アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

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第94話 本当に欲しかったもの

横たわるドラゴンに、エナがゆっくりと近づく。

最強という割には、案外呆気なかった。トリックさえ分かれば十分攻略可能で、それほど難しい敵ではない。尻尾の仕掛けに気がついた僕らはいつも通りの連携を繰り返し、それほど苦労せずドラゴンを倒した。

倒れたドラゴンが「ぐぐっ」と苦しそうな呻き声をあげる。

「ね、ロイ……どうしてこんな姿に?」

目に涙をいっぱいに溜めたエナが呟く。

「そんなに悩んでたの?強くなりたいって。でもそんな魔物みたいな姿になっちゃって、何になるのよ。」

僕にもそれはわからない。自分を失ってまで、手に入れたいものなんてない。それは自分が大事なわけではなく、ただ純粋にそこまで求めるものが存在しないだけだ。

「あなたは何のために強くなりたかったの?それはその姿になってまでやりたかったことなの?」

ロイにはそれがあったのかもしれないが、今はもう聞き出すことはできない。エナの問いにドラゴンは猛々しい咆哮を返すだけで、会話が成立しなかった。

「もう人間の言葉が話せないのね……。姉ちゃんの質問にも答えてくれない……。」

ロッツは知性と力を持った最強の人類っと説明していたが、言語の理解も発語もできないようでは、知性があるとは言い難い。前に不老不死の村で見た豚のカッツの方が賢くて理性的で、このドラゴンよりも断然知性的だった。

「ねぇ、強くなりたいって願いを叶えたなら、次はちゃんとその力でやりたいことを見つけなさい。でないと、姉ちゃん許さないからね……。」

エナはそう言い捨てると、溢れ出る涙を拭ってドラゴンに背を向ける。

「許さないから、なんだっていうんだ。」

僕の隣でクローバーが呟く。とても静かな声だったが、どこかエナを批判しているようにも聞こえる。

騎士としての強さを求められながら、女として守られる側を強要されたクローバーは、どちらかといえばロイよりの思考かもしれない。

僕はクローバーの頭を撫でようと手を伸ばしたが、燃えるような紅色の髪に触れる前に振り払われてしまう。どうやら慰めは必要ないらしい。

「ドラゴンよ、いつまで寝ている!起きるのだ!」

ロッツが苛立った様子でドラゴンに近づき、珍しく声を荒らげる。

「今日のところはこれくらいにしておきましょう。だが、いずれ我らの作った最強の人類はこの世界を統べる。そのことを覚えておきなさい!」

負け犬の遠吠えとはこのことだった。テンプレート通りのそれに、僕は思わず苦笑いをこぼす。

ズズズっと大きな音と振動を響かせながら、ドラゴンが立ち上がった。ロッツは駆け出すとその背中に華麗に飛び乗る。翼を広げ咆哮するドラゴンが地面を蹴った瞬間、ドラゴンは狭いテラスからあっという間に大空へ舞い上がっていった。

くるくると曲線を描きながら空高く登っていく巨体は神秘に満ちていて、興味がそそられるのは確かだ。でも、積極的にそれを生み出したいたいかと問われればそれはまた別の話だった。

僕はまだ狂えない。僕の中にはちゃんと常識があって、倫理があって、責任がある。

でも、もしそれらが周囲から問われない世界線なら?僕がそれをやらないとは限らない。今はただ条件が揃っていないだけで、揃えばやってしまうような気がする。

チラリとクローバーを伺う。金色の目を細め、厳しい顔つきで、見えなくなっていくドラゴンを見上げていた。

彼女が僕のブレーキかもしれない。クローバーに軽蔑されたくない、信頼を裏切りたくないという思いが、今の僕を保っていた。

「ロイ……。」

エナの呟きに、僕とクローバーは同時に振り返る。かける言葉はない。所詮僕らは他人なのだ。

「下へ……降りるわ……。今日はありがとう。あなたたちがいて、本当によかった……。」

感謝されるようなことはなにもしてないが、その思いを受け取らない選択をする必要も無い。僕は

「どういたしまして。」

と短く言うと、エナとクローバーと一緒に箱に乗り込み、塔の1階へと向かった。

 

 

 

エナと別れた僕らは、塔の外の階段でお昼ご飯のクロムッシュにかぶりつく。こんがり焼けたトーストとハムの塩気、伸びるチーズが絶妙なバランスで美味しかった。

「エナとロイはどうすんだろうな。」

クローバーが頬っぺについたパンくずを拭いながら呟く。

「さぁ、それは2人の問題だよ。」

「それはそうだけど……。」

僕の返答にクローバーは不満げに眉を寄せる。

沈黙。

先に口火を切ったのはクローバーだった。

「私は、ロイの気持ちがわかるよ。」

ため息を吐くように、クローバーが暗い声を出す。

「誰よりも強くなりたかった。」

「どうして?」

僕から見ればクローバーは十分強い。騎士時代の話を聞いても、その強さは変わらず、他の騎士を圧倒してただろう。才能もあり、技術もあり、努力も怠らなかった。そんなクローバーがそれ以上を求める必要などあったのだろうか。

「クロは十分強かったし、今も強いじゃないか。」

「誰もが認める強さが欲しかったんだ。」

圧倒的な力。それはロイが求めたものと一緒だ。

「うーん……それを得て、どうするつもりだったの?」

「私を弱い者扱いするやつに、私を認めさせたかった。」

「あぁ、強くなりたいは目的じゃなくて手段だったのか。」

全ての合点がいった。

「クロは見て欲しかったんだね。ちゃんと自分を。」

クローバーは「女」という属性のイメージで、「か弱い」「守られる」存在として扱われ続けた。誰も彼女を見ない。彼女がそんな存在でなく、誰よりも強くて努力していることなど、認めない。

「そうでもしなきゃ、見てもらえないって、思ってた。そう考えれば、エナの弟はドラゴンになって、本当に願いを叶えたのかもしれないな。」

クローバーはそう言って、少し悲しそうに笑う。悲劇だった。

「そうでもしないと見てくれない人なんて、さっさと見切りをつけた方がいいよ。」

だいたいそういう人は何をしたって認める気がない場合が多い。僕の育ての父親や、兄だってそうだ。僕がどんなに錬金術の素晴らしい技術を身につけようと、くだらないと唾棄し、貶めた。

それは自分を苦しめる毒にしかならない。

「そうだってわかってたんだけどなぁ。でも、どっかで認められたかったのも確かだよ。」

クロムッシュを食べ終わったクローバーは、両手をパンパンと払い合わせて、パンくずを地面に落とす。それを合図に、僕は立ち上がった。

クローバーが飲まされた毒は中々消えないだろう。

「エルは見てくれてるか?」

クローバーの声に僕は振り返る。

「何を?」

「私を。」

沈黙。

「多分、見てるよ。」

少し考えてそう返す。

「多分かよ。」

「うん、多分。」

僕はそう言って微笑んだ。

「まぁ、そのくらいがちょうどいいな。」

僕の見ている世界と、クローバーが見ている世界は違う。僕が見ているクローバーだって、本物とは少し違うだろう。だから、多分だ。

ズレていたっていい、ズレているからこそ、話し合おう。

「クロは僕のこと見てる?」

「見てないな。私は私のことでいっぱいだ。」

そういたずらっぽく笑うクローバーが愛しくて、僕はますます笑みを深くする。

僕は何かを与えられるような立派な人間ではない。でもせめて、大事なパートナーの毒にならないようにはしたい。

「さぁ、行くぞ。」

そう言って塔の外の森へと進むクローバーの背中を、僕は早足で追いかけた。

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