アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「ルアナ……?」
足元の地面が抜けて、果てしなく下へ落ちていくような不安に襲われ、リフルはマフラーにかけた手をさらにギュッと強く握る。そうすれば、親愛で繋がったルアナが応えてくれるかもしれない。
そんな願いは虚しく、リフルの呟きは虚空へと消えていった。
「ルアナ?どこ?」
辺りを見回しながら、努めて冷静さを保とうと、気を強く持つ。
自分に記憶が無いと知った時も、ショックがなかったわけではない。過去がないということは、自分の基盤がないことだ。それは本来とても不安定で、暗闇の中を綱渡りしているようなものだった。
それでもリフルは、明るくくよくよしない性格と、いつもそばにいて支えてくれるパートナーのルアナのおかげで、なんとか自分の足で前を向いて立っていた。
ルアナがいなかったら、今頃リフルはもっと別の道を歩んでいたかもしれない。不安定なリフルにとってルアナは、命綱のような、なくてはならない存在なのだ。
「ルアナ!!」
名前を幾度となく叫んでみても、返事はなく、リフルの声は冷たい暗闇の中にどんどん吸い込まれていってしまう。
リフルは拾った紙切れをもう一度見た。赤い染みの付いた紙には『おまえの大切なものをこれから奪う』と変わらず書いてある。
大切なものとは、マフラーではなかった。それをくれた本人、ルアナのことだったのだ。
リフルが初めに感じたのは怒りだ。自分からルアナを勝手に奪っていった怒り。そのあとから、ルアナの身を案じて、心配と不安が追いかけてくる。
自分がひとりぼっちになってしまった恐怖より、ルアナが酷い目にあっているのではないかという不安の方が、ずっと大きく重くのしかかり、リフルの心を乱す。
「ルアナ……。」
リフルは前を向く。ルアナとはぐれてからさほど時間は経っていない。そう遠くへは行っていないはずだ。
歩き出したリフルの後ろから、カラコロと下駄の音がついてくる。リフルはあえてそれを無視した。怖くはない。むしろ腹立たしかった。
「あんたたち、ルアナに何かしたら許さないんだからね!」
暗闇に向かってリフルは威勢よくそう言い放つ。姿の見えない何者のかは、カラコロと下駄を鳴らすだけで返事をしない。
階段を下り、さらに奥へと進むと、途中の道に緑色の丸いものが転がっているのが見えた。不気味な物体に一瞬警戒したリフルだったが、それが食べかけのスイカだとわかると、近づいてよく調べる。
鋭い牙で一部が噛み砕かれたスイカは、赤い実がボロボロとこぼれ、皮に爪で引っ掻いたような跡が残っていた。
「うーん……。」
猫又の仕業なのかは分からない。ただ消えたルアナとこのスイカは、関係が無さそうだった。
「ルアナ……。」
親友を求め、リフルはさらに奥へと歩みを進める。道は暗く、どんどん狭くなっていた。
暗闇に続く細い道、その真ん中に白い着物を着た女が立っていた。ルアナではない。黒い長い髪に、色白というには白すぎるほど青白い肌の女だ。
「誰……?」
リフルが恐る恐る声をかけると、女はニタっと口元に笑みを浮かべ白目を向いた。
彼女がなんなのか、リフルにはわからない。幽霊なんてものが存在するのか、しないのか、そんな議論はどうでもよかった。ただ、あの死装束の女は、本来ここに居るべきものではない。
「ねぇ、あなたの場所はここじゃない。あなたはあなたのあるべき場所に帰った方がいいよ。」
リフルはそう呟くように言う。そこにあるのは哀れみだ。悲しき魂の彷徨いに対する同情だった。
リフルが近づくと、死装束の女はフッと煙の様に消えてしまう。ホッとしたのもつかの間。すぐ先に、また同じ女が立っていた。
そこだけ白く浮かび上がるようにボヤっと光って見えるので、何かの目印のようだ。そう思って、リフルはピンっとくる。
「あなた、もしかして!」
リフルは走って死装束の女を追いかける。女はリフルが近づくと、またあっという間に消えてしまう。顔を上げればその先に古い井戸があって、またそこに女が立っていた。
慌てず、ゆっくりリフルがまた死装束の女に近づく。
「あなたは……?」
リフルが女に触れようと手を伸ばすと、死装束の女は不気味な断末魔の叫び上げた。それに驚いたリフルは
「きゃっ……!!」
っと怯んで目を瞑る。落ち着いた頃、恐る恐る目を開ると、女の姿はどこにもなかった。
「今のは……?」
呆然としているリフルの耳に
「おーい……!誰かいる?リフル?」
と聞きなれた声が飛び込んでくる。リフルはハッと我に返り、急いで井戸の底を覗き込んだ。
「ルアナ!!」
「リフル……!これ、どうなってるの?」
井戸の底から、ルアナが困惑した様子でリフルを見上げる。
「こっちが聞きたいくらいだよ!」
リフルはそう言いながら、ルアナと再開できた嬉しさに顔をほころばせた。
「うーん……よく覚えてない。」
ルアナは困ったように頭を掻きながら、難しい顔をする。
「リフルのマフラーに縋ったとこまでは覚えてるけど、その後からの記憶がバッサリとない。気がついたらここにいて、誰かの声が聞こえたから声をかけたらリフルだった。」
訝しげに眉を寄せながらそう話すルアナに
「体は?痛くない?」
とリフルが心配そうな顔で尋ねる。
「うんうん、どこも痛くないし、悪くないよ!」
リフルを安心させようと、ルアナはめいいっぱい微笑んだ。
「そっか、良かったぁ……。」
リフルはそう呟くように漏らすと 、ぎゅっとルアナに抱きついた。ルアナの柔らかい肌に触れれば、安堵がさざ波のように体を駆け巡る。
「心配した?ごめんね……。」
ルアナはリフルを抱きしめ返すと、その背中を優しく撫でた。
沈黙。
そうして2人は再会の喜びを分かちあった。
「さぁ、先に進もう!ルアナがいない間、食べかけのスイカを見つけたんだ。」
リフルはそう言いいながら、ルアナの手を取り、ぎゅっと握る。
「う、うん。え?このまま行くの?」
手を繋いだまま歩き出すリフルに、ルアナは戸惑った声をあげた。
「うん、またはぐれたら困るでしょ?」
リフルはそうやって目を細め、いたずらっぽく微笑む。ルアナは安心感に包まれつつも、少し恥ずかしさを覚え、はにかんで頬を染める。でも、嫌ではなかった。
「さぁ、猫又に会いに行こう!」
「うん!」
2人はそう言って肝試し会場の最奥を目指した。