アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「ねぇ?クロ?」
「ん?」
鏡の前で、髪を梳かすクローバーに、僕はベットの上に寝そべったまま声をかける。
公国は今日も雪だ。宿の部屋にいればそれなりに暖かいが、それでも、寝間着姿でいれば少し肌寒い。
僕はしっかりと毛布を身体に巻き付け、深々と布団の中に潜り込んだ。
「もう寝る?」
「うん。」
クローバーは短い返事をすると、鏡の前から立ち上がり、僕の隣のベットに滑り込む。
「今日は寒いな。」
冷たいシーツに顔を歪めながら、クローバーは身震いし、それでもなんとか暖まろうと、身体を丸めて布団を被る。
「一緒のベットであったまる?」
僕の軽口に、クローバーは返事もせず、枕元のランタンに手を伸ばし、火を落とすと
「おやすみ。」
と言って、眠りを強要してくる。
「まだ話したい。」
「私は寝る。」
クローバーは譲歩という言葉を知らない。とにかく自分が優先なのだ。それが面白くて、僕は「ふふっ」と笑ってしまった。
「じゃぁ勝手に話す。」
「好きにしろ。」
僕を無視するように、クローバーは寝返りを打ってこちらに背を向けた。僕は気にせず、その背中に向かって話し出す。
「僕はさ、もう諦めたんだ。」
幼い頃、僕は大切な妹を失った。それで、あっという間に人生の全てが、どうでもよくなってしまった。それくらい、僕にとって妹のルアンナは、この世界の全てだったのだ。
ルアンナは、疎まれ、奪われ、虐げられるだけの僕を、唯一受け入れてくれた。ただ愛してくれた。そんな彼女がいなくなった世界に、既に未練はない。
もう僕を、タダで愛してくれる人はいない。それが、悲しくて、僕はカードを集めることを放棄した。欲しいポーカー・ハンドは、もう二度と作れないのだ。
「欲しいカードはもう手に入らないって、僕は知ってるんだ。ないものねだりはできない。だから、もういいやって……。」
「子供かよ……。」
背を向けたままのクローバーが、呆れたように漏らす。
「違うカードで、似たような手を作ればいいだけなのに、それすらやらないのは、ただ怠惰なだけだ。」
クローバーの言うことも一理ある。面倒であるのは確かだ。でも、それ以上に、僕は虚しかったのだ。
「代わりのカードを作ることが、僕にとっては空虚なことだったんだ。」
ポーラは、母親の代わりに、自分を認めて受け入れてくれる人を探していた。そして、あの教会に辿り着いたのだ。エースとケイプの兄妹も、そしてクローバーも、条件付きで、ポーラを許容した。
無償の愛を他人に求めても、手に入らない。だから、条件付きので許容してもらう。
それは空虚なものだと、僕は思っていた。ポーラのあの笑顔を見るまでは…。
「でもね、今日のポーラさんを見て、そうでもないかなって。」
覚悟を決めて、嬉しそうに微笑むポーラを見て、僕は羨ましいと思ったのだ。
「だから、ありがとうって。」
「文脈がまったく読めない。」
クローバーはそう言いながらも「ククッ」と笑いを堪えている。
クローバーがポーラを助けた理由は、僕にはわからない。クローバーのことだから、きっとポーラのためでも、僕のためでもないだろう。それでも、僕は確かに、クローバーの行動によって、新しい世界を見ることができた。
「悪くないだろ?この世界も。」
クローバーが、寝返りを打って、僕の方に身体を向ける。珍しく上機嫌だ。僕の言葉のどこが嬉しかったのか、皆目見当もつかないが、機嫌がいいことにこしたことはない。
「悪くないかもね。」
僕はそう言って笑った。
無償の愛なんてものは幻想だ。そんなものは存在しない。でも、存在しなくても、この世界は案外悪くない。
「さぁ、もう寝ろ。そして、明日私をまた起こしてくれ。」
クローバーはそう言いながら、頭まで布団を被る。
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
僕はメガネを外すと、クローバーにならって布団に深く潜り込む。
奪われるくらいなら、誰にも愛されなくていい、誰も愛さなくていい。もう僕は、何も持たない。僕はそうして世界を拒否していたけれど、愛が何かを奪うとは限らないらしい。それがわかっただけで、僕の心は軽くなった。
人は簡単に変わらない、変えられない。それでも、クローバーと一緒なら新しい何かを掴めるのではないかと、柔かい期待を抱いてしまう。裏切られてもいい、そもそもそんなに強く願っていることでもないのだ。
ゆっくり呼吸を繰り返せば、ドロリと甘い睡魔が思考を支配する。僕は抵抗せず、その甘さに飲み込まれるように淡い夢へと落ちていった。