アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「おお、なんの用だ?」
フェンダークに言われ、エージンの元を訪ねてみたが、彼は変わらずどこか気難しそうな、そして同時に少年のような無垢な笑顔で出迎えてくれた。
「こんにちはエージンさん。」
「よぉ。」
エルサイスに続いて、私は短い挨拶を返す。
もう午後も遅く、今から何かしらを始めようとするには、中々躊躇われるような時間帯だ。
この世界の夜の闇は深く、ランタンや魔法の灯りをもってしても、それを追い払うことは難しい。1日は24時間あっても、その中で人が活動できる時間は、お日様が出ているわずか数時間しかないのだ。
大きな街や、城下町の中心街なら、それなりに明るく、遅くまで活動することもあるが、エージンのように、どの街からも離れた岬に、ぽつん立っている家に住んで居るならば、その時間は幾分短くなる。
そんなエージンがこれから客人を迎えるとなると、泊める覚悟が必要になるだろう。
そういう配慮を欠いた訪問は、正直気が引けた。それでも、私たちは最短で、エージンに会いに来なければならなかった。
フェンダークは「エージンを訪ねろ」とは言ったが「すぐに」とは言っていなかった。いつもの私ならば、そのうち気が向いた時に、いつでも寄ればいいと思ったはずだ。
でも、今回はすぐにでも会いに行った方がいいと思った。そして、私とエルサイスは、フェンダークと別れた翌日、1日かけて公国を横断し、夕方前にエージンの家に到着した。
最近、しゃべるカカシが出てくる小説を読んだ。未来が見えるそのカカシは「未来は神様のレシピでできています」なんて、詩的なことを言っていた。1つ1つの事象は取るに足らない小さなものだが、それらの細々した材料が集まって、神様が作るレシピ、すなわち未来となっていく。というようなことらしい。
今、現在進行形で、私の目の前で紡がれているこのレシピは、嫌な材料が集まりすぎてる。それが胸騒ぎの原因で、私をここまで駆り立てるのだった。
この先がどうなっているかなんて、カカシでもない私にはわからない。私のこの行動すら、神様のレシピの中の1つになるとして、それが良い方向に転ぶとは限らないのだ。
それでも、私は今、ここに来なければならなかった。私の本能が何かを求めて、この場所に私を連れてきたのだ。
「お元気ですか?」
「最近会えなかったからよ、どうしてっかな?と思って。」
当たり障りのない会話で場を繋ぎながら、私とエルサイスはエージンに案内されるまま、ダイニングのテーブルに腰を下ろす。
私の心配をよそに、エージンは私達をいつも通り歓迎し、快く家にあげてくれた。気難しいが、気のいい爺さんだ。
「あれ?」
エルサイスが部屋をキョロキョロと見渡し、目当てのものを探す。彼はここにいる機械人形のビモットが大好きなのだ。
「じーさん、ビモットはどうした?」
エルサイスの疑問を代わりに聞いてやる。
いつならビモットはダイニングの隅に佇んで、大人しくこちらを見ているのだが、今日はその姿が見当たらない。ビモットは図体が大きいので、見落とすなんてことはできるはずもなく、見当たらないということは、どこか別の場所にいる可能性が高かった。
「ビモットなら……奥で休んでおる……起動システムを抜いたのさ……。」
キッチンに向かい、カップにピンクティーを注ぎながら、エージンが小さく呟く。どことなくその背中には寂しさが宿っていた。
「どうしてまた?」
娘と言って可愛がっていたビモットは、エージンにとって家族のようなものだ。起動システムを抜いてしまえば、動くことはなく、交流も難しいだろう。
「どうしてかって?あいつは生まれるべきではなかったのだ。」
テーブルにカップを置きながら、エージンが強い口調で言う。
「あの子には魂が入っておるのだ。そう、人間や魔物と同じ、な。だが、魂だけで感情はない。生きる目的も持たない。しかし、それだけ私にとって愛おしい存在だった。」
エルサイスはビモットが好きだが、それは「研究対象として興味がある」レベルのものであって、エージンのような「情愛」ではない。
「愛おしく思うたびに、この子の反応に何か感情が潜んでいると思う私がいる。だから、こいつを私以外の者の好きにさせたくはないのだ。」
所詮機械は機械なのだ。こちらがいくら愛情をかけようと、応えてくれるものでは無い。採光レンズの奥には、複雑な術式と、鉄でできた無機質な構造があるだけで、感情などという人的なものはないはずだ。
エルサイスなら、そう言うだろう。もうろく爺さんの妄想だと。
でも、私はエージンの気持ちがわからないでもない。
子供が大事に抱えているぬいぐるみと一緒で、それは慰めなのだ。応えてくれないとわかっていても、それに慰められている。その慰めはどこから湧いて出るのか考えた時に、自分ではなく他者、子供であるならぬいぐるみに、エージンならばビモットに、原因を求めた結果が、これなのだ。
別に良い悪いの話ではない。妄想だと言われれば、確かにそうだが、責められることでもないだろう。
私はピンクティーを1口すする。砂糖をたっぷり入れたそれは、甘くフルーティーな香りだ。
しばしの沈黙。いつもは錬金術について、エージンを質問攻めにするエルサイスも、珍しく黙っていた。
「こいつは……」
エージンが口を開く。
「戦争の道具にもなりうるのさ。悪魔の子だよ……。」
漬物石を丸ごと飲み込んだみたいな、重苦しい空気が流れる。
あまりの息苦しさに、私はチラリとエルサイスを見た。彼は涼しい顔でピンクティーのカップをあおるだけで、この空気をものともしていないようだ。
いつかのエルサイスが「機械人形は兵士して都合がいい」と話していた事を思い出す。そう、これは当然の話で、彼にとっては今更のことなのだ。
「いっそ、壊してしまいたい。だが……我が子を殺すことなんて、誰ができる?」
「無理でしょうね。」
エルサイスが優雅にカップをテーブルに置きながら応える。
「ビモットは、あの機械人形は何も悪くないでしょう?機械自体に感情がないなら、目的がないなら、それを与えるのは人です。エージンさんがビモットに感情があると思ったのは、あなたが彼に与えたからですよ。人の想いが機械を動かす。」
「それは所詮、人が機械を通して、自分を表現してるだけじゃん?」
私の突っ込みに、エルサイスは至極当然とういうように「うん」と大きくうなずく。
「要は彼はただの鏡のようなものです。人写す鏡自体に罪はないでしょう?」
同意を求められて、私は困ってしまう。確かに罪は無いかもしれない。でも、反射する鏡が無ければ、その眩しさに目を焼かれる人がいなくなるのも確かなのだ。
道具を扱う人が悪い。それで済めば世の中もっと簡単で平和にいられるのは、百も承知だ。しかし、人の意識の変化を待っている暇など、大抵の場合ない。
「なぁ……あんた……ビモットを壊してくれないか……?」
しんっという音が聞こえそうなくらいの静けさが、ダイニングを満たす。
私がこの問いに答える権利はおそらくない。私には、機械人形の価値などこれっぽちもわからない。惜しいとは思わないし、それでエージンが救われるなら安いもんだと思う。
でも、私のパートナーはどう思うだろうか?
私はエルサイスの様子を伺った。
彼は少し悲しげな笑みを顔に貼り付けて、身じろきもせず、エージンをただ見つめていた。
そこにあるのは憂いか、同情か、軽蔑か。外向けの、アタッチメントパーツを取り付けたような顔なので、そこから真意を読むのは難しかった。
「僕は……」
やっとエルサイスが口を開いたタイミングで、乱暴なノックの音が転がった。否、音大きさ的には、さほど乱暴とはいえない。だが、外にいる凶暴な何かを知らせるような、威圧的な響きを、私は確かに感じ取っていた。