アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
薄暗い石段に腰掛けたルアナは、闇に染まる空を見上げながらボーッとしていた。
猫又の正体は魔物でリフルと協力して懲らしめたので、もう大丈夫だ。そのあと本物の猫又らしき妖怪とも会ったような気がするが、全てはこの空のような暗くて冷たい闇の中の話だ。
リフルは先にリチャードに事の次第を報告しにいき、今ルアナは1人で彼女が帰ってくるのを待っていた。
待ちながら、ルアナは猫又探しで起こった様々な奇妙な現象を振り返っていた。
怪しい宝箱、女の人の叫び声、どこからともなくついてくる下駄の音、赤ん坊の鳴き声、頬に当たるこんにゃく、どれもが奇妙で不気味で、でも経験した実感が薄く、夢の中の出来事のように曖昧だった。
特にリフルと離れた時のことは、思い出そうとしても何も浮かばず、完全な空白がそこにあった。
寝ていた時のような感覚とは違う。確かにそこに何かあったことは覚えているのだが、何があったのかだけ真っ白なのだ。
追いかければ追いかけるほど、指の隙間から水が流れるように、記憶が溶けていき、その白さがいっそう増す。
もどかしくて、居心地が悪くて、ルアナは思わず頭をトントンと叩いた。
「ルアナ、おまたせ。」
リチャードの報告から戻ってきたリフルがそう声をかけると、ルアナはハッとして顔をあげる。
「ルアナ大丈夫?疲れた?」
なんとなく落ち込んでいるようなルアナの様子を察したリフルは、そう言いながら流れるように彼女の隣に腰をおろし、その背中を優しくさすった。
「ううん。大丈夫!ちょっと考え事してて……。」
「考え事?」
首を傾げるリフルに、ルアナは記憶の欠如について説明する。
「なんか……すごく気持ち悪くて。気になるけど、全然思い出せないし、モヤモヤするの。」
手羽先の骨が喉の奥につかえたような息苦しがあって、ルアナは髪をぐちゃぐちゃと掻き乱した。
「大丈夫大丈夫。無事だったんだから、気にしない方がいいよ。」
リフルはそう言って、慰めるようにルアナの頭をよしよしと優しく撫でる。
「うん……。」
そう頷きながら、ルアナはリフルを見つめ返す。
「リフル……。」
「ん?」
「リフルはもっと辛いんだよね。」
ルアナの突然の同情に、リフルは訳が分からず、きょとんとしてしまう。
「辛い?アタシが?なんで?」
「今私はね、ほんの一時の記憶がないだけで、すっごくもどかしくて、居心地が悪くて、そしてなんだかとっても不安で怖いの。」
ルアナはそう言うと、今にも泣きそうな顔で眉をへの字に下げた。
「私リフルの辛さ、何にもわかってなかった。リフルは私なんかより、もっと大きな記憶が無いんだから、もっと不安だよね。」
ルアナの心配にリフルは「ふふっ」っと笑う。
「馬鹿だなぁ!そんなこと気にしてたの?」
リフルだって不安がないわけではない。ぽっかりと空いた記憶の穴は、覗いても覗いても真っ暗で、底が見えない深淵だ。油断すればあっという間に心が引きずり込まれてしまう。
でも、リフルにはルアナがいる。
「アタシは1人じゃないって知ってるから。」
暗闇の中、いつも手を取ってくれたのはルアナだ。この先に希望の光を灯して、新しい記憶を、未来をくれた。
「ルアナが居るから、アタシは大丈夫だよ。」
リフルはそう微笑むと、ギュッとルアナの手を握った。細くて白くて小さな手だ。でも、暖かくて力強い。ルアナが居れば、自分は大丈夫。どこにだって行けるし、なんだってできる。
元気付られたルアナは、一瞬悔しくなって、唇を噛み締めたが、すぐ精神を立て直し
「リフル!ありがとう!」
と笑顔で返した。
自分の不甲斐なさを嘆いている場合ではない。辛いのはリフルで、自分ではないのだ。
リフルは自分を頼ってくれている。その期待に応えたい。前を向くリフルの隣でその姿の支えになりたい。
「さ、そろそろ行こ!」
「うん。」
2人は立ち上がり、また新たな旅に出る。
失った記憶が何なのか、取り戻せる日が来るのか、リフル本人にもわからない。
でも、たとえ失ったものが取り戻せなかったとしても、ルアナと旅したこの新しい記憶は、忘れられない一生の思い出になるはずだ。その思いを胸に抱いて、今日もリフルはルアナと旅を続ける。忘れないよう、1つ1つを心に刻みつけて。
リフルはトレードマークの赤いマフラーをたなびかせ、走り出す。
「待ってよー。」
ルアナが慌ててあとを追いかける。
親愛の絆で結ばれた2人の旅はこれからも続いていくのだ。