アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「おひさし……ぶり……かな」
突然の声に、私とエルサイスは顔を見合わせる。エルサイスはバックをガサゴソとあさると、タオルに包んだハート型の石を取り出した。
「すいません……あなたはどなたですか?」
石に封印された魔王ちゃんが、恐る恐る話しかけてくる。
「私は私だよ。どうしたの?魔王ちゃん。」
私がそう応えると、魔王ちゃんは
「よかった……。私、捨てられてなかった!」
と、安堵の声をあげた。
「魔王ちゃんを捨てたりなんかしないよ。」
私はエルサイスから石を受け取ると、ギュッと抱きしめるように握る。大事な友人を捨てたり、誰かに渡したりするものか。
「どうかしたんです?」
封印された魔王ちゃんは滅多なことでは話さない。話すとエネルギーを使うというのもあるが、敢えて外界との関わりを絶っているような節もあると感じていた。その魔王ちゃんが自ら口を開いたということは、よっぽどのことなのだ。
「この塔は願いが叶う塔なのよね」
魔王ちゃんに言われ、私とエルサイスは時渉りの塔を見上げる。塔は高く、その先は雲に隠れ、てっぺんは見えない。
「まぁ……そう言われてるけど……。」
この塔はあの『祈りの教団』が管理している。人間に魔物の血を混ぜ不老不死にし、人の命から万能薬を作る、あの教団だ。
この願いが叶う塔だって、一体本当は何をしているのか わかったものではない。
私は曖昧に言葉を濁した。
「神様、私の願い事、かなえてくれないかなぁ」
「願い事?」
「私を死なせてくださいって……」
「!!」
思わず否定の言葉を叫びそうになった私を、エルサイスが肩に手を置いて制止してくる。
ここで「そんなこと言わないで」と言うのは簡単だろう。でも、永遠に生きる苦しみがどんなものなのか、想像すらできない私に、そう言う権利などあるのだろうか。
魔王として追われ、人間に恐れられることに疲れた魔王ちゃんは、自ら封印されることを選んで、外界との関わりを絶った。でも、そのせいで寂しさは埋まるどころか、どんどん深くなってしなったのだ。
今は私が居てあげられるが、この先何十年後はどうなっているかわからない。その責任まで持てないのであれば、安易に「死なないで」なんてことは言えない。
私は言いかけた言葉をぐるぐる巻にして、胸の奥に押し込めると、粘度の高いため息を吐く。針金を飲み込んだような気分だった。
うなだれる私の背中をエルサイスが優しくさすってくれていた。ふと、その顔を見ればいつもの優しそうな笑みが張り付いていて、目が合うと「よく我慢したね」と言うように、ニコッと笑いかけてくる。
上から目線が鼻について、私はその顔を手でグイッと押して遠ざけた。
死なないでとは言えない。でも、魔王ちゃんは寂しいのが辛いだけなのだから「死ぬ」という選択肢は違う気もする。
「ねぇ?魔王ちゃんはそれで本当にいいの?」
私がそう尋ねると、魔王ちゃんは一瞬迷うように押し黙った。
沈黙。
「本当の願いは、もう、叶わないから」
魔王ちゃんが悲しそうな声でそう沈黙を破る。
「私、人間に戻りたい。」
魔王ちゃんの願いに、私は心を揺り動かされた。死にたくなんかない、ただの人として生きたい。当たり前の生と死を持っていることが、どれだけ尊いことなのか私は思い知らされ、その言葉に畏怖さえ覚える。
「って、ムリよね!願い事って一生に1度だけだもの。私はもう叶えちゃたし。気にしないで!私は今、こうやって冒険できるだけでも楽しいから!本当よ!」
「魔王ちゃん……。」
空元気なのはすぐにわかった。でも、そうでもしないとやってられない気持ちもわかる。私は少しでも魔王ちゃんを慰めようと、石を撫でて擦ってみたが、冷たい感触が手に伝わるだけで、大した意味はなかった。
「さて、どうしようか。」
再び黙ってしまった魔王ちゃんをタオルに包み直し、バックにしまいながらエルサイスが聞く。
「うーん……。」
魔王ちゃんのことは、なんとかしてあげたい。でもそれには、この塔の上を目指さなければならない。それは、祈りの教団に関わるということだ。
「祈りの教団はすごく厄介だよ。」
エルサイスが警告してくる。
「わかってるよ。」
それは不老不死の村や、地下工場で散々見てきたことだ。それでも尚、私には貫きたい思いがある。
「エル、私は魔王ちゃんの願いを叶えてあげたい。」
私は魔王ちゃんが好きだった。強くて優しくてかわいい魔王ちゃんは、私の大事な友達だ。その心を救ってあげたかった。
「クロがそう言うなら、行こう。」
エルサイスはそう言って微笑む。
いつだってそうだ。エルサイスは私のやることを否定しない。必ずついてきてくれる。そういうところは好感が持てた。
「とりあえず、行こうか。」
私たちはゆっくり塔の入口へと歩みを進める。塔の扉は押すと意外にも簡単に開いた。鍵もないし、見張りもいない。
「拍子抜けだな。」
「信者を集めるには、このくらいのセキュリティの方がいいのかも。」
エルサイスの言う通り、幅広く人を集めるには、このくらいの方が罠にかけやすい。毎回毎回ロッツのような魔王を門番として置いていたら、来る者も来なくなってしまうだろう。
「あなたも我が教団に入信を?よい心がけでございます。さきほどの方に続き、箱にお入りください。」
中にいた教団の関係者、ドライドという老紳士にそう案内される。箱に入れば塔のてっぺんまで一瞬で連れていかれ、箱の中で魂を俗世から分かち、神の世界とチャンネルを合わせる禊が行われるらしい。
何を言っているのか私にはさっぱりだったが、この高すぎる塔のてっぺんまで簡単に行けるなら悪くはないだろう。
てっぺんには願いを神に取り次ぐ人がいるようで、その人会って願いを叶えてもらうシステムのようだった。
「誰か先に来てたみたいだね。」
案内された箱の前で、エルサイスが耳打ちをしてくる。
「先に?」
「さきほどの方に続きって言ってたからね。」
言われればそうだった。エルサイスは細かいことによく気がつく。しかし、それがどんな意味を持つのかは彼にも、私にもまだわからない。
「あんまり関わりたくないな。」
私はあくまで魔王ちゃんの願いを叶えるために来たのであって、祈りの教団に入信をする気はない。こんな教団に自ら進んで入信するやつとは、気が合いそうにもなかった。
ガシャンと音を立てて、箱の格子戸が勝手に開く、特殊な機械仕掛けに、エルサイスは興味津々の様子で顔を近づける。
「挟まれるぞ。」
そう注意しながら、私は箱に足を踏み入れた。
「あ。」
「あなたたち!」
「おや?エナさんではないですか。」
先客というのはエナのことだったようだ。
思わぬ遭遇に、私もエルサイスも目を丸くして驚く。
「あなたたちも来ちゃったの?本気?この先は危険かもしれないわよ?」
危険かもしれないではなく、危険なのだ。エナいつもどこか少しズレている。
「エナさんはどうしてここに?」
エナの説明によれば、地下工場でロッツに万能薬を飲まされたエナのパートナーのマナはまだ見つからないらしい。それは心配だが、とりあえず居場所がわかっている弟のロイをなんとかしようと思い、教団に入信するふりをしてここに来たようだった。
「!!」
「動き出した……!」
突然箱がガタゴトと音を立てて動き出し、ゆっくりと上へと引っ張り上げられていく。エルサイスはうろちょろと狭い箱の中を動き回りどういう仕組みになっているのか調べ始める。
「怪我するぞ。」
私は呆れたため息をつく。錬金のこととなると、エルサイスは夢中になって周りが見えなくなってしまいがちだ。
「これをつけて。」
そう言って、エナがガスマスクを渡してきた。
「なんだこれ。」
エルサイスも私も、怪訝な顔をする。
「いいから、早く。」
有無を言わせぬエナの物言いに、一瞬反発を覚えたが、本能的に従った方がいい様な悪い予感がして、私は渋々ながらもマスクを被る。
次の瞬間、箱の中に白い霧が散布された。
「!!?」
「多分毒はないよ。死にはしないし、肌に触れても大丈夫。」
パニックになりかけた私に、エルサイスが冷静に言う。
見た目だけで何がわかるというのだと思ったが、エルサイスにはそれなりの知識がある。今は自分の思い込みよりそれを信じた方がましだろう。
「「あなたの願いは教団が最強の人類を作り出すことあなたの願いは教団が最強の人類を作り出すことあなたの……」」
「なんだこれ。」
どこからともなく不気味な声が、箱の中に響き渡る。
「これ、暗示ですか?」
エルサイスがエナに尋ねた。
「そう。今の白い霧は催眠効果を引き起こすガスよ。実際、信者だったって冒険者を探し出して、その時のことを聞いたの。」
「なるほど、それで願い事をすり替えるんですね。」
教団が言う禊とは、そういうことだったのだ。催眠効果で洗脳して教団の願いを叶えさせている。信者はそのコマに過ぎない。
「多分教団が作った錬金術でしょうね。」
「そういうことなら、今のガス吸ってみたかったですね。どんな風になるのか体験したかったです。」
「馬鹿なこと言うな。」
私はエルサイスを小突いて窘める。本当に錬金のこととなるとエルサイスは見境がない。私以上に危ないやつだ。
「最強の人類ってなんだろうな?」
私がエルサイスに聞くと、エルサイスは肩をすくめるだけで何も言わない。知らないと言うより、興味があまりなさそうな顔だ。
「それもだけど、もうひとつわからないことがあって、願いを叶えた人は、どこに……」
塔の外で家族や友人が教団に入ったきり戻ってこないという人たちが、クグツという人物をリーダーにして抗議活動をしている。その戻ってこない彼らの家族や友人たちは、一体どこに消えたのだろうか。
「行きは良い良い帰りは怖い……だなぁ……。」
「なにそれ?」
「通りゃんせ。童歌。」
急に歌い出した私に、エルサイスが怪訝な目を向ける。危ないやつと思っているのかもしれない。でもそれはお互い様だ。
「……そろそろ着くかしら……。」
全ての答えはこの上にある。答えが多ければ多いほど知る代償も大きい。それに私は耐えられるのか。
結局「わからない」というのが答えだった。全てはなるようにしかならない。
ただ代償を払う覚悟はあった。
箱が止まり、格子戸がガシャンと音を立てて開く。
私とエルサイスは覚悟を持って、塔の最上階へと一歩踏み出した。