アルケミアストーリー~クロとエルの物語~ 作:cloverlight
「エージンさん。いらっしゃるのでしょう、開けてください。」
私が感じた威圧感に対して、ノックの主は丁寧な言葉使いで、声色だけで気品を感じるような雰囲気だった。
「誰だ?」
エージンはそう言いながら、私たちに目配せする。
招かれざる客がきたのだ。
下がっていろと言われたような気がしたが、それに逆らい、私は大剣を、エルサイスは杖を構えて立ち上がる。
ドアの前に立ったエージンは、呆れたようなため息をついたが、努めて諌めることもなかったので、好きにやらせてもらうことにした。
エージンが開けたドアの向こうに居たのは、タレ目が特徴の気品溢れる青年だった。銀色の髪にスカイブルーの目、丁寧に編み込まれた前髪を耳にかけた姿は、どことなく中性的で、優しげに見えた。
「来たか。」
どこか覚悟を持った重苦しい声で、エージンが呟いた。
きっと私は、これを見るために、ここへ来たのだ。根拠など何も無い、ただ直感でそう思っただけだが、私にとってそれは、天啓のように感じられた。
「あなたはハクロ王子。殿下じきじきにいらっしゃるとはな。」
一言目のエージンの声はどこか弱々しく、呆れを含んでいるように軽いもので、少し頼りなく思ったが
「だが、あんたらにはうちの子は渡さんぞ。」
と、二言目が力強く発せられたのを聞いて、私は満足する。
エージンはただのもうろく爺さんではない。公国の兵士を怒鳴って送り返し、それでも菓子折りだけはちゃっかりもらう、鉄壁の厚かましさを持っているのだ。王子がでてきたくらいで、怯むことなどないだろう。
だからといって、連邦がそう易々と引き下がってくれるはずもなく、ハクロ王子と呼ばれた青年は
「残念ながらあなたに選択肢はありません。」
と、厳しい言葉を投げかける。
この王子とやらは、その地位から予想するに、連邦の王の息子なのであろうが、息子にしては、父親とは似ても似つかない。ジョージ王はもっと攻撃的で威圧的な空気を持っていたが、このハクロ王子は、柔和で優しい雰囲気を醸し出している。母親似なのかもしれないが、それだけではない大きな隔たりを、私は感じた。
本当にあの王とこの王子は、血が繋がっているのだろうか?
そんな疑問が一瞬頭をよぎったが、今それは重要な問題では無いだろう。
「陛下はあなたの技術を必要としています。」
淡々と話すハクロ王子に
「お呼びじゃないんですよ。」
と、珍しく、エルサイスが、私より先に言い返した。
エージンにビモットを壊してくれと言われたエルサイスは「僕は……」のあと何と続けるつもりだったのだろう?おそらく、彼なりの想いを込めた言葉を紡ぐはずだったのだ。それを邪魔されて、幾分気が立っているのかもしれない。
しかしながら、その変化は僅かで 、長年彼を見てきた私くらいしか、その怒りに気づくことはないだろう。
「おとといきやがれ。」
エルサイスに続いて、私も王子様に向けるには、酷く汚い暴言を使って言い返す。ほんの少しだけ、エルサイスの口角が上がった気がした。これで満足してくれたならいいと思う。
私達を前に、ハクロ王子は悲しげに息を小さく吐いた。ため息でさえ、お行儀がいい。
ハクロ王子は無言のまま、玄関外の階段を降りて行った。下には、護衛と思われる連邦の兵士が、数人剣を構えて並んでいた。
その臨戦体勢に違和感を覚えた瞬間、急に目の前に影ができ、私はびっくりして振り返る。
私たちの後ろには、物言わぬビモットが立っていた。
「えっ?」
「わっ!?」
なぜ?どうやって?様々な疑問が頭をよぎったが、ドア枠をバキバキっと破壊しながら、ビモットが家から出てきたことに驚き、思考は遮られてしまう。
私は咄嗟のことに飛びのき、階段の手すりの上に避難する。エルサイスは飛び散るドアの破片を手でガードしつつ、反対側の手すりまで避けていった。
「ビモット!!」
エージンは驚きつつも、ビモットを止めようと、勇敢にもその前に立ちはだかった。
しかし、マスターであるエージンの制御失った機械人形は、無機質な無情で、彼をあっという間に吹き飛ばす。エージンは無様に階段下まで転げ落ちていく。
「じーさん!!」
私はそう声を張り上げたが、ミシミシっと階段全体が軋む音にかき消されてしまう。
「クロ、避けて!」
「くっ……。」
バリバリと音を立てながら、ビモットは床に踏ん張るように伏せると、一気にその力を解放し、私の横を飛び上がっていった。恐ろしいほどの質量をもった物体が、頬を掠めていく感覚に、私は危険を感じて背中をゾクゾクさせる。これは厄介なことになった。
「エージンさん!!」
小さなクレーター状の割れ目を作りながら、ビモットは下の地面に着地し、潰れたカエルのようになったエージンを見下ろした。
嫌な予感がする。
「ビモット……?」
エージンが僅かにそう呟いたその瞬間、機械人形はエージンの首を両方のアームで掴むと軽々と持ち上げた。
「ぐふぅ……!!かはっ!ビモット……!!」
エージンは驚愕と恐怖に目を見開きながら、足をばたつかせ、苦しそうな呻き声をあげる。
私は大剣の柄を強く握ると、そのまま階段上から飛び降りた。
「やーめーろー!!」
飛び降りながら、ドーントレスで自傷をする。今の私は勇士、HPが減れば減るほど攻撃力が増す特殊な職業だ。
地面に着地するとともに、シェイカーを放ち、連邦の兵士達を牽制する。スキルの効果で、私のHPはみるみる減っていくが、気にすることは無い。
階段を駆け下りてきたエルサイスの、支援が飛んでくる。ハイオーラで私の攻撃力をあげつつ、蝕む雨で機械人形の防御力を下げる。相変わらずいい反応速度と支援内容だった。
アベレージでもう一度自傷。狙うのはビモットのアームの連結部分。
「じーさんを離せよ!このデカブツ!」
そう叫びながら、レンド。最初に刃を寝かせて刺し、抜く時に立てて、肉をえぐるような技だ。減ったHP分の攻撃力を乗せたそれは、機械人形の腕を切り落とし、致命傷を与える、と思っていた。
ガキンと金属が擦れる音がして、機械人形は一瞬止まる。しかし、その両方のアームはビクともせず、そこにくっついたままで、今尚エージンを締め上げる。
「まじかよ…….。」
ほぼ無傷の機械人形に、私は絶望的な呻き声を漏らす。一体こいつはどれだけ硬いんだ。
「クロ!!」
エルサイスの叫びに反応して、私は大剣を盾にするように体の横に構えた。その瞬間、機械人形の太いもう一本のアームが、私の脇腹目掛けて飛んでくる。
「ぐあっ……。」
巨大な鉄の塊がものすごい速度でぶつかってきて、骨が軋み、脳が揺れる。私のか細い腕では、とてもじゃないが支えきれる質量ではなかった。
私の体は空中を舞い、ほとんど受け身も取れず地面に叩きつけられ、そのままきりもみ状態で転げ回る。口の中が血の味で満たされ、草と泥の匂いが鼻をついた。
「クロっ!」
私の元に駆け出そうとしたエルサイスを、連邦の兵士が取り囲む。
私の周りにも連邦の兵士が走ってくるのが見えたが、体が痛くて立ち上がれない。頭もグラグラしている。脳震盪を起こしたかもしれない。
「いつのまに、こんな細工をしおった!」
地面に降ろされ、ハクロ王子の前に突き出されたエージンが叫ぶ。
「このロボットはすでに我々の管理下にある。あなたを連行するようにというのが、陛下からの命令。」
礼儀正しくはあるが、感情のこもっていない声で、ハクロ王子が返した。
その口ぶりから察するに、もっとずっと前から、連邦はビモットに何らかの仕掛けをしていて、それが発動したために、こんな事態になってしまったようだ。
それにしても酷い。我が子と慕うものに、首を絞めあげられるエージンの絶望は計り知れないだろう。
「来て頂こう。」
冷たく響くハクロ王子の声を最後に、私は目を瞑り、ゆっくり意識を手放した。