしょう?」
「知らんがな。」
エリアスの思考を、クローバーが一刀両断する。
「クロ……落ち着いて。」
エルサイスが困ったように笑いながら、クローバーをたしなめる。
「そこに納得できません。レアはそんなことしないはずです。」
レアは自分を置いて、街の外に行くなんてできないはずだ。ずっと一緒に暮らしてきた自分には、そうわかる。
「そんなことしないはずとはいっても、現実問題、レアさんは、1人で公国を出た可能性が高いです。」
エルサイスが淡々と事実を述べる。
「お前な、レアちゃんを舐めすぎ。そんなことしないはず、なんていうのは、てめーの主観だろ。レアちゃんのこと何でもわかってると思ったら、大間違いなんだよ。」
クローバーの指摘に、エリアスの胸の中の黒いモヤモヤが、ズキリと痛む。
「でも……」
「でもでも、だってでもねーよ。問題はレアちゃんじゃなくて、お前の方にあるはずだ。」
「今はレアさんの気持ちよりも、ご自分の気持ちに向き合った方がいいかもしれませんね。」
「僕の気持ち……?」
2人指摘され、エリアスは考える。
さっきから自分の胸を圧迫してくる、この黒いモヤモヤの正体が気になっていた。
「僕は、レアのことなら、なんでも知ってると思ってました。」
でも、今回のレアの行動は、さっぱりわからない。予測できない。そのことに、エリアスは戸惑うというより、恐怖を感じていた。
怖いから、受け入れたくない。
「僕は、怖いんです。レアが僕の予想の外の行動をするのが。僕の目の届く範囲にいて欲しくて、最近は冒険も、あんまり乗る気になれなくて、静かに街で暮らしたいなと思っていました。」
それくらい、レアが心配なのだ。それはレアへの愛情だ。レアが大事だから、大切な妹で、家族だから、守りたい。
でも、これが愛情だとするなら、このモヤモヤは、なぜこんなにも黒く汚れていて、ズキズキ痛むのだろう?
「お前がやろうとしてることは、支配だ。」
クローバーの言葉に、エリアスは顔面を殴られたような衝撃を受ける。咄嗟に
「違います!」
と否定する。
「違わねぇ!」
「僕は、レアが心配だから……」
「そんな優しい言葉で包んで、レアちゃんの自由を奪う気か?」
エリアスは言葉を詰まらせた。
本当は、自分でもわかっているのだ。これが正しい感情でないことが。
自分の胸を苦しめる黒いモヤモヤは、自分の支配欲。レアを縛っておきたいと思う、自分のエゴの塊だ。
「レアさんが心配なのも、大切だと思うのも、エリアスさんの本当の気持ちでしょう。それは悪いことではありません。でもだからといって、1人の立派な人であるレアさんのことを、どうこうすることはできないんですよ。」
「いつまでも子供だって思ってるから、こんなことになるんだよ。」
クローバーとエルサイスにそう言われたエリアスは、胸の痛みに唇を噛んだ。
自分の黒い部分と向き合うのは、とても辛かった。でも、今向き合わなければ、きっとどこかで道を誤ってしまう。この黒いモヤモヤは、今ここで、キレイにしなければいけないのだ。
確かに、エリアスはレアが心配のあまり、彼女を鳥籠に閉じ込めようとした。自分が「旅をやめる」と言えば、レアがそれに従うしかないことを知っていながら、それをほのめかし続けた。
それが、レアは嫌だったのかもしれない。今回のこれは、彼女がエリアスに、反旗を翻した結果だった。
本当にレアが大事なら、彼女の意志を尊重するべきなのだ。ちゃんと話し合って、レアがどうしたいのか聞いて、その上で自分がどう思っているのかも話して、落とし所を見つける。それが、今までずっとそばで寄り添って、レアを見守ってきた、エリアスの役目。
しかし、エリアスはそれをサボった。クローバーの言う通り、まだ子供だからと侮って、相手にしなかった。
そして、今のこの結果に至る。それは当然の結果だった。迷子はただのきっかけに過ぎない。起こるべくして起こった事件なのだ。
エリアスは自分の不甲斐なさにため息をついた。
黒いモヤモヤはまだ残っていたが、随分小さくなって、痛みはもうない。
「そうですね。レアのことを、なんでも知ってるなんていうのは、僕の思い上がりでした。僕は、何にもわかっていませんでした。でも……だからこそ、謝りに行かなければいけませんよね。」
エリアスはそう呟いて前を向く。目指すは時渉りの塔だ。
「まったく……」
クローバーが「待たせやがって」と言うように、悪態をつく。
「行きましょうか。」
エルサイスの声に、3人は時渉りの塔を目指し、急ぎ足で歩き出した。