アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
窓は遮光のカーテンで覆われていて、外の様子は見えない。火の灯されたいくつものロウソクやランタンが並べられ、チラチラと揺れる炎が、薄暗い部屋を照らしている。
公国とは雰囲気が全く違う、少し陰気臭い応接室で、僕とクローバーは、隣同士に座りながら、連邦の王との謁見を待っていた。
僕もクローバーも、それなりに緊張していた。
出された紅茶やお菓子に、手をつける余裕はない。
紳士オークは、あっさり倒されてくれた。
八百長ということで、クローバーは切る真似だけで、実際は峰打ちをし、それに合わせて
「うわああああああ、やられたあああ!!」
と紳士オークが、わざとらしい断末魔をあげる。
兵士やテント村の人々に、魔物を倒したことをしっかりアピールできたのを確認すると、紳士オークは「頼んだぞ」とでも言うように、目配せし、去っていった。
去っていく紳士オークを見て、歓声が上がる。
クローバーはそれを面倒そうに手で払って黙らせようとしたが、観衆はそれを、手を振って応えてくれたと勘違いしたらしい。拍手やコールが次々沸き起こり、収拾がつかなくなる。
僕とクローバーは堪らず、城門の中へと逃げ込んだのだった。
「まったく……くだらねぇやつらだよ。」
クローバーが、不満そうなため息をつく。
「まぁ名誉がもえたんだからいいんじゃない?」
元々そういう作戦なのだ。予想より少し派手になってしまったが、悪くは無い。むしろ、今後役に立つだろう。
「私は結果が良ければそれでいいって、納得できる性格じゃねーんだよ。」
クローバーはそう言って、苦い顔をする。
クローバーにとって、八百長で手に入れた名誉は、ゴミ同然なのだろう。むしろ、彼女の本当の名誉を傷つける、棘かもしれない。
クローバーは人を欺く嘘が、大嫌いなのだ。
「仕方ないよ。大事な任務を遂行するための、作戦の1つさ。責任は僕が取るよ。」
少しでもクローバーの心を軽くしようと、そう言ってはみたが、クローバーは
「そういう問題じゃねーんだよ。」
と、呟くだけで、あまり効果はなさそうだった。
どうすることもできない僕は、ただ肩をすくめる。
「おお、これはこれは冒険者殿。あの魔物を追っ払うとは流石だな。」
連邦の兵士の、アンドルが声をかけてくる。ホライズンブルーの髪色のこの青年は、その真面目そうな雰囲気から、公国の国境警備隊のブライドを思い出す。髪型も同じような整えられたショートカットで、どこか似ている気もした。しかし、アンドルの方が、ブライドよりは長身で、ガタイも良く、兵士としてはそれなりに強そうだ。
それはさておき。
アンドルは僕らに賛辞を送ると
「陛下も褒美を取らすとおっしゃっている。ぜひ、王の間へ……」
と言って、恭しくお辞儀をした。
僕とクローバーは顔を見合わせる。願ってもな展開だ。しかし、虫が良すぎる気もする。
「さっきの魔物が、連邦にある魔王国の秘宝を返してもらいきたと言っていましたが……」
僕は持っていた情報のカードを1枚見せて、アンドルの様子を伺う。
「何?魔王の国の秘宝?」
アンドルは首を傾げる。
「秘宝が何かはわからないが、陛下が直接知るものなら、謁見の際にでも聞いてみると良いだろう。」
不思議そうな顔でそう答えるアンドルを見て、僕は、罠では無さそうだと判断する。何かあるにしても、少なくともこの兵士には何も知らされていないようだ。
どうしたものかと悩む僕の服の裾を、クローバーがちょいちょいと引っ張って、目配せしてくる。「行くぞ」と言っていた。
考えたところで、始まらない。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
僕たちは、アンドルの後ろに続いて、王の間へと向かった。
クローバーは目を閉じていた。
眠いというわけではなく、瞑想をしているようだった。凛とした空気が、彼女を包んでいる。
今のクローバーは、戦闘待機をしている騎士だ。集中して、心を落ち着け、いつでも戦えるように備えている。
「謁見の準備が整いました。」
メイドの声に、僕は思考を一旦止める。
隣でクローバーがゆっくり目を開け、息をつく。
「行こうか?」
「うん。」
そう短いやり取りをして、メイドの後に続き、僕らは王の間へ足を踏み入れた。
「ふむ。お前が魔物を追っ払ったというのか。」
白髪に、褐色の肌、身につけた黒い鎧には、美しい金細工の模様が描かれている。
公国の王ドレイクとは違う。連邦の王は、他を寄せつけない威圧感があり、どこか攻撃的にも見える。
「何か褒美を授けたいが……希望はあるか?」
王がそう言いながら、こちらを睨む。とはいっても、目は見えない。顔は、鎧と同じ金の装飾がついた黒い仮面で覆われていて、その表情を伺うことはできないのだ。
仮面の奥から、王が僕らを睨んでいるような気がする。ただ、それだけだ。
クローバーは王を見据えたまま、微動だにしない。ドレイク王と謁見した時の、リラックス具合とは打って変わって、目には戦意が宿っていた。
クローバーは戦いの雰囲気を嗅ぎ分ける能力に、恐ろしいほど秀でているのだ。彼女が警戒態勢を敷いているということは、ここにはそれがあるのだ。僕には見えない、戦火の火種が。
親書を握りしめる手に、汗が滲む。
余計なことをすれば、あっという間に、どうにもならない運命の渦に飲み込まれるだろう。
でも、もうすでに、ここに来た時点で、余計なことに手を出した感は否めない。
「実は、追い払った魔物から、魔王国の親書をもらい受けました。」
僕は、国王に親書を差し出す。
今更、止まることはできなかった。
ドレイク王と謁見の経験の実績があった僕は、連邦の王を過小評価していた。もっと簡単に話が進むだろうと、楽観的に考えていたのだ。
でも、実際に王に会って、僕はその考えを悔いた。
クローバーが警戒する意味が、僕にも何となくわかる。この王は危険な匂いがする。どこがと、はっきり明示することが出来ないが、僕の本能がそう叫んでいるのだ。
しかし、軽く見ていたとはいえ、僕だってそれなりの覚悟はもってきたつもりだ。どんな展開だろうと、甘んじて受けよう。
王は親書を広げ、読み始めた。
「魔王国の宝を返せ、とな?」
王が手紙から顔を上げ、訝しげにこちらを見る。
「……お主、魔王国の回し者だな。」
「いえ、違います。」
そう冷静な声で返す。
「僕らはその手紙を預かっただけで、魔王国とは関係ありません。」
「このような親書を持ってきて何が違うものか!」
王はそう僕らを怒鳴りつけると、親書を破り捨てた。
僕は思わずビクっと体を震わせたが、クローバーは相も変わらず、王をまっすぐ睨みつけていた。怒鳴り声くらいでは、引きもしない。
「お前がなんであれ、この国を脅かす不届き者であることに相違ない!」
「待ってください!話を!」
「兵よ!こやつを引っとらえよ!」
「僕らが本当に魔王国の回し者なら、親書なんて渡さず、あなたに危害を加えるでしょう。でも、僕らはそれをしなかった!それが僕らがただの冒険者である証明に……」
「地下牢へ入れるのだ!」
なんとか軌道修正を図ろうとするも、王は聞く耳を持たない。
「私に触るな!」
クローバーが、取り押さえようと、肩を掴んできた兵を振り払う。剣柄に手が伸びていた。
「クロ!!」
僕は慌ててその手を押さえる。今ここで剣を抜いたら、さらに厄介なことになりかねない。
僕は王の説得を諦めて、どうにかクローバーをこの場から離す方向にシフトする。暴れられたらたまったものではない。
「抵抗はしません!だから、乱暴しないで下さい!」
僕はクローバーの手を引くと、抱き寄せ、押さえ込んだ。
「てめぇ!離せ!!」
クローバーがいつもの人を射殺しそうな目で、僕を睨んで、腕の中で抵抗する。あまりの恐怖に、僕は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。多分今手を離したら、確実に切られる。
向こうから、アンドルが駆けてくるのが見えて、僕はホッとする。顔見知りである彼なら、僕らに危害は加えてこないだろう。
「こいつらは、俺が連れて行く。付いてこい。」
僕はクローバーを押さえたまま、アンドルに続いて地下牢へ向かった。