アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第91話 教団の研究

今の人間を凌駕する知性と力をもった新しい人類。そんなものを作ったところで、一体何になるのか、僕には理解不能だった。

ロッツが言うように、魔物と人間の間に種の保存戦争があるとして、そこに最強の人類を人間側が作ったところで、結局は魔物、人間、最強の人類の三つ巴になる未来しか見えない。

そうやって弱肉強食の世界線を生きている限りは、強い生物を生み出したところで、生み出した側がそれに淘汰されるという本末転倒なことになるだろう。

相手より強い武器を持てばいいというような考えは所詮人間の浅知恵に過ぎない話だ。そんな愚鈍な思考しかできない者たちは、その武器に振り回されるのがオチ。

この教団の人たちからは、錬金術や科学、数学に対する畏怖の念というものが一切感じられない。そこにある奇跡の法則に尊敬などなく、ただただ利益を得てそれを利用することしか考えていない。結局それは、エージンが作った素晴らしい機械人形を戦争の道具にしようとする、汚い国家権力たちと何もかわらない思想だ。

自分の本当の父親で師匠でもある偉大な錬金術師のことを思い出す。彼は恐ろしいほど純粋に錬金術を愛していた。好きな物を楽しんで、やってみたい、作ってみたい、どうなるか知りたい。そんな興味関心だけで、便利な道具も危険な兵器も生み出した。

それは正に彼が狂人だから出来たことだ。本物はそんな純粋無垢な狂人にしか作れない。僕はそう思うのだ。

僕にもその狂人の血が流れている。師匠と同じ純粋無垢の錬金術師の血が。

そうだとしても、最強の人類なんてものに、僕は興味を惹かれない。僕はまだまだ狂人にはなれそうにもなかった。

「エル、どう思う?」

クローバー声で、僕の思考は引き戻される。

「何が?」

「最強の人類について。」

なんとも曖昧な質問だ。しかし、それが具体的であったとしても、僕が言えることは少ない。

「僕はあまり興味はないよ。ただ、出来るか出来ないかで言ったら、多分出来る。」

「エルなら?」

「僕でなくても。」

僕は研究室の隅に置かれた檻に目をやる。

「合成獣、キメラって知ってる?」

「神話に出てきた化け物?」

「語源はそうだね。」

クローバーは案外博識だ。キメラの語源はライオンの頭、山羊の体、蛇の尻尾を持った、神話上の生物キマイラからきている。

「キメラっていうのは生物学上では同体異質の存在。ある生き物と、それとは別の生き物の遺伝子を掛け合わせてできる、新たな生き物のことだよ。」

馬の体に鷲の頭を持つグリフォンや、同じく馬の体に白鳥の翼を持つペガサスもキメラと言えるだろう。ただそれは神話上、空想の中の生き物に過ぎない。でも、今の錬金術の技術があれば、それを現実に創り出すことが出来ないという訳では無い。

「つまり、最強の人類とやらは……。」

「簡単だよ。知性を持った人間と、力を持った動物あるいは魔物を錬金術で合成すればいいんだ。」

クローバーの表情がみるみるうちに固くなっていく。無理もないだろう。僕だっていい気はしない。

そもそも生き物を改造し、新たな生き物を生み出す行為は禁忌とされている。出来るか出来ないかではない、やらないという選択肢を選べるかどうかなのだ。

「あなたの弟さん、ロイくんは、教団へきて、強くなりたいと願われました。弱くて、いつもお姉さんに守られてた彼。」

ロッツが話し出すと、クローバーはますます顔を歪ませた。結末の予想は大方つく。予想できるからこそつらいのであろう。

「彼は何者にも守られない、自分の身は自分で守れる、そのうえ、愛する人を守りたい強い人間になりたいと願ったのです。」

そう願うことは素晴らしい志だ。

「そう、私たちの技術でロイくんはドラゴンになったのです。」

でも彼は、やり方を間違った。

僕の隣でクローバーが、諦めたような深いため息をつく。

「なんてことを……」

エナが青い顔で呟く。

こうなってしまったことの一因はエナにもある。誰かを守ることは結構なことだ。でも、そうして守る一方で、その誰かを弱い者として扱ってきた結果がこれなのだ。

『弱くて何も出来ない無力な君を守ってあげる』そういうメッセージをエナから受け続けた弟のロイの自尊心はボロボロだっただろう。

エナは程度や形が違えど、僕を虐げた育ての親と一緒だ。僕の親は殴る蹴る罵倒するで僕から抵抗する力と感情と自尊心を奪った。それは即効性があったが、わかりやすいだけまだマシかもしれない。エナは、エナ自身もロイ自身も気づかなかないような真綿で、ロイの首を絞め続けた。かわいそうだから、出来ないから、弱いから、守ってあげる、代わりにやってあげる、そんな優しい言葉をまとった薄い毒が、徐々にロイの心を蝕んだ。

それがエナの愛情だったのかもしれない。でも、ロイがそれに苦しんだのは確かだ。苦しんだ結果、安易な手段に出て、力を手に入れた代わりに、人間としての姿を失った。

誰が悪いわけでもない。ただ少しボタンをかけ間違えただけだ。こうしたことは誰にでも起こりうる。

だからこそ、僕はクローバーと同じ目線でいるか常に確認し合う。面倒で、大変で、煩わしいが、必要なことだった。言わなくてもわかるなんてことはない。わかった気になることが何より危険なのだ。

「まだまだ研究の余地はあり、最強の人類というわけではありませんがね。人類のために、多少の犠牲は止むを得ません。すべて弟さんの強い希望でしたしね。」

犠牲になった上に、失敗作扱い。さすがにロイを哀れに思う。

「ご心配無用。すぐにあなた方も同じように最強の生物の研究ための材料になるんですよ?」

「はぁ?」

ロッツの不穏な発言に、クローバーが不快な返事をする。

「巫女様に願いを済ませた人は、一部を除いて、研究の糧となっていただいてるのですよ。」

「願いを叶えたやつが戻ってこないってのはそういうカラクリか……。」

「皆さんここでキメラの材料になってしまったのですね。」

僕の言葉にクローバーは顔を歪ませる。彼女にとっては、なんとも恐ろしくおぞましい研究だろう。でも、僕にとっては無い話でもない。未知なるものを生み出したい、そういう野望を持っている錬金術師は少なくない。しかしそこで、やらないという選択をできるか、それが別れ道だ。しかし、やりたいと思って実際にやる人がいることに、特段驚きはしない。

「それではあなた方も研究材料になっていただきましょうか。」

ロッツの言葉にクローバーがドミネイトウォーソードを抜く。剣柄に赤いコアがハマっている強化したばかりのものだ。

「そんな簡単にあなたの思い通りにならないわ!」

エナもそう言って剣を抜く。

「野蛮な。すぐに剣を抜くのですね。」

ロッツが軽蔑した眼差しを2人に向けるが、クローバーもエナも怯みさえしない。静かに構え、両肩からは怒りの炎が溢れて見えた。

「死ぬか死なないか、ギリギリの線で、存分に苦しんで頂きましょうか。まずは弟さんに会いたいということでしたから、願いを叶えて差し上げようと思いましてね。」

ロッツはそう言うと、奥の廊下へと消えていく。

「待て!!」

クローバーとエナがその背中を追いかける。

この先にはきっとあのドラゴンがいるだろう。勝てるのかと問われれば、わからないというのが僕の本音だ。むしろ、勝っていいのかさえわからない。エナの弟ロイはどうなるのか、そんなことが一瞬頭をよぎったが、すぐに考えるのをやめる。僕にはどうしようもできないことだ。

ファントムロットIを握りしめる。向かってくる敵は敵であって、それ以上でもそれ以下でもない。僕はただ、クローバーと連携を紡ぐだけだ。

チラリとクローバーを見る。金色の瞳に宿る光は怒りか悲しみか、はたまた最強の人類と戦う興奮か。

真っ直ぐ前を向くクローバーに続き、僕は暗い廊下を駆け抜けて行った。

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