アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
食卓には、クローバーの手作りの料理が並ぶ。サラダと、ガーリックトースト、そしてメインのホワイトシチュー。
熱々のシチューを1口頬張れば、身体の芯から温まる。
「うん、美味しい。」
「当たり前だ。」
美味しさに思わず笑顔になってしまう僕を見て、クローバーは満足げに微笑んだ。
「ポーラさんは、温かい食事にありつけたかな?」
昼間あったことを思い出し、僕は特に意味もなくそう口に出した。別に彼女が心配なわけではない。噂話をするような感覚だった。
「さぁな、興味ねーよ。」
クローバーはそう言いながら、ガーリックトーストをちぎってシチューに沈める。
「そうなの?クロは随分、ポーラさんに肩入れしてるなって、僕は思ったんだけど。」
クローバーの言葉は、確かに見た目は悪かったが、僕が吐くただ優しいだけの言葉よりは、ずっと意味がある内容だった。しかし、当の本人は自覚がないようで、
「はぁ?私が?ないない。」
と言って、うるさそうに手を振る。
「もうあんなやつ助けてやんねーよ。」
クローバーはそう言いながら、シチューに沈めたガーリックトーストを、スプーンですくって口に運ぶ。面白い食べ方だ。
「まぁ、彼女が大変なのはわかるけど、僕らだって、それなりに大変だからね。」
ポーラが生きづらい人生を送っているのはわかる。でも、だからといって、僕たちがそれをどうこうしなければいけない義理はない。
「そうそう、そういえば前に、テイルさんが面白い話をしてくれたんだ。」
「テイルが?」
クローバーがマスターのボンド【シルフィード】に所属するテイルは、ぶっきらぼうで、傍若無人だが、血の繋がらない妹のソラにだけは、大甘な青年だ。
そんなテイルが、前回ポーラとあった直後に、酒場で興味深い話をしてくれた。
「人生はポーカーゲームのようだ。」
僕はテイルの真似をして、人差し指を立てて、得意そうにいう。案の定、クローバーの
「はぁ?」
という呆れ声が返ってきて、思わず僕は吹き出した。
「お前、バカなの?」
「もー、酷いなぁ。真面目な話なのに。」
「真面目な話なら、それらしく話せよ。」
クローバーはそう言うと、空っぽになったシチューのお皿にスプーンを投げ入れ、グラスに手を伸ばす。そうして、中の水をゴクリと1口飲み干すと、こちらを見つめ、先を促すように首を傾げた。
「人生はポーカーゲームのようだ。」
僕は気を取り直して話し始める。
「人は生まれながらに、持っているカードが決まってる。」
それは神様から配られたカードで、内容は選べない。いいカードもあれば、悪いカードもある。
「さらに、追加で山札から引けるカードにも限りがある。誰かが先に引いたカードを、その人から奪うことはできない。」
「よくわからないな。」
クローバーは、腕組みをして首を傾げた。僕は少しだけ微笑んで、話を続ける。
「最初に持っているカードが自分の能力。山札のカードは世界のリソース。2つのカードを交換しながら、自分のポーカー・ハンドを作っていくしかない。」
どちらも限られた枚数の中で、やらなければいけない。山札のカードの枚数も、数字も、スートも、限られている。リソースは、世界中の人で分け合っているものなのだ。ただ、誰がどれを引くかはわからない。
「みんながみんな、ロイヤルストレートフラッシュを、作れるわけじゃないのに、みんなそれを目指そうとするから苦しくなる。」
「持ってるカードの中で、ワンペアとかを探した方がいいってことか。」
僕はコクリとうなずく。
「誰かのポーカー・ハンドの点数が低いからといって、僕らとは無関係なんだよ。その人がその点数で満足できないなら、山札からさらにカードを引くしかない。」
「まぁ引いたところで、いいカードがくるとは限らないけどな。」
クローバーの言う通りだ。
先にいったように、リソースは限られているのだ。無闇に山札に手を伸ばしたところで、他の誰かが既に引いた、絶対もう手に入れられないカードを、知らず知らずのうちに、探し求めることになるかもしれない。
「人はみんな強欲だ。ワンペアじゃ満足できない。」
「そうかもしれないね。でも、満足できないからって、他の人に当たっていいわけじゃないよ。」
「ポーラみたいにか?」
僕は「ふっ」っと笑って同意を示す。
「これ、本当にテイルが言ってたのか?」
「本人も、受け売りって言ってたけどね。」
「だと思った。あいつがこんな話思いつくわけねぇよな。」
クローバーはそう言いながら、テーブルに肘を付き、考え込む。
沈黙。
僕は残り少ないワインを、グラスについだ。もうボトルは空に近い。安物のワインは渋みが少なく、ついつい飲みすぎてしまう。そろそろ新しいのを買わなくてはいけない。
「ポーカーゲームか……。まぁ言ってることは、わからなくはないし、ある程度同意できる。」
思考の海から浮上したクローバーが、呟くように言う。
「ただ、やっぱり、山札のリソースのランダム性には疑問があるし、ポーカーと違って、人生は生まれ持ったカードを全部捨てられないし、穴はいくつでもあるよな。」
それは仕方の無いことだ。ひとつの言葉で言い表せる程、人生は、世界は、簡単なものでは無い。もっと複雑で、様々な要因が混ざりあって、絡み合って成り立っているのだ。
「でも、良い話だよ。私はさ、騎士としてのロイヤルストレートフラッシュを作りたかった。もしくはストレートフラッシュ。」
僕は「うんうん」とうなずく。
「私は最初からそれに有利なカードを持っていたし、他も努力で手に入れた。でも……」
クローバーはそう言うと、眉を下げて悲しげに自嘲する。
「スートを揃えられなかった。スペードが欲しかったのに、私は最初からハートしかなくて、それは捨てられないカードだった。」
ハート、つまり女であることは変えられない。クローバーは、他のカードを揃えたはいいが、1枚だけは、どうしても手に入れることができなかったのだ。
「でも、ストレートにはなった。騎士にはなれなかったけど、今は冒険者として、まぁまぁ楽しくやってるよ。」
クローバーはそう言って、笑った。
人生は、思い通りにいかない。どんなに努力してカードを集めても、理想のポーカー・ハンドになるとは限らないのだ。
カードを引き続けるのか、クローバーのように、今持ってるカードで勝負するのか。
その選択は自由で、どの選択をしても、誰も咎めることはできない。
「僕らは、僕らのカードだけみて、ポーカー・ハンドを作ってればいいんだよ。ポーラさんのは、ポーラさんが決めることなんだから。」
「エルは、どうなんだ?」
「んっ?」
「エルは、どんなポーカー・ハンドを目指してるんだ?」
思わぬ質問に、僕は困惑する。
僕が今持っているカードは悪くない。でも、それ自体に僕はあまり興味はない。これ以上悪くなろうが、良くなろうが、どうでもいい。
慰め程度に、良いカードを集めたところで、ある日突然消えてしまうことだってある。
思い出されるのは、あの日、事故で失った妹、ルアンナのことだ。絶対離すまいと握りしめていたはずなのに、結局無くしてしまった。むしろ、強く握りしめていたからこそ、失ったのだ。
「僕は、どこも目指してないよ。」
僕はそう言って微笑む。
「ずるいな。」
「そうだね。」
テーブルの向かい側で、クローバーが、浅いため息をついた。呆れているのか、哀れんでいるのか、どちらにせよ、僕の感情は動かない。
僕はもうカードを集める気も、揃える気もなかった。全部無くなるなら、無くなってもいい。
「エルは一体、誰の人生を生きてるんだろうな。」
クローバーが、空中に向かってそう呟くのを、僕はただ見つめていた。
僕は結局、ポーラと一緒なのだ。自分の生き死にを、自分の外に任せている。自分の人生を生きていない。ただ、ポーラと違うのは、それを他人に強く求めていないし、責任も自分で負っている。それだけだが、それだけでも、彼女よりは幾分マシであろう。
「自分の人生を生きるって、難しいんだよ。」
「そうやって楽してると、いつか後悔するぞ。」
クローバーはそう言って、僕を睨む。
そう凄まれたとことで、僕はどうすればいいのか、さっぱりわからない。
表情を変えない僕に、クローバーは「はぁ」とため息をついた。
「まぁ、まずはワンペアから、揃えよう。」
クローバーはそう言いながら、立ち上がると、僕の頭に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと髪を乱す。僕の方が年上なのに、子供扱いされた気分だった。
何だかんだいって、クローバーは優しくて、世話焼きだ。本人は絶対認めないと思うが、僕もポーラも、そんな彼女に救われている部分がある。
「ありがとう。」
僕はそう微笑む。偽りではない。心からの笑みだった。
「礼なんかいっていいのか?このポーカー・ハンドは、険しい道だぞ?」
クローバーはそう言って、ニッと笑う。
クローバーが導くポーカー・ハンドは、きっと僕があまり得意な手ではない。それでも、彼女が一緒なら、それなりに楽しめるような気がした。