アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
シュリンガー公国の酒場は、今日もたくさんの冒険者で賑わっていた。
テーブルはどこもいっぱいで、カウンターの中では、この酒場のマスター、チップが、鬼のような忙しさに目を回している。
「うん、うまい。」
私はそう言いながら、できたてのスタンポットを頬張った。
刻んだキャベツが入ったクリーミーなマッシュポテトに、少し辛口のグレイビーソースがマッチしている。添えられた自家製ソーセージもジューシーで旨みが詰まってて、最高に美味しい。
私の向かいで、エルサイスが、私の倍はありそうな量の食事を、あっという間に食べ進めている。
エルサイスは、身長は平均より大きい方だが、体重は普通位だと思う。どちらかと言えば、細い方かもしれない。
この食事量が、一体どこに消えるのか、不思議でならない。
私が1人前のスタンポットを食べ終わる前に、エルサイスは食事を終え、[いちごパフェ]などというデザートを頼んでいる。
全身青で統一された、ソーサラーのローブを着た大柄の男が、ピンク色のかわいいパフェを食べるなんて、なんとも奇妙だ。
私が食後の紅茶を飲む頃、エルサイスはいちごパフェを食べていた。
「んーー!美味しい!」
と目を輝かせる彼を見て、私は呆れる。
いったいどれだけ食べるつもりなのだ。
「あ、クロも食べる?はい、あーーん」
私の呆れ顔を見て、何を勘違いしたのか、エルサイスはそ言うと、アイスといちごを乗せたスプーンを、こちらに向けてきた。
私は
「お腹いっぱいなので、お気になさらず。」
と言いながら、手で制す。
エルサイスは残念そうな顔をすると
「クロは食べないから、そんなに痩せてるんだよ。」
と言いながら、スプーンを自分の口に持っていき、パクリと一口で食べた。
「人には適量ってものがあるんだよ。」
私は身長の割には体重は軽い方だ。むしろ、痩せすぎかもしれない。
でも、私にとっては、このくらいが1番調子が良くて、1番動きやすいのだ。
それに、前衛として敵に向かっていく時は、身軽な方がいい。
お昼を過ぎれば、酒場も少し落ち着いてくる。閑散としてきたホールとは対照的に、カウンターの中では、チップが、今度は大量の洗い物に目を回している。
エルサイスは優雅に食後のコーヒーをすすっていた。
「ねぇ?」
「ん?」
「エルはどうなの?不老不死になりたい?」
「どうだろうね?」
すぐはぐらかす。こいつはいつもずるい。
不満の目で睨み返すと
「そんな目で見ないでよ。」
とエルサイスは笑った。
「そうだねー。僕もクロと同じかなー。不老不死にはなりたくないよ。」
エルサイスはそう言うと、テーブルに頬杖をつき、考え込むように目を瞑った。
「生きてるとさ、楽しいこともあるけど、嫌なことも、辛いこともいっぱいあるじゃん。生きるってことは、その繰り返しな訳だけど……。いつか終わる楽しさだから大事にできるし、いつか終わる苦しさだからやり過ごせる。まぁそのへんの考えは、おおむねクロと一緒だよ。でも本当はね……」
エルサイスは目を開けて、少しうつむいた。どこか悲しげな表情だ。
「そもそも僕は、なんで生きてるんだろうって考えた時に、その答えを持ってなかったし、別に答えが欲しいとも思わなかった。そうしたら、別に死んでも困らないなって思ってさ。」
彼らしい答えだった。
いろんなものへの執着が薄い彼は、生きることへの執着すら薄いらしい。
「不老不死は、死にたくない人がなるもので、僕みたいな、死んでもかまわないって人には、必要ないものだね。」
「それって……」
「あ、死んでもかまわないからって、死にたいわけではないよ。」
エルサイスが、私の杞憂を一蹴する。
「今ちょっと心配してくれた?」
そう言って彼は笑ったが、ちっとも嬉しそうではない。困ったような、寂しいような笑顔だった。
時々エルサイスはこうやって、ロウソクのように、吹いたら消えてしまいそうな、儚げな表情をする。
普段は、殺しても死ななそうな、それこそロウソクどころか、ガスバーナーのような強かさを感じるのだが、ふとした時に見せる弱さに、私は戸惑う。
エルサイスは、ヒラヒラ、のらりくらりなどという擬音が似合う。
裏と表、嘘と本当、強さと弱さ、両面を自由自在に操り、相手を翻弄する。
私はいつも惑わされてばかりで、どれが本当のエルサイスなのか、皆目検討がつかない。
エルサイス自身だって、どれが本当の自分の気持ちかなんて、わかっていないのかもしれない。
嘘をついているうちに、どれが嘘で、どれが本当か、自分でもわからなくなってしまったような、そんな不安定さ。
まるで迷子の子供のようだ。
難儀な性格だなと思う。
「まぁクローバーが居てくれる限りは、死にたくはないかな!」
そう言って茶化す彼に
「お前は本当に馬鹿だな。」
と哀れみ混じりの本音をぶつける。
「酷いこと言うねー。」
そう道化のように笑うエルサイスに、1発げんこつをかます。
「痛っ!!」
殴られた頭を抱えて、うずくまるエルサイス。その目の端からは、涙が滲んでいる。
おもいっきり殴ってやったので、それくらいの反応が当たり前だ。ここで飄々と我慢するようだったら、泣くまで殴ってやろうと思っていた。
「せめてもの慰めだ。ありがたく受け取れ。」
私がそう言うと、エルサイスは、はっとした顔になり、最後ははにかむように笑った。