アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「くっ……。」
熱風に、私は思わず片手で顔を覆う。呼吸をするだけで、その熱さで喉が焼けそうだ。
「ゴッホ……ゴッホ……」
私の隣で、エルサイスが口を押さえながら、苦しそうにむせる。
狭い部屋全体に、真っ赤な炎が広がり、ゆらゆらと風になびくカーテンように揺れていた。
「ダメだ、もう入口まで炎に包まれている!」
後ろから来た武人が叫ぶ。
走って出口を目指すことは、足の速い私なら、きっとできる。だが、エルサイスには無理だろう。
この緊急事態で隠された才能が開花し、彼の普段の実力とはかけ離れた速度を出せたなら、いけるかもしれない。しかし、そんな火事場の馬鹿力なんてものは、中々出せないものなのだ。途中で力尽きるのが関の山だろう。
かといって、エルサイスを置いて行くこともできない。私は道が一切わからないのだ。彼が居なければ、例え火が回っていなくとも、1人でここを脱出するのは困難だろう。
「ここは私に任せろ。一瞬だけ炎を治める。その間に入口へ!」
武人はそう言うと、何やら呪文を唱えた。緑色の光が、辺りを照らし、優しい風が私たちを包む。一瞬で、赤い炎の絨毯は消え去り、出口までの道ができる。
「いけ!」
武人の声に、私はエルサイスの手を引いて走り出す。
「うわっと!!」
「走るぞ!どっちに行けばいいか指示しろ!」
「えぇ?!ちょっと……わっ!!」
突然のことに、エルサイスは戸惑って、情けない声を上げる。でも、私はお構い無しに扉を蹴破りながら、先へ進む。グズグズしてはいられないのだ。
「どっちだ?」
「右!」
「次は?」
「はぁ……はぁ…まっすぐ!」
足がもつれ、ヘトヘトになっているエルサイスを、私は無理やり走らせ引きずり回す。
繋いだ手に汗が滲む。それは疲労か、焦りか、はたまたトキメキか。そんなことを考えて、あまりのくだらなさに、自嘲する。バカバカしい。
こういう時、どうでもいいくだらないことを考えてしまうのは、私の癖だった。でも悪くない癖だ。ピンチの時こそ、こうやって笑っていれば、チャンスが訪れるものなのだ。
とはいえ、状況は芳しくない。武人がかけた魔法の効果が切れかけているのか、辺りの空気はじわじわと焼け付くように、少しずつ温度を上げていく。
エルサイスの指示で、正面の扉を蹴破った瞬間、真っ赤な炎が、クラッカーから飛び出すリボンのように、私たちに降り注ぐ。嬉しくないサプライズだ。
「あっつい!」
「うわぁっ!!」
私もエルサイスも、思わず怯む。
「くっそ!!」
もう先に進めそうにはなかった。少しでも前に出れば、紅の炎があっという間に私たちの身を焼き尽くすだろう。
地獄の業火と呼ばれるような高温で、一瞬で蒸発するくらいの熱ならまだマシだが、このまま普通に焼け死ぬのは、苦しそうで嫌だ。
「どうしようか……?」
息を上げてヘトヘトな様子で、エルサイスが尋ねてくる。その表情からは、死の恐怖は感じられない。ただ、本当に、純粋に疲れた様子だった。
「うーん……」
これはもう詰んでいるのではないかと思う。絶体絶命。万事休す。
「私はここの守り神。炎の精霊……」
突然の声に、私とエルサイスは顔を上げる。
揺らめく炎の中に、巨大な蛇のような魔物が姿を現す。
「なっ……?!」
「!?!?」
急展開に、私もエルサイスも言葉を失う。
この魔物は敵か?味方か?判断がつかず、私は咄嗟に剣柄を握るが、自分でも意味があるとは思えなかった。この炎の中だ。どっちにしろ勝ち目はないだろう。
「火は我が一部、この火、我に任せよ。」
魔物がそう言うと、メラメラと舐めるように近づいてきていた火が、引き波にでもあったようにまたたく間に消えていく。
「すごい……。」
驚愕に息を飲む。
あまりのことに、呆然としている私たちに、魔物がぐっと力を込めた目配せをする。私はハッと我に返るとエルサイスの手を取り、走り出す。
「えっ?うわぁあ?!」
当然のことにエルサイスは無様な悲鳴をあげる。私は構わず彼を引きずるように引っ張りながら
「ありがとーー!!」
と魔物にお礼を言うと、出口を目指した。
地下牢までなんとか戻ってきた私は、膝に手をつき、肩で息をする。走って疲れたのは久々だった。死ぬかもしれない緊張感と、火の熱と、エルサイスを引きずったのが合わさって、普通の何十倍もの体力を使ってしまった。
エルサイスは、限界まで無理やり走らされ、もう立ち上がることすらできないのか、地下牢の床にうつ伏せに倒れ込み、苦しそうに激しい呼吸を繰り返していた。
「はぁはぁ……もう……無理……。」
「だらしねぇな……。」
そう言いながらも、私も疲れた足を休ませるため、地べたに座り込む。
「火は治まったようだ。」
突然の声に、私は思わず剣柄を握る。対照的にエルサイスは、ピクリとも動かない。むしろ動けないようだ。敵襲だったら、真っ先に殺られてしまうだろう。
幸い、敵襲ではなく、武人が追いついてきただけだったので、今のところ問題はない。
「しかし、あの感覚は何だったのだろう?」
武人が言っているのは、あの魔物がやったことだろう。
「魔物が現れて、火を治めてくれたんだ。」
エルサイスに水筒を渡しながら、私が答える。エルサイスはのろのろと起き上がり、床に座り直すと、水筒を受け取り、中身をあおる。
「ゴッホ……ガッハ……ゴホゴホっ……。」
「落ち着いて飲め。」
むせるエルサイスの背中をバンバン叩いてやる。
「ゴホゴホ……ごめん……。」
涙目になっている彼を見て、私は呆れたため息をついた。頼りないパートナーだ。
「火の精霊の仕業か……。だとしたらあの洞窟が燃えたのは、精霊の怒りではなく……人為的なものか。」
武人の呟きに、私「うん」っとうなずく。
誰が、いったいなんのためにかは、私にはわからない。私もエルサイスも、恨みを買っていないとは言いきれないが、火を放たれるくらいの殺意を向けられるほどのことをした覚えはない。
心当たるところは、連邦の王のあの怒りだ。あの傍若無人なキレやすい王なら、洞窟に火を放つくらいことは、やりそうな気がした。
「ともかく、ここから出よう。ワシも魔王の元に戻らねばならん。」
武人がそう言うので、私は立ち上がった。
「エル、立てるか?」
「えぇ……。ちょっと待って……。」
私は嫌そうにするエルサイスの手を取ると、力を込めて引っ張り、無理やり立たさせた。
「うぅう……。」
足をプルプルさせながら何とか立ち上がる彼を見て、生まれたての子鹿を連想してしまい、私は思わず笑ってしまった。
「ははっ!だせぇなぁ!」
「もう……笑わないでよ。」
不機嫌そうにメガネを押し上げるエルサイスを見て、ちょっとホッとする。
「生きて出られてよかったな。」
私がそう言うと、エルサイスはやっと笑って
「そうだね。」
と、言った。
私が手をあげ構えると、エルサイスがパチンと手を合わせる。
勝利のハイタッチだった。