アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
エルサイスとラトの頭には、クローバーの鉄拳により、大きなたんこぶが1つずつできていた。
「たっく……。ゴミ野郎どもめ。大きいだの小さいだの、2度とほざくな。」
クローバーがギロりと睨みを効かせると、ラトは「ひぃ」と小さな悲鳴をあげる。
「姐さん、私の胸……もう大きくならいないっすかね……。」
しゅんとしているレッコの様子に、ラトの心は罪悪感で満たされた。
「レッコ、胸は大きさじゃないぞ。この馬鹿な野郎どもはな、触れる胸の前じゃ無力なんだ。」
クローバーの言葉に、エルサイスは吹き出し、大いに笑う。
「ごもっともですね。」
そう言うエルサイスの隣で、初心なラトは、顔を真っ赤にして、気まづそうに俯く。
そんな2人をクローバーは蔑むように睨んだ。
クローバーとレッコは、エルサイスからクロムッシュを受け取り、おしゃべりしながら、もぐもぐと食べ始める。
「姐さんとエルさんは、冒険を始めてどれくらいになるんすか?」
「結構経つよな?」
「2年くらいですかね。」
「おおぉおー!」
「レッコとラトは?」
「まだ始めたばっかっすよ。」
「1年経ってないですからねー。」
そう言って、2人は「ねー」と顔を見合わせた。
随分仲が良さそうだが、その様子は、確かに恋人というよりは、兄妹のような感じがして、家族と主張するラトの言い分も、あながち嘘ではないようだ。
「そういえば、ラトさんと、ユイゼさんは、ご姉弟なんですよね?」
レッコとラトの兄妹ぶりを見たエルサイスが、思い出したように言う。
「そうなのか!?」
寝耳に水だったクローバーは驚愕の声をあげた。
クローバーがマスターのボンド、【シルフィード】に所属するユイゼは、一緒に旅をしているパートナー、セリクのわかりやすい恋心にも気付かない、超天然系の女の子だ。
そんなユイゼに、双子の兄がいるのは知っていたが、弟がいるというのは初耳だし、しかもその弟が、同じボンドにいるラトだなんて、クローバーはまったく知らなかった。
「血は繋がってませんけどね。」
ラトは、驚くクローバーの前で、困ったように頭を掻く。言う機会がなかっただけで、隠していたわけではないが、なんだか罰が悪い。
「ストリートチルドレンだった僕を、引き取ってくれたのが、お姉ちゃ…ん………いえ、ユイゼさんの家族だったんです。」
「知らなかった……。でもまぁ、ユイちゃんの家族なら、根性ありそうだな。」
「そうですねぇー、ユイゼさんは大人しい顔して、かなりのファイターですからね。」
否定できずに、ラトは苦笑いを返す。
先に冒険者になった姉と、そのパートナーのセリクから、よく冒険の話を聞かされていたラトは、エルサイスの言うことが、嫌という程わかる。
だからこそ、そんな話を聞いて、自分も冒険者になりたいと思ったのだ。
姉の様に、強くなりたいと思ったラトは、ちょうどその時、扶養者の老人が失踪したレッコと旅に出た。
そして今に至る。何にも強くなれないまま、クローバーとエルサイスに助けられた自分を、ラトは情けなく思った。
「自分を知る……か……。」
ラトは自分の手を見つめる。エルサイスに比べると、細くて、小さい。でも、だからといって、逃げてはいられないのだ。経験値は、戦わなければ貯まらない。
「あの……!!」
「ん?」
「稽古を、つけてくれませんか?」
ラトの提案に、レッコも「うんうん」と頷いて賛同した。前のめりになって意気込む2人に、クローバーとエルサイスは顔を見合わせる。
「どうしますか?」
「まぁ、いいんじゃねーの?ただ、私の指導は厳しいぞ。」
クローバーはそう言って、満更でもなさそうに笑った。
レッコは目の前の魔物にウォーターベインを放つ。赤い大きなトカゲのような魔物、ベニネッシーは、激しい水流に巻き込まれ、叫び声をあげたが、ダメージはそれほど与えられていない。ベニネッシーが、ラトに体当たりし、反撃してくる。結構なダメージを食らっていた。
「物理攻撃痛い!!」
「OK、ウォールで回復する。」
ラトの叫びに、レッコが反応して回復する。
「レッコ、敵の属性は?」
「火っす!!弱点水!!」
クローバーの短い質問に、レッコは的確に答える。
「ラトさん、次はどうしますか?」
「うーん……攻撃したいけど全然ダメージ通りません!」
ラトが考えているうちに、ベニネッシー3匹が猛攻を仕掛けてきて、ラトのHPがみるみる減っていく。
「クロ、お願いします。」
「あいよ。」
クローバーがセイクリッドサークルを放つと、ベニネッシーは一掃されて黒い霧になった。
「わ、ワンパン……。」
「姐さんぱねぇっす!」
「いいから、今戦闘してわかったこと参考にして、装備とスキル考えろ。」
「「はい!!」」
4人は、連邦の炭鉱前まできていた。ここは初心者のレベリングとしてよく使われる場所で、人気が高い。クローバーやエルサイスが冒険を始めたばかりのころも、よくここに篭ってレベル上げをしていた。
レッコとラトは、戦闘が終わる度に、その都度話し合って、直前の戦闘の良かった点悪かった点を話し合う。そうして、スキルや装備、連携の仕方を調整しながら、レベル上げをした。
ピンチの時や、わからない時は、クローバーやエルサイスに助太刀してもらった。
「レッコ、大丈夫?」
前に出過ぎてしまい、瀕死になったレッコを、ラトが気遣う。クローバーが助けに入らなければ、やられてしまっていただろう。
「無理は禁物です。性格的に前に出たいのはわかりますが、幻術師レッコさんはどちらかといえば、後衛向きです。」
「前衛はラトに任せとけばいいんだよ。」
「はいっす……。」
レッコも、頭ではわかっていた。でも、ラトがピンチになると、どうしても体が先に動いてしまう。
「大丈夫、僕が守るよ!」
至近距離でレッコの顔をのぞき込みながら、そう爽やかな笑顔を向けるラトに、レッコはドキリとしてしまう。急な不意打ちは、本当にやめてほしい。心臓が潰れてしまいそうだ。
レッコはこの胸の痛みの原因がなんなのか、薄々勘づきながらも、なるだけ目を向けないようにしていた。レッコにとってそれは、荷が重すぎて、持て余してしまう感情だ。自覚したところで、どうすればいいのかわからない。
レッコもラトも、その感情の先が、どこに繋がるのかわからず、不安なのだ。
今を壊すのが恐い2人は、自分の気持ちに蓋をして、家族という関係を続けていた。でも、結局それでは、自分の気持ちも、相手の気持ちも、きちんと考えられない。
それは今までのレッコとラトの戦闘仕方そのものだった。自分のことも、敵のことも知らずに、ただ闇雲に恐れたり、自信をもったりする。
「安定してきたな。」
1時間程で、ベニネッシー相手に、慌てず焦らず、落ち着いて戦える様になってきて、レベルも随分上がった。クローバーとエルサイスの手助けも、もう必要なかった。
あたりはすっかり夕方になり、カラスがやかましく鳴きながら、赤く染った空を飛んで、巣へと帰っていく。
「ありがとうございます!」
「あざっす!」
稽古を終え、そう頭を下げるレッコとラトに、クローバーは満足そうに微笑んだ。レッコもラトも、度重なる戦闘で、埃と土にまみれ、随分汚れていたが、顔は清々しく、スッキリした目をしていた。
「最初から完璧な人などいません。失敗しても、そこから学んで次に活かせばいいんですよ。」
「そうそう、やらなきゃわからん。やらないでビビってたら、何にも始まらない。失敗覚悟で本気でやってみて、初めて自分がわかるし、相手がわかるんだよ。」
エルサイスとクローバーが、それぞれ2人に声をかける。これからの激励のつもりだった。
2人の言葉に、レッコとラトは顔を見合わせる。その言葉は、戦闘的な強さだけではなく、2人の関係性にも、変化をもたらしそうなものだった。
「自分を知る……。」
「相手を知る……。」
壊れるのを恐れて、何もしなければ、結局お互いを真に知ることのないまま、終わってしまうかもしれない。月日は勝手に流れて、否が応でも2人は歳をとる。いつまでも子供ではいられないのだ。
でも、だとしても、今はまだ子供でいたかった。
顔を見合わせたまま、2人は「ふふっ」と照れたように笑う。そこに、言葉はいらなかった。
「レッコ、明日も頑張ろう!」
「おう!全職カンストだ!!」
お互い、今はこの恋心に蓋をして押し込める。まだまだ安定の上で遊んでいたい年頃なのだ。
そんな2人を見てエルサイスは
「どう思います?クロ?」
と、面白がるように尋ねる。
「んー?まぁいいさ、かわいいガキ共だよ。」
クローバーはそういって笑う。
ひなむくたちの前途が、本当に楽しみだった。
レッコとラトの人生の経験値は、これからゆっくり、貯めていくのだ。