アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第82話 恐怖と差別2

私は覚悟を決めて、大きく息を吸い込むとエルサイスの目を真っ直ぐ見ながら、言葉を紡ぐ。

「ねぇ、エル。私は、男が恐い。男が恐くて憎い。」

そんなこと、本当は認めたくなかった。でも認めなければ、自分の差別と向き合えない。

城門下で腕を掴まれたときも、王の間で兵士に囲まれたときも、あんなに怒ってしまったのは、相手が『男』だったからだ。

結局、魔物を見れば悲鳴を上げる人々と一緒で、私は相手が『男』というだけで、怒りをぶつけていた。

「そっか。」

エルサイスはそう素っ気ない返事をしながら、マグカップを握りしめる私の指先に、ふっと触れる。私はびっくりして一瞬体を強ばらせた。

「僕が恐い?」

「エルは……多分、大丈夫。でも、男の中ではマシな方って感じでしか、評価できない自分がいて、嫌だ。」

私はずっと『女にしては強い』という評価に苦しんできた。元々男が1番であって、その下に女がいて、その中では上の方という評価軸の中では、私は一生1番になれなかった。

それと同じことを、私は大事なパートナーにしているのだ。それが自分で許せない。

「うーん……。僕は別に構わないけどね。」

エルサイスはそう言って一瞬だけニコッと笑う。

「僕はさ、ただ単純に魔物を恐がる彼らと、クロが一緒だとは思えないよ。」

私は首を傾げる。他にどんな余地があるのか、自分ではわからない。

「僕はよく知らないけどさ、クロが感じた恐怖は、クロのものなんでしょ?誰に言われたわけでも、教えられたわけでも、世間の風潮でもない。クロが実際に経験して感じたことなんじゃないの?」

私は「うん」と頷く。

思い出されるのは、騎士時代のことだ。いきなり髪を掴まれたり、後ろから抱きつかれたり、不意打ちで組み伏せられたり、他にも思い出すだけでも吐き気がするようなことを『男』たちにされた。

「その恐怖と、この国の人たちが感じる恐怖は、質が違うんじゃないかな。この国の人は、ただ何となく怯えている。でもクロは、実際に何らかの被害に遭って、相手から恐怖を植え付けられた。」

エルサイスはそう言いながら、私のマグカップを指さし、中身を飲むよう促す。私はそれに従って、少し冷めたけれど、まだほのかに温かいミルクを喉に流し込んだ。少しだけ、ホッとする。

「クロの言うとおり、恐怖と差別はセットになりやすい。だからこそ、立ち振る舞いには気をつけなきゃいけないんだよ。僕ら人間も、魔物も。クロで言うなら、男も女も。」

スっと私の心の糸が解けていく。

エルサイスは、私の恐怖を、そこからくる差別心を否定しなかった。それは差別を作ってしまった側が、気をつけなければならないことだと、言ってくれた。

私は、騎士時代のことを、仕方ないことだと、女で騎士になろうとした者の宿命だと思って、今までずっと、その気持ちにフタをしてきた。

「あぁ……エル……。私はずっとね、なんでもないことって、思おうとしてきたんだ。不当な扱いを受けてたんだって、自覚すればするほど、怒りとか恐怖が私を支配して、どんどん『男』ってだけで嫌な目で見ちゃうから。」

なんだか急に泣きそうになって、私は手の甲で涙を拭う。

「私、弱くなったのかなって……。」

気にしなければ、傷だと思わなければ、私の心がもっと強ければ、こんな思いはしないで済んだはずだ。でも私は、触れてしまった、気づいてしまった。

「それは違うよ。見ないふりするのは、きっと簡単なんだ。クロはちゃんと自分の痛みと向き合ってる。それが本当の強さだと、僕は思うよ。」

エルサイスの言う通りだとしても、私はまだこの痛みをコントロールできていない。ただ恐くて、その恐さから、差別を振りまき、自分がされたらぶん殴りたくなるようなことを、他人にも、エルにもしてしまっている。

「それでも……。嫌なんだ。個人じゃなく、カテゴリーでしか見れない自分が。」

「クロがそう思うなら、戦うしかないんじゃないかな?」

「戦う?」

「自分の恐怖心と。」

言葉にすれば単純だが、現実はそう簡単な話ではない。私が行こうとする道は、厳しく辛い。きっとかなりの痛みを伴うだろう。

でも、それから逃げてたら、ずっとこのままなのだ。

「クロは十分強い。羨ましいくらいに。僕はまだ逃げてるよ。考えないようにして、忘れたふりしてる。向き合うのが怖いから。」

そうエルサイスが自嘲する。その姿があまりに儚げで、消え入りそうだったので、私は思わずその頬に手を伸ばす。柔らかな肌にスっと触れれば、命の温かさがあり、彼は確かにそこに居て、生きていた。

「クロ……?」

エルサイスの驚いた顔を見て、私はハッと我に返る。

「あっ……えっと……。」

慌てて手を離すと、熱くなる顔を見られないように、ルームランプの明かりが届かない暗がりへと、体を引っ込めた。

「なんか……どっか行っちゃいそうだったから……。」

しどろもどろになりながらも、なんとかそう絞り出す。

「僕はどこにも行かないよ。」

エルサイスはそう言うと「ふふっ」っと笑った。

沈黙。

夜の静けさが私たちを包む。でも冷たくはない。むしろ、暖かくて、柔らかく、安心できた。

「そろそろ寝ようか。一緒のベットで寝る?」

そうエルサイスがいたずらっぽく笑いながら、私の頭を撫でようとする。

「調子に乗るな。」

私はその手を振り払い、あっちへいけと蹴って彼を追っ払う。

エルサイスは

「つれないなぁ……。」

と不満漏らしながらも、顔は笑っていた。

すぐ茶化して、嫌なやつだ。私は小さくため息をついた。

「消すよ。」

「うん。」

ルームランプが消えると、夜のベールが部屋を包んだ。柔らかなベットに身を横たえながら、私はゆっくり目を瞑る。

痛みも恐怖も、すぐには癒えないし、消えない。私はまだ自分が傷ついていたんだと、自覚しただけで、癒し方も、向き合い方も、これから考えていくのだ。

私はまだスタートラインに立ったばかりだった。

どうすればいいのか見当もつかないが、私は1人ではない。大事なパートナーがいる。しかも『男』のパートナーだ。それがいい方向に私を導いてくれる。

ただ、漠然と、そんな風に思った。

隣のベットから、すやすやと安らかな寝息が聞こえる。その息遣いに合わせて、私も呼吸を繰り返す。眠気は急にやってきた。熱湯に入れた氷のように、私の意識はあっという間に、夜の闇へと溶けていった。

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