アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
私も、エルサイスも、不老不死にはなりたくない。
では、フジはどうだったのだろう?
彼は『また元気になって旅に出たい』とは、いったが、『不老不死になりたい』といったわけではない。
本当にこれで良かったのか?
それは私も、そしてエルサイスも、自分と向き合う過程で考えてきたことだった。
酒場を出ると、冷たい風が頬を刺す。
「さっむ。」
シュリンガー公国は、冬の雪と、春の桜が共存する、不思議な国。
その景色は美しいが、桜が咲いているからと言って、暖かくはなく、季節は雪が降る冬そのものだ。
街ゆく人立ちは分厚いコートに身を包み、しっかり防寒対策をしている。
一方私が着ている、ワイルドロアの服は、布面積が幾分少なめで、腕も足も、そしてヘソまで出てしまっている。
この冬の国では、かなり浮いている軽装だ。
「風邪引くよ。」
エルサイスはそう言いながら、後ろから抱きつく仕草を見せた。
私はそれを拒否するように、エルサイスの顔に手を押し付けて、跳ね除ける。
「うぐっ。」
エルサイスが呻く。
こいつは隙があればすぐこれだ。危ない。
私は街の外へ駆け出す。
公国を出て、雪山と平原に出てしまえば、寒さはそんなに厳しくない。
思った通り、草原には、春のような暖かい風が吹いている。
私とエルサイスは、無言のまま、草原をフラフラ歩いた。
無理に言葉を交わさなくても、気まずくなることはない。気を使わなくていいので、ほっとする。
公国を出て、まっすぐ歩いていくと、川に辿り着いた。そのまま川辺に沿って歩みを進める。
エルサイスも、黙って私に付いてくる。
滝が見えてきたあたりで、私は腰を下ろした。
顔にかかる、僅かな水しぶきを楽しむ。
すぐ後ろの道をまっすぐ行けば、不老不死の村だ。エルサイスがそっちの方を見ながら
「クロはさ、あの夫婦のこと、どう思ってる?」
と聞いてきた。
あの夫婦とは、フジとフニエのことだろう。
「うーーん 。嫌いではないかな?多分。でも、よくわからない。エルは、どう思うの?」
そう聞きながら、エルサイスの顔を見上げる。
「僕?僕はね……。」
エルサイスはそう言いながら、私の隣に腰を下ろした。髪が、私の肩に触れて、くすぐったい。
「不老不死になっても、フジさんは変わらなかった。フニエさんもね。あの2人は、どうなっても[日常]を続けて行く気だった。僕はそれは、素晴らしいことだと思うよ。」
べた褒めだ。
「まさに、健やかなるときも、病めるときも。だ。」
私は結婚の誓約を口ずさむ。
「そうだね。その覚悟とか、意思の強さとかに、僕は圧倒されたし、長年付き添ってきた、2人の愛を感じたよ。」
私もそうだった。すごいと思ったのだ。
「でも…」
そう、でも、なのだ。
「でも、あの2人は、本当に不老不死のリスクを理解した上で、そういう覚悟を持ったのか、僕はそこが疑問なんだ。」
「うん。」
2人は不老不死について、本当によく考えたのだろうか?
それがずっと引っかかっているのだ。
「私はね、思うんだ。」
そう言いながら、私は両手を上げ、ぐぐっと伸びをすると、後ろに倒れ込んだ。
仰いだ空は、雲ひとつなく、澄み切っていて、とても綺麗だ。
「考えたとしても、考えきれるものじゃないなってさ。」
「だからって、考えないって言うのかい?」
珍しく、不愉快そうな顔をするエルサイス。それだけ真面目に、この問題に向き合っているのだ。
「そういう意味じゃない。考えたり、悩んだりすることは大事さ。私とエルみたいに、空虚な気分になるかもとか、色々考えたかもしれない。でも、ある程度考えたら、もう踏み切るしかないのかなって。」
不老不死は不可逆的なもので、1度なったら戻れない。かと言って、いつまでも迷っていれば、死というタイムリミットが待っている。
「妥協論的な?」
そう言って、私の横に、エルサイスが寝転がる。
「命に妥協するのは、馬鹿馬鹿しいけどね。でも実際なってみないとわからないことだってある。」
エルサイスは納得していない様子だ。
しばしの沈黙。滝の水音だけが響く。
先に口火をきったのは、エルサイスだった。
「なんかさ、僕らは、見当違いな考えをしてるんじゃないかって。」
「見当違い?」
「うん。そもそも、フジさんとフニエさんは、救済者側から、不老不死について、十分な説明を受けてるとは思えない。」
それは、私も、エルサイスも、エナも同じだった。
「その時点で、あの夫婦は、不老不死について、正確に考える機会を持って無かった。」
確かに、そうだ。
全ての取引はギブアンドテイクだ。
リターンにはリスクが、リスクにはリターンがある。
救済者側は、不老不死というリターンの話はするが、リスクの話はしなかった。
「でも、フジさんとフニエさんは、リスクを無視してでも、不老不死になる覚悟があったのかもしれないよ。」
あの仲の良い[けなし愛]夫婦だ。その可能性は十分ある。
私の意見に
「だとしても、救済者側からちゃんと、リターンを得ることで起こりうる、リスクの説明を、きちんとすべきだと、僕は思うんだ。」
と、エルサイスが反論する。
それが人間としての誠実さということだ。
「救済者が本当の善人だと言うなら、そうでないとおかしいってことか。」
そう私が言うと、横でエルサイスが「うん」と頷く。
「最初は、熟考しない夫婦に問題があると思ってたけど」
「きちんと説明しない救済者たちの方が問題か?」
エルサイスの話を、私が途中で引き継ぐ。
「そうだと僕は思うよ。情報が揃ってないまま、考えさせられて決めたことの責任を、2人に求めるのまぁまぁ酷な話だよ。」
エルサイスはそう言いながら、両手を空に向けて、伸びをする。
「まぁリスクなんて本当に無いかもしれないけど。」
「リスクが無いなんて、1ミリも思ってないだろ。」
そう突っ込んだ私に、エルサイスは苦笑いを返すだけだった。ごまかされた感が拭えない。
「で、どうする?」
エルサイスが、起き上がりながら、私に聞く。
「何が?」
私も、お腹に力を入れると、勢いよく起き上がる。
「不老不死のリスクについて、調べてみるかい?」
エルサイスが、真紅の目を細めながら、イタズラっぽく笑う。
私は後ろを振り向き、不老不死の村へと続く道を見つめた。