アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
僕は壁に寄りかかり腕くみをしながら、噴水のある広場を見下ろし、外の様子を伺っていた。
クローバーは、両手を頭の後ろで組み、片膝を立ててベットに寝転び、天井を仰いでいる。その目は開かれていて、眠そうなどころか、獲物を探すような鋭い光を放っていた。
部屋のランタンの灯が、ジリジリと燃える音だけが聞こえる。
静かな夜だ。
数時間前に、不老不死の村を訪れた僕とクローバーは、救済者のテントの前で、この村の酒場のマスター、ロックに会った。
「おや、あんたら久しぶりだな。」
ロックは、酒場のマスターには似つかわしくない、筋骨隆々の体格をしている。特に腕は丸太のように太く、素手で熊を倒せそうな見た目だ。
僕は思わず自分の腕と見比べる。
腕相撲をしたら、多分僕の腕は、折られてしまうだろうなと思う。
「最近夜になると、魔物が出るようなんだ。」
「魔物?」
クローバーが聞き返す。
「それも、人間が襲われるんだと」
ここら辺の魔物はどれも穏やかな方で、畑や作物を荒らすくらいのことはするが、積極的に人を襲う種は少ないはずだ。
「それは変だなぁ…」
そういうクローバーに、僕は
「救済者や不老不死と何か関連があるのかも…。」
と小さく耳打ちする。
ロックに聞かれてしまわないよう気をつけた。
「まぁ、夜は外に出ず、うちの宿にでも泊まっておくこった。」
そう言って去ろうとしたロックだったが、何か思いついたように、立ち止まった。
「ん!そうだ!お前、腕は確かか?」
僕とクローバーは顔を見合わせる。
「救済者のおかげで、うちの村人は誰1人として死んではいないんだが、観光客が死ぬとなると、村としても非常に困る。できたら、その魔物を退治してほしいんだが……」
僕は「どうする?」と言うように、クローバーを見る。
クローバーは口元に手を当て、考えている。
僕らは不老不死のリスクについて調べにきただけで、魔物退治にきたわけではない。
しかしながら、この魔物が、不老不死と一切関係ないとも言いきれない。
悩むクローバーに、ロックは
「観光客が増えたおかげで、村は比較的財政も安定しててな、礼もある程度は用意できるぞ。」
と続けた。
失礼だが、こんな貧相な村が用意する礼など、クローバーにとっては、はした金にしかならない。
伊達にエリアボスを鬼のように狩ってはいない。討伐報酬で少なくないお金を稼いだし、定期的にドロップアイテムをマーケットに流して、それなりに儲かっている。
クローバーが悩んでいるのはそこではない。
「おい!あんた!未来ある若者を、前の用心棒のように捨て駒とする気か!?」
そう言って会話に割り込んできたのは、あの不老不死になったフジだった。
「ああ……あれは俺が選択を間違ったんだ。この2人なら、冒険者だから死ぬことはないさ。」
そうフジに返すロックに、違和感を覚える。
クローバーも、僕にだけにしか聞こえない小さな声で
「なんか嫌な感じだな。」
と呟いた。
「死ぬことがないというだけなら、村人の我らが退治すべきじゃろう。安易によそ者に頼むとは……浅はかな!」
フジは怒鳴ってばっかりで口うるさく感じるが、言っていることは中々正論だ。
「ああ!気分が悪くなった!ワシは帰る!」
フジはそう言って、大げさに足を踏み鳴らし、不愉快を表現しながら去っていった。
「あのじいさん、奇跡を受けてからすっかり元気になってな。今じゃすっかり力をもて余してるみたいで、ますます口うるさくなりやがった。」
それは大変だなと思う。
「あれ以上うるさくなれることがあるの?元気になったんだから、さっさと旅にでも出ればいいのに。」
クローバーが呆れ返ってたように言う。
「フニエさんの元気がなくてな。」
「あれからあまり良くなってないんですか?」
僕の問いかけに、ロックはうなずく。
「フジのじいさんは食事をしに、たびたびこの酒場に来るんだが……。」
フニエは酒場に行く元気もないらしい。
「魔物を退治してくれるなら夜まで待ってくれ。それまでうちの酒場の2階を使うといい。宿になってるから。」
僕はもう一度、「どうする?」と言うようにクローバーを見る。
クローバーは何も言わず、決意を込めた表情で、ただまっすぐ前を見ていた。
静かな夜は続いていた。
僕はずっと窓の外を見ていたが、特に人通りもなく、動くものはいない。
酒場の上にある宿は、狭くて、少しホコリっぽい。部屋の大部分を2つのシングルベットが占領していて、床が見えるのは、出入口付近と、僕が今立っている窓辺だけだった。
クローバーは僕のすぐ傍のベットに寝そべっていた。
狭いので、距離が近く感じる。ひょいっと手を伸ばせば、その柔らかな肌に触れそうだ。
僕は邪念を振り払うように、ファントムロッドを握り直す。
何かあった時のため、いつでも戦える準備はしてある。
クローバーは相変わらず、ベットに寝そべっていて、今は目を閉じているが、寝ていると言うより、耳をすましているようだった。
部屋の出入口には、クローバーが愛用している青色の大剣、デモンブレイド=アビスが立てかけられてる。禍々しい意匠の大剣は、伝承にある深海の神の再降臨を願うものらしい。柄元には、目玉の様なものが刻まれていて、ギョロリとこちらを睨んでいるようにも見える。
「キャーっ!」
静かな夜を引き裂くような悲鳴。
「何か声が聞こえた?」
そう僕が確認する前に、クローバーは素早く起き上がると、大剣を担ぎ、あっという間に外へと飛び出して行った。
僕も急いでその後を追う。
「魔物がでやがったぞ。」
階段を駆け下り、外に飛び出すと、ロックがいた。
「すでにひとり、やられちまったようだ。魔物は入口の方に向かったぜ!」
その話を聞いているのか、聞いていないのかわからないが、クローバーは村の入口へと走り出していた。
「エル!人が倒れてる!」
暗がりの向こうで、クローバーが叫ぶ。
駆け寄ると、男が1人倒れていた。
「この男は……?ああ、そうだ、昼間、奇跡を授けてもらうって言ってたヤツだ。あいつがどうしてここに……。」
ロックがそう呟く。
「クソっ!魔物はどこに行った!?」
「ぐるるぅぅ……」
静かな夜にこだまするロックの声に混じって、魔物の呻き声がする。
クローバーはその声を頼りに走り出す。
「クロ!1人で行くと危ないよ!」
僕の制止をまったく聞くことなく、クローバーは走っていく。
速い。
僕はその背中を追いかけるのがやっとだ。どんどん離されていく。
クローバーは猫だ。
そのしなやかさと速さは、獲物をハントする猫そのもの。
「(あと、かわいさも。)」
そう思いながら1人で笑う。
まだまだ余裕だ。
村の入口へ続く、坂をかけ登っていた時だった。
前を走るクローバーが叫んだ。
「敵視認、距離20m、単体パターン!」
戦闘に必要な情報だけを、淡々と伝えるクローバー。
「人間だな!血を……血をよこせ!肉を食わせろ!」
僕から姿は見えないが、魔物がそう叫ぶ声がする。
「攻撃開始。」
クローバーはそう短く言うと、自分の身長よりある大剣を振りかざし、月夜に舞った。