アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
叫び、逃げ惑う人々。
怒号や悲鳴があちこちから飛び交い、騒がしい。
連邦の城塞都市の前にできているテントで、ちょっとした混乱が起きていた。
「助けてくれ!魔物がテントのところに!」
「あっちへ行け!」
「塀の中に入れて!」
「お前らは町に入る資格はない!」
門の下では、テントの住人と兵士が言い争っている。
この城塞都市は『義務を果たした者』のみに、通行許可証が授与される。テントは、義務を果たせず、かといって引き下がることもできない者が、集まってできたものだった。
そんな弱者が集まっているのだ。現れた魔物に、まともに応戦出来る者は、きっと居ないだろう。
城塞都市の塀の中に逃げ込もうにも、門番の兵士があの様子では、望めない。
「助けてくれ!!」
そんな悲痛な叫びがこだまする。
「なんか荒れてるね。」
エルサイスが事も無げに感想を述べる。
逃げ惑う人々を見ても、何も感じないようだ。焦りも、戸惑いもなく、ただことの成り行きを見ている。
私も、エルサイスと同じような気持ちだ。
ここには、怪我をした人や、壊された建物、物が燃やされた匂いなど、戦いに関係ありそうな空気が、一切ない。
長年戦いに身を置いてきた私は、そういう空気に敏感なのだ。そのセンサーが反応しないということは、つまり、そういうことなのである。
「うるさいやつらだよ。まったく。」
無視して城塞都市に入ろうとすると、1人の男が
「あんた、冒険者か?薄情な兵士の代わりに魔物を追っ払ってくれ!」
と、急に私の腕を掴み、縋ってきた。
突然のことに、私は驚いて、男を乱暴に振り払う。
いきなり体に触れるとは、不躾なやつだ。許せない。腹が立つ。目がくらむような怒りが、一瞬で私を満たす。
思わず剣に手をかけようとした私の左手を、エルサイスが掴む。
「落ち着いて。大丈夫だよ。」
怒りに燃える目で振り返れば、エルサイスがどこか心配するような、真剣な顔でこちらを見ていた。
私はそれが不愉快で、腹立たしくて、でも、なんだかとても安心できて、嫌だった。
「ちっ……。」
と舌打ちをして、エルサイスの腕を振り払う。怒りの炎は、冷水をかけられた焚き火のように、一瞬で、炭にくすぶる火種だけ残し、消えていった。その温度差にクラクラする頭を、私は手で押さえる。気持ちが悪い。
「行こう。」
エルサイスが私の手を引く。私はめまいを押さえつけながら、なんとかエルサイスについて歩く。
「まってくれ!」
さっきの男が、今度はエルサイスにしがみつく。
エルサイスは一瞬バランスを崩したが、不快な様子は、微塵も感じさせない。そして、いつもの口角の上がった優しい微笑みで
「報酬はおいくらですか?」
と男に尋ねた。
「そ、そんなものあるわけが………。」
男が言い淀むと、エルサイスはわざとらしく大きなため息をつく。
「報酬がないなら、話になりませんね。申し訳ないですが、僕らはお暇させていただきます。」
そう眉を下げ、申し訳なさそうな顔するエルサイスを見て、男は
「そんな……」
と悲痛な声を漏らした。
他人と話すときのエルサイスは、表情豊かだ。
私の前では、そんなに大袈裟に振る舞うことは、余程のことがない限り、ない。
他人と話すときだからこそ、彼の表情は、より大きく動くのだ。どこか説得力を持って、何か大事なものを隠すように。
私にはそれが、仮面を被っているように見える。
笑った顔、困った顔、申し訳なさそうな顔、悲しげな顔、色々な表情がついた顔を、アタッチメントがついた人形のように、その場面に合わせて、取っかえ引っ変え組み替えているような、そんな不自然さ。
それが彼の武器であり、身を守る盾でもある。嘘で塗り固めた仮面の下で、どんな顔をしていようと、誰も咎めることはできないのだ。
「ひええ、魔物がやってきた!!」
男はそういって、私達を置いて逃げていった。
去っていく男の後ろ姿を見て、エルサイスは「ふう」とため息をつくと、私に向き直った。
「クロ、大丈夫?」
「うん……。」
めまいは大分治まって、もう頭を押さえる必要はなかった。
「落ち着いた?」
沈黙を返す。
一瞬であんなに怒ってしまった理由は、自分が1番わかっていた。でも、それを認めたくない自分もいる。
「大丈夫だよ。」
エルサイスがそうにっこり笑いかけてくる。
エルサイスは、きっと何にも知らない。私がなぜあんなに激昂したのか、わかってない。多分知る気もないだろう。
それでも「大丈夫」と根拠の無い言葉をかけてくる。まったく馬鹿馬鹿しい話だった。
私は小さなため息をつく。ムキになったって、仕方ない。
「あ、魔物ってあの人かな?」
突然のエルサイスの言葉に、私は顔を上げる。
テントの奥の方から、ピンク色の物体が、のっそりこちらへ向かってきていた。