アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
私は何度目かわからない寝返りをうった。
スイートルームのベットは、広く、マットは柔らかく、掛け布団は羽のように軽く、素晴らしい寝心地だった。
しかし、私にとってそれは、慣れない感触で、落ち着かない。そのせいで疲れているのに、中々寝付けず、こうしてゴロゴロ何度も寝返りをうって、眠気が落ちてくるのを待っていた。
「ねぇ……エル……?」
眠れない私は、隣のベットにいるエルサイスに声をかける。返事の期待はしていなかった。あんなに疲れていたのだから、きっともう寝ているだろう。それを承知で、ただなんとなく、呼びかけただけだった。
それなのにモコモコの羽毛の布団の下から
「んー?」
という返事が返ってくる。
私はびっくりして、何も返せない。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
「眠れないの?」
しどろもどろになる私の様子に、エルサイスは「ふっ」っと笑いを漏らすと、起き上がり、ベットに腰掛け、そのまま流れるように、サイドテーブルのライトをつけた。
「な、何?」
何だかよくわからない展開に、私は戸惑いの声を上げながらも、エルサイスにつられて上半身を起こす。
「僕も眠れないんだ。」
エルサイスはそう笑うと、ライトの下に置いていたメガネを取り、かける。
「あんなに疲れてたのに?」
「疲れてるからこそかな?」
エルサイスはそう言うと、よろよろと立ち上がり、どこかへ行ってしまう。
私はベットにうつ伏せに寝そべりながら、掛け布団をクッション代わりに抱きしめる。最初から起きていたのだから、私が無理に起こしてしまったわけではない。エルサイスが勝手に起き上がっただけなのだが、なんだかちょっとバツが悪かった。
「はい、どうぞ。」
両手にマグカップを持って戻ってきたエルサイスは、その片方を私に差し出す。
「ホットミルク。」
エルサイスはそう言いながら「ずずー」と音を立てて先に中身をすすった。湯気でメガネが曇っている。
「前、見えてないぞ。」
私はそう指摘しながら、ベットに座り直すと、カップを受け取り、恐る恐る1口口を付ける。熱すぎず、温すぎずの、いい温度だった。ゴクリと喉を通っていけば、ふわふわと体が温まっていく。
「落ち着いた?」
「うん、まぁね。」
私がそう答えると、エルサイスは嬉しそうにニッコリ笑った。
私はエルサイスが嫌いではない。男にしては、好きな方だと思う。
そう考えてしまう辺りに、私の差別心があった。
「ねぇ、エル?」
「ん?」
「前にさ、私たちが差別されるように、私たちもどこかで人を差別してるって言ったじゃん?」
「あぁ、随分前だね。ユーキさんに怒って、クロがヤケ酒してたときだ。よく覚えてたね。あんなに酔ってたのに。」
エルサイスは、思い出し笑いを漏らす。
少し恥ずかしくなって、私はムッとした顔を返す。確かにかなり酔っていた気がするが、ちゃんと記憶はある。
「それが?」
「なんか今回のことで、急にそれを思い出したんだ。」
この国では、魔物の存在そのものが差別され、話し合いすらできない。紳士オークは「お互いの理解をもっと深めることができればいいんだが」と嘆いていた。
「ねぇ、エル。私はさ、恐怖は差別とセットになりやすいんじゃないかって思ったんだ。」
私はそう言いながら、まだミルクの残った温かいマグカップを、両手で握りしめる。
「この国の人は、魔物を恐れていて、魔物を見るだけで、その魔物がどんな人格を持っていようとお構い無しに、悲鳴を上げる。」
「うん。」
エルサイスは、合図打ちをしながら、空っぽになったマグカップをサイドテーブルに置き、私のベットの端に腰掛けた。近過ぎず、遠過ぎず、ちょうどいいくらいの距離だ。
「そんなのは、バカバカしいって思ってた。くだらない、理解できないって。」
所詮は他人事だった。私はそんなやつとは違う。ちゃんと1人1人、個人を見て、話が出来ると、自分で自分を買い被っていた。
「でもさ……、結局私は、そいつらと同じなんだって、気づいたんだ。」
私は顔を上げ、エルサイスを見つめる。ルームランプの淡い光に照らされた彼の表情は、優しかったが、真剣で、笑ってはいなかった。