アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第89話 神を信じるか?

限りなく広がる青い空と、エアスプレーで吹き付けたような白い雲のコントラストが美しかった。

冒険者になって僕らはこれまでに様々な景色を見てきた。黎明に白む朝の海、風に吹き荒む風車列、光の粒を反射する湖。それらと同じく、ここの景色も、きっとクローバーの心に残るのだろう。

自分の心には残らないと僕は知っていた。目に映る景色は景色でしかなく、心を満たす何かではない。空が青いのは光の波長の反射だし、雲はただの水蒸気の塊でしかない。

クローバーをちらりと見れば、脳に焼き付けんばかりに目を見開き「わぁ……。」と感嘆の声を漏らしている。それが見れただけで、僕は満足だった。

僕らは下山を目指して、ここまで来るのに使った箱へと向かう。さして苦労はなかったが、同時に成果もなかった。

魔王ちゃんの願いは叶えられず、教団についてもほぼ謎のまま。神とは何なのか、その問の答えもないし、むしろ謎はもっと深まるばかりだった。

「神様ってなんなんだろうね。」

「わかんねーなぁ。でも、あんまりいいものには感じなかったな。」

クローバーはそう言って苦い顔をする。

「僕もだよ。」

巫女の説明には矛盾点が多いように思えた。

宇宙には果てがない。広がるその先がどうなっているのか、誰もわからない。それは宇宙に果てがないというより、人の思考に限界があるということだ。宇宙の果ては人の頭の中にしか存在しない、ただの概念だ。

神の存在も似ている。僕が思う神とは、そういうもっと概念的なものに近い。目に見えないし、理解も超えている存在。

だが、巫女の言う神は、確かにそこに存在していて、人々の願い事を叶えている。そこが既に胡散臭い。

「クロは神様を信じる?」

僕の問にクローバーは呆れ返った目を向ける。

「くっだらねぇ。私が信じるのは私だけだよ。」

「だと思った。」

僕は思わず笑ってしまう。

「そーいうお前はどうなんだよ。」

「僕?うーん……。」

難しい質問だった。信じているといえばいるし、ないといえばない。

「僕はさ、錬金術師なんだ。」

「知ってる。」

クローバーが何を今更というように鼻を鳴らす。

「錬金術は科学、一定の法則に沿わなければ成り立たない。随分前に質量保存の法則は話したでしょ?」

クローバーが「うん」とうなずく。

「1からは1だけしかできない。0から1、1から2は無理って話だろ?」

ほぼ完璧な回答に、僕は微笑む。

「その法則を作ったのは誰なんだろって。」

三角形の3つの角を合わせると180°になるのも、植物が二酸化炭素を酸素にかえるのも、DNAが螺旋状なのも、全て最初からそこにあって、あとから人が発見したにすぎない。

「僕ら錬金術師は、元からそこにあったものの中から法則を発見して名前をつけていくだけで、何かを生み出してるわけじゃない。」

「つまり、その法則を最初に生み出したやつが……」

「そう、神様ってものなんじゃないかなって。」

僕の錬金術は、誰かが、それこそ神が作った箱庭の中で、小さな疑問から法則を知り分解しそれ再構築しているだけだ。それは神が作った物語の一遍を見ているに過ぎない。勉強すればするほど、知識が増えれば増えるだけ、その機会に触れることも多くなった。

「僕は錬金術の中に神様を見ることがあるよ。でも……」

「でも?」

「あの巫女たちが言う神様は信じられないね。」

美しい化学式が僕に神の存在を教えてくれた。だが、巫女たちが言う神は、それとは真逆のもののように思える。法則も規律もなく、ふわふわとした感情論と、公平を欠く平等。

「不安定すぎるよな。なんだか、気持ちが悪い。」

クローバーの言う通りだった。生死を決める願い事をするには、信用が足りなすぎだ。

「クロは神様を信じないの?」

「私はエルみたいに、そんなもの感じたこと無かったからなぁ。」

クローバーはそう言いながら、吹き荒ぶ風に髪を押さえ目を細める。

「この世にはさ、どうにも出来ない力が存在してるっていうのは知ってる。」

運命とか、宿命とか、そんなような言葉でしか言い表せない事柄は無数にあって、それらを神の仕業と言う者もいる。

「でも、私はそれは結局人の業が集合してそうなっているのであって、神とかいう1人の意思でどうにかできるものじゃないと思うんだ。むしろ、そんな強権許したくない。」

クローバーはいつでも自分の人生を自分のものとして生きていた。だからこそ、神にその先を決められているという話は、信じたくないのであろう。

それは彼女の自信だ。自分の全ては自分が掌握している。決定権は自分にしかない。

そう思うことは簡単なようで実は難しい。自分に対して全ての決定権を持つには、責任も不利益も全部自分が持つという覚悟が必要だ。それは全ての結果を誰のせいにも、神のせいにもできないということなのだ。

クローバーの強さに、僕は目を細める。眩しいくらいに美しい。でも、どこか脆さも感じる。

「クロは少しは信じてもいいと思うよ。」

「神を?」

怪訝な顔をするクローバーがおかしくて、僕は笑う。これっぽちも信じる気がない。

「ないない。神なんてものより、お前のこと信じた方がよっぽどマシだよ。」

「え?」

急なクローバーの発言に僕は面食らって口をポカンと開けたまま固まってしまう。

「え?」

僕の動揺に驚いて、クローバーは首を傾げる。

「私、なんか変なこと言ったか?」

「え、いや……。そんなこと言われるとは思ってもなかったから。」

なんだか変な気分だった。心の表面がくすぐられたようなモゾモゾ感がある。

訝しがるクローバーに、僕は背を向け先を急ぐ。

クローバーの言葉が嬉しいわけではなかった。ただただ本当に驚いたのだ。自分にそんな信頼が向けられるとは思ってもいなかった。

嘘と虚構で塗り固めていた頃は、そうやって寄りかかってくる人はいっぱいいた。それが僕の生存戦略だった。僕の演じる僕を信頼した人を、利用して生活を成り立たせる。表情、しぐさ、言葉はすべてその道具だった。

しかし、クローバーの前ではその戦略が通用しない。彼女は僕の嘘を瞬時に見抜く。僕はそれが心地よくて、少し苦手だ。クローバーの前では僕は僕でしかない。その何も取り繕っていない素の僕が、信頼を得られるなんて信じられなかった。

チラリと目だけで振り返り盗み見れば、クローバーがなんでもないような顔で僕のあとをついてくる。

こんな僕を信じるより、神を信じた方がいい。そう言い出したくなったが、クローバーは自分のことを自分が決めたことを信じているのだ。僕が何を言っても変わらないだろう。

僕はせめて、クローバーの信頼を裏切らないように気をつけたいなと、畏れながらもそう思った。

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