アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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番外編~ユイゼお姉ちゃん その4~

「はぐれちゃったか……。」

「どーします?」

心配そうにこちらを見上げてくるレッコに、セリクは困ったため息を返す。まさかこんな事態になるとは予想外だった。

「事前にはぐれた時の行動を決めておくべきだったな。」

そう呟いてみても、すでにあとの祭りだ。

「1度戻るっすか?」

「うーん……。」

ユイゼはレッコとラトのこの依頼にいつになく張り切っていた。なのでアリアドネちゃんを使用して脱出、退却する可能性は限りなくゼロに近い。そうなると先に進むか、1度戻るかの2択になるが、どっちもアタッカーであるユイゼとラトのペアは、戦力バランス的に不利な状況である。つまり2人だけで先に進むのはリスクが高い。

「1度戻って待ってみよう。」

「はいっす!」

そう言って元きた道を戻るセリクに、レッコが続く。

「居ないっすね。」

「うーん……とりあえずちょっと待ってみて来ないようなら先へ進もう。」

沈黙。

ユイゼたちが来る気配はない。

「もう外に出たとか?」

ラトならそうしそうだとレッコは思っていた。無理そうなら退却するのが彼の性格だ。無謀なことをしてしまうのは、だいたい自分が無理やり付き合わせている場合が多い。背中を押すレッコが居なければ、本来のラトは慎重でリスクを避ける傾向があった。

「ラトくんはわからないけど、ユイゼちゃんは脱出なんて選択肢は持ってないよ。」

それは断言できる確信があった。ユイゼは大人しそうに見えて芯は強いのだ。ちょっと頑固で、いざという時は火の玉みたいに飛んでいく、そんな勢いと強さがある。

「ユイゼちゃんなら、ラトくんをしっかり守って進むって考えると思う。」

セリクはそう言いながら、剣を抜くとゲルミを探す。

「セリクさんはユイゼさんを信じてるんっすね。」

「信じるというか、知ってるだけだよ。他の人よりユイゼちゃんのことを。」

自分のことも、ラトのこともまだよくわかっていないレッコは、そう堂々と言えるセリクが少し羨ましい。だから

「ラブラブなんすね。」

なんて言って茶化してしまう。

「い、いやそんなんじゃ……!もう、年上をからかうもんじゃないよ。」

セリクはそう窘めるように返したが、照れて頬を染めながらだったので、威厳は感じられなかった。そんなセリクの姿に、レッコはニヤニヤ顔が隠せない。

「さぁ、ユイゼちゃんたちは戻ってこない様だし、先に進もう。」

セリクはごまかすようにそう言うと、剣を取りゲルミ目掛けて斬りかかった。

 

 

 

痛む体でウーシアナイフを振りかざし、ユイゼは懸命に戦う。フェイタルエッジでクロコワニを切り割けば、肉に食い込む確かな手応えがあった。けして勝てない相手ではない。

そうして戦いながら、ユイゼはいつも自分を守ってくれるセリクに思いを馳せる。セリクと一緒に戦闘する時のユイゼはいつも自由だった。地を舞い、空を駆け、敵に攻撃することだけを考えていればいい。いわゆる脳筋だ。それができていたのは全部セリクがいたからだったと、ユイゼは今になって気がついた。

ラトを守りながら戦うことは、すごく難しいし、そして何より怖かった。自分のせいで大事な人に痛い思いをさせてしまう、最悪死なせてしまう、そんな責任を負うことが、ユイゼは何よりも恐ろしいのだ。

セリクにそんな重責を負わせていたことに今まで気づかなかった自分が悔しいと思うと同時に、今すぐそれに縋りたいという、弱い自分が出てくる。ユイゼは歯を食いしばって涙を堪えながら

「セリク……。」

と小さく呟く。その瞬間

「ユイゼ!!」

聞きなれた声とともに、セリクがクロコワニの前に躍り出た。

「レッコちゃん、回復を。」

そう指示しながらセリクはヴァンガードを使い、ユイゼからヘイトを奪う。

「ラト?大丈夫?」

レッコの呼び掛けにラトは

「レッコ……。」

と、安心したため息をついた。

クロコワニの攻撃を盾で防ぎながら、セリクはソイルスラッシュで反撃する。対ゲルミ用のスキルだったので、さほどダメージは与えられない。

そんなセリクの横からユイゼが風のように飛び出し、フロストライズをお見舞いする。死角から急に弱点属性攻撃を食らったクロコワニは雄叫びのような悲鳴をあげる。ユイゼはその叫びをものともせず、華麗に着地すると、バックステップでセリクの後ろに陣取り、ウーシアナイフを構え直した。

「ユイゼちゃん、行くよ!」

「うん!」

武器を構える2人をレッコがハイオーラを唱えて援護する。

ユイゼの中にじわりと安心感が広がっていく。緊張で冷たくなっていた心がゆっくりと解きほぐされ、陽だまりのような暖かさに包まれた。セリクが来れば恐れるものは何も無い。ユイゼは水を得た魚のように、縦横無尽に駆け回る。

セリクがアースリッジでクロコワニを怯ませた隙に、ユイゼはセリクを飛び越すように高く舞い上がった。ユイゼの若草色の目が、クロコワニをゆっくり捉え、鋭く光る。次の瞬間、ユイゼのグリムリーパーでクロコワニは一瞬で黒い霧になった。

 

 

 

「セリク!!」

「おわっと!!」

戦闘が終わり洞窟内に静けさが戻ると、ユイゼはセリクに駆け寄り、抱きつくように縋った。

「ゆ、ユイゼちゃん!?!」

突然の出来事にセリクは顔を赤くしながら戸惑った声を上げる。

「ごめんね、セリク。ごめんなさい!」

はぐれて、迷惑かけて、いつも守ってくれて、簡単なことに気づけなくて。それらを伝えようにも、どう言ったらいいのかわからず、ユイゼは結局ごめんしか言えなかった。

「ごめんなさい、ほんとにいつもごめんね。ごめん……。」

「だ、大丈夫。ユイゼちゃんは悪くないよ。むしろ、ラトくんと2人でいっぱい頑張ってくれたじゃないか。」

そう優しく微笑むセリクに、ユイゼの心は救われる。セリクはいつも優しくて、自分を許してくれる。そんなセリクにユイゼはまだ甘えていたい。

ユイゼはセリクにギュッと抱きつくと、堰を切ったように

「ふえーん!」

っと泣き出した。

「ゆ、ユイゼちゃん落ち着いて…!だ、大丈夫だよ!」

いつもなら受け入れてヨシヨシし返すセリクだが、今回はすぐ近くにレッコとラトがいる。

レッコが目を見開きニヤニヤしながらこちらを見ているのに気がついたセリクは、恥ずかしさにあわあわしながら、早くユイゼが落ち着くよう、繰り返し「大丈夫」と声をかけた。

「レッコ、ごめんね。」

「無事ならよかったよ。久々の家族水入らずの時間はどうだった?」

「中々刺激的だったよ。」

珍しく軽口を叩くラトに、レッコは少し驚きながらも笑顔を向ける。

「僕も強くなりたいなぁ……。」

1つしか違わない姉のユイゼは、自分のために覚悟を持って戦ってくれた。その強さがラトは羨ましい。

「さぁ、ユイゼちゃん、まだボスが残ってるよ。」

だんだん落ち着つきを取り戻してきたユイゼに、セリクが声をかける。

「ボスって強いんすか?」

「そうだね。でも、4人いれば大丈夫だよ。」

セリクの微笑みに、レッコとラトは顔を見合わせ期待に胸を膨らませた。強い敵と戦って、いっぱい経験値がもらえる。それは今の2人にとって勲章のような栄誉だった。

「ユイゼちゃん大丈夫?行ける?」

「う、うん……。」

目と鼻を赤くしグズグズいいながらユイゼが返事をする。

「ラトちゃん、ごめんね……。また泣いちゃって……お姉ちゃんなのに……。」

「泣いたっていいですよ。泣き虫だってユイゼさんは僕の強いお姉ちゃんです。」

心の底から出た真実の言葉だった。ユイゼは強くて、かっこいい。自分もいつかそうなりたいと思える存在だ。

ラトは一生懸命涙を拭うユイゼに微笑みかけると、背筋を伸ばし

「守ってくれてありがとうございました。」

と最敬礼した。

 

 

 

マーロ共和国の宿屋で、ユイゼは陽の香りのするベットに倒れ込み「ふー」と安心した息をついた。

外はすっかり日も暮れて薄墨を流したような空にいくつもの星が瞬いている。

そんな夜の気配を窓の外に感じながら、セリクとユイゼはまどろみの前のリラックスタイムに浸っていた。

「ユイゼちゃん、今日はお疲れ様。頑張ったね!」

シャワーを浴びまだ乾かしきっていない髪をタオルで拭きながら、セリクがそう声をかける。ユイゼは猫のようにタオルケットに絡みつきながら

「うーん……。」

と悩ましい声を返す。

「ねぇ、セリク。」

「ん?」

「私ちゃんとお姉ちゃんできたかなぁ……?」

ユイゼはそう問いかけながら、今日の出来事を振り返っていた。思い出されるのは、慌ててドジをしてどうにもできなくて泣いている自分ばかりで、ユイゼは暗い気持ちになる。

「私ってほんとドジでいつも迷惑かけて……。セリク、ごめんね。」

ユイゼはタオルケットを頭から被って顔を隠しながら、今にも泣きそうな濁った声で謝罪する。

「ユイゼちゃん……。」

セリクはそっと寝転がっているユイゼの隣に腰掛けると、タオルケット越しに優しく頭を撫でた。

「大丈夫だよ。ユイゼちゃん、いっぱい頑張ったじゃないか。」

「でも……。いっぱい迷惑かけた。」

頑張っても上手くいかない。それどころかどんどん問題を起こしてしまう。ユイゼはそんな自分が嫌いだった。

「迷惑じゃないよ。それにユイゼちゃんが頑張ってくれたから、無事に合流出来たんだよ。」

セリクはユイゼが被っているタオルケットをガバっと引き剥がすと、素早くその顔を覗き込む。そして目を真っ赤にしてポロポロと涙をこぼすユイゼに微笑みかけた。

「あぁ……!」

泣いているところを見られてたくないユイゼは慌てて手で顔を隠すが、セリクは気にせず続ける。

「ユイゼちゃんは確かにちょっと抜けてるとこもあるけどさ。でも、僕はユイゼちゃんの頑張ってるとことか、できてるとことか、ちゃんと見てるよ。ラトくんも、みんなだってそうだよ。だから、ユイゼちゃんがミスしたって気にしないんだ。」

「みんながそうやって、気にしないで許してくれるのは、みんなが優しいからでしょう?」

ユイゼが涙で滲んだ声で絞り出す。自分はその優しさに甘えてるだけで、本当は何も出来ていない。そんな思いばかりが膨れ上がって、ユイゼの自信を根こそぎ奪っていた。

「ユイゼちゃん、みんな必ずしもタダでユイゼちゃんを許してるわけじゃないんだよ。」

手放しで全てを許してくれる人など早々存在しない。みんながみんな聖人君子ではないのだ。

「みんなユイゼちゃんを見て、大事なものをもらってるから、ユイゼちゃんのこと認めてるから、許してくれるんだよ。」

「大事なもの?」

自分はいつも与えてもらっているばかりで、何かを与えているなんて考えもしなかったユイゼは、こぼれ落ちる涙をタオルケットで拭いながら、不思議そうに首を傾げる。

「優しさとか、勇気とか、強さとか。ラトくんはユイゼちゃんを見て、それをちゃんと受け取ったから「強いお姉ちゃん」って言ったんだよ。」

自分の意識では計り知れないところで、誰かに何かを与えている。

セリクだってそうだ。セリクの優しさはいつもこうやってユイゼを救ってくれるが、セリクはユイゼに何かを与えているなんて意識はないだろう。それはユイゼが勝手に受け取ったものだ。ユイゼがそうするように、セリクもラトも、ユイゼから何かを受け取っていた。

それに気づいたユイゼは、暖かい気持ちに包まれて安堵する。出来ないことを嘆きながら、無理して頑張らなくても、ユイゼが何かを与えようとしなくても、みんな勝手に受け取ってくれるのだ。

もっとちゃんとやらないと、頑張らないとと、ユイゼはいつも焦っていた。その焦りがユイゼの足枷になり、ミスを呼び、失敗してしまい、またちゃんとやらないとと焦る。ユイゼはその悪循環にずっと振り回されていた。

でも、もう大丈夫。セリクが気づかせてくれた。

「ねぇ……セリク……。私もう無理して頑張らなくてもいいかな……?」

「うん、そうだね。ユイゼちゃんはもう少し肩の力抜いた方がいいよ。」

セリクはそういうとユイゼの柔らかい髪を撫で付ける。ユイゼはそれが嬉しくて、心地よくて、安心できて、ゆっくり目を瞑るとセリクに身を任せた。

頑張らなくても大丈夫。その安堵から、ユイゼのまどろみは強くなる。

「ねぇ?セリク……?」

「ん?」

「セリクは私から、どんなものを受け取ってるの……?」

「……!」

ふわふわとおぼつかない思考の中に浮かんだ1つの疑問を、何も考えずにユイゼは口にした。

「ぼ、僕は……。」

セリクは思わず頬を染めてユイゼから目をそらしたが、睡魔に押しつぶされそうなユイゼは気づかない。

「セリクあのねぇ……セリクが私から何か受け取って、それでセリクが幸せになってくれたら……嬉しいなぁ。」

ユイゼはそう呟きながら温い夢へと落ちていく。

「セリク……ありがとう……。」

そう言うか言わないかのうちに、ユイゼは寝落ちた。

残されたセリクはすやすや眠るユイゼの頭を優しく撫でていた。

「僕はユイゼちゃんが大好きで愛おしいくて、ユイゼちゃんが居ればなんだって頑張れるって思うくらい、ユイゼちゃんから元気をもらってるんだよ。」

そう呟きながら、セリクは顔を真っ赤にして俯く。ユイゼが寝ていたから言えることだった。面と向かっては恥ずかしすぎて絶対無理だ。

「ふにゅ……うん……。」

急に寝返りをうったユイゼに、セリクはビクッと体を震わせ、心臓をバクバクさせた。恐る恐るユイゼの様子を確認すると、ユイゼはむにゃむにゃと寝言を言うだけで、再び深い眠りに落ちていく。

セリクは安堵すると同時に、そんな自分が本当にくだらなくて、馬鹿らしくて、思わず笑ってしまう。クスクス笑いを押し込めながら、セリクはユイゼに優しく微笑みかける。

「ユイゼちゃん、ありがとうは、僕の方だよ。」

セリクはそう言って愛おしそうにユイゼの頭を撫でつけた。

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