アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
この痛みはどこから湧いてくるのだろうか。
暗い廊下を走りながら、私は胸を押さえる。少し走ったくらいでは、息切れなどしない。でもなぜか息苦しい。
ロイはかつての私だ。
どんなに努力して力をつけようとも「女だから」で認められず、いつでも守られる側であることを求められた。それは結局守る側の都合でしかない。私は相手の自尊心を満たすための藁人形で、相手に私の実体は見えていない。
アジーロを思い出す。彼は正にエナだ。騎士時代はいつも傍で私を庇い守ってくれたが、結局それは私をか弱い者にしておきたかっただけで、私を認めてくれていた訳では無い。むしろ、積極的に貶めていた。それに気がついた時の絶望は、騎士を辞めるように言われた時よりも深かった。
誰も自分を見てくれていなかった。そんなあの時、誰もが認める強さが手に入るとしたら、きっと私は飛びついただろう。ロイのように。
前を走るエナの背中を切りつけたくなる衝動に駆られ、私はギュッと剣を握りしめる。
そんなことをしても、昔の私は救えない。エナとロイは、アジーロとも私とも無関係だ。過去の自分を重ねたところで、所詮は他人。八つ当たりにしかならない。
「クロ、そろそろだよ。」
エルサイスの声に、私は顔を上げる。廊下の先が白み始め、もうすぐ外に出れるようだ。
「ドラゴンだね。」
「あぁ。」
ロイの気持ちはわかる。だが、自分で強くなる努力を怠り、外に力を求めたのは、結局心が弱いからだ。私も自分自身にもあるその弱さと戦わなければならない。
「いつも通りクロが壁で、僕が援護するよ。」
「うん。」
本当の強さは自分の弱さを認めた上で手に入るのだ。
勢いよく扉を開ける。
ここに来るまで使った箱があった場所と同じ、テラスのような広い空間に白いドラゴンが鎮座していた。白い鱗状の爬虫類のようなトゲトゲした体、棘の先には毛細血管のような赤い模様が浮き出ている。前に塔の外で見たそれと全く同じだった。
「さぁ、ごらんなさい、我が最高傑作を!」
ドラゴンの前で、ロッツが朗々と叫ぶ。
「強くて知性のある生物、我らが研究結果を!」
自慢げに笑みを浮かべるロッツ見て、吐き気を覚える。確かにロイの心は弱かった。でも、だからといってそれを利用した教団が悪くないわけではない。むしろ、そうやって弱い者を食い物にするようなやり方は気に食わない。
「まだコンパクトさには欠けますが、地上最強の名はダテではありませんよ!」
「こんなものが地上最強なんてバカバカしい。」
人の弱さが生んだものに、負ける気はしない。
私の横でエナが厳しい顔で剣を構えていた。姿形はドラゴンだが、中身は自分の弟だ。きっと迷いも葛藤もあるだろう。
私がエナやロイに出来ることはない。ただ私はドラゴンを倒して、過去に同じように力を求めようとした私を乗り越えたいだけだ。誰のためでもない。私はいつだって私のために戦うのだ。
「さぁ!行きなさい!」
ロッツがそう号令をかけると、ドラゴンは青い翼を大きく広げ構えた。
「ロイ!私よ、姉ちゃんよ!」
エナの悲痛な叫びは、ドラゴンの激しい咆哮によってかき消されてしまう。
「来るよ。」
「距離5m、単体パターン、属性不明。攻撃開始。」
咆哮に負けない声量でエルサイスにそう返すと、私はドミネイトウォーソードをかざし、ドラゴンに斬りかかった。
バツ印を描くように、私はドラゴンの体を激しく2回切りつける。確かに肉を切った感覚が手に伝わった。クロススラッシュはヘイトがつく特別なスキルだ。ドラゴンの目が赤く光りゆっくり私を捉える。成功だ。どこからでもかかってこい。
エナが私よりも先に突っ込み、戦っていたがあまりダメージを与えられていないようだった。エナとの共闘は前回ドラゴンに会ったとき以来だが、その頃に比べれば私もエルサイスも随分強くなっていたので、彼女のヘマをカバーすることくらいはできた。
「あんまり固くはなさそうだね。」
エルサイスはそう言いながら、ハイオーラで私とエナの攻撃力を上げる。
「攻撃予告あり。」
ドラゴンが咆哮しながら顎が壊れたおもちゃのように大きく口を開け、私に向かって牙を剥く。襲いかかってくる白く鋭い牙を私はファントムガードで防ぐ。重い。潰れそうになる私をエルサイスがウォールで援護してくれた。
耐えている私の横から、エナが飛び出し流水剣を叩き込む。さっきよりましなダメージを与えていた。
「魔法有利かも。」
エルサイスにそう言われるが、残念ながら今セットされているスキルは物理攻撃しかない。
盾で牙を弾くとシールドストライクを唱えて、ドラゴンの防御力を下げる。ないならあるものでなんとかすればいい。
私は不自由だ。この世界は規制だらけで、ステータスには上限があるし、スキルにだってコストが必要だった。でもこれがエルサイスの言っていた世界のルールなのだ。誰が作ったのか、神が作ったのかわからないが、払わなければならないリソース。ならば私はその中で最適解を見つけるだけだ。
「全体攻撃予告あり。」
「魔法かな?」
エルサイスはベールを唱えて攻撃に備えた。ドラゴンが再び口を開ける。黒い炎が喉奥に溜まっているのが見えた。
「来るぞ!耐えろよ。」
私はエルサイスを庇うように前に立つ。ドラゴンが背中を仰け反らせ勢いよく息を吐き出すと青紫色の不気味な炎がテラス全体を這うように広がる。
「ぐっ……。」
「きゃぁ!!」
後ろでエルサイスとエナがが呻く。防御の薄い彼らにはキツい攻撃だっただろう。吐き出される炎を直接受け止めた私も無傷では居られなかったが、膝をついて止まることはできない。
「回復優先。」
私はそう言いながら、ドラゴンにシュヴァリックブレードをお見舞する。聖騎士のスキルの中でもとびきり攻撃倍率の高いスキルだ。流れるように剣を振れば、ドラゴンが悲鳴をあげる。
「いけそう。」
いい手応えだった。このまま押し切れそうだと思ったのも束の間。
「クロ!尻尾!」
「ん?」
エルサイスの声に振り向けば、地面からドラゴンの尻尾のようなものが生えていて、こちらに攻撃予告を出していた。
「かまうもんか。」
あと一撃でいける。私は剣を構えると高く飛び上がりドラゴン本体に斬りかかる。片手剣印がついたカレッジブレードでドラゴンを一刀両断。
するはずだった。