アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「いらっしゃいませ。私たちは神様にお仕えする巫女。」
「我々があなた方の願い事をお届けします。さて、どなたからお聞きいたしましょう?」
石畳の参道、赤い鳥居、白い障子の奥に、巫女はいた。巫女の2人は姉妹のようで、服や出で立ちが似ていたが、先に口を開いた妹のコミットの方はボソボソとはっきりしない話し方で、後の姉のクラナはハキハキと気持ちのいい話し方という違いがあった。
巫女の2人は人間のような姿をしているが、中身までそうかはわからなかった。神に仕えているというなら、肉体も魂も神に近い存在なのかもしれない。
では、その神とはどんな存在なのかと言われれば、私には検討もつかない話だ。私はそこで思考を止める。神とは?なんて不毛な問は今ここで問題にすべきものでもない。
「私……いいかな?」
エナが遠慮がちにお伺いを立ててくる。私は一瞬エルサイスに目配せしてみたが、彼はもっと他のことで頭がいっぱいらしく、顎に手を当てたまま考え込み、心ここに在らずだった。
私は呆れたため息をつくと、エナに「うん」とうなづいて返し、先を譲る。
「弟がこの教団の信者になったんです。その弟と会わせてもらえませんか。」
エナの願いに巫女たちは困ったように顔を見合わせた。なんだか気まづそうなその雰囲気に、私は嫌なものを感じる。
「えっと……ごめんなさい。あなたの言う教団と私たちは直接のかかわりはなくて、ですね……」
コミットが困ったように言う。
「我々は神からの言いつけにより、ここにいて、皆様の願い事をお聞きするだけ。」
クラナがキッパリとした口調で続く。
「つまり、あなた方は教団とは無関係で、別の意思で動いているというわけですね。」
エルサイスが真剣な表情で確認する。
「無関係と言っても、ここに来る手段として教団があるわけだから、知らぬ存ぜぬで通すのは無理があるだろ。」
巫女が祈りの教団について、何も知らないはずはないのだ。
「教団では入信するとあなたちに会えて、願いがかなえられるって宣伝してるけど……」
エナが困ったように眉を下げながら言う。ここに来れば教団の核心をつけるような気がしていたのに、あてが外れて戸惑っているようだ。
「つまり、利用されてるってわけね。」
魔王ちゃんが突然割り込んできた。エルサイスは慌ててバックから石を取り出すと、手のひらに乗せて巫女たちが見えるようにする。
「えぇ、知っています。でもそれも人が願った結果。」
コミットが感情のこもっていない声で返す。
「教団を作った人たちが私たちを利用したいと神様に願ったから、それが叶えられたまで。すべての人の願い事を平等に叶える。それが神様の信念ですから。」
なんだか気持ちが悪い。納得のいかない話だ。教団は元より、この巫女も神とやらも、どこか歪んでいるようで居心地が悪かった。
私はエルサイスが伺う。彼は口に手をあて、まだ何か考えていた。
「どう思う。」
「うーん……なんとも言えないね。神様って本当になんなんだろうね。」
エルサイスはそれだけ言うと押し黙ってしまう。なんの参考にもならなかった。
神様が平等に願いを叶えるというなら、教団が言う「最強の人類を作り出すこと」に対して、私が「最強の人類を作り出すことを阻止すること」と願ったら、一体どうなるのだろう。誰かの願いは、誰かの不幸で、その逆もまた然り。平等に叶えていったところで、どちらか1つを選ばざるおえない状況のときに、神は一体どんな判断を下すのだろうか。
考えても栓のないことだった。わかったのは神はただ願いを叶えるだけであって、その人を幸せにするものではないということだけだ。それは万能の神としてふさわしい振る舞いかもしれないが、どこか機械的でもあり、違和感があった。
「それはそれとして、あなたの弟さんの件ですが……」
クラナがエナに向き直って話を変える。
「ロイはどこにいるんですか?」
エナは少し期待した目でクラナを見つめ返した。
「あなたはその弟さんに、つい先ごろ再会されていますね。」
「!!」
エナは驚きを隠せない様子で目を見開き「いつ……?」っと呟くように漏らす。
「この塔を守る白いドラゴンをあなたはご記憶ですか?」
嫌な予感が黒い霧のようにまとわりついてくる。吐き気がしそうだ。
「まさか……?」
エルサイスが眉間にシワを寄せながら先を促す。彼もまた、いい気はしていないようだ。
「そうです、あのドラゴンが弟さんです。」
思った通りの結果に私はため息をつく。なんとも救われない話だ。何をどうしてそうなったのか私には皆目見当もつかないが、嫌悪感だけが胸に重くのしかかる。
「え……それって……どういうこと……?」
事態をうまく飲み込むことができないエナはポカンと口を開けたまま呆然としていたが、みるみる怒りを込み上がらせると
「……ロイ……!!」
と、言い残しこの場を乱暴に去っていった。
どうにもならない怒りをぶつけて去る姿は子供じみていたが、今回ばかりは同情できる。探していた実の弟がドラゴンになって敵対する勢力に利用されていたなんて、受け入れ難い事実だろう。
「エナはどうするんだろうな。」
「さぁ、僕らじゃどうしようもない問題だよ。」
案外冷たい態度のエルサイスに私は肩を竦める。人を好きにも嫌いにもならない彼だが、不老不死の村での事件からエナとはかなりの距離を置いているようだった。
そういう小さな心境の変化が今のエルサイスを少しずつ動かしている。それが良いももなのか悪いものなのかは私にはわからないが、ずっと閉じ込められた感情を持ったままよりはましなように思えた。
「次は……誰ですか?」
コミットが目配せしてくる。私はエルサイスに目線で合図を送ると、魔王ちゃんが封印された石を受け取って、巫女の前に差し出した。
「私、神様に魔王にされちゃったの。でも、私、魔王にしてなんて願ってないのよ。だから、人間に戻してほしいの!」
事情を聞いた巫女は一瞬顔を見合わせると、少し考えてから魔王ちゃんに向き直る。
「なるほど。あなたにはとっても強い強い願い事があったんですね。だから私たちのところに来ずとも、神様が聞き届けてくださった。」
気まぐれな神もいたものだ。この神というのはルールが曖昧過ぎる。
死ぬ間際に「死にたくない」と心から強く願う人は一定数いるだろう。神はその願いを全員叶えてる訳ではない。むしろ、そのまま死ぬ人が大半だ。
平等に叶えると言いながら、そこには選別が存在し、選別があるなら優劣がつく。そうなればそれはもう平等ではない。
強く願えば聞き届けてくれる者と、聞き届けてもらえない者の差はなんなのだろうか。
「あなたの願い事は既すでに1度叶えられているんです。なので残念ながら人間に戻してほしいというのは……」
「でもその願い事は間違って叶えられちゃったの。だからキャンセル……」
「……本当にそれは叶えられていませんか?魔王になることで叶えられたのではありませんか?」
魔王ちゃんが一瞬押し黙る。魔王ちゃんがどんなお願い事をしたのか、私にはわからないし、なんとなく聞けない。それはものすごくセンシティブなことで、デリカシーがない私でも、早々聞いてはいけないことだと思っていた。
「神様は結果はどうあれ、最短の方法で皆さんの願い事を叶えています。それが皆さんにとって多少、不利益なことがあるにしても、結果的には願い事は叶えられいるはずです。」
「やっぱり……そっか……そうだよね……。」
叶えられる願い事は1つだけで、その方法までは選べない。願いは叶っても、望んだとおりになるかは別な話。
本で見た悪魔の契約ようだと私は思った。
悪魔は言葉巧みに人を誘惑し、願いを叶える代わりに魂の契約をする。願い事以外、契約に書いていないこと以外は全て悪魔の自由で、結局その人を不幸にして最後は全て奪われてしまう。
巫女たちが言う神も似たようなものだ。むしろ、悪魔のように悪いことをしているという自覚がないだけ、さらにタチが悪いかもしれない。
「そうですね。例えばそちらの冒険者の方々。まだ1度も願いを叶えておられません。」
ガッカリする魔王ちゃんにクラナが言う。
「その方の願いを使えば、あなたを人間に戻すという願いは叶えられるかもしれません。」
私とエルサイスは顔を見合わせる。
「どうする?」
エルサイスの問に、私は
「うーん……」
っと難色を示す。
魔王ちゃんのためなら自分の願いの機会を使ったってかまわない。でも、今までの話を聞く限りではリスクが大きいように思える。魔王ちゃんが人間になったとして、そのあとはどうなるのか。結局魔王ちゃんを不幸にしてしまうのではないかという疑念が拭えない。
「人間に戻っても、あなたの肉体は、あなたの生きてきた年月に耐えられず、自壊をします。それでもあなたは人間に戻りたいですか?」
クラナの問に魔王ちゃんは
「それでも、戻りたい、けど……。」
と、こちらを伺うように呟く。
「魔王ちゃん……。」
「クロはあんまり、それを望んでいないようですよ。」
エルサイスが私の気持ちを勝手に代弁したので、思わず睨む。私が嫌だと言えば、魔王ちゃんはそうできない。そうやって彼女の選択の自由を奪うのは良くない方法のように思えた。
魔王ちゃんは私たちが居なければ、前に事故にあって魔物にくわえられて、連邦から公国まで引きずり回されたように、何が起きてもどうにもできない。封印されるということは、全てを持ち主に委ねるということと一緒だ。
だからこそ、私は魔王ちゃんに親切でいたいし、何もできないからといって支配もしたくない。
「これはクロの願い事だよ。クロが望むもので無ければ意味がないじゃないか。」
エルサイスがキッパリとした口調で言う。全くその通りの正論で、私はぐうの音も出ない。
支配したくないとはいえ、実際に動くのは私たちで、そのリソースには限度がある。何でもかんでも魔王ちゃんの望み通りにはできないのもまた確かなのだ。
「魔王ちゃん……ごめんね。」
「悲しむ人がすぐ近くにいます。私たちが望むのは、人間の幸せ。悲しみを生むことをおすすめはできません。」
私の発言を後押しするようにコミットが続く。
さっきとまた趣旨が違う気がした。さっきは願いを叶えるのが仕事で、その後の不利益は関係ないと言っていたのに、今は幸福を願っていると言っている。
この巫女も神も矛盾だらけで、どこか信用できない。
「そちらのお2人からは何か?」
クラナが目配せしてくる。
「僕たちは特に……。」
「何も。」
「そうですか。」
私自身は今すぐ叶えたい願いはないし、この先も叶えてもらいたいような願いができる気はしない。そうやって誰かに与えられるよりも、自分で勝ち取っていく方が、私の性格的に向いているのだ。
「私たちはずっとここにいます。願い事があればいつでも来てください。」
コミットが言う。
「しかし、願い事は1人1度きりです。その願い事を今すべきかどうか、それをよく考えてからおいでください。」
クラナが続く。
魔王ちゃんの願いは今すぐどうこうすべきことでもない。少なくとも私の目が届くうちは、一緒にいて守りたいという気持ちがある。その先のことは、その時考えよう。
「では、ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
クラナとコミットがそう言うのを聞くと、私たちは巫女の間を後にした。