アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「覗いたら殺す。」
「姐さん!大丈夫っすよ。私、見られる胸も無いっすから。」
「馬鹿野郎!レッコ、胸は大きさじゃないんだぞ。」
「形ですか?」
間髪入れずそう返したエルサイスを、クローバーが
「黙れ。殺すぞ。」
と、本当に人を殺しそうな、瞳孔開いた目で睨む。
その様子に、ラトは思わず
「ひぃ……。」
と小さな悲鳴をあげた。
睨まれた当のエルサイスは、軽く肩を竦めるだけで、何処吹く風だ。
泥だらけのレッコを水浴びさせるため、4人は塔の外から、丸岩周辺までやってきた。
「くっそ野郎どもは、黙って火おこしとけ。」
クローバーはそう言い残し、レッコを連れて、小川に水浴びに向かう。
「は、はい!」
クローバーの剣幕に押され、ラトは思わず敬礼しながら返事をした。
ラトが手際よく集めた小枝に、エルサイスがファイアボールで火をつける。あっという間に焚き火の完成だ。
エルサイスは慣れた様子で、焚き火の周りに赤と白のギンガムチェックのクロスを敷くと、その上に座り、合成した紅茶を広げる。
「1杯いかがですか?」
そう微笑む彼に、ラトは気圧されながらも
「いただきます。」
と返し、カップを受け取った。
「すみません……。いつも迷惑ばかりかけてしまって……。」
みんなの手を煩わせたくないと思って、2人だけで何とかしようとしたのに、結局何にもできずに、こうして迷惑をかけている。ラトはそんな自分が不甲斐なく、申し訳なかった。
「いえいえ、迷惑ではありませんよ。最初から強い人なんていません。ある程度力がつくまでは、遠慮せず、クロを頼って下さいね。」
そう微笑むエルサイスに、ラトは嬉しくなって頬を高揚させた。
しばしの沈黙。
紅茶をすすりながら、ラトはチラリとエルサイスを盗み見る。
優雅に紅茶をたしなみながら、ランチ用のクロムッシュを合成するエルサイスは、ラトからは、柔和で優しくて、大人の余裕があるように見えた。
「あの……。」
「はい?」
「エルさんたちは、どうしてそんなに強いんですか?」
聞いてどうなるわけでもないということは、ラトもわかっていた。でも、聞かずにはいられなかった。
レベルが違うのも、装備が違うのも、わかっている。でも、それだけでは説明出来ない、大きな違いがあると、ラトは感じていた。
「僕らは、ラトさんが思っているほど、きっと強くありませんよ。」
ラトの予想通り、エルサイスは話をかわす。
「そんなことありません!何か、大切に思ってることとか、心構えとか、何でもいいので教えて下さい!」
負けじとラトは食い下がる。
「うーん……。」
ラトの熱意に、エルサイスは困ったように眉を下げる。
エルサイスが言ったことは、謙遜でもなんでもない。ただ、エルサイスは、自分の本当の実力を、正しく知っているだけだった。
それこそが、2人の決定的な違いなのだ。
「ラトさんは、さっきの魔物に勝てると思いましたか?」
「え?」
ラトは一瞬たじろぐ。エルサイスは柔らかな笑みを浮かべていて、自分を責めているわけではないとわかっていたが、それでも居心地が悪かった。
「思いませんでした……。」
「いつの段階で?」
「いつ……?」
ラトは、目をパチクリさせる。
正直なことを言えば、戦う前の段階から、自信がなかった。少し戦って、やっとそれが無理だと確信に変わったのだ。
そうラトがエルサイスに説明をすると
「自信が無かったのに戦おうと思ったのは、試してみたかったからですか?」
と、エルサイスがさらに質問を重ねる。
「うーん……。」
それはまた違う気がした。ラトは、レッコが「大丈夫」と言ったから、やっただけだ。1度自分の実力を試そうなんて、思いつきもしなかった。今エルサイスに言われて、そういう考えもあるのだと、やっと気がついたくらいだ。
「違いますね……。レッコが大丈夫って言うなら、出来るかもしれないって、ただなんとなく思っただけです。」
自分の浅はかさが申し訳なくなり、ラトは俯く。
「なるほど。」
エルサイスは一通り質問を終えたようで、顎に手を当て、なにかを考え始めた。
ラトは答えを待ちながら、もぞもぞと体を揺する。なんだか落ち着かない。面接というか、面談というか、エルサイスに自分が批評されているような気がして、少し恐かった。
「ラトさんはまだ、自分が何者かわかっていないのかもしれませんね。」
やっと口を開いたエルサイスは、不思議なことを言う。
「僕が、何者か?」
ラトはラトである。それ以外の何者でもない。それは生まれた時から持っている確信で、1度も疑ったことなどなかった。
「まずは、自分を知ることですよ。自分は何が苦手で、何が得意か。何ができて、何が出来ないか。」
「自分を知る……。」
考え込むラトに、エルサイスはさらに質問をする。
「ラトさんが、魔物と戦う自信が無かったのは、なぜですか?」
ラトの頭をよぎるのは、ストリートチルドレン時代のことだ。
仲間が病気で死んだり、ご飯を盗るのに失敗した女の子が大人に殴られていたりしても、ラトはただ見ていることしか出来なかった。
自分は何も出来ない。そんな無力感が、ずっとラトの心にこびりついて離れない。
「僕は……何にもできないから……。」
ラトがそう呟くと
「本当にそうですか?」
と、エルサイスが食いつく
「えっと……あの……」
「本当に?」
エルサイスに詰め寄られ、ラトは混乱して、言葉を詰まらせる。
「落ち着いて、よく考えて見てください。過信も、不信も、根拠が無ければ、ただ自分の目を曇らせる、汚れでしかありませんよ。」
エルサイスの言葉が、ラトの心に突き刺さる。
ストリートチルドレン時代の自分は、確かに無力だった。でもそれと、今目の前の魔物に勝てるかどうかは、因果関係がない。
今の自分には、武器がある、防具がある、スキルがある。それをどう駆使するかこそが、自信の裏付けに必要なものなのだ。
「僕に、何が出来て、何が出来ないか……。」
そう考え込むラトに、変化を感じたエルサイスは、満足気に微笑む。こういう若者を見るのは、嫌いではなかった。
自分には無い輝きを放つ子供たちに、エルサイスは目を細め、羨望の眼差しを向ける。眩しくて、美しいと思うと同時に、自分の心が空っぽなことを虚しく思ってしまう。
「まぁ、僕でも、いまだに自分の実力を測り間違うことはあります。焦らずゆっくり考えればいいですよ。」
考え込んで、ずっと黙ったままのラトに、エルサイスが声をかける。ラトは
「はい!」
と元気よく返事をすると、嬉しそうに笑った。憑き物が落ちたような、スッキリした顔だった。
沈黙。
鳥のさえずりと、木の葉が擦れる音の間に、クローバーとレッコの笑い声が、風に乗って、エルサイスとラトの耳に届く。
「楽しそうですね。」
2杯目の紅茶を飲みながら、エルサイスは合成が終わったクロムッシュをラトに渡す。
「レッコはクロさんが大好きですからね。」
ラトは受け取ったクロムッシュにかぶりつく。
「クロは女の子にモテモテで羨ましいですね。」
エルサイスはそんな冗談を言いながら、ずずっと紅茶をすする。
「エルさんとクロさんは、どうして付き合わないんですか?」
前々から思っていた疑問を、ラトは口に出した。
「さぁ?どうしてでしょうね。」
エルサイスは言われ慣れているので、動揺することなくかわす。そんな彼の態度に、ラトは少しだけ不満そうにする。
「好き合ってるんですよね?」
さらに質問を重ねるラトに
「そういうラトさんこそ、レッコさんと両思いなんじゃないですか?」
と、エルサイスが反撃する。
「へっ?」
思わぬカウンターに、ラトは面食らってしまい、間抜けな返事を返してしまう。
「れ、レッコは、好きっていうか……家族だから、す、好きなだけで……」
明らかな動揺を見せるラトに、エルサイスは意地悪な笑みを浮かべる。
「家族ですか……。でも、キスしたいとか思わないんですか?」
「き、キスっ!!??そ、そんな……こと……」
顔を真っ赤にして、しどろもどろになるラトに、エルサイスがさらに追い打ちをかける。若者をからかうのは、思いのほか楽しくて、やめられそうになかった。
「さっきの話から言えば、胸を見たいとか、触りたいとか……。」
「エルさん!!本当にやめてください!」
ラトの精神HPは瀕死だ。
「だいたい、レッコは揉めるくらい胸ないですよ。」
「誰の何が無いって?」
突然割り込んだクローバーの声に、ラトは凍りつく。
「ひぃ……。」
「覚悟は出来てるか?」
泣きそうなラトと、失敗したなと苦笑いを浮かべるエルサイスに、クローバーの鉄拳が飛んだ。