アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

119 / 145
番外編~レッコとラトの経験値 その3~

レッコは、鎧を着たまま川に浸かり、ついた泥を流す。茶色い泥水に混じって、わずかに赤黒い自分の血が浮き上がり、あっという間に流されていく。

痛みはなかった。ただ、悔しい。出来ると思ったのに、手も足も出なかった。

「おーい?大丈夫か?」

クローバーの声に、レッコはハッと我に返る。

「大丈夫っす!」

浅瀬の岩に座り込み、足先だけを水につけているクローバーに、レッコが返事をする。

鎧の泥をあらかた落とし終わると、今度は星夜銀漢杖の房を水につけて洗う。戦闘中バサバサと舞う房は、結構汚れがつきやすく、水につけると黒い汚れが浮き上がり、サラサラと流されていく。

「レッコはさ、魔法職なのか?」

「魔法が好きってわけじゃないっす。ただ、今もってる強い武器が、これしかないから……。」

レッコは、魔法が得意な方ではない。どちらかといえば、物理でガンガン殴りたい性格でもある。だから、杖を持ちながら、スキル構成は物理攻撃にしていた。特に不便はないし、杖で殴るのも悪くないので、そのままのスタイルが、レッコの中で確立してる。

「杖の使い方間違ってるぞ。」

「それ、前にエルさんにも言われたっす。」

「エルが?そんなこと言ったか?」

「あ、いや、言ってないかも……。」

それはレッコが、クローバーとエルサイスに初めて会った時の話だ。

ボンド【シルフィード】に入る前、レッコとラトは、飢えのあまり、野党まがいのことをして、クローバーとエルサイスを襲ったことがある。

当然のごとく、返り討ちあったレッコは、クローバーから慈悲を授かり、許してもらった上に、食料まで恵んでもらった。

そして、エルサイスには「杖はこうやって使うんですよ」と回復してもらった。

それからレッコにとって、クローバーは懐の深い姉御のような存在で、エルサイスは優しい先生のような存在だった

その時のことを、クローバーが覚えていないなら、わざわざ思い出させる必要はない。自ら悪事をバラすほど、レッコは清廉潔白な性格でもなかった。

「やっぱりダメっすかね?杖は。」

レッコは星夜銀漢杖を川からあげ、水気を切るように、ブンブンと上下に振る。しゃんしゃんっという鈴の音が、あたりに凛と響く。

「ダメってことはないけど、向いてはないよな。」

クローバーはそう言いながら、レッコにタオルを投げた。レッコはそれを受け取ると、濡れた手や頭を拭く。

「人には向き不向きがある。武器もそれと一緒だ。わざわざ向いてない武器で、向いてないことする必要はないだろ。」

クローバーの言葉は、レッコだって、なんとなくわかっていた。でも、どうすればいいのかがわからない。

選択肢は無数にある。職業と、武器と、スキルの組み合わせは無限だ。その膨大な組み合わせの中から、最適なものを選び出す術を、レッコは持っていなかった。

「姐さんは、どうしてそんなに強いんですか?」

川からあがり、服を着替えながら、レッコはクローバーに尋ねた。

どうということはない。憧れの先輩の意見を、聞いてみたいという好奇心しか、そこにはなかった。

「私は強くない。」

「またまたー。」

クローバーの有り得ない謙遜に、レッコは苦笑いを浮かべる。

「姐さんが強くないんなら、私なんかアリンコくらい強さになっちゃうっすよ。」

レッコの冗談に、クローバーはどう返せばいいのかわからず、呆れたため息をついた。

「私は強くない。ただ、私はレッコよりも、知ってることがちょっと多いだけだ。」

「知ってること?」

首を傾げるレッコに、クローバーは話を続ける。

「敵に勝つには、まず相手を知ること。弱点属性、物理、魔法どっちの攻撃に弱いか。または、どっちの攻撃をしてくるか。どの攻撃が大丈夫で、どの攻撃が痛いか。どういう順序で攻撃してくるか。」

一気に言われたレッコは混乱する。そんなにいっぱい考えられない。レッコは元々、考えるのは苦手な方なのだ。

「姐さんは、いつもそんなにいっぱい考えながら戦闘してるんすか?」

そうだとしたら、とても追いつけないと、レッコは思った。

レッコはいつもいっぱいいっぱいで、本能のままに体を動かし、戦っていた。とりあえず力で押す、脳筋的な戦い方しか知らない。それはストリートチルドレン時代から、ずっとだった。

知識も教養も乏しかったレッコを守っていたのは、物理的な力だ。腕力があれば、逃げ足が早ければ、丈夫な体があれば、生き残る確率は格段に上がった。生存戦略として、そこに特化したレッコは、ツラい時期を何とかやり過ごすことができたが、その時の戦い方が、未だに抜けない。

レッコにとっては、力こそが全てで、考えながら戦闘するなんて器用なことは、そう簡単に出来そうもない。

「私だって、毎回毎回考えてるわけじゃない。ただ何回も戦っているうちに、わかってくるんだ。そのうち考えなくても、体が動くようになる。」

「私も何度も戦えば、できるようになるっすかね?」

「何も考えないで、漫然と戦っても意味はない。」

レッコは「うーん」と頭を抱えた。

「よく見て、よく聞くこと。諦めないで、何度も挑戦すること。まぁそんな単純なことしか、私からは言えないな。」

クローバーはそう言って自嘲した。

クローバーのアドバイスを、レッコはゆっくり噛み締める。

言葉にすれば、クローバーの言うとおり、単純なことだ。でも、実際にやるとなれば、とても難しいだろう。

できるかどうかはわからない。でも、レッコはやりたいと思った。ストリートチルドレンの時のままでは、もうダメなのだ。今はもう、力しかない子供から、技術を持った大人になる段階だ。

「レッコは、死ぬのが恐いか?」

クローバーの突然の質問に、レッコは一瞬考え込む。

レッコは、死を恐れてはいなかった。それは自分が冒険者で、不死であるからではない。レッコにとって、死はいつもそこにある日常だった。冒険者になるずっと前から、それこそ、ストリートチルドレン時代から、死はいつでもレッコの近くにあった。

病気で死ぬ者、飢えで死ぬ者、争いに負けて死ぬ者。泥と血で汚れた両手の間を、小さな命が零れ落ちていくのを、レッコはただ見ていた。

自分もきっと、そうやって命の流れに乗って、いつか呆気なく死ぬのだと、レッコはわかっていたし、それを世界の理として受け入れていた。

「私は恐くはないっす。でも……」

レッコは、自分が死ぬのは恐くない。でも、仲間が、大事な人が、ラトが死ぬのは、恐い。もう他人が死んでいくのは見飽きた。それは自分が死ぬよりも、大きな痛みを自分に残すと、レッコはわかっていた。

「誰かが死ぬのは、もう嫌っすね。」

レッコが伏し目がちに返す。

ストリートチルドレンだった自分を引き取ってくれた老人が、レッコにとって、唯一の家族と呼べる人だった。でもある日、その老人はどこかに消えてしまった。生きているのか、死んでいるのかもわからない。

そうして1人ぼっちになったレッコの傍に来てくれたのは、ラトだった。今は、ラトがレッコの大事な家族だ。

そのラトの死を想像するだけで、レッコの胸の奥は、キリキリと締め上げられるように痛む。

「自分の死を恐れず、そして守りたいものがあるなら、やるべきことは自ずとわかるはず。良くも悪くも、冒険者は不死だ。負けてからが、死んでからが、勝つための本番だ。」

クローバーはそう言うと、レッコの頭をガシガシと乱暴に撫で付ける。元気付けられたような気がして、レッコは頬を高揚させて照れたように「へへっ」っと笑った。

「死んでからが本番かぁ……。ラトが聞いたら、怒りそうっすね。」

「あいつは真面目すぎる。将来過保護な母親みたいに、口うるさくなるタイプだぞ。」

「あー!!それめちゃくちゃわかるっす!今でもそういうとこあるっすもん。」

「だろ?」

クローバーはそう言って、声をあげて笑った。レッコもつられて「ははは」と笑う。

中々和やかな時間だ。

「さぁ、そろそろ行こう。エルがランチを用意して待ってるはずだ。」

クローバーはそう言って立ち上がった。

「姐さんとエルさんって仲良いっすよね。なんで付き合わないんっすか?」

クローバーのあとに続きながら、レッコは前々からの疑問を口にする。その裏で、クローバーとエルサイスをくっつけたいという思いが働いていた。

「私とエルは、そういう関係じゃない。」

クローバーはお決まりの言葉を返す。

「でも、好きなんすよね?」

「だから、違うって。」

うんざりしたため息をつきながら、クローバーはエルサイスが待つ岩場へと歩き出す。その後ろを、レッコが早足で着いていく。

「お前も、ユイちゃんとあやみんと同じで、妙に私とあいつをくっつけたがる系か?勘弁してくれよ……。」

若い女の子というのは、男と女がいれば、すぐ恋愛話に持ち込もうとする。クローバーは、そんな彼女たちが理解できない。

「姐さんは、照れ屋だから。」

「そんなんじゃねぇって。そういうレッコはどうなんだよ。ラトと。」

急にボール返されたレッコは、キョトンとしてしまう。ラトは、家族であって、それ以上でもそれ以下でもない。

「ラトは家族っすからね。」

「私とエルも、そんなようなもんだ。」

「姐さんは違いますよ。」

「違わない。」

話は平行線だ。どっちも相手の言い分を理解する気はないようだった。

「まったく……。あ、ほら、もう先にラトがランチ食ってるぞ。」

クローバーは話題を変えるため、そう言ってクロムッシュもぐもぐしているラトを指さす。エルサイスと何やら話していて、盛り上がっているようだ。

「だいたい、レッコは揉めるくらい胸ないですよ。」

ラトがそう言うのだけは聞き取れた。

クローバーはチラリとレッコに目配せする。レッコは悲しそうに眉を下げながら、自分の胸のわずかな膨らみに、両手を当てていた。

「レッコ、私に任せとけ。」

クローバーはそう言って

「誰の何が無いって?」

と、レッコを庇うように、ラトとエルサイス前に進み出た。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。