アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
雨はまだ降り続いていた。
「ふっ……ぐすっ……うぅ……」
レアは次から次へとこぼれ落ちる涙を、手で拭う。
空き家のダイニングの隅っこに座り込み、レアはエリアスの助けを待っていた。
でも、エリアスは自分がここにいるなんて、夢にも思わないだろう。絶望的な思いを抱えたまま、レアはこない助けを待つ。
なぜこんな無謀なことをしてしまったのだろうと、レアは後悔していた。
涙は枯れることなく、次々溢れ出して、レアの顔を、手を、心を濡らしていく。
「お兄ちゃんに会いたいよぉ……。」
レアにとってエリアスは、太陽だ。冷たく暗い世界から、自分を救い出してくれた。強くて、眩しくて、暖かい人。
だからこそ、逆らえないというか、わがままを言ってはいけないと、レアは思っていた。
エリアスの圧倒的な優しさを前に、レアは尻込みしてしまう。自分はタダでそんな献身を受ける権利はないと。
レアは、いつも、黙って、我慢して、笑って、何でもない振りをして、やり過ごして、いい子の優等生を演じてきた。
エリアスはそんなことを望んでないのに。
「僕たちは家族なんだから」とエリアスはよく言う。家族だから、甘えて、頼って、わがまま言ってくれと。
でもレアは、エリアスに本音を言うのを、ずっとずっと恐れていた。
レアは、わがままを言って、嫌われるのが怖かった。自分が口ごたえしたら、エリアスから見放されてしまうと、心の隅でいつも怯えていた。
エリアスは、いつだって、そばにいて、微笑んで、暖かい手で、自分を包んで、見守ってくれていたのに。
エリアスは、確かにどこかに安住の地に腰を落ち着けたいとは言っていたが、それ以上に、レアが冒険で新しいことを体験するのを、喜んでくれていた。
レアが、初めて魔物を倒したとき、強い武器を手に入れたとき、ボンド『シルフィード』に入ったとき、ソラと友達になれたとき。
エリアスは、いつでも、自分のことのように喜んでくれた。
ちゃんと話せば、エリアスだってわかってくれたはずだ。
それなのに、レアは言い出せず、でも我慢もできず、こんなところまで1人できて、1人でシクシク泣いている。
結局レアは、エリアスを信じられなかったのだ。
「レア……馬鹿ことしちゃったなぁ……。」
涙で枯れた声で、そう呟く。
レアは、自分は1人前なんだと示して、エリアスに認められたかった。
そうすることで、自分の発言権を手に入れようとした。そんなもの、ずっとずっと持ってたのに。
エリアスはいつでもレアを許していたことに、レアは今になってやっと気がついた。
「お兄ちゃん……。」
バンっと乱暴にドアの開く音がする。
「くっそ……びしょ濡れじゃねーか。」
「公国は吹雪で、神へと続く道は大雨……異常気象ですかね?」
ガヤガヤと数人が家の中に飛び込んできた気配を感じたレアは、恐る恐る玄関の方を見る。
「レアは、大丈夫でしょうか?」
聞き慣れた声、見慣れたキャラメルブラウンの髪、クリムゾンレッドの優しい目。
エリアスだった。
「お兄ちゃん!!!」
レアは思わずエリアスの胸に飛び込む。
「うわぁあ!?レアちゃん!?」
なんの準備もできていなかったエリアスは、レアを支えきれず、その場に尻もちをついた。
「お兄ちゃんんん……うわあぁああん!ごめんなさいいい!」
レアは構わずエリアスの胸に顔を埋めると、子供らしくわんわん泣き出した。
「レアちゃん!!どうしてここに!?」
エリアスは、こんなところで見つかるとは思ってもみなかったので、とても驚いていた。
「雨宿りしようと……ひっく……思って……」
「そっかそっか。良かった……会えて本当に良かった……」
エリアスは呟くようにそう漏らすと、レアをギュッと抱きしめる。その様子に、クローバーとエルサイスはホッと息をついた。
「エル、暖炉に火入れられるか?」
「お易い御用で。」
エルサイスは暖炉に近づくと、ファイアボールを放ち、火をつける。
暖炉の薪が、パチパチと楽しげに爆ぜる音を立て始めた頃、エリアスとレアはその前に座り込み、静かに話し合った。
クローバーとエルサイスは、そこから少し離れたドアのところに腰を下ろし、2人の様子を見守っている。
エリアスは、レアのことが心配なこと、そんな思いから、レアをコントロールしようとしたこと、今はそれに気づいて申し訳ないと思っていること、自分の汚くて暗い部分も、包み隠さずレアに洗いざらい話して聞かせた。
「本当にごめん……辛い思いさせて……。でも、今更かもしれないけど、レアちゃんに安全な街で暮らしてほしいと思う一方で、冒険で、もっともっと色んな体験をしてほしいとも、思うんだ。それも、本当僕の気持ち。僕はレアちゃんが、新しい経験をすることが、とっても嬉しいんだよ。」
エリアスはそう言いながら、優しくレアの頭を撫でる。レアは撫でられるのが嬉しくて、エリアスに擦り寄った。
「レアも、ごめんなさい……。レア、お兄ちゃんが、そうやって喜んでくれるの、ちゃんとわかってた。わかってたけど、信じきれなかったの……。わがまま言っちゃダメだって、嫌われちゃうって……。」
「わがままなんかじゃないよ。」
「うん、お兄ちゃんなら、そう言ってくれるって今ならわかるのに、さっきまでは、そう思えなくて……。」
そう目を伏せるレアを、エリアスは優しく抱きしめる。
「ごめんね、僕のせいだ。僕が怖かったんだよね。」
「違うの、レアが……」
「どっちのせいでもないだろ。」
自分が悪いと言い合う2人の間に、クローバーが割り込む。
「ただちょっと、道がズレて、すれ違っただけだ。よくあることさ。」
「お互いに近い存在だからこそ、わかってるつもりになりがちです。そうして、いつの間にか道を外れてしまうことはありますが、絆があれば、また戻れます。」
エルサイスが、クローバーの後に続く。
「そうそう、家族なんだろ?」
クローバーがそういって、2人の顔を覗き込む。
エリアスとレアは、一瞬顔を見合わせ笑い合うと「うん」とうなずいて返した。
「なら、大丈夫だ。」
クローバーはその返答に満足げに微笑んだ。
「さぁ、服も乾きましたし、外の雨も上がりそうです。」
エルサイスにそう言われて、みんな窓の外を見る。
雨は土砂降りから、パラパラ時々雫が落ちてくるような小雨に変わってきていて、外は静かだ。黒い雲も薄れ、ところどころ薄日が差していた。
ドアを開け、空き家の外に出れば、雨上がりの湿った地面の匂いが鼻をつく。
「では、僕らはここで。」
「またどこかで。」
そう言って、立ち去ろうとするクローバーたちの前に、レアが進み出る。
「あ、あの……」
「うん?」
クローバーが首を傾げると、レアはモジモジしながら、指を絡ませ合う。それでも、何とか顔を上げ
「くーしゃん、エルさん、探しにきてくれて……あの……あ、ありがとうです。」
と、絞り出すように言った。
クローバーとエルサイスは、人見知りのはずのレアのその行動に驚いて、思わず顔を見合わせる。でもすぐレアに向き直り
「レアさん、お気になさらず。」
「どういたしまして。またなんかあったら、いつでも言ってくれていいからな。」
と、微笑んだ。
その様子を、エリアスは幸せそうな顔で見ていた。
家族だからこそ、相手のことを知っていると思い込んでしまう。でも、人は変化していくもの。レアがこうやって成長していくように、エリアスだって、いつまでも同じ考えでいてはいけないのだ。
「じゃ、またな。」
そう短く言うと、クローバーとエルサイスは去っていった。
残されたエリアスとレアは、無言のまま、手を繋ぐ。
自分たちは、家族だ。家族だからこそ、忘れてはいけないことがある。
「レアちゃん、僕らも行こうか?」
「うん!!」
そうして2人は歩き出す。新しい家族の絆を、しっかりと胸に刻んで。