アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
ピクピクと小さな痙攣を繰り返す両足を、僕はゆっくり湯船に沈めた。温かいお湯が、疲れた体に優しく染み渡る。手触りのいい毛布に包まれるような、甘美な癒しに、僕は思わず
「ふあぁぁー………。」
と長い息をついた。
疲れていた。とにかく今日は疲れてヘトヘトだ。
連邦の宿のバスルームで、僕はその疲れを癒していた。今日泊まる部屋は、いつもよりグレードが高い。バスルームは、いつもと違って広めで、湯船に足が伸ばせて入れるのはラッキーだった。
目を瞑り、肩までお湯に浸かれば、酷使された全身の筋肉が、弛緩していく。そのまま湯船に溶けだしてしまいそうな気分になる。
ふわふわと、空中に浮かぶような感覚で、まどろむ。「寝てはいけない」と頭のどこかで思いつつも、思考は流れ、徐々に白く染まっていく。
「おーい、まだー?」
クローバーの声に、僕はハッと目を開ける。どれくらいの時が経ってしまったのか、まったくわからないが、そんなに長い時間では無いはずだ。
「今上がるよ。」
いつものようにクローバーに1番風呂を譲ろうとしたのだが、あまりにも疲れている僕の様子を心配してくれた彼女が
「今日はいいから、先に行って休め。」
と言ってくれたので、僕はその言葉に甘えることにしたのだった。
湯船の縁を持って、腕の力でなんとか立ち上がる。足は相変わらず小刻みに震えていて、しばらく使い物になりそうになかった。
ヨロヨロと脱衣場で着替えを済ませる。身体のあちこちが痛い。こんなにヘトヘトになったのは、久々だった。
「ご飯さっききたよ。」
テーブルの上には、所狭しと料理が乗せられていた。アブル産のマーリンソテー、ゲルミアヒージョ、プロシュート、バケットに、ポテトに、フルーツと、中々豪華な夕飯だ。
「これもサービス?」
「そうだな。なんか複雑だけど。」
「まぁ2度も魔物を退治した英雄だからね。」
僕はそう言いながら席に着くと、ゲルミアヒージョをフォークでつついた。
「きゃぁ!魔物よ!」
炎の洞窟から出るなり、武人の姿に驚いた町人が悲鳴を上げ、走り去っていく。
「やはり魔物と見るだけでこの反応か……。同じ生活圏で暮らすという共存には程遠いな……。」
そう武人が悲しそうに呟いたので、僕は肩を竦めた。本当にそうなのだ。そこまで辿り着くには、まだまだ時間が必要そうだ。
「魔物の手先め。そこの魔物と結託して、地下洞窟で火を放つとは。」
テラスの上から、連邦の王がこちらを見下ろしていた。
「はぁ?知らねぇ話だな!火をつけられたのはこっちの方だ!危うく死ぬとこだったんだぞ!」
クローバーがそう怒鳴り返すが、連邦の王は顔色1つ変えず、効果はあまりなさそうだ。町人たちも、僕たちを遠巻きにし、敵意の目を向けていた。あまりいい状況ではない。
「魔物と手を組み、町を混乱させた罪は、重いぞ!兵士共。ひっとらえろ!燃えている地下牢に押し込んでしまえ!」
王がそう命令すると、数人の兵士が武人へと群がる。
「ぐぁああああ!」
「武人っ!?」
助太刀に走ろうとしたクローバーの周りを、連邦の兵士が取り囲む。僕は慌てて彼女の肩を掴み止める。多勢に無勢。ここで暴れるのは得策ではない。
「くっそっ!!」
悪態をついて地面を蹴るクローバーに
「ワシと戦いなされ……ワシを殺すのじゃ……。」
と、武人が声をかける。
「そんなこと……。」
躊躇うクローバーをよそに、僕は杖を取る。
「クロ。」
僕が促すと、クローバーは
「2回も八百長か……ろくな日じゃないな……。」
とため息をついた。
「仕方ないよ。こうしないと納得しない人ばかりなんだ。」
「ホント、くだらない世の中だ。」
クローバーはそう言いながらも、剣を抜き構える。
「行くぞ!」
武人に切りかかるクローバーに、僕はハイオーラをかけて支援した。
「うまいな。」
「うんうん。」
お風呂から上がってきたクローバーとともに、豪華な夕食を取る。たまにはこういうのも悪くない。
武人を倒したあと、町人たちは手のひら返しで僕たちを賞賛し、英雄だともてはやした。
連邦の王は
「ふん……民に見られては仕方あるまい。お前は街の救世主、か。」
と、諦めたように言い残し、マントを翻しながら城の中へと引っ込んで行った。
噂には聞いていたが、本当にめちゃくちゃな王様だ。できることなら、もう2度と関わりたくない。
「あいつは無事帰れたかな……?」
プロシュートにかぶりつきながら、クローバーが言う。
「あいつって、さっきの魔物のこと?」
「うん。」
「どうだろうね?無事帰れて、僕たちのことを覚えてたら、女王様に報告してくれるって言ってたけど……」
クローバーの一撃で倒れた武人の魂は、何もなければ魔王国へと還り、そこで再び復活する。黒い霧になる直前、武人は
「ワシを迎えに来ている我が同胞には女王様陛下の元に戻ったと伝えてくれ……」
と、言付けを頼んでいった。
「変なオークの方も、悪いやつじゃなかったな。」
「そうだね。その辺の人間より、ずっと紳士的だった。」
武人の言付けを伝えると、紳士オークは喜び、感謝の意を示してくれた。
「変な魔物たちだったな。」
「うーん……そうかもね。この辺りじゃ珍しい魔物だったね。」
この辺りの魔物といえば、こちらを見れば襲ってくるし、言葉も話せない。そんな凶暴で、野蛮な者が多いのだ。
「魔王国か……。」
「行ってみたい?」
「うーん……どうだろう?今すぐってわけじゃないな。」
クローバーはそう言いながらも、どこか期待した顔をしている。
「いつか、行きたいね。」
僕がそう言うと、クローバーは
「そうだな。」
と笑った。