アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
夢を見ていた。
船に乗って、川を渡る夢。
白い花びらが嵐のように舞っていて、少し息苦しいが、とてもキレイだった。
向こう岸に人が立っている。
白い花びらの中で、金色のロングヘアが揺れていた。
「エル。」
そう呼びかけたつもりが、声が出ない。
耳元で誰かが囁く。
「君も不老不死になるかい?」
ふと、夢から覚醒する。
覚醒した瞬間から、夢はどんどん霧散し、姿形も色も香りも、あっという間に失っていく。
残したいほどのものでもない。私は目を瞑ったまま、消散を受け入れた。
暖かい風が頬を撫でる。寝返りを打つと、瞼の裏に、太陽の強烈な光を感じて、思わず
「うっ……。」
と、うめき声を漏らす。
「クロ?起きた?」
そう言いながら、私の頭を撫でるのは、現実のエルサイスだ。
「(不躾なやつめ。)」
そう思ったが、まだ体は覚醒しておらず、振り払うことが出来ない。
「もうすぐお昼だよ。」
エルサイスは聞いてもいないことを勝手に話す。
「うーーん……。」
私は曖昧な返事をする。
ふと、急に、瞼の裏の眩しさがなくなったので、私は恐る恐る目を開ける。
エルサイスが、覆いかぶさる様に、私の顔をのぞき込んでいた。
「わっ!?」
あまりの近さに驚いて、私は慌てて体を起こす。
「起きた?」
まったく悪気がなさそうな顔で、エルが微笑む。黒縁メガネの奥の赤い目が、イタズラっぽく光っていた。
わざとなのか、天然なのか、悩ましい。
こいつは本当に、いつも、ずるい。
パートナーとして、常に一緒に行動しているので、つい無防備なところを見せがちだが、油断すると、いつか間違いが起こってしまいそうで、恐い。
そこは超えない紳士だと評価しているが、なんせ、何を考えているかまったくわからない男なのだ。
いつか押し倒されてしまうのではと、ビクビクしている。
「寝ぐせついてるよ。」
そう言って、髪を触ろうとしたエルサイスの手を跳ね除ける。
エルサイスのことは、嫌いなわけではない。むしろ好きな方だ。好きだけれど、そういう好きではないのだ。
そこを間違えないための舵取りが、全部私任せになっている。
エルサイスは、私が拒否すれば、無理に近づいてこないが、気を許せば、どこまでも近づいてくる。
私の言動がそのまま2人の距離感になるのだ。その調整がすごく難しい。
エルサイスは、いつだって私に拒否権を与えてくれているが、それは結局、彼自身の逃げ道でもあるのだ。
この関係を壊さないための逃げ道。
そして、それと同時に、彼は関係の舵取りからも逃げることができている。
なんてずるくて、臆病なやつなんだろう。
と言いながら、私だって、その拒否権に甘えて、こんな中途半端な関係を続けているのだ。
エルサイスを一方的に責められるものでもない。
私も結局エルサイスと同じ、ずるくて、臆病なやつなのだ。
急に起き上がったので、頭がクラクラする。顔を押さえて、目眩をやり過ごす。
「大丈夫?」
エルサイスはそう言いながら、飲み物を差し出してきた。
素直に受け取ると、一口飲む。
なんともいえない独特の風味のする飲み物だ。
「なんだこれ。変な味だな。」
寝起きのかすれ声で言う。
「そう?僕は嫌いじゃないけど。アロエベラから合成したお茶だよ。」
もう一口飲んでみる。
やっぱり変な味だ。
エルサイスは、私の渋い顔を見て笑った。
少し強い風吹いて、エルサイスの金色のロングヘアが舞い上がる。
真上の風車が、ギシギシと音をたてながら回る。足元の芝生から、たんぽぽの綿毛が大空に飛んでいき、風車の影で見えなくなっていった。
乱れた髪を、慣れた様子でかきあげて整えるエルサイスに、既視感を覚える。
夢で見たのと同じような光景だ。
最後に聞こえた囁き、あれは確かに、エルサイスの声だった。
「不老不死か……」
フジのことがあってから、不老不死について、ずっと考えていた。
私は、戦いの中で傷ついたり、死んだり、復活したりしながら、死ぬことがないということが、どういうことなのか、確かめようとしていた。
「クロは不老不死になりたいかい?」
夢と同じように、現実のエルサイスがそう聞いてきた。
「……。」
思いを巡らせる。
戦いの中で、私は何度も死んだ。そして、その度に教会で復活した。
それが素晴らしいことだったかといえば、そうでも無い。
死に慣れすぎた私は、死ぬ恐怖を感じなくなっていった。それは裏返せば、生きる喜びを感じなくなることと一緒だった。
生と死は、表裏一体なのだ。
緩慢に、そして永遠に続いていく毎日は、私から感情の起伏を奪い、何をしても空虚な気持ちにさせる呪いのようなものだった。
永遠に時間があると、今しなくてもいいことが、多すぎる。それは結局、何もしなくてもいいことと等しい。
それが私の心を空っぽにする原因だった。
私にとって、死んでも復活できるという状況は、生きる喜びを失わせ、その苦しみをより顕著にしただけだったのだ。
「エル、この冒険者が受ける神様の加護という祝福はね、私にとっては呪いだよ。」
救済者が言う奇跡も、冒険者が受ける神様の加護も、聞こえはいいが、本質は呪いと一緒だ。
「私は死なないから、無茶をした。戦って、戦って。生きることをないがしろにした。」
エルサイスが黙って頷く。
「フジの爺さんがどう感じるかは、私にはわからないけど、少なくとも私に不老不死は合わないよ。私は『今』を生きたい性格なんだ。明日も明後日もずっとあると思うと、その『今』をサボっちゃうんだ。」
自嘲気味に笑う。
「だから、エルの質問の答えはNOだ。」
そう言ってお茶を飲み干した。
やっぱり美味しくない。
「次作る時は、紅茶にしようか?」
私の表情を察したエルサイスが、そう提案した。
「そうしてくれ。」
少しむせながら答える私に、エルサイスは笑った。