アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「最強の人類か。最強には程遠かったな。」
どうやら彼女にとってあのドラゴンは物足りなかったらしい。
「研究が進めば、少しはマシになるんじゃないかな。」
「研究が続けば犠牲者が増えるだろ?」
「そうかもね。」
どんな技術もタダでは無い。それなりのお金がかかる。さらに言えば、この研究にはお金だけでなく、人の命がかかっていた。
「コスパが悪いだろ。こんな研究。」
「どうだろう?前にロッツが地下工場で万能薬を作ってたでしょ?あの時と同じ思想なんじゃないかな。」
お金が無い、病気である、孤児である、不幸な命を材料にすれば、低コストだと考えるやり方だ。
「弱者を殺してそれを材料に利益を得るシステムなんてクソ喰らえよ。」
クローバーが苛立ったように地面を蹴った。
塔の外の森は鬱蒼と木が生い茂っていて、日当たりがあまり良くない。そのおかげで、クローバーの靴の先にはぬるぬるとした泥がくっついってしまっていた。
そんなことはお構い無しに、彼女は足を踏み鳴らしながら、僕の前をせかせかと歩く。
「相手が役に立たない生きてる意味が無いものって思えばさ、罪悪感も薄れるし、むしろそう思うからこそ積極的に研究材料に出来るんじゃないかな。」
人は生まれた瞬間から場所を取る。そこに様々なコストがかかって、そのために世界のリソースを奪い合う。
役に立たない生きてる意味が無い命を断てば、そのリソースを守れるし、守ったその人はそれで役に立ったと言える。
「弱者が弱者を切り捨てて、強者に媚びてる。生きるために。役に立つために。」
「殺伐としてるな。誰が役に立たないなんて、生きてる意味が無いなんて決めるんだよ。どいつもこいつも神様気取りで馬鹿らしい。」
価値のある命なんてないと、僕に教えてくれたのはクローバーだった。相対的に価値のない命もない。誰もがみな尊重される命なのだ。
「言い訳なんだろうね。研究をするための。」
それが条件だ。常識も倫理も責任も問われないようにするための、自分を納得させるため言い訳。
「エルはどう思うんだよ。」
「僕?」
突然ボールを投げられて、僕は面食らってしまう。
「錬金術師として、エルはこの研究をどう思うんだ?」
「無い話ではないと思うよ。やりたい人はいる。」
僕の返答に、クローバーは首を振る。
「そうじゃない。お前自身はどう思うんだ?」
「僕は興味が全くないわけじゃない。でも、様々なリスクを超えられるくらいの関心はないね。」
それが今の僕の正直な気持ちだ。
「ずるい言い方だな。」
「そうだね。」
やりたくないから、やらないではない。リスクがあるからやらない。そういう話だ。
「でも、多分やらないよ。クロがいるうちは。」
「私が居なくてもやるなよ。」
クローバーが僕の目を射抜かんばかりに見つめてくる。
きっと僕はできない。それに手を出そうとすれば、呪いのように、何度でもクローバーのこの顔を思い出す気がした。
それでも
「わからないよ。」
としか答えられない。
相手がクローバーでなければ「しない」と宣言するのは簡単だっただろう。現に僕はそうやって嘘をついて生きてきた人間だ。
耳障りのいい言葉で優等生を演じる。
僕を10歳まで育てた父親や、半分血の繋がった兄は、僕から奪うことそのものが目的で、それに付随する不利益も、利益も、これっぽちも気にしていなかった。
奪うことで支配する。そこに僕が抵抗する意味はなかったのだ。
でも、クローバーの前では、そうするべきではない。彼女は僕を支配したい訳ではないだろうし、不確実なことを約束するのは、不誠実である。誠実であるためなら、多少の不謹慎は仕方ないことなのだ。
クローバーが諦めたようなため息をつく。
「おう、友人。奇遇だな、こんなところで会うなんて。」
聞き覚えのある声に、僕もクローバーも立ち止まってそちらを振り返る。
銀色の髪に切れ長の鋭い目、フェンダークが馴れ馴れしく手を上げて立っていた。
神出鬼没で正体不明。いつも手を貸してくれるが、頼りになるかと言えばそうともいえない。敵では無いが、完全に味方とも思えないというのが、彼に対する僕の評価だった。
「こんな所に何の用だ。」
その評価はクローバーとも一致するらしく、彼女はフェンダークに訝しげな目を向ける。
「上から降りてきたのか。どんな様子だ?」
こちらの質問には答えず、空高くそびえる塔を顎でしゃくりながら、フェンダークがこちらの情報を探ってきた。
「別に。まぁ良くはない。」
ぶすっとした声でクローバーが返す。
「良くはないというか、最悪だな。」
そう言って酷く気分を害しているクローバーの代わりに、僕が上であったことをフェンダークに説明する。
隠し持っていても仕方ない情報だ。惜しくはない。それに顔の広そうな彼なら、とっくに知っている情報かもしれなかった。
「なるほど。そんなことになってんのか。ろくなことしやがらねぇな。」
僕の説明を聞いたフェンダークは呆れた声を出す。クローバーのような、苦々しい嫌悪や、怒りはそこにない。どちらかといえば、面倒臭そうにしている感じだ。
「そのロッツってやつがここのボスみたいだな。」
「彼はここだけじゃありません。滅びの村の地下工場も仕切っていましたよ。不死の薬を生産するとかで……。」
僕はそう言って、フェンダークの様子を伺う。僕の探りにピンと来たのか、フェンダークはふっと一瞬笑みを漏らすと
「いいことを教えてやろう。」
と、いつもの高慢そうな物言いで目を細める。
「でっかいことをやるには、後ろ盾ってのがいるんだ。」
「パトロンか?」
クローバーが揶揄するように突っ込む。
今の時代、研究職にお金持ちの愛人は付き物である。僕の師匠がそうだった。次々に女の人をたぶらかしては金品や生活費、そして身の回りの世話など労力を巻き上げていた。いや、正しくは彼女たちが勝手に差し出しただけであって、師匠自体は女の人を分け隔てなく、心から愛していたので、騙していたわけではない。ただ問題がなかったかと言えば、そうではないだろう。
問題が無いなら、僕はあんな迷惑を被ることはなかったし、多感な時期に受けた影響のせいでこんな性格にはなってないし、もう少しましな生活ができたはずだった。
「金を出す奴ってイメージだろうがそれ以上に大きくなる過程で、目障りな奴が出てきた時それを排除する役割ってのが1番大事でな。」
「暗殺か?」
クローバーの考えは悪くは無い。ただありきたり過ぎる。
「暗殺というのは中々ハードルが高いんですよ。殺すこと自体は簡単ですが、後処理が難しいのが現実です。急な失踪は不審に思われやすいですし、現にエナさんがロイさんの失踪からこの教団の秘密に近づきました。」
近しい人が急にいなくなれば、それを追う者も現れてしまう。そうやって少しずつ情報が漏洩していく。
「必要なのは権力ですよ。」
僕の言葉にフェンダークが大きく「うん」と頷く。
「こいつらの場合、おそらく、バックには公国がいる。ドレイク大公がな。」
嫌そうに眉を寄せるクローバーの横で、僕は
「やっぱりそうですよねぇ。」
とため息をつく。ドレイク大公と交流のある彼なら、そのことを知っているはずだと思っていた。
予想が現実のものであったという確信を得たが、特に収穫はない。絶望感が増しただけだった。
邪魔者を排除するのに必要なのは暗殺だけではない。それを正当化するための権力も同時に要るのだ。
「汚ねぇ世の中だなぁ。」
「だが、公国は公国で、教団を利用するつもり満々だ。その最強の人類ってのを使って、何かしようと企んでるってことさ。」
「これ以上最悪なことが起こるって言うのかよ?」
呆れたような声を上げたクローバーは、うんざりしたように空を仰ぐ。残念ながら天井はむせかえるような緑で埋め尽くされていて、青い空は見ることができない。
太陽も見えないので、今何時頃なのかもわかりづらいが、まだ気温が暖かいし、お腹の減り具合からしても、まだ昼下がりといったところだろう。
「そりゃ……戦争だよ。」
平和な昼下がりとは程遠い言葉が、フェンダークの口から発せられる。
「少し前からきな臭かったが、そろそろそいつが本格的になってきやがった。」
戦争の予兆はそこかしこに落ちていた。自国の農園を襲った連邦、不死の薬を作る公国、テイルが聞いた噂、セリクの兄の騎士が言う公国内部の情報。それ1つ1つは小さな火種で、取るに足らないものだ。
でもそういう歯車が少しずつ合わさって、どうにもならない戦いを産むことは、過去の歴史が証明していた。
「どうしようもないですね。ほんと。」
この世界は本当に理不尽で、汚れていて、くだらなくて、心底うんざりする。
だから僕はこの世界を生きることにこだわりはない。手放しても惜しい現実などないのだ。
「どうしようもなくても仕方ねーんだよ。」
クローバーは、そうため息をつきながらも事実を受け入れて、それでも生きる選択をしているようだった。
「てめぇにちょいと頼みがある。ここから国境を越えたあたりの岬にエージンってじいさんが住んでる。知ってるか?」
僕とクローバーは顔を見合わせる。エージンと僕らは友達だった。ビモットとという機械人形を助けたのが縁で知り合い、今も旅の途中でふらりと立ち寄っては、錬金術の話に花を咲かせるような仲だ。
思えば最近は立ち寄っても不在のことが多く、しばらく顔を合わせて居なかった。
「そのじいさんのところを訪ねてもらっていいか?」
珍しく神妙な顔のフェンダークに、僕は何となく嫌な予感を覚える。
「なんのために?」
クローバーも何か感じているのか、フェンダークに鋭い視線を向けながら、質問を投げた。
「まぁご機嫌うかがいっていうかな。じいさんがこの戦争を前にどうしてるかって思ってな。」
「エージンさんが戦争とどんな関係があるっていうんです?」
「まぁ、いきゃわかるって。頼んだぞ。」
煙にまくような返事をするフェンダークに僕は小さくため息をつく。この人は真意は絶対に見せない。何を考えているのかさっぱりだった。
それでも、いつも飄々としている彼が念押しする頼み事だ。それになんだか嫌な胸騒ぎがする。引き受けておいた方がいい気がした。
「ま、じいさんは友達だし、必ず行くよ。」
そう言って、こちらに目線を送ってきたクローバーに、僕は笑みを返す。話し合わなくても心が通じるのは中々嬉しい体験だった。