アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
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不自然な丸い穴。そこだけぽっかり空いていて、ピースの足りないパズルのようだ。
リフルは自分がリフルだと言われてから、ずっとそんな穴を心に持っている。何か忘れている、でも、忘れていることすら思い出せない。リフルだと言われても「そうなのか」という感想しかなく、それが自分のものである実感はない。穴は穴であって、そこだけを切り取ることはできないのだ。
だからと言って、悲観的なわけではない。リフルにはルアナがいる。大事な大事なパートナー。それだけはリフルにとって、確かな記憶だった。
「猫又……ですか?」
リチャードの言葉に、ルアナはミントグリーンの髪を揺らし、緋色の目を訝しげに細めた。この不気味な鳥居の奥に、それがいるらしい。ついでに言えば、お化けのような魔物の目撃情報もあるとのことだった。
「お化けかぁ……でも結局は魔物なんでしょ?」
リフルはそう言ってソーダブルーの髪をかきあげながら武器を手に取る。翡翠の色の瞳は自信に満ちていて、どこか楽しそうだ。
お化けとか、幽霊とかは、得体が知れなくて、戦えるかもわからないが、魔物であるならば倒せばいい話、リフルはそう思っていた。
「大丈夫じゃない?」
そんな楽観的なリフルにルアナは
「うーん、でもぉ……」
と難色を示す。
「そもそもここはまったく調査の進んでいない、未探索のスポット。どんな危険があるか私たちにもわかりません。一説には戦いに敗れた魔物や人が、恨みのあまり怨霊となり、彷徨っているとも言われてますし……。」
リチャードの話にルアナは顔を青くし、身震いする。一方リフルは気にする様子なく
「魔物は死なないのに、どうやって怨霊になるの?」
と至極冷静な意見を述べた。天真爛漫なリフルは、その自由な振る舞いで、ルアナを困らせることもあったが、このようにストレートな物言いで、矛盾点を見つけるのも得意であった。
「怨霊にも色々あるんじゃないかな?ほら、生霊とかあるし。」
「ふーん……。」
ルアナの答えに、リフルはどうでも良さそうな返事をする。さして興味があるわけでもない。
「ここに迷い込んだ冒険者は呪われて死んだり、幽霊に取り憑かれて性格が豹変してしまうとも噂されています。」
「性格が変わる?」
リフルが少しだけ反応を示す。幽霊に取り憑かれるとはどのような状態になるのだろうか。
「そんな場所を調査させようだなんて、私をひどい人間だとお思いでしょう。」
「そんなことはないですよ……。」
返答に困ったルアナは、リチャードに曖昧な苦笑いを返す。
リフルもルアナも、調査に不満があるわけではない。農作物に被害が出てるし、今はそれだけでも今後何らかの人的被害が起こるかもしれない、それを食い止められるなら、自分たちが先陣を切って調査に行っても構わないと思っていた。
ただ若干の不安はある。
ルアナは鳥居を見上げた。古ぼけた鳥居は所々塗装が禿げ、その不気味さに一層拍車をかけている。鳥居の先を見ようとよく目を凝らしてみたが、深い暗闇が広がっているだけで、何があるのか見当もつかなかった。
「あなたがたには本当に申し訳ないのですが、猫又や幽霊が何をしようとしているのか、その目的を探ってきてもらえないでしょうか?もちろんお化け退治もしていただけるのでしたら、それに見合った報酬もお支払いします。」
女の冒険者が稼げる仕事は、それほど多くはない。どこの世界もまだ男性優位で、女同士で旅をしているリフルとルアナは、それだけで敬遠され、かなり不利な状況が続いていた。
裕福とは言えない生活をしている2人とって、リチャードの報酬の提案は確かに魅力的だ。
「どうしようか?」
ルアナの問いに
「行ってもいいんじゃない?」
っと、リフルが返す。
不安げなルアナとは対照的に、リフルはあっけらかんとしていた。
元々リフルは恐怖という感情が薄いところがある。
自分に確かな記憶が無いということを、急に突きつけられたら、普通なら不安になるだろう。でも彼女は、初めて自分が「リフル」であると知った時も、「そうなんだ」と思っただけで、知らなかった事実に怖さは感じなかった。
「うーん……得体が知れないのは怖いけど……。」
尻込みするルアナに
「でも、アタシたちがやらなきゃ、もっとひどいことになるかもだし。」
と、リフルが言う。
猫又や幽霊が、どんな意図を持ってこんなことをしているのかわからない状態では、このまま作物を荒らすだけで済むとは限らない。
「目的を調査するだけでもやってみよう?このまま放っておいて、誰かが怪我をしたり、最悪死んだりしてから、後悔するの嫌だもん。」
リフルの提案に、ルアナは
「そう……だね。」
と、若干躊躇しながらも同意を示す。
リフルはそんなルアナを見て「大丈夫」と言い聞かせるように微笑む。迷いが拭いきれなかったルアナも、そんなリフルを見て少しだけ安心する。先はわからないが、リフルと一緒なら大丈夫なような気がした。
顔を見合わせ「うん」と頷き合った2人は、リチャードに向き直った。
「覚悟はできましたか?何かあったら必ず声を上げて下さいね。それではよろしくお願いします。」
リチャードはそう言うと、鳥居の真下まで2人をエスコートする。
「行こうか。」
いつもと変わらないリフル。
「う、うん。」
いつもより少しだけ腰が引けているルアナ。
鳥居の奥へと進んでいく2人の後ろ姿を、リチャードは静かに見送った。