アルケミアストーリー~クロとエルの物語~   作:cloverlight

138 / 145
番外編~リフルとルアナの肝試し その2~

その日現れた男は、当時「リュク」と名乗っていたリフルに、「リフル」というのが本当の名前だと教えてくれた。

リフルには、自分の記憶がなかった。生まれはどことか、家族はいるのか、自分の名前が「リフル」だということも知らなかった。

知らなくても、リフルは「リュク」と名乗り、それが自分の名だと疑わず、なんの不自由も感じることなく暮らしていた。自分は自分であって、他の何者でもなく、ただそこに存在することに、過去の肯定は必要なかったのだ。

 

 

 

リフルとルアナが鳥居をくぐると、どこからともな鈴の音が聞こえた。チリンとか細く鳴るそれは、寂しげで悲しそうな音色だった。

リフルはいつもと変わらない様子で、ずんずん先にへと進む。その後ろを、ルアナが周囲を警戒しながら着いていった。

「ん?ルアナ、あそこ見て、なにか落ちてる。」

「リフル!勝手に進むと危ないよ!」

ルアナはそう言いながらも、急に走り出したリフルに続く。

「きゅうりだ。」

地面に食べかけのきゅうりが落ちていた。

「こんなところになんで……?猫又の仕業かな?」

きゅうりが落ちていた先の道を、リフルはジっと見つめる。奥に道は続いていたが、街灯の役割の提灯に火が灯っておらず、真っ暗になっていた。

「行けそうにないね。」

ルアナの言葉に、リフルは少し不満そうに「うん」っとうなづく。先は続いているのに進めないのがもどかしい。

「別の道探してみよう?」

「そうだね。」

静かに来た道を戻るルアナに、リフルは続いた。

しっかり者のルアナは、天真爛漫で時々危ないことに足を突っ込みそうになるリフルのいい相棒だ。

ルアナの両親は既に他界していた。兵士長だった父は戦争で殉職し、母は病に倒れ、1人ぼっちになったルアナは、遠い親戚の家に引き取られる。親戚の人は皆優しく、ルアナを案じてくれていたが、几帳面で責任感のあるルアナは、ずっと居候していることに、どこか引け目を感じていた。

そして、15歳になったとき、ルアナは連邦の小さな家で1人暮らしを始める。1人立ちすることに不安はあったが、何でも自分の力でやる代わりに、なんの負い目も感じることなく、自由に暮らせる生活は素敵だった。

そんな生活を始めたルアナの隣の家に引越して来たのが、リフルだった。同じ女の子で、一人暮らしで、歳も近く、2人はすぐに仲良くなった。

親戚の家では常に気を使っていたルアナだが、リフルの前では素の自分で居られた。何でも自由に明るく振る舞うリフルの前で、あれこれ気にする必要はない。リフル自身がそういうことを気にしない性格なのだ。

ルアナにとってリフルは家族よりもずっと大切な親友になっていった。

「わぁっ!!」

突然上から降ってきたナンバンに、ルアナは驚いて声を上げる。

「わぁーもう、びっくりしたなぁー。」

リフルはそう言いながらも、全く驚いた様子はなく平然と手でナンバンを押しのけた。

「リフルは怖くないの?」

「怖いっていうか、びっくりする。」

道で突然知らない人に「わっ!」っとやられたら、誰だってびっくりするし、声を上げてしまうこともあるだろう。でも、それはそれだけであって、リフルは訝しく思っても、恐怖は感じない。

「リフルは強いのか、ズレてるのか、ちょっとわからないよね。」

ルアナはそう言って、苦笑いを浮かべる。リフルとは随分長い時間を一緒に過ごしているが、まだまだ彼女の思考回路は、よくわからない。

「うーん……アタシは別にアタシの中では普通なんだけどなぁ……。」

そうぼやくリフルの前に、怪しい宝箱がぼんやりと姿を現す。広場の真ん中に不自然に置かれた宝箱を見て、2人は顔を見合わせた。

「どうする?」

「どうしよう?」

明らかに怪しいそれに、リフルもルアナも警戒心を抱き、とりあえず遠巻きに様子を見る。

「開けちゃう?さすがのアタシでも怪しいって思うけど……。ルアナはどう思う?」

リフルはこういう判断が苦手だ。直感では怪しいとは思うが、他のやることがないなら開けてしまえとも思う。そんな大胆な思考になれるのは、ルアナがいるからだ。ルアナなら、なんとかしてくれるし、自分もなんとかできると思える。

「先に進める仕掛けがあるかもしれないって思うけど、開けた瞬間、中から幽霊が飛び出してくる想像も捨てきれなくて、怖い。」

広場の周りは血のように赤い湖で囲まれており、先に進めそうな様子はなかった。このまま戻ったとしても、もう他に道がない。この宝箱がなんらかのトリガーになって、新たな道を示してくれるかもしれない。ルアナは冷静な分析で、そう考えたが、宝箱を開ける勇気はまったくもって湧いてこなかった。

正直なルアナに、リフルは思わず口元を緩める。ルアナがそう言うのであれば、自分がこの宝箱を開けよう。

「開けるよ。」

「開けちゃうの?」

覚悟を決めたリフルとは対照的に、ルアナは情けない弱々しい声を出す。

「大丈夫。何かあっても、そばにいるよ。」

ルアナを置いて逃げたりはしない。絶対に守るという覚悟がリフルにはあった。宝箱に1歩ずつ近づいていくリフルの服の裾を、ルアナはギュッと握りしめる。怖いけれど、リフルに何かあったら、守るのは自分だ。ルアナはビクビクしながらも、それなりの覚悟を持って、リフルの後ろをついて歩いた。

「行くよ。」

振り返ったリフルに、ルアナが「コクコク」うなずき返す。声は出せなかった。今は息さえ止めて、自分の中に湧き出る恐怖心を抑え込まなければならない。

「せーの!」

リフルはそう掛け声をかけると、勢いよく宝箱を開けた。

「わっとっ!」

「ふわあわぁああ!!」

地鳴りと共に、一瞬地面が揺れる。リフルはバランスを崩し一瞬よろめき、ルアナは驚いて腰を抜かす。

沈黙。

地鳴りは一瞬で収まり、すぐに静けさが訪れた。

「何……?」

「……なんだろ?」

リフルとルアナはお互いポカンと口を開けたまま、顔を見合わせる。

「ふふっ……。」

「ふははっ……。」

2人とも、呆然とした相手の顔がおかしくて、思わず笑ってしまった。

「笑わないでよー。」

「そっちこそ!」

お腹を抱えて笑いながら、そう言い合う。

「一旦戻ろう。新しい道が出来てるかも。」

ひとしきり笑ったあと、ルアナがそう切り出し、リフルは「うん」っとうなずき続いた。

リフルとルアナはいつもこうして、お互いを守りたいと思いながら旅を続けていた。そこに優劣はない。どっちも支え合って、笑い合って、楽しむ。

それはとても素敵で、幸せな時間だった。

きゅうりが落ちていた所まで戻ると、提灯に火が灯り、何とか先に進めそうになっていた。

「やったね!」

「うん。行こう!」

またリフルを先頭にして2人は先へと進む。

辺りは静けさに包まれ、虫の声と、自分たちの足音しか聞こえない。時折カラコロと下駄の音がするような気がして、ルアナは恐る恐る後ろを振り返ると、立ち止まった。

「どうしたの?」

「うんと……。」

下駄の音はピタっと止んでしまった。

「ん?」

不思議そうに首を傾げるリフルに、ルアナは

「ううん、なんでもない!」

と、苦笑いを返しながら、もう一度後ろを振り返る。そこにはただ、暗闇が広がっているだけだった。

「ルアナ、見て、なんか落ちてる。」

リフルはそう言うと、またルアナを置いて走り出す。

「ちょっと!リフル危ないよ!」

下駄の音が怖かったルアナは、駆け足でリフルを追いかけ、彼女がいつも身につけている赤いマフラーに縋った。

「なんだろ?手紙?」

リフルは地面落ちていたメモのような紙を拾う。

所々赤い不気味な染みが付いたメモには『おまえの大切なものをこれから奪う』とある。

その震えるような赤い文字を見たリフルは咄嗟に自分の首に巻いたマフラーをギュッと握りしめた。

大事なものなど、さほどもってはいない。元々記憶がなくても何不自由なく暮らしていたのは、こういう執着しない性格があるからだろう。

でも、このマフラーは、冒険を始めて間もない頃、ルアナがプレゼントしてくれた大事なものだ。リフルにとってこのマフラーはルアナとの親愛の証で、何にも変え難い大切なものなのだ。

それを奪われると思ったリフルは、咄嗟にマフラーを掴んだが、一向にそんな気配はない。

「ねぇ?ルアナ、これってどういう……」

そう尋ねようとパートナーを振り返ったリフルは、言葉を失う。

そこに居たはずのルアナの姿はどこにもなく、暗がりに虫の声と、誰のものかわからない下駄の音がカラコロと響いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。