アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
教会の椅子の上でうずくまるポーラに、私は、エルサイスが合成した精旅丸を渡す。
「ほら、解毒剤だ。」
「……持ってきたのね……」
悲しそうな、でも、どこか覚悟を持ったような顔で、ポーラは私を見上げた。
滅びの村を訪れた私たちは、この村を復興させるために尽力している、エースとケイプの兄妹に会った。2人から、教会に神父様の代わりの人が入ったと聞いて、見に来てみれば、床に毒キノコを食べてしまったポーラが、倒れていたのだ。
「私は死ねないんだ……母さん。これは生きろっていう神の思し召しなの……?」
「神なんかいねぇよ。私が、お前を生かそうとしてるだけだ。」
ポーラのことに関しての私の言動は、本当にどうかしている。
毒キノコを誤って食べてしまったポーラは
「私は約束した、母と、自分から死なないって。でも、こうして誤って毒で死んだなら……許してくれると思うの……。」
なんて言いながら、そのまま死のうとしていた。
これまでの私なら「そうか。」で、見捨てていただろう。それで全て丸く収まる。ポーラは望み通り死ぬことができて、これから先、死にたいポーラを、殺さなければならなくなる人もでない。
彼女1人がこの世からいなくなったところで、誰も損をしないし、誰も悲しむことも無いのだ。
だから何だってことはない。私には関係の無い話だし、そうなったのはポーラ自身の問題でもある。
それでも、ここで彼女を見捨てたら、私は何か大事なカードを捨ててしまうような気がしたのだ。
だからこうして、わざわざ精旅丸の材料を集めてまで、彼女を助けている。
「……いただくわ。」
ポーラはそう短く言うと、精旅丸をゴクリと飲み込んだ。
これは、私の選択だ。ポーラを生かすも、見捨てるも、自由だった。私は生かす選択をしただけだ。
その先のことは、知ったことではない。それはポーラの選択だ。彼女の好きにすればいい。
「……少し横になって、いいかしら。」
「どうぞ。」
無言の私の代わりに、エルサイスが、いつもの柔らかな笑みを浮かべて答える。
最初にポーラを見つけた時も、精旅丸の材料を取りに行った時も、エルサイスは珍しく無口で、私に意見することも、疑問を挟むこともなかった。ただ黙って、私の好きなようにやらせてくれた。
エルサイスは、いつだって私の選択の邪魔をしない。そういうところが、一緒にいて安心出来る要素でもあった。
「 こういうときは『ありがとう』って言えばいいのかしら……。」
「別に。そういうのは求めてない。」
私のぞんざいな返しに、ポーラは眉を下げる。
「また死にぞこなっちゃったわ。ここに来ても食うや食わずやの生活……。ようやく食べ物にありついたかと思ったら、口にしたものが毒だった……。」
とんだ災難だ。ポーラはとにかくカードの引きが悪い。その上、引いたカードに対して対処も下手だ。
「もう……なんのために生きているのか……。」
ポーラはそう言って、今にも泣きだしそうな顔をする。
「落ち着け。毒を食ったことと、この世を生きる意味は、無関係だ。」
カードの引きが悪いからといって、人生そのものが悪くなるわけではない。どんなカードでも、どう利用するか、なのだ。
私は災難にも、ポーラというカードを引いた。捨てることが簡単な、安いカードだ。それでも私は、それを捨てずにキープした。彼女を助けることで、別の誰かを、例えば、ポーラと同じように、自分の人生を生きれない、私のパートナーの心を、もしかしたら救えるのかもしれないと思ったのだ。
そんなものは私の願望に過ぎないし、世の中そう簡単に上手くいくものではないのは、百も承知だ。それでも、私はエルサイスに、私というカードを引いたことを、後悔させたくない。
それはエルサイスが大事だからとか、そういう純粋で単純な感情ではない。もっと利己的で汚い、複雑な感情だ。
「顔色、少し良くなりましたね。」
エルサイスがそう言うと、ポーラはのっそり起き上がり、椅子に腰掛けた。
私は結局、自分のプライドを、力を誇示したいだけだった。
やり方は違えど、私がやっているのは、前にフェンダークが言っていた、人の人生に介入することと一緒だ。
興味がないと言いつつも、誰かの心を動かしたい、誰かの心に残りたいと思ってしまうのは、人の性なのかもしれない。
「ポーラさん、大丈夫ですか!?」
「あれ?」
突然、エースとケイプの兄妹が、教会に飛び込んできて、私たちは驚きつつもそちらを見る。
「大丈夫そうじゃない!また、お兄ちゃんの早とちり?!もぉ!」
ケイプはそう言いながら、兄のエースを不機嫌そうに睨みつける。
「どうかしたんですか?」
エルサイスが、2人の間に入って尋ねる。
「ポーラさんが、床の上に倒れてて……。間違って毒キノコでも食べたんだったらどうしようと……。」
エースが、元気そうに座っているポーラを見ながら、頭を掻く。
「いくらなんでも、そんな間抜けなことしないわよね!お兄ちゃんじゃないんだから!」
ケイプはそう言って、ポーラに同意を求める。ポーラは
「え………!?え、ええっと……。」
と言葉を濁す。
本当は、エースの鋭い洞察通りなのだが、ケイプそう言われてしまっては、言い出しにくいだろう。
私とエルサイスは顔を見合わせて、肩を竦めた。
「……でも、よかったです。ポーラさんが無事で。だって、せっかくこの村に来てくれた人なんですもの。」
そう言われたポーラは、驚いたように、目を丸くする。
きっとポーラは、自分の存在を肯定してくれる他人がいなかったのだろう。それをしてくれていた彼女の母親は、既に他界していた。
それが、こんなところで、思わぬ歓迎にあったのだ。
「なかなか誰もやってくれなかった、教会の神父さんの役割を果たしてくれてるんですから。」
ケイプはそう言って、ポーラに笑顔を向ける。ポーラは戸惑うように俯きながらも、照れて頬を染めた。
「神父様の役割っていっても、まだ同じだけのことはできないけどね……。」
「よけいなこと言わない、お兄ちゃん!」
「すみません……。」
申し訳なさそうに悲しい顔をするポーラを、
「こんなお兄ちゃんの言うことは聞かないで!」
と、ケイプが慰める。
「こんなってなんだ!」
ケイプの態度に、エースは食ってかかり、2人は言い争いを始める。
そんな様子を、ポーラはおかしそうに
「フフッ……。」
っと笑いながら見ていた。
「ごめんさい。心配おかけして……。ありがとうございます。」
ポーラはそう言って、言い争う兄妹に声をかける。
世界は優しくない。ポーラの引くカードは、いつだってポーラを傷つけて、彼女を拒否し、ポーラもまたそのカードを拒否した。
「……あなたたちにも迷惑かけたわ。もう少し自分で頑張ってみる。」
今回ポーラが引いたカードが、良いものなのかは、まだわからない。それでも、彼女が頑張るというのなら、望みはあるだろう。
「神父の仕事なんて、お前にできるのか?」
私がそう問うと、ポーラは苦笑いを浮かべる。
「私は、神父様みたいに偉そうなことも言えない、神の恵みを与えることもできない。私にどれだけのことができるか……私には全然わからないけど……。」
私の隣でエルサイスが微笑んでいた。いつもの愛想笑いとは違う、どこか嬉しそうな顔だ。
「ここで少しやってみるわ……。ありがとう……。」
ポーラはそう言うと、にっこりと微笑んだ。